09.成功と失敗
*Miyako...
友人になるために何をするのか。
とりあえず一緒に食事をする事にした。教室の端に席がある渡辺さんの所にお弁当箱を持って接近する所からはじめた。
もちろんそれを佐々木さんや至町さんに反対されたが私はそれを押し切っていく事にした。
渡辺さんの席の隣は仁井田麻白。彼女のもので根性あるねーと何を隠すでもなく笑って話しかけてきた。共犯者だったのは彼女ぐらいしかしらない。
最初は睨まれたり机を叩いたりして、一瞬教室を静かにさせてしまうような事もあったが私は別に嫌味で居るわけではないしご飯を食べながら麻白ちゃんと笑う事にした。
それから部活を通して私がやる事を話して、放課後は一緒に部活に向かった。そして部活中には積極的に無視されたが帰りも一緒にと誘うとなんだか凄く疲れた顔をしていた。
「アンタ性悪すぎない……?」
「えっ私悪い事した?」
「善意も過ぎると性悪つかね……意地張ってるあたしが馬鹿みたいじゃん」
「演劇の仲間なんだから一緒に仲良くやろうよ。ライバルでも歓迎だよ」
ただそれだけでいいと思う。
競い相手だとしても邪険にする意味は無い。むしろその方が皆の為だろう。劇団全体の士気としても上がるはずだ。
昨日の事は折沢先輩が心配してくれていて、小道具なんかもしっかり足元をチェックするようにと皆に強く言ってくれた。
ため息をついた渡辺さんは靴を取り出して履き替える。私も同じように履き替えてから向き合った。
「善意の塊っぽいのは気持ち悪いの」
「善意の塊なら私はとっくに先生に言ったりしてると思うなぁ」
「ゆするの? 最低ね」
相変わらず言葉の節々には棘がある。
「ふふ、先生に言われたくなければ私の友達に……これゆすり?」
「ゆすりでしょ。先生秋野さんが友達になれって強要してきますって言いに行こうかな」
「じゃあライバルに」
「……ねぇ、あたしあんな酷い事したんだよ?」
鬱陶しいという事を隠さずに顔に出して私をにらむ。
「酷い事されたね」
そんな事もあった。にこーっとしているとぷいっと顔をそらされる。
「ダメかなぁ」
「しつこい! 女神様はホントお気楽ね!」
「女神様って誰が言ったの?」
「知らないわよ。あたしが聞いたときにはもう男子も女子もみんな女神様って言ってたし」
「なんでだろ? あたし朝なかなか起きれないよ?」
「だから何よ……付き合ってらんないわ」
「十日間のお試しからでいいから!」
「化粧品かっ!」
もちろん十日間で終わらせないように頑張るけれど。それも確かに化粧品がやっているような商法にも思えて笑えた。
そんなやり取りをしていると先輩が階段を下りて現れた。三年生も結局中央の下駄箱を通るため教室に一度帰ると鉢合わせることになる。
「あら、仲がいいのね」
私達二人をみてそんな事を言った。これからです、といおうと思ったがここで怒られるとまたこじれそうなのでやめておく。
「あっ先輩! お疲れ様です」
「お疲れ様です」
二人で挨拶をすると先輩が近くに寄ってきて私を見た。
「お疲れ様。ホントに怪我大丈夫?」
「はい。私はなんとも」
私がそういうと微笑んで、すぐに厳しい顔つきになって渡辺さんを振り返った。
「渡辺さん。実は少し聞いてしまったのだけれど。
彼女の怪我は貴女がしたんですね?」
――聞かれていた。だから私達に近寄ってきたのだ。
「……はい」
流石にここは逃げられない。予想外の事態で私も少し固まる。
「何故?」
「……だって、ずるいじゃないですか……普通の入団テストも受けないで、しかも良い役から始められるなんて」
私が悪いのだ。だからその事を言おうとすると先輩はさっと手を出して私が喋るのを止めた。
「――嫉妬はみっともないありませんね。
しかしそれは私にも非があります。
役は公平に選びます。構いませんね、秋野さん」
私は別にヒロインを入部条件にはしていなかったはずだけれど。その事をあえて言わないのは先輩の優しさだろうか。どちらにせよ、先輩にスカウトと言う形でも入部させてもらったのは贔屓と言える。
「はいっ悪役もやってみたいです」
先輩が見せてくれた悪女役のお手本なんかもとても魅力的だった。色々な見せ方がある。演劇は奥深くて面白い物だ。
「ええ、とても難しいけど良い心がけですわね。
渡辺さんとてとても良い演技ができるのですから自信をお持ちなさい。
そして誇りをもちなさい。貴女だってわたくしが選んだ十人の一人。
基礎も才能も皆あるとわたくしは信じています」
「部長……」
「憧れる気持ちも焦る気持ちも分かりますわ。
それを演劇に向けてください。
この演技も重要では有ります。
でも沢山の人で作り上げるのが演劇ですから。一人ひとりに深い想いと絆があればもっと良いものが作れるのです。
秋野さんの贔屓の件について、わたくしも謝ります。
どうか彼女をそんな理由で嫌わないであげてください」
先輩が深く頭を下げる。それを急いで止めさせてから、渡辺さんは私の方を向いた。
「ごめん」
そう言って手を差し出した。
「友達?」
私はそう聞きながらその手を握り返す。その手を難しい顔で見て彼女は首を振りながら手を離した。
「……なんか、腹立つからライバル」
「そっかっ」
嬉しくなったのでブンブンと手を振っていると「帰る」と彼女が言って私の手を振り払った。
――良かった。ただその一言に尽きる。
私はそれについて出て、一緒に帰ろうと言った。彼女は、好きにすれば、とぶっきらぼうに言った。
何か上手い事行き始めると、何故か次の問題が起きるのは良く言われることだ。
柊くんが居ない三日間はなんだか寂しくて、そわそわしていた。朝一緒に行く約束をした先輩や別の友人と一緒にいてもやっぱり何年も一緒だった影を消し去れない。
そしていつも通りの大きな声の挨拶が聞けるとほっとした。
――真っ先に色々と心配してくれていた事を聞いてくれて嬉しかった。あと褒めてくれたのも。
でも――。
「なになに? じゃあたしが付き合ってあげよか? アタシもおっぱいあるよ」
本当に、なんで。
「でしょ? 付き合う?」
そんなに積極的なのか。冷や汗しか背中を撫でる。
「惚れた惚れた。アタシと付き合う?」
「なーんでそうなんだよ。もっと自分を大事にしろよ?」
柊くんは呆れてあまり相手にしていなかった。
なんか、いきなり凄く仲が良くて……不安。麻白ちゃんは朝は美里ちゃんと一緒に登校している。朝起きれないと学校来ないらしいけれど。
別に、柊くんが誰と仲良くするというのを私が決めるわけではない。でもなんだかその姿を見るのは凄く嫌だった。
二人とも誰かに馴染みやすい性格だ。だから今押し切っていれば話の成立だってあったかもしれない。
好きかどうかといわれればそんなことじゃない、と言うだろう。ただ不快な心の動きを感じるのだ。
その調子で終わった登校。
その日は帰りにも会う事は無かった。とは言え美里ちゃんが早くしろとまくしたてるので教室を見る事も出来なかった。
そして――その日の夜。メールが来た。
--------------------------
To:柊くん
Sub:明日から
本文:
朝練出るからオレ先に行くわ
--------------------------
私達に遠慮したのは確かだ。
でもいつまでなのかとか。
大事な何かを問い返せないまま――。
頑張って、と私は送り返した。
/ メール