５．親友
*Ryoji...
必死だった。
どうやったら兄貴みたいになれるか。
兄貴に追いつくように勉強する。
今の２倍は時間が必要だった。
兄貴に勝てるようにサッカーをやる。
何倍も練習が必要だった。
あの完璧を目指して自分の時間を削っていった。
当然、人付き合いが減っていった。
小学校６年生になる頃には俺は誰とも遊ばなくなった。
当然、友達と呼んでいた奴らは知り合いに成り下がって。
周りの集合から独り、あぶれていた。
「涼二、一緒に帰ろう？」
ただ、一人の友人を除いて。
彼女は突っぱねてもついてきた。
―――俺の甘い所もあったのだろう。
俺についているせいで少し他の友達から敬遠されてたりしてた。
突き放さなきゃ。
中学校に入ってすぐ。
俺は誰ともかかわりを持たないと決めた。
「俺に付きまとわないでくれるか。ウザい」
「―――なんで、そんな事言うの……？」
「何で？ それは俺が聞きたいよ。付きまとうなって言ってるんだから付いて来るな」
「酷い……っ酷いよ、私は―――」
「それだけだから。じゃあ。もう、近づくな」
靴をトントン地面でならして、俺は京から視線を外した。
これだけ言えばもう近づかないだろう。
後ろで彼女が泣く声。
それを慰める声。
俺を最低と罵る声。
色々聞こえた。
ガッ
「オイ」
不意に、思いっきり学ランの首の後ろを掴まれた。
「―――っなにすんだっ」
「女の子に、そりゃネェだろ？」
「何。紳士ぶってんのか？ だったら俺に絡むよりその女の子に話しかけたらどう？」
傷ついた女の子はなんたらと言う。
京はもてるみたいだし。そういうので絡んで来る奴も少なくなかった。
「思ったより生きが良いなお前」
何故か嬉しそうに笑う。
不可解で気持ち悪かった。
「お前ほどじゃない。入学式で先輩投げてた奴だろ。出席番号３２ハニベシュウ」
問題児が同じクラスだ。
覚えていないわけが無い。
「おお。知ってんのか。なら話ははええや。
謝れ。あの子に」
顔を寄せて俺を睨む。
斜めに世界を見る俺には怖いとは感じなかった。
「謝る？ 何を？」
「泣かしといてそりゃねぇだろ！」
「つか放せよ。先生睨んでるし」
「……チッ」
そいつはやっと手を放して俺から二歩離れた。
短髪で―――３年と言っても通じるガタイのよさを持っていた。
士部柊。クラスメイトだった。
ただ、入学式から一週間俺は誰とも話してないので友達ではない。
全く初対面の人間だった。
あやまれ、か……。
この瞬間、悪魔的に酷いことを思いついた。
京に振り返って彼女に数歩近づいた。
「ゴメンな京」
つまり、彼と俺の望みを同時に言えば良い。
「もう、俺に近づくな。じゃぁな」
追い討ち。
俺は人生で一番最低な事をした。
俺は彼女の泣く声と、彼の制止の声を無視して、走って帰った。
家に帰って、ふと携帯を見る。
親父のお古だ。
あまり良い携帯ではないが十分だ。
着信履歴が２件。
友達で電話を掛けてくるような奴は一人しかいない。
その他はもう俺に関わってこないからだ。
とりあえず内容を見る。
やっぱり―――秋野京。
１９秒着信。
１９秒着信。留守電―――ん？
……
気が重い。
ついさっき掛かってきたようだが掛け直す気にもなれない。
留守電だけ聞いとくか……。
『一件目、１６時２４分です』
ほんとついさっきだな。家の時計が３０を指す手前なのを見て思う。
『―――涼二ったすけ―――っっガガッッ！！』
―――は！？
何が、どうなってんだ……！？
俺はすぐコールを押す。
呼び出し音が数回。
呼吸をするのを忘れて携帯を強く握る。
『おっす。オラ柊！』
「ウザ！！ 何でてめぇが出るんだ！！」
『はははは。ミヤコちゃんは預かった。返して欲しけりゃオレんち来い！』
「なんでお前んちなんだよ！ つかしらねぇよ！」
『ほら、海岸通りの人通りのないほうの奥に道場あるだろ？ アレアレ』
「あ、あぁ……あれか」
割と有名でローカルのテレビとかにも出てたことがある気がする。
海岸通りを通らなきゃいけないのが嫌だな……。
『じゃ、まってるよん』
「まてよ。だから京をどうしたんだ！」
『ああ。酷い事になってるぜ。助けに来いよ王子様』
ブヅッッ
電子音がその通信が途絶えた事を伝える。
その音と同時。
俺の中で何かが切れた。
カバンと上着を投げ出して―――走り出した。
士部の道場は場所だけ知っていた。
行った事は無かった。
デカイ門をぶち破るように開けて、道場に駆け込んだ。
「何処だ士部！！」
広い庭で叫ぶ。
「でけぇ声だな。こっちだこっち」
胴着を着て、道場の縁側だろう場所からめんどくさそうに俺を手招きするアイツ。
虫唾が走る。
今が人生で一番導火線が短い。
「京は！！」
「じゃ、ベタにオレに勝てたら教えてやるよ―――おおっ！？」
俺は言われるが否やすぐ走り寄って右腕を大きく振った。
実際にはそう見せただけでそのまま続けて、思いっきり右膝蹴りを腹にお見舞いする。
そして左肘を顔面にぶち当てて吹き飛ばす。
周りに友達がいなくなった瞬間、気に入らないと俺を狙ってた奴が次々と俺をいじめに来た。
要するにそれを倒しているうちに喧嘩慣れしたのだ。
ボコボコにして逃げる。
ずっとそれを繰り返してた。
だから怖いと思う神経は麻痺してる。
本当なら今の連続が入っただけで大抵の相手は逃げ出した。
でも―――コイツは違うようだ。
「いってぇ……何だ、強いんじゃん」
「どうでもいい。京はどうしたのか言えよ！」
「土足禁止」
そいつはいきなり俺の足元を指して言う。
正直イライラして仕方が無かった。
「……っざけんな……！」
「ふざけて―――ねぇ、よっっ！！」
いいながら走り寄ってきたのが、早すぎて反応が遅れた。
腕をクロスさせて、防いだ―――つもりだった。
その上から思いっきり拳が当たって―――家の外に放り出される。
受身は知らない。だから思いっきり地面に叩きつけられて、軽い呼吸困難。
思考が混乱する。
強すぎる。
唯でさえ肉体差が激しいのにこれだけの力とスピードの差が有るとまともに戦っても……！
―――でも。
俺にはコレしかないじゃないか……！
アイツが何のつもりで俺に仕掛けてるのか知らないけど。
京を巻き込むのは筋違いだろ。
別に他の場所でどんな因縁で吹っかけられても相手する。
だから。
アイツだけは―――巻き込むな。
その為に遠ざけたんだ。
痰を吐き捨ててあいつのいる縁側からは遠い場所の廊下で靴を脱いだ。
ついでに靴下も。
腕まくりをしてズボンも軽く折った。
「お、準備万全じゃん」
「一つ聞くぞ。お前は俺と喧嘩したいだけか」
グルグルと腕を回す。
怒りがきてる分か、いつもより力が入る気がする。
「いや。もう一つある」
「は。何が」
握力も十分。
早くしろと筋肉が軋む。
「あの子にちゃんと謝れ！！」
士部が叫んだ。学校より、ずっと気迫に満ちた声で。
「京は関係ないだろ！ こんな事になるから遠ざけてるんだ！
余計な真似すんなよ！」
「うるせぇ！！ オレが気に食わねぇんだ！！
謝れっつったら謝れクソ野郎！！」
「謝らねぇ！！！」
「謝れ！！！ こうなったら力ずくで行くぞ！！！」
大喧嘩の始まりだった。
飛び込んで来たそいつに思いっきり蹴りをかます。
サッカー部だったからだろうか、重い蹴りと素早い蹴りは使い分けができた。
割と見えるスピードで突っ込んできたそいつを重い蹴りでぶち抜いた。
でも、その蹴りは掴まれて逆に思い切り投げ飛ばされた。
襖を一枚ぶち破って、それでもまだ畳の上を滑った。
起き上がってゆっくりと歩いて近づく。
―――正直、怒りもココまで来ると冷静に変わってくる。
二歩の距離まで近づいて、一度動きを止める。
向こうが止まった瞬間に一歩踏み出して、逆の足を突くように蹴りだす。
鳩尾に当たって今度は向こうが後退するが、留まってまた柔道の構えを取る。
俺には技のバリエーションがない。
だから、もうそろそろ品切れだ。
相手は柔道家だ掴まれたら終わり。
距離を取って蹴ろう。
―――いや、あえて近づいて、蹴ろう。
俺は一気に間をつめる。
そして、腕を掴ませると、飛んだ。
そのまま、顎めがけて膝を蹴り上げる。
ガゴッッとこれ以上無いクリティカルな音がした。
「―――チョーシに」
だが、そいつは倒れない。
「乗るなああああああああ！！！」
ゴッッ！！！！
鈍い物が腹にぶち当たった。
鉄球がぶち当たったみたいだと言うしかない。
俺はまたさっきみたいに吹き飛ばされて畳の上を転がって壁にぶち当たる。
畳でこすれて火傷が体中にできた。
壁で頭も打ったので思考が回らない。
目の前にアイツがいると、確認した。
ガッガッゴガッドッ！！
無抵抗なまま殴られた。
腹、肩、脇腹、顔面、容赦なく拳が降ってく来る。
体が言う事をきかない。
―――がはっ
なんだか暖かい物を吐いた。
嘔吐物に混じる自分の血。
それも有り得ないほど真っ赤だった。
それをみて、思った。
死ねるのかな―――俺は。
それはとても好条件に思えた。
夢を失って、兄貴にもなれない。
絶望するほど俺に生きてる価値が見つからない。
生き方も最低になって見ず知らずの他人に殴られるほど馬鹿になってた。
なら、いなくなれ。
いなくなってしまえ俺なんか。
「やめて！ 涼二が死んじゃうっっ！！」
俺達の間に。
彼女が現れた。
一方的になってた試合の終わり。
「お願いっっ！ 涼二を、これ以上傷つけないで……っ！！」
懇願する彼女は力なく彼に縋って惨めなほど頼み込んでいる。
そんなこと、しなくていいのに。
涙が―――溢れる。
「みやこ……？」
「涼二っ！！ 今、救急車呼ぶから！！」
叫ぶ。
俺の嘔吐物とか血とかに触れることも厭わずに。
彼女はただ俺の心配だけをしてくれた。
俺はあんな酷い事をしたのに。
「みやこ……」
「大丈夫っすぐ救急車くるってっ涼二……！」
涙を浮かべた顔で―――それでも励ますような笑顔で、彼女は俺を呼び続ける。
時間の経過とか、よく分からない。
でも、大事な事が一つだけあった。
たった一つ、言わないといけない言葉。
「ごめん……！」
手を握り返して、溢れる涙も抑えきれずに呟く。
「―――っりょう、じっ……っ」
京が、ポロポロと涙を零して泣き始める。
「ごめんな……っごめん……！ 俺……こんなことしか出来なくて……！」
結局自分のやりたかった事が何もできてなくて、迷惑ばかり掛けている。
こんな奴になりたいんじゃないのに俺は……！
「私は、涼二と―――」
「ピーポーピーポー。うぃ救急車到着〜っと」
……なんか来た。
なんだろう。アレはどう見てもハニベとハニベの親父にしか見えないんだが。
その後ろに居るのが妙に頬の腫れ上がった士部柊。
担架らしきものを持って二人が突撃してきた。
しかも肩持ってかったりぃとか言ってる。
「あ〜患者さんは至急ココに乗ってください？」
乗せろよ……。
なんだか急に身体に力がみなぎってきた。
コレが怒りって奴か……。
「りょ、涼二っ動いて大丈夫なの？」
「……かはっ。ん。大丈夫」
俺は身体を確認する。
一応五体満足のようだ。めでたしめでたし。
「あ、あの、救急車は……？」
京が胴着の二人を振り返る。
「あぁそんなんよか連れてった方がよっぽど速ぇだろ？」
「もしかしてそれで連れてく気ですか」
俺は担架を指差す。
「あったりメェだろ？ なぁシュウ」
「オス……」
息子は思いっきりそっぽ向いている。
俺は溜息を吐いた。
あほくせぇ。
何か。全部アホみてぇ。
オロオロと俺と柊を見ている京。
よく分からないがありえない位顔が腫れてる柊。
ゲロと血まみれの俺。
「ぷっ分けわかんね」
なんだ。落ちが無いじゃないか。
「な、何で涼二が笑ってるの？？」
「ははっははははははははははははは！！！ 変な顔だな士部！」
「失敬な！」
そう言ったのは彼の父親。
「いや、親父さんのほうじゃないっすよ？ 言い直すよ。変な顔だな柊」
「失敬な！ はっ！ コレと同じリアクションて最悪じゃねぇか！」
「ふひひっもーダメだっ堪えれんっくくくっっ」
「何？ 何？？」
俺の異常な笑いに更に京がおろたえる。
どっかおかしくなった？ と心配してくれている。
「かわいいなぁ京ちゃん」
親父が一人和んでいる。
「なんだ。救急車はいらねぇのか」
おっさんは両手を挙げてはぁっと溜息を付く。
「ああ。そんなとびきりアホなのはお断りっす」
そんなので運ばれたらマジでニュースになる。
「お、オレの案じゃねぇんだぞ？ コイツだぞ？」
一応自分が主犯でないアピールをする。
「はっはっは！ そうだワシの案だ！ すげぇだろ！？ 革命的だろ！？」
柊がとても恥ずかしそうに目をそらした。
親が…………。
肩をたたいて小さくドンマイと言ってやった。
目が合って、二人で笑う。
「あははははっ！」
「はははははっ！」
茶番みたいだった。
ここにたどり着くための。
結局士部家で傷の手当から風呂、飯までお世話になることになった。
俺は口の中が凄いことになってた。
暫く流動食だ。
柊はもう一度稽古があると消えて、さらにボコボコになって戻ってきた。
……なんか、凄いことになってた。
「そいや、なんか言いかけてなかった？」
俺は風呂上りに京に聞いてみた。
「う〜ん？ なんだっけ？」
京は首を傾げる。
何度かくねくねと動いたあと、ポンと手を叩いた。
「あっ」
「ん？」
「いや、あの、えと〜えへへ〜」
手を頭に回してモジモジと言い辛そうに笑う。
意を決したのか、拳を握って俺のほうを向いた。
「秘密！」
どうやら難しい年頃に突入したらしい。
「なんで？」
なんかあまりにも変な出来事に記憶が衝撃的に上書きされて覚えていないが……。
そんな言い方は気になるじゃないか。
「ふふっそうだね〜うん。まだまだ教えないっ」
「まだ？」
「そうっまだっ」
修行が足りないのか……。
まぁいつか、隙をついて聞いてみるか。
「そっか。っと、風呂開いたから使っていいよ。
湯船は俺使って無いから、好きに入って」
「うんっ」
「あ、ここの風呂すげぇぞ。ヒノキ風呂だったし海も見えた」
「そうなの？ あはっ楽しみかも」
「ああ。ゆっくりな」
「うんっあとでねっ」
そう言って彼女は上機嫌に小走りで風呂に向かった。
俺はそれを見送ってから居間に向かうように歩き出した。
にしても、広い家だ。
駅からは遠いけど、快適だ。
木造でとても暖かいし。お風呂も広いし。道場付き。
それに、お姉さんだと思っていた人が母親だった。
ありえない……。
トコトコ長い廊下を歩いていると、丁度居間から柊が出てきた。
「おう。涼二」
「おお……柊であってるよな？」
「おう」
その顔は、先ほど居間で談笑して、稽古があると言っていなくなるまでの顔と違う。
何かすげぇ。
困った。表現できない。
「なんか……なんだろう、俺はどうやってお前を讃えればいい？」
「いいから貶せ」
「うわっアンパンマンを潰したみてぇな顔してんな柊」
「るせぇ！ くそー。今日はもうちっといけると思ったんだけどなー」
ぽりぽりと頭を掻いて悔しそうな質の悪いアンパンマンの顔をする。
「気持ち悪いな」
「酷いっ！ いいもんっ風呂行って顔洗ったら治るもん！」
「お。いって―――」
柊は俺が言い切る前に走り出して、風呂のほうに消えた。
彼を制止できなかった手が空に残る。
「行っても……京が入ってるんだけど……聞こえないなもう」
「きゃああああああああああ！！！！」
「ぎゃああああああああああ！！！！」
何となく分かってたから、叫びが聞こえてくるタイミングを見計らって俺は風呂場へ向かった。
風呂場の廊下に倒れる柊は、鼻血を噴いて仰向けに倒れている。
それが何のせいなのか俺には知る由も無いが。
「特大アンパン二つ……ふふ……」
それだけを言い残して、イってしまわれた。
手が正確に何かの曲線を残して静止している。
顔はもう、モザイクかけてないと放送出来ない程になっていた。
仕方ないので引き摺って居間に持っていくことにした。
―――いつの間にか俺達は３人で親友。
俺はそのバランスのいい関係がとても気に入っていた。
それを守るために。
俺はもう一度道を辿ることを決心した。
そんな、昔の話。
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