6.双子
*Ryoji...
―――月曜日をそわそわとしながら迎えた。
朝早く目覚めた。
いつもより念入りに鏡に見入って、ちゃんと笑えるかを確認する。
別になんとも無いと思う。
あとはいつも通りにオハヨって言うだけ。
そんだけだ。
「いってきます」
「行ってらっしゃい」
母さんに手を振り玄関を出る。
空を見上げれば快晴。
よし。
更にいつもの定位置で皆を待とうと家の前の戸を出る。
「あっ」
「お……」
―――彼女が俺より先にそこに立って居た。
もうちょっと心の準備が要るだろ……!
お互いもやもやと視線を巡らせ―――
『おはようっ』
同時にそう言った。
二人で一緒に呆けた顔で見合って、笑い出す。
「ああ、おはよ」
「うん」
笑顔で―――また、俺は挨拶を交わす。
何も変わってない。
「そーいや、勉強した?」
「一応……徹夜しようと思ったけど睡魔に勝てなかった……気付いたらソファーで寝てたよ……」
詩姫はハハっと空笑いをして額に手を当てる。
寝不足では無さそうなので大丈夫だろうけど。
「ふ〜ん。まぁ頑張るしかないな」
「あっ涼二ってば余裕だからってそんな事言うんだっ」
「俺だって影では頑張ってるんだぞ?」
「あーあ。不平等だよ世の中っ」
言いながら彼女は笑う。
―――詩姫は多分もう、わかってくれたんだろう
そう、願って俺はまた、笑っていた。
すぐに柊と京がきて、俺達はいつも通り登校する。
―――日常が始まった。
―――VoX―――
そうしてテストが終わり、さらに3日後の昼に、テストの結果が張り出されることになった。
4限目の授業が終わるとみんなで見に行くことにした。
人で溢れているだろうと言うのはわかっている。
まぁ放課後までドギマギしたり人からネタバレされるよりは自分で見たい。
と言うわけで、お昼になってすぐその結果を見に来た。
お昼を食べてからだとやはり見づらい。
同じことを考える奴は少なくなかったがそれでも見る分には全然邪魔にはならない。
「みやちゃんどうしよっど、ドキドキするーっ!」
詩姫が京に引っ付いてプルプル震えている。
補講対象はどの教科も40点未満から。
「大丈夫だよ〜ひめちゃんは頑張ったもん」
よしよしと撫でている余裕な京。
京は頭いいからな。
「で。お前は心配しないのか」
俺はぐるっと視線を真逆の柊に向けた。
いつも健康な顔してるこいつが何時になくブルーだ。
「大丈夫ダディ」
「誰に言ってんだ」
だぜを噛んだな……。
今すぐに泡吹いてぶっ倒れそうな顔してる。
「柊君、顔色悪いよ? 保健室行く?」
「だだいいじじょょううぶぶささ……」
「どうやって喋ってんだお前……」
白目でグッと親指を出しているが明らかに大丈夫じゃない。
死にそうだ。
テストの結果は、下から見ていくことに。
まず、240位………
士部 柊 78。
「………」
「………」
「………」
「なんだよぅ! そんな目で俺をみるなぁーーやめてぇーーーー!!」
探し始めて0.5秒。なんていいポジションで見つかるんだ
軽く柊がヒスを起こして叫びだす。
「柊だけ一科目だったんだな」
「ちゃうわぁ! 国語は70とったんだぞ!」
やたらバランスが悪い。あとの4科目で8点かよ。
まぁ、日本では生きていけるみたいだ。
「全部10点とかの方がまだ希望が見えるよな…」
「希望が無いみたいないい方すんなよ!」
こいつどうやって進学する気なんだろうか…。
ポンと肩に手を置きそれ以上はあえて何も言わず、名前をさかのぼって行く。
「ぐあ〜! 生殺しか〜!? 生殺しかお前ら〜?
おら、来いよ! 言いたい事言えよ!! あはははは!!」
彼は悲しさのあまりに壊れてしまったようだ。
俺達どころか周りにいたほかの生徒からも白い視線が集まり始めた。
「あははは〜ほら、何か言えよおまえらぁ〜!」
どんどん痛い子になっていくこいつをさすがに放っておくことはできない。
「柊………」
再び肩に手を置き柊の暴走を止めにかかる。
「お、涼二、お前からか〜こいっ…にょぅ!?」
ゴッ! と石を殴るような音が廊下に響いた。
柊の最後のほうは声にならない声だった。
こんなときに使うべき、渾身の殺人チョップ。
しばし死んでてくれ邪魔だから。
「だ、大丈夫なの? 泡吹いてるけど………?」
詩姫がぴくぴくとしている柊に手を差し出す。
「あ! 触るな! 食われるぞ!」
「うぇっ!? ホント!?」
慌てて手を引っ込める詩姫。
効果覿面だった。
「大丈夫、大丈夫。ああやって頭を冷やさせるんだって、それよりさっさと名前見つけよう」
昼飯も食う時間いるしな。
「う? うん………」
「あははは………」
微妙に腑に落ちてない詩姫と空笑いをしている京を連れて名前探しを再開する。
―――200。
ここまではとりあえず3人とも名前は無い。
「あぁ〜せめて半分ぐらいはあってほしいっ」
「私も。名前があればいいけど」
「それはアバウト過ぎないか?」
名前が無い状況は想像し難いが。
「160〜149〜あ、あった………」
詩姫が微妙なテンションの声を上げる。
中の中ってところ。
「まぁギリギリ許容範囲じゃないのか?」
「11人も同じ点数の人が居るし、ヒメちゃんなら次には巻き返せるよ〜」
「ど、努力しますぅ…」
京のエールにうな垂れる詩姫。
さて、と俺と京は二桁のところまで歩き出す。
「え? え? こっから見なくていいの?」
そんな俺達を慌てて追いかけてくる詩姫。
「京、自己採点は?」
「ん〜450前後」
「うそっ!?」
「激辛だな〜俺でも480はあったぞ?」
「えぇ!?」
2人の自己採点の点数の高さに詩姫が悲鳴のような驚きの声を上げる。
「涼二はそうなんだろうけど、私はなんか凡ミスが多かったみたいで………」
「あーそりゃきつめだな」
普通そうだが自己採点はきつめに出す。
特に京は字の間違いなども考慮するためかなり低い点数で自己採点を出している。
「あ、ほら、私10番。464点………やっぱり」
京の言っていた凡ミスがどんなものか知らないが、コレなら十分ではないだろうか。
ふと、2人の言動に唖然としていた詩姫がねじが巻かれた人形みたいに動き出した。
「あぁ!! 涼二っ!! あそこ!」
詩姫がUFOを見つけたみたいに興奮して掲示板の右上を指差す。そこには―――
『1.水ノ上 涼二 498』
と書かれていた。
「ぃよっっっっっっし!」
拳を握ってガッツポーズ。
飛び跳ねて喜びたい所だが、あの逆の端っこで泡吹いてる奴の
二の舞になりたくないのでやめておいた。
「やったねっさすが涼二っすごいすごい」
京にわしゃわしゃと頭を撫でられる。
一生懸命背伸びして撫でてくれてるんだがそれが居た堪れない。
「す、すごい。こんな近くに居る人が1位とってんの初めてみた」
やっぱり理解できない世界だと唖然として俺と京を見る詩姫。
「………おぅ。オメデトウさん涼二………」
不意に聞きなれたテンションの低い声が聞こえる。
背後から現れたそいつはがっちりと俺の肩を掴んで離さない。
「柊……? も……もう起きたのか?」
冷や汗をかいた。
何を隠そう俺が殴ったんだしお返しがきてもおかしくないという事だ。
「おう。体育の先生の気付け技できっちり起こしてもらいましたとも」
お覚悟はできてますね? と敬語で話してくる柊はこの上なく不気味で冷や汗が流れる。
「あーーあーーー!! あったあったあったあーちゃん!!!」
「わかったって。落ち着いてユウヒ」
「2番っ………2番!? そんなぁついでに1番にしてよぉ!」
ならないだろ。
それは。
嵐のごとくやってきた2人は―――いや、嵐みたいなのは1人みたいだがテンションがたけぇ……。
突然の事に俺だけじゃない柊までも呆気にとられるほどのハイテンションだ。
なんだかツンツンと隣の子をつついているが
それを全部冷静に片手で捌いてるあたり、かなり付き合いが長いのでは無いだろうか。
不意に後ろを向いた彼女と目があう。
アレ………? どっかでみた?
「もう誰!? この水ノ上って人っ! 絶対めがねのがり勉野郎に違いな―――!」
残念だがそれは違う。
……ガリ勉は否定出来ないかも知れないが眼鏡だけは……!
ふいっと大人しい方の子がこちらを振り向いて目が合った。
小さくあっと口にしてうるさい子の肩をとんとん触る。
「……夕陽、夕陽。後ろ後ろ」
「え?」
嵐のようにしゃべる子がくるりと切れよく振り返った。
それにあわせてもう1人同じ顔をしたその子が言った。
「ハイ、彼、水ノ上君」
ジャーンみたいな効果音が適切なんだろうか。
「………え?」
場が一瞬にして静まった。
「………ども」
「………」
「………」
誰のものとも付かない沈黙の空間。
京より身長の低い女の子二人。
―――しかも双子だ。
セミロングで右わけと左わけで区別すればいいのだろうか。
「………あ、近澤さん」
それを破ったのは詩姫だった。
「あ…織部さん? ………それと秋野さんも」
「近澤さん、双子だったんですね」
京が2人を見比べて驚きの声を上げる。
多分この2番らしき子と詩姫と京は同じクラスのようだ。
「ハイ。そうです。私が姉の朝陽っていいます。」
「………夕陽です」
さっきまでの勢いは何処へ行ったのか、
急に近澤朝陽さんの後ろに隠れるように下がった。
「それと水ノ上君ごめんなさい。夕陽が変なこと言いまくっちゃって」
「あぁ、いや。別にいいよ」
アレは勝手な独断と偏見であって俺にはたいした影響は無いしな。
「けっ! どんどんいいまくれ言いふらしちまえっ」
「それはやめろ」
「実際ガリ勉野郎じゃん」
「うっせ脳みそキンニク」
「あぁ! 何一つ言い返せないさ!」
ガクガクと肩を揺らしてくる柊をカラ笑いでかわす。
夕陽と名乗った子が猫のようにこっちを見ているのに気づいた。
目を合わせると微妙に身構える感じまで猫だった。
そして突然顔を真っ赤にして俯いてしまう。
「………ぃこ………」
「うん。じゃ、お邪魔しました」
そういって朝陽と名乗った彼女が淡々とお辞儀をして2人手を繋いで去っていった。
「………そっくりだったね」
京が率直な感想を述べる。まぁ、外見はそうだろう。
「中身ってあんなに違うもんなのか? 双子って………」
その柊の言葉にはみんなで深く頷けた。
*Asahi...
「………ぁーちゃん………」
「何? 夕陽」
暫く歩いて、隣を静かに歩いていた妹がつんつんと肩をつついてきた。
猛烈にさっきの発言を反省してるんだと思う。
「水ノ上君めがねのガリ勉じゃなかった………」
「そうね」
彼女の手が止まらないのでパッと自分の手で夕陽の突きを受け止める。
「………水ノ上君カッコよかった………」
「そう」
続いて脇バラ辺りの手を二回ほど止める。
言われて思い返す。
確か彼が入試で一番成績の良い人であの人が入学式の式辞をやっていた。
友達があの人カッコよかったね、なんて言っていたが聞いていただけで顔なんておぼろげだった。
今見れば―――まぁ、確かにカッコよかった。
「あたし、めちゃめちゃ失礼なこと言った」
「そうね」
いきなり手が止まる。
反射的に危ない事に気付いて冷や汗をかいた。
そして緊急事態に備えて手が動く。
「どーーしよぉーーー!!」
「あ、ちょっとっ、夕陽っ落ち着いてっ」
ツンツンツンツン!
夕陽のもはや手癖になってしまった突きが連続で放たれる。
わき腹や背中を狙う可愛いものなんだけど、
あまり連続してやられるため私も防御みたいなものを身につけてしまった。
それでも両手で迫ってくる夕陽はもう止められない。
「あはっ、いや、ちょ、あっ、くすぐっあはははっ」
パシッパシッっと両方の手を掴んでなんとか動きを止める。
周りの視線が集まっているが気にしている場合ではない。
まぁ双子っていうこともある。
「うぅ〜〜〜」
私の手の拘束から解き放たれようともがくが、
運動に関しては私に比があるので簡単には逃がさない。
「夕陽っ大丈夫だよっ水ノ上君はちゃんと許してくれるって言ったじゃない」
「でもぉ〜」
「あとで私がもう一回謝っといてあげるから。ね?」
真剣に目を覗き込んで言い聞かす。
「うん………」
なんだかすっごい小さな子を相手しているみたいだ。
シュンと俯いた夕陽を見て私はそう思った。
姿形はほとんど私と一緒。
でも、頭の中身なんて私と比べ物にならないほど優秀。
その近澤 夕陽<ちかざわゆうひ>は近澤 朝陽<ちかざわあさひ>の妹だった。
私と違って感情の起伏が激しく、私と居るときはまぁ普通なんだけど、
催し物があったりするとさっきみたいに激しくテンションが高くなって
声が大きくなったり激しく動いたりする。
逆に男の子の前とかにポンとだされるとモジモジして何も話さないで、
びくびくとしているみたいだ。
見ている分にはホント可愛いし面白い。
私には無いなぁそんな可愛げ。
―――同じ双子なのに。
あたしは大人しいとか面倒見がいいとかそういう言葉で形容される。
逆に夕陽は頭が良いとか落ち着きが無いとか。
真逆だ。
あたしがお姉ちゃんをやっているせいなのかしっかりしなくてはとも思うのも確かだ。
俯いて脹れかかっている夕陽の頭をポンポンと軽く撫でて教室へ帰ろうと促して、私は歩き出した。
……水ノ上君に謝るのを忘れないようにしないと。
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