7.朝陽
*Ryoji...
「おい、リョウジ」
「ん?」
シュウと一緒に教室に帰った俺は昼飯の準備に取り掛かっていた。
まだ名前を見つけれてない人や他のクラスで駄弁っている奴も多いのだろう、
教室にいる人はいつもより少ない。
そんな中、自分の椅子を寄せてきて柊が俺の机に弁当を置く。
「あの、アサヒって子、なんでお前知ってたのかな?」
「なんでって………そりゃぁ」
ふと、横に人の気配を感じ視線を上げる。
噂をすれば影ってやつか。
「一応、同じクラスだから」
俺じゃない声が柊の問いに答えた。
「え?」
そこに立っていたのは近澤……朝陽だと思う。
正直名乗られたからと言って初見から双子を見分けれるようなスキルが無い。
「えと、ごめんね、さっきの。ユウヒも反省してるみたいだから」
そう言って律儀に頭を下げる。
これで確信した。彼女は近澤朝陽。大人しい子の方だ。
「あ―――いや、ホント気にしてないからさっいいよ」
さっき別にいいって言った筈なのにまた謝りにきたのか。
律儀だな―――というのが今の印象
「じゃぁ―――えーと、朝陽さん? 俺達と一緒にメシでも食べ無い?」
―――はぁっ!?
何故ここでそんなセリフがわいて来るんだこいつっ!?
そんなことを考えていたのが顔に出ていたのかニヤリと柊は笑う。
「いいじゃん? ミヤコちゃんヒメっちも向こうだし、男2人ってのも味気ないだろ?」
「いや、むしろ近澤さんの予定を考慮しろっ」
別に一緒に飯を食うこと自体は構わない。
気にしなきゃいけないのはそれと彼女の体裁だ。
そりゃ多少日にちがたったとは言え、まだまだ友人が多いわけじゃない。
俺たちだってこの机の周りぐらいしか話す奴等はいない。
女の子達だってそうだと思う。
だからここは弁当の時間とかでも大切にして、どんどん女の子ネットワークとか広げて……
「あ、いいですよ」
なんて……深く考えていた俺が馬鹿みたいじゃないか………?
柊の目論見によって成立したこの昼飯。
俺の後ろの奴は隣のクラスに行って食ってるらしいからその椅子を借りて近澤さんが座っている。
「あ、運動部なんだ」
「うん、陸上部やってます」
口に手を当てて話している。
一応食べきってから喋っているがそれでも女の子だから気にするんだろうか。
行儀がいい……小動物みたいで和むな。
「オレ、柔道やってるぜ」
柊が得意げに自分を親指で指して主張する。
「知ってる知ってるっ有名じゃない。士部君て」
「変態だもんな柊は」
あまりにも普通に盛り上がってしまっている場が面白く無いので横槍を入れる。
「照れるな」
「褒めてねぇよっ」
「ふふっ面白いね二人とも」
『コイツと一緒にすんなっ、ああ!?』
「息ピッタリなんだね」
意外と盛り上がってしまっている会話。
きっとそのすっきりとした性格は運動部に居るのがながいからだろう。
なんとなくそう思った。
「あ、士部君、箸の持ち方が変」
「オレは、こうじゃないと食えないの〜」
「だめだよ、若いうちに直しとかないと。ほら、こうだって」
柊の手をとって箸を持ち直させる。
う〜ん。姉御肌だ。
柊に有無を言わせない笑顔を見てそう思った。
京が言って3年間聞かなかったことを渋々とだが聞いている。
今日初対面なところを差し引いてもすごい行動力だ。
「はい、そのまま。1週間もすれば直るよ」
手をペタペタと触られて動けなかった柊が助けてぇ〜みたいな視線を送ってくる。
だから応援してやろうと思った。
もちろん近澤さんの。
「飛べない豚は揚げたカツだ」
それだけ言って自分の食事を進めた。
訳も分からず悔しそうな顔の柊は笑えた。
「水ノ上君は綺麗にもってるんだね」
「間違った持ち方は習ってなかったからな」
「うん。それが一番だよ」
それだけ言うと自分の小さい弁当をつつきだした。
ぽろぽろとご飯を落とす柊を尻目に黙々とご飯を進める。
その度に「あっ」とか「くそっ」とか微妙な声が聞こえる。
………
………
なるほど、自分からは会話を出さないのか。
静かに進む食卓とちょこちょことご飯を食べている近澤さんが
なんだかおかしくてつい笑えてしまう。
「………? 何?」
「いや、柊、箸を持ち直せよ」
「あぁ!? 言うなよっ」
こっそりと箸を持ち直していた柊を咎める。
「あ、ダメだよ、ちゃんと続けないと直らないんだから」
「は、はいぃ………」
なんだか保育園の先生と園児みたいで………
「ははっ」
軽く笑ってしまった。
「え? どうしたの?」
「いや、柊が餓鬼扱いされてて面白いなぁと思っただけ」
「あ、…ご、ごめんね、つい―――」
あの妹あってこの姉あり。うん。
「いや。全然構わない。むしろ一週間付きっ切りで看病してやって欲しいぐらいだ」
「涼二てめぇ!」
「うんっじゃぁ頑張るよ」
「きゃぁー! もう許してぇー!」
妙に納得できたような気がした。
そのまま何故か懐かしい雰囲気のまま食事は終わった。
彼女は最後にもう一度だけ俺に謝ると席に戻っていった。
最後までしっかり者だった。
朝6時になった。
いつものように煩い時計がジリリッとだけ鳴って止まる。
止めたのは俺の手。
起きやすくなってきた気温。
……真冬に比べるとって話でまだ布団に入っていたい欲求が強く俺を引き止める。
俺は日課をこなす為に眠気を突っ張るように布団から起き上がった。
日課となっているマラソンは小学生の頃は夕方か夜だった。
それが詩姫との一件以来は朝になった。
そして今はあの海岸には行きづらくなったので色々と行ったことの無い場所を走り回っていた。
今日は何処に行ってみようか―――。
行き場所を無くしたというのは結構つらいな、と苦笑してとりあえず走り出した。
20分ほど走って公園についた。
家からの最短距離を考えれば10分でつくぐらいの位置にある公園。
遊具がほとんど無くただ広い公園。
野球用のバックネットやフットサルのゴールが見える辺りは
そういった使用目的のためにあるのだろう。
その以外と広い公園内を走り出す。
俺以外にも何人か走ったりストレッチしたりしている人はいた。
そして、その中に、ある人を発見してしまった。
「近澤―――さん?」
「え―――?」
知り合いに会うだなんて思ってなかったのか少し驚いたように顔を上げる。
「あ…おはよう―――水ノ上君。朝、早いんだね」
「ああ、日課なんだ。朝走るのが」
「そうなんだ、私も同じ。」
彼女は特に表情を変えず淡々と話しながらストレッチを続ける。
「ん、っと、さてと―――私は一周ぐらいアップしてから短距離やるんだけど、水ノ上君は?」
短距離―――か。
そういえばここ最近全力で走るなんてことはしていないな。
近々体力測定もあるみたいだし、足慣らしには丁度いいか。
「うん。まぁ、大して目的があるわけじゃないから付き合っていい?」
だから、ちょっとだけ興味がわいて、そう聞いてみた。
「うん。じゃ、アップから」
それだけ言うと彼女は滑り出すように走り始めた。
俺もそれに続くように並んで走る。
綺麗な走り方だった。無駄な動きがほとんど見えなくて、大らか。
こんな小さな体でもこんなに大きな走りができるんだなって素直に感心した。
一周。特に何も言葉を交わすことも無く、元居た位置に戻ってきた。
多分、彼女はめちゃくちゃ足が速いんじゃないだろうか。
なんだかすごく興味がわいてきた。
「ねぇ、俺と、あのラインまで勝負しない?」
「…え?」
彼女はいきなりの話にちょっと驚いた表情を見せる。
多分50Mぐらいだろうか、あのラインまで。
「多分、近澤さん、足速いだろうから引っ張ってもらおうかなって」
「そ―――んなことないよ、全然っ」
慌ててブンブンと否定する。
「まぁ、走ってみないとわかんないよ、な?」
「う、うん」
俺は腕時計を一分後に鳴るようにセットして、線の後ろに立った。
「ホントにやるの?」
彼女が隣に立ってそう聞いてきた。
―――それで確信した。彼女は速い。
だから笑顔で頷いて見せた。
*Asahi...
こと、走ることに関しては自信があった。
距離が短ければ短いほど私は速く走れると―――。
だから、男の子と走るのはなんとなく苦手だった。
勝ってしまうとなんとなく気まずくて、恨まれてるような気さえするからだ。
だから私は、彼に聞き返した。
「ホントにやるの?」
それに対しての言葉は無くって、
―――ただ彼は笑顔で頷いた。
そんなうれしそうな彼の考えが読めなくて、ちょっと訝しげな顔をした。
「あと十秒………」
そう言って彼は時計から目を離して前を向いて身構えた。
私もそれに習って前を向いて、大会の時のように、音に集中した。
ピ―――!
そんな電子音が一瞬だけ聞こえた。
途端、私と彼は弾かれるように走り出した―――!
ピ………ピピッ………ッピピ
なんどもその音と彼の足音が私の耳に入る。
それは彼が常に私の隣に居るからだ―――!
気持ちが焦る。
付いてこられている―――どころか、彼はずっと最初から位置が変わっていない―――!
隣の存在に押し出されるように前へ前へ
全力で走る、走る。
目の前の空気が邪魔とさえ思えた。
私と違うテンポの足音が私から離れない。
50Mでつけられた線が迫る。
あと、一歩―――…!
ダンッという足音が二つ同時に響いた。
「っ―――はぁっ!」
息ができなかった。
50Mの激しい運動に体全体が酸素を求めている。
いつもら一回ぐらいじゃこんなに息はあがらないのに、今は心臓が急いで全身に酸素を送っている。
ドクドクと心臓の音が頭に響く。
「はぁっ―――…は、速いな、はぁ、近澤さん―――…」
そんな余裕のない私に彼は笑顔で話しかける。
「―――た、多分あたしも今新記録で走ったよ」
何となく笑えて彼に語る。
きっと今のタイムは今までの人生で一番早かった。
そう思えるほどギリギリの心境で、全力だった。
彼もニカッと笑みを零して、汗を拭う。
「でも、引き分けたっ頑張ったっはぁっ…きっつぅ…はははっ」
ホントにうれしそうなその顔はなんだか昨日まで見ていた彼とは違って、思わず心臓が高鳴った。
私が見たのは士部君と語っているほんの一部だった。
「勝てる自信……あったのになぁ……」
それでも自分は笑顔なのが分かった。
引き分けた事が、嬉しかった。
「俺だって、負けない自信はあったっ」
その言葉にちょっとだけ笑えた。
引き分けは彼の思いの範疇だったから―――。
彼の思いのままに走らされたのだと知った。
「次は、勝つからっ」
だから私は次の約束をとりつけていた。
悔しかった。それもある。
でも引き分けた。とてもいいライバルだ。
多分、彼の本当にうれしそうな笑顔に釣られてしまったんだと思う。
その約束の言葉にも、彼は笑って答えてくれた。
「ん―――あ、もうこんな時間なんだ」
ちょっとだけ残念そうな顔をして、でもすぐに笑顔に変わった。
「じゃ―――…また、あし…いや、学校で」
一瞬考える顔になってすぐ笑顔。
その意外ところころ変わる表情が面白くてクスクスと笑いながら
私も「じゃぁ、また学校で」と手を振った。
魅力の沢山有る人だ。
勉強も出来るしスポーツも出来る。
カッコよくて優しい。
―――ああ、一番映えるのはその少年的な笑顔。
挑戦を楽しむその姿。
彼が見えなくなってもなんとなく笑顔で彼の去っていった方向を見ていた自分に気づいた時、
多分、私の顔は真っ赤だったと思う。
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