8.京

*Ryoji...

 そして、いつものように家前に立った。
 シュウが来て―――シキが来て。
 ミヤコの来るまで駄弁っていた。

「なんだかなぁ男の子2人のほうが早いなんて珍しいよね。
 なんかこう男の子って、遅れてゴメンを言うために遅れそうじゃん?」
 なんでワザワザシチュエーションを作るんだ。
「そりゃ俺は家の前だし。
 これからは遅く出てきて 遅れてゴメン! って言ってやろうか?」
「やらなくていいよー家が目の前の癖に……柊君は?」
「オレ、毎日5時起きだし」
「えっ早っ!? 何やってんの?」
「朝練だよな柊?」
「オレに言わしてよ!」
 どうも柊のセリフを奪うのが最近の流行のようで。
 俺はあははは〜なんて言いながら柊に揺さぶられていた。
「ちっくしょ、じゃぁ俺だって暴露しちゃうよ?
 リョウジも朝練にマラソンやってるんだぜヒメちゃん」
「………マラソン?」
 詩姫は何かに思い当たったように視点を遠くに合わせて考える仕草を見せる。
 まずは空を見上げている。
 家の屋根、俺の部屋の方に視線を移す。ここからじゃ天井ぐらいしか見えないが。
 更に玄関、表札。何かを思い出して辿っている。
 そして、ゆっくりと俺を見た。
 そして、また空―――

『あ』

 俺と詩姫は同時に声を上げた。
 思い当たる節が脳裏にも過ぎった。
 立ち位置が絶妙だった。
 オレンジ色の風景と、過去の思い出。

「あーーーーー!!!」

 何かに気づいた時のお決まりの声。
「涼二、朝起きれないんじゃなかったのっ!?」
 ビシッと俺を指差す詩姫。
「いやぁ、頑張れば俺だって」
 しどろもどろな答え。
 しまったコレは気まずい。
「あーーーっだから夕方居なくなっちゃったんだっっ」
 そう、俺の日課は元々夕方か夜。

 ―――……あの海岸を走って何度も往復することだ。

 詩姫を避けるために、その時間の往復を止めた。
 その時間は家で勉強するようにして―――閉じこもった。
 詩姫は何か言いたさげな顔でこちらを睨むがそれには苦笑することしかできない
 雨のような罵倒を覚悟したその時―――。

「いってきまーす、おはようみんな。遅れてごめんね〜」

 狙ったようについているその台詞に皆で目を合わせる。
「あ、京ちゃんおっはよー!」
 柊が元気よく手を振る。
 彼女の明るい声が響いて、気まずさが半減した。
「うっす。詩姫、アレはいいのか?」
「お、おはよーっ。みやちゃんはいいのっ」
 とりあえずさっきの話題を掘り返してみた。
「何があったの?」
「いや、ナイスタイミングだ。いい仕事するね」
 ポンポンと彼女の肩を叩いてグッと親指を立てた。
 何か分からない表情をして、京もとりあえず親指を立てて応える。
「うーっ」
 とりあえず言いたいことが言えず不完全燃焼で悶えている詩姫。
「行こう」
 俺はそれだけ言って歩き出した。
「なんでヒメちゃんそんな可愛いことになってるの?」
「かっ可愛くないっ」
「そんなヒメちゃんが可愛い〜」
 よく分からない行動だが皆で歩き出す。





*Miyako...


 朝。起床したと思われる自分の体を起こしてみる。
 スーッと空気が背中を撫でる。
 ぷるっと震えて更に布団に潜り込みつつ時計を手に取った。
 ………。
 時計の針は6時45分というのをぼやけた視線で確認して
 私はまだ布団から動けないでいる。
 ………
 不意に肺で空気の冷たさを感じた。
 起きていても夢のような感覚から徐々に目が覚めていく。
 名残惜しすぎる布団からようやく抜け出すと、
 さっきまで感じなかった心臓の音がゆっくりと体中に滞っていた血液を巡らしていくのを感じた。
 重い手を動かしてカーテンを開けた。
 あまりにも明るい空間の出現に思わず目を瞑る。
 ゆっくりゆっくりと目を光に慣らせながらあけていく。
 不意に窓の向こうからザッという音が聞こえる。
 無意識にそれに反応して外を見下ろした。
 涼二が朝の日課から帰ってきたところだった。
 昔は一緒に頑張ってみようと思った時期があったが、あまりの朝の辛さに3日で終わった。
 涼二も咎めはしなかったし、その時は朝起こしにきてくれてた。
 そして玄関の戸を閉めようとする涼二と目が合った。
 私は何もせずじーっとそれを見ている。
 涼二は手を振ると『お・は・よ・う』と口を動かして笑う。
 それに手を振ると満足げに頷いて家に入っていった。
 私は時計を振り返る。
 7時丁度になっていた―――。

 私は元来ネボスケで、朝は本当に動けない。
 だから朝の大半は夢見心地で過ごすのだ。
「おはよ〜〜」
 洗面台で顔を洗った私はダイニングに足を運んだ。
「おはようミーちゃん」
「おはよう」
 お母さんとお父さんのいつもの言葉を聞きながらフラフラといつもの席に座る。
 すると目の前にサササッと朝ごはんが置かれていく。
 白いご飯とお味噌汁と四角いお皿に乗った焼き魚。
 うちは純和食派だった。
 昔、涼二の家に泊まったときに朝ごはんがパンだったのは新鮮だったのを覚えている。
「いただきます」
 と小さく手を合わせて言うと、ゆっくりとご飯を食べ始めた。

「ごちそうさま」
 そう言う頃にはもう目はしっかり覚めてて、手早く学校に行く準備を開始する。
 歯磨きが終わったらもう一度自分の部屋に戻って制服に着替える。
《おっはよーーぅ》と響くいつもの柊君の声になんとなく笑いながら髪に櫛を通す。
 寝癖があんまり付かないのですんなりと準備は終わる。
 まぁそれでも待ち合わせの時間ギリギリ。
 ちょっとだけ急いで玄関に向かって靴を履く。
《あーーーー!》なんてヒメちゃんの叫び声が聞こえる。
 な、何があったんだろ?
 とりあえずドアを開けて外を窺う。
「あ、京ちゃんおっはよー!」
 いつも通り一番最初に柊君が元気に挨拶を投げかけてくれる。
「いってきまーす」
 とダイニングのほうに向かって言うとみんなのほうに向かって―――
「おはようみんな遅れてごめんね?」
 明らかにヒメちゃんが何かを言おうとしたタイミングで私は出てきてしまったみたいだ。
 微妙に泣きそうな顔で私と涼二を交互に見る。
「うっす。詩姫、アレはいいのか?」
 私には分からないワードがある。
 やっぱり何かあったみたいだ。
「お、おはよーっ。みやちゃんはいいのっ」
 なんか、こう、身構えた感じの姿勢で挨拶が返ってくる。
 うーん?
「何があったの?」
 小さく両手を挙げて聞いてみた。
「いや、ナイスタイミングだ。いい仕事するね」
 無意味に爽やかに笑ってみせる涼二がなんだか怪しい。
 そんな涼二を見てヒメちゃんは「うーっ」なんて地団駄踏んでいた。
「なんでヒメちゃんそんな可愛いことになってるの?」
 頬を膨らませて顔が赤い。
 怒ってるんだろうか?
「かっ可愛くないっ」
 ぷぅっと頬を膨らませてそっぽを向く。
「そんなヒメちゃんが可愛い〜」
 ………御免ね?
 邪魔したかったわけじゃないんだよ?
 そう思いながら歩き出した涼二について、私も歩き出した。




 この学校の勉強はペースが速い気がする
 進学クラスというのもあるけど、私が聞いている他の学校の教科書の
 進み具合と数学が10ページほど早かった。
 次のテストがちょっと心配になってくる。
 カッカッと黒板をチョークが走る音を聞きながらそう思った。
 不意に隣の席が目に入る。
 ―――ヒメちゃん。この学校に来て初めてできた友達―――
 容姿端麗で授業を受けている姿もハッとしてしまうほど綺麗だと私は思う。
 もともと、涼二の友達みたいですぐに私たちに溶け込んだ。
 私は嬉しかった。
 涼二や柊君といる時は女の子1人だったから。
 でも、ちょっとだけ妬けちゃうなぁ。
 だって、今まで一緒に居られたのは私だけだったのに。
 すんなりと溶け込める彼女の素直な性格は羨ましいとさえ思える。
 あと、すごいのが歌。
 本当に歌手を目指しているらしい。
 アレだけの声だから私はその夢を素直に応援している。
 いろんなオリジナルの魅力を持った彼女。
 私には無いからやっぱり羨ましい。
 でもプラスマイナスで言えばプラスの方の気持ちが大きい。
 だから、彼女に見とれていた私に気づいたヒメちゃんに満面の笑みを返した。
 ヒメちゃんもそれに満面の笑みで答えてくれた。




 マットに引っかかって転んだり、
「ヒメちゃんっ!?」
「大丈夫っちょっと失敗しただけっ」
 ボールを顔面で受け止めたり、
「ひ、ひめちゃんっ!?」
「え、えへっ大丈夫っ」
 走り出す瞬間に靴の紐踏んで転んだり―――。
「ヒメちゃんっ!」
「あは……大丈夫……」
 一番びっくりしたのは跳び箱に体当たりをした時だけど。
「ヒメちゃーーん!?」
「あぅぅ……」

 ホント体育の時間のヒメちゃんは見ていて飽きなかった。

「だ、大丈夫? ヒメちゃん………」
 体操服を脱ぎつつ話しかける。
 そう言いながらも私の顔はにやけていた。
 うーん。
「………うぅ、なん、とか〜……笑わないで〜っ」
 痛々しく赤くなってはいるものの
 ほとんど怪我をしていないヒメちゃんの意外な頑丈さに驚く。
 でも、ぎこちなく服を脱いでいる辺り
 打ち身とかが結構あるんじゃないかと思った。

 体操服の上を脱いだヒメちゃんの後ろに回る
 授業する前まで白くて綺麗だった肌に赤みが差している場所がいくつか―――。
「後で保健室にシップをもらいに行こっ」

「うーん大じょーぶだと思うけど………」
「でもほら、背中のこことか痛くない?」
 ツンとあかくなっている背中を触る。
「大丈夫だいじょう―――ふぁん!?」
 ついでに背筋にツゥッと指を這わせた。
 ひめちゃんがびっっっっくぅと背筋を伸ばす。
 大声を出してしまったのでみんなの視線が集まる。
「み、みやちゃんやめてよ〜」
「ごめんね〜」
「やぁぁっだからっんんっ」
 なんだか面白いのでもう一度やってみた。
 とっても悩ましい声を出して喘ぐヒメちゃんに欲情しそうだ。

「織部さん、声がエロい……」
「二人でなんか凄い事やってるみたいだよ?」
 周りの子から突っ込まれる。
 佐々木さんと至町さん。
 席が近くてよく一緒になる二人だ。
 秘密の世界? エロエロだ〜なんて言いながら私達を見ている。
「ええ? だってこんな背中綺麗なんだよ?」
 指を這わせるぐらいやりたくなるというものだ。
「確かに。けしからん」
 佐々木さんが頷く。
「うん。これはけしからんね」
 更に至町さんが私と同じようにヒメちゃんの背中を指でなぞる。
 今度は何とか声を抑えてヒメちゃんは逃げる。
「あ、あたしよりみやちゃんのが綺麗だしっ胸もあるし」
 ひめちゃんがブラウスで自分を隠しながら私を指差す。
「胸……重くない?」
「揉んじゃえっ」
 佐々木さんは私をまじまじと見て言うと、至町さんがいつの間にか私の後ろに回っていた。
「あ、ちょっとっやぁっ」
 ま、まさか私に来ると思ってなくて変な声が出た。
 中学校でもよくあったスキンシップだが慣れるものじゃない。
 すぐ逃げ出して私もブラウスでガードする。
「すっごーい! おっきームニュッてしたー」
 至町さんがうわぁーっと声を上げる。
「いいなぁスタイルよくて胸大きいって羨ましすぎない?」
 そして揉んでいい? と聞いてくる。私はぶんぶんと首を振ってそれを断る。
「あたしも羨ましいよっ」
 何故かヒメちゃんもグッと拳を握ってその二人と同意していた。
 身長はもうチョット欲しいと思うんだけど。
 皆には返答が困ったので笑顔だけ見せて、ヒメちゃんの怪我の話題にうつす。
「それより、ヒメちゃん腕のとこ青いよ」
 みんなの視線が再びヒメちゃんに行く。
 チャンスなので私は自分の着替えを進める。
「えっあ。ほんとだ〜織部さん今日凄かったもんね〜」
「アレは無いよ。すぐ保健室いきなよ?」
 皆に心配されるヒメちゃん。
 うん。やっぱり皆アレは心配になるみたいだ。
「う、うん。でも大丈夫だよ?」
「でもほら、ここの腕のとことか」
「いたたっ」
「ご、ごめん! 大丈夫?」
 私が少し冗談交じりで触ったのに、結構痛がった。
「う………うん、シップ、もらいに行こ………」
 この綺麗な体にシップが貼ってあるのは
 ちょっと情け無い気がしてクスクスと笑う。
 誰にでも苦手なものってあるもんなんだなーって思った。

 着替えた私たちは保健室へ向かった。
 その間必死に運動ができないことを説明するヒメちゃんに
 ずっと笑わせてもらった。



 そして夕方―――。
 7時間という長い時間を勉強して、ようやく放課後となった。
 6時間なのは水曜だけ。
 学校からすれば、まぁ、
 かなりサービスしているつもりなんじゃないのかと思う。
 今日が金曜日ということもあって和気藹々と帰っていく生徒や
 新たに気合を入れてクラブに行く生徒。
 様々だった。
 私も、鞄に荷物を詰め込んで、帰る準備を整えていた。
 そこに、ある影が近づいてきた。
「あの―――…」
 ―――ヒメちゃん?
 後ろから話しかけられたので振り向く。
 その声は私よりも低い位置からかけられたものだった。
 ちなみにヒメちゃんは私よりも大きい。
「近澤さん?」
 確か、そうだったはず。
 いつもヒメちゃん越しに見える教壇の前の席にちょこんと座っている。
 お昼とかも一人で食べているのでそろそろ一緒に食べようと誘おうかなと思っていた。
「あぁ…はい、近澤夕陽です。ぁああの、コレ―――」
 なんだか妙に挙動不審だけど、バッと目の前にプリントが出された。
 あ、そういや、これ集めてたんっけ。
 学校についてのアンケート用紙。
 殆どの人は休憩時間に集めていて、近澤さんと後数人が出していないだけだったはず。
「あーありがとう、忘れかけてたー」
 実際月曜の朝で良いと言われているので忘れていても構わなかったけど―――。
 せっかく思い出したので出しておくことにしよう。
 そう思い立って、教壇の中に入れていたアンケート収集用の袋を取り出す。
「あ、あの、あたし、行きますよ?」
「え?」
「いえ、どうせ職員室に行こうと思ってて………」
 うーん。自分の仕事は自分でやりたいんだけどこういう場合に
 甘えられないのは良くないかな………。
 丁度そんなことを思っているときだった。
 ガラッと教室のドアが開かれた。

「みやこ〜? 職員室にアンケート出しにいかねー?」

 隣のクラスのクラス委員、涼二が誘いに来てしまった。
「え? あ―――?」
 私と涼二の間に挟まれてうろたえる近澤さん。
 うーん、小動物って感じ。可愛い。
 その様子にちょっとだけ微笑んで
「じゃ、一緒に行こっか」
 と、私は答えた。
 涼二と並べるときっと面白いことになるんじゃないかな。
 近澤さんの驚いたような焦ったような顔を見ながら私はにっこり笑っていた。


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