9.夕陽

*Ryoji...

 3人で職員室へと向かっていた。
 下校する人やクラブで走り回る人の間を縫って進む。
 ただこの3人というのが―――俺と京と近澤夕陽。
 ………なんでだろうな?
 近澤朝陽さんのほうとはクラスメイトで一緒にメシを食ったりしているので仲がいい。
 ただ双子の妹である彼女とはテストの発表以来話していない。
 まぁそんなこと気にしてても始まらないのでとりあえず話を振ってみることにする。
「ねぇ」
「は、はいぃ!」
 うお、そこまで驚かれるとやりづらいな………。
「いや、そんな驚かなくても…うちのクラスの近澤さん、陸上部だったんだよね?」
「あ、あーちゃんは、うん。陸上部」
 緊張してるのか、言葉がたどたどしい。
 まぁ話していればなれるだろう。
「しかも結構足が速かった方でしょ」
「うん。速かったっクラブじゃ一番速かった」
 やっぱりか。
 あの速さは普通の女の子じゃ勝てないだろうな。
「中学の大会にも出てて、女子の部じゃ一番だったの」
「やっぱり? めちゃくちゃ速いよな」
 間接的に自分が速いと言っている気もするがあえて気にしないでおく。
 俺の言葉に近澤さんはコクコクコクと人形のように頷く。
「多分うちの中学校では一番速かったよっ
 男子とかだーれもあーちゃんに勝てないのっ」
 お、なんだか、乗ってきたみたいだ。
 キュッと拳を握って俺を見上げている。
 目がキラキラしてて子供みたいだ。
「陸上部の先輩にね、初め1人だけあーちゃんに勝てる先輩が居たんだけど
 あーちゃんどんどん速くなってすぐ先輩も抜いたんだっ」
「へぇ、すごい―――」
 な。
 って言えなかった。

「でねっ! でねっ!? あーちゃん走ってる時ってすっごいカッコいいんだ!
 ホントに同じ双子かーーーーってぐらい!」


 うわ、嵐モードになったっ!
 勢いに乗ってどんどんとその『あーちゃん』の自慢話は続けられる。
「一緒に並んで走ってもねっ! 全然追いつけないのっ!
 走り出した時にもう体一個分ぐらい離れてて、一歩ごとにどんどん速くなっていくんだよっ」
 確かに彼女より足が遅ければそうだろう。
 スタートの速さには俺も追いつけない。
 でも相槌する暇も無い。まだまだ一方通行あーちゃん談義は続いている。
 俺は京に助けて〜という視線を送る。
 ちょっとだけ困ったように笑って、何か思いついたような表情を見せた。

「ねぇ、なんで涼二が朝陽さんが陸上やってたって知ってるの?」
 ピタリとそこで嵐が止む。
 それにちょっと安堵した。
「あぁ、昼飯を一緒に食べるようになったから―――」
『えぇ!?』
 京と近澤さんから同じタイミングで驚きの返事が返ってくる。
「あ、誘ったのは柊な。昨日のテスト結果の発表見た後に」
「さ、3人でですか!?」
 何故かそんなところを突っ込んでくる近澤さん。
 まぁ考えるまでも無いのでさらっと答えた。
「3人だな」
 ピシィッ!と音のしそうなそんな張り詰めた空気が流れた。
 あ、アレ?
「い、意外と話は盛り上がったしな」
 ビシィッ!! と更にシフトダウンしていく。
「………そうですか………」
 この子ハイギアだけじゃなくローギアも細かく備えているみたいだ。
 ガンガン雰囲気が重たくなっていく。
 み、京、コレは俺を嵌めるために出したパスなのか………?
 京に視線を送ると崩れた笑顔で目を逸らした。

「あ、近澤さん、あれってお姉さんじゃない?」
 京が小さく指差す。
「え―――?」
 職員室に行く俺達と対照に職員室から出てきた近澤朝陽。
 途端、その場の空気が一気に軽くなって、
 俺の隣に居た近澤妹はパタパタと姉のもとへ近付いていった。
「あーちゃんっ」
「え? あ、夕陽」
 何一つ表情を変えることなく妹の名前を呼ぶ。
 そして、後ろから近付く俺に気づいた。
「ん? 水ノ上君、どしたの?」
「うっす。アンケートだけ先に出しとこうと思って」
「そうなんだ」
「あ、そだ明日はスパイク持って挑みに行くよ」
 ちょっとだけ驚いた顔をして、満面の笑顔になった。
「―――ふふ、うん。待ってるよ」
 そのちょっとだけ余裕のある含み笑いに
「じゃ、また朝に」と笑いながら言って別れた。




*Yuhi...

「京、行こう」
 そう言って水ノ上君と秋野さんは職員室へと入っていった。
 ……―――信じられない。
 あーちゃんがあんなに楽しそうに男の子と会話してるなんて。
 あたしはその事実がショックでしばらく硬直していた。
「夕陽? 職員室に用があったんじゃないの?」
 さっきの表情とは打って変わって、いつもの表情であたしにあーちゃんは話しかけてきた。
「おーい?」
 なんて呼びかけの声にも私は反応できない。
 相手はあの水ノ上君。
 さっきの水ノ上君とあーちゃんの会話を振り返る。
 水ノ上君は言った。また朝に、って。
 朝―――?
 今日の朝は確かにちょっとだけあーちゃんは機嫌がよかった。
 なんとなく理由が気になって聞いてみたけど答えてくれなかった。
「もう、夕陽? 私先に帰っちゃうよ?」
 軽く肩を揺さぶられてあたしの妄想はそこで止められた。
「あ、ごめんっすぐ終わらしてくるっ」
 あたしは職員室に急いで用事を終わらせに行った。

  つまり、水ノ上君と、朝、何かあったんだ―――

 そう、あたしの瞬時に脳裏に過ぎった。



 こういうのはアレだよね。
 本人に確認するのが一番だよね。
 夕日を浴びながら帰るあたし達双子。
 あーちゃんは職員室の前からずっと上機嫌で今も少しだけ笑顔で歩いている。
 コレは非常事態なのではないだろうか。
 かなり根が深いと言うかなんと言うか。
 あたしのあーちゃんセンサーにビンビン反応してます。
「ね、あーちゃん」
「うん?」
「水ノ上君となんかあったの?」
「なっ…何って?」
 うーーっなんでどもるんだよぅあーちゃん。
 なんとなくツンっとわき腹を攻撃する。
「ちょ、もう、なんでも無いってばっ
 何か隠してるっ
 ツンツンツンツン!
 奥の手である両手攻撃を意識的にあーちゃんに向ける。
「あはっ、あぁっ、やめっ…っ! わかった! 言うからっ」
 あーちゃんはこの手の攻撃に弱い。
 何処をつついても敏感に反応する。
 あたしの手から逃れてはぁはぁと息を整える。
「………別に大したことじゃないよ。朝練してたら水ノ上君に会ったの」
 服を調えてあーちゃんはスタスタ歩き出す。
「え? なんで?」
「水ノ上君も朝練でマラソンしてたの。で、たまたま、公園で会ったのよ」
「………で?」
 それだけじゃ色々足りない気がして、更に深く聞き込む。
「うーん。一緒に走って、短距離も一緒にやった」
「………それだけ?」
「うん」
 あーちゃんは私の問いにあっさりと頷く。
 でも、なんだかあたしは腑に落ちなかった。
「………そんなもん?」
「そんなもん」
 あーちゃんは笑顔でそう答えた。
 うーん?
 あたしの思い違い?
 そうも思えてきた。
 水ノ上君があーちゃんに楽しそうに話しかけている様子を思い浮かべる。
 まぁ、朝練仲間………クラブ仲間みたいなものかな?
 そう納得してみる。
 だからふぅーんと返事をして、その会話を終わった。
 つもりだった。

「あ、でね。水ノ上君、私と引き分けたんだよっ」
 嬉しそうな表情。
 あたしはその笑顔に一瞬、嫉妬をした。
 水ノ上君と仲のいいあーちゃんに対してか、
 あーちゃんと仲のいい水ノ上君に対してか、
 ―――ただ、心が痛んだ気がした。
 あたしは、あんな風な顔のあーちゃんを見たことが無い。
 あたしは、あんな風な顔で笑ったことが無い。

「明日もまた、やろうって、朝言っちゃったから」

 それはきっとあーちゃんから水ノ上君への言葉。

「明日は、スパイク使うし、私、負けないよっ」

 本当に楽しそうにあーちゃんは朝の出来事を語る。
「―――そー、なんだ」
 なんともいえない複雑な気持ちがあたしの中をめぐる。
 分かってしまう。
 それがあたし達がきっと双子だからだろうか。
 誰よりも強く以心伝心できるとあたしは信じている。
 あははっと綺麗に笑うあーちゃんは―――

  恋をしていた。

 あたしは、何に嫉妬したんだろう。
 誰に対してどう思ったんだろう。
 気持ちがよく分からない。
 でも、そのいろんな思いを頑張ってかき分けて、
 一つだけ思いを残した。

  水ノ上君はあたしの敵だ―――と。

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