11.試練

*Yuhi...

 じゃぁ作戦実行かな?
 あたしはお弁当を持って隣の教室へとやってきた。
 今回のミッションはあーちゃんと水ノ上君の関係を調べるべく活動。
 ……その前に他の教室に入るって言うのが緊張する……
 教室の人は心なしか少ない。
 多分さっき物理教室へ移動があったのだろう。
 それなら全員いるよりはやりやすいのではないか。
 あたしは心を決めると、異世界への扉をガラッと開けた。
 そして教壇をまっすぐつっきって、ご飯を食べている水ノ上君一団にたどり着いた。
「あ、夕陽? ど―――」
「あーちゃん一緒にご飯食べよっ」
「へ?」
 あーちゃんはいきなりのことに豆鉄砲食らった鳩みたいな顔をする。
「おぉっ! 近澤さんの妹かっ! 椅子はそこにあるぞっ」
 びしっっと短髪の人はあたしの後ろにある椅子を指差した。
 水ノ上君はあたしを見ると、すっと机をずらしてあたしが入れる分のスペースを空けてくれた。
 あたしはそこに椅子を入れて、お弁当を机の上に置いた。
 水ノ上君はもしょもしょとお弁当を食べ続ける。
「朝っち妹だよね? 名前はなんだっけ?」
 あ、朝っち! すでにそんなに仲が良いんだこのグループ。
「ゆ、夕陽です……」
 うわー……男のひと苦手だぁ〜……
 特にこんな軽い感じの人は更に苦手だ。
 なんとなくタジタジして、あーちゃんに助けを求めてしまう。
「はぁ。柊、メシは静かに食うもんだ」
 水ノ上君があきれた声で彼を制する。
「士部君、夕陽引いてる」
「ふ、二人してひどいなっ俺はただ名前が知りたかっただけだよぅ」
 箸をビシッと水ノ上君に向けて更に続ける。
「会ったらまず名前を聞いて、あだ名を決めるっそれ俺流」
「ふぅ〜ん。朝っちって今始めて聞いたけど?」
 すかさず水ノ上君が切り返す。
「そりゃ今まで心に秘めてたんだ!」
「なんでだっ」
「そりゃ……ああ〜ねぇ?」
 なんで敵に同意を求めに行くんだろう。
「助けてゆーちゃんっ」
 あたしにきたっ
 しかもゆーちゃんは中学校の時と同じあだ名だ。
 ちょっとは代わり映えが欲しいところじゃない?
「あぁーえっと……あたしたちが同じ苗字だから仕方ないんじゃないのかな?」
「そうそれ!」
 びしっと親指を突き立てて満面の笑顔になる。
 なんだかあたしより子供っぽい……
 いや、あたしは子供っぽくないけどっ
「調子に乗るなっんなもん微塵も考えてなかったくせに」
「人間何も考えてない方が幸せなんですよーってさっきの時間言ってたろ?」
 あぁ、それは物理の先生の口癖だ。
 物理の先生なのに考えないことを勧めるのはどうかと思う。
「まぁ、柊には良い言葉だな」
 あ、それ。そんな感じ。
「ひ、ひどっ俺だって考えてるんだぞっ」
「じゃぁ先生の出したチャレンジといてみろって」
「お前……明日生きてられなくなっても良いのか?」
「……いや、やめよう。そのままの君が一番だ」
 この二人の付き合いは長いんだろうか。
 かなりニュアンスで話が進んでいる。
「チャレンジって?」
 このままじゃ二人に会話を全部持っていかれてしまうっ
 あたしは思い切ってその会話に割り込んでいくことにした。
「ん? 物理のチャレンジ出たことない?」
「あ、あるっ加速度の問題だった!」
 そんなものが解ける奴は限られているだろう。
「俺らはもっと変な問題だな……」
 そう言って机の中のプリントを一枚引き抜いた。
「ほら」
 あたしの前に差し出す。
 あたしはそれを無言で受け取るとざっと目を通す。
 うわ―――わかんないっ
「こ、これって何?」
 思わず聞いていた。
 水ノ上君はもぐもぐと食べていたものを一度飲み込んで、お茶を飲み干す。
「……っは。力学的エネルギー保存の法則なんじゃないか?
 まず重さを質量に変えて位置エネルギーを出すんだ―――
 ってメシ時の会話じゃないな」
 箸を止めて唖然としているあたしとあーちゃんを見ると会話を止める。
 でも、あたしは止める気は無い。
 コレはチャンスだ。
 アタシには全く理解できなかったコレを水ノ上君は解けるって言ってる。
 ―――なら、解いてもらおう。
「じゃ、質量変換がいるんだよね?で、重さが300ポンドだから」
「-1334.52N」
 そこの間の式はあたしも知っている。
「ん〜じゃ、質量が136.18kgだから……公式は?」
「1/2mvi2乗+mgyi=1/2mvf2乗+mgyfでvfを出せばいいはず」
 すごい……ポンポンと次に進める。
「ちょ、お前ら日本語しゃべれ」
 士部君とあーちゃんが呆れた顔でこっちを見ていた。
「夕陽、ご飯食べなさい」
 またママみたいなこと言う。
「え〜これからが本題なのに〜」
 あたしはそれに反発する。
 公式を教えてもらえればあたしは解く自信がある。
「別に俺はこんなの解く気無かったんだけどなぁ」
 水ノ上君がそう言った。
 というか、水ノ上君からすればもう解けていたも同然だったみたいだ。
 公式が分かっていれば、あとは解くだけ。
 あたしはプリントを食い入るように見ながら、さっきの公式に数字をはめていく。
「あ……でたっ! 44.27m/s!」
 瞬時に閃いた数字をしゃべる。
 水ノ上君はかなり驚いた顔をしながら
「すげぇな近澤さん」
 とあたしを褒めた。
『え?』
 当然近澤さんというのはこの場に二人いる。
 あたしとあーちゃんは同時に反応した。
「あぁごめん夕陽さんのほう」
 その言葉にあーちゃんはちょっとむっとした表情になったような気がした。
「あーちゃんもすごいよっ」
 あたしは何故かあーちゃんをフォローする。
 本能的にあたしが危険だと判断した。
「脱いだらね」
 へ? あたしとあーちゃんは士部君に向かって振り向く。
 その瞬間にはもう水ノ上君の指が、士部君の目を突いていた。
 ぎゃぁぁぁぁと雄たけびを上げて動かなくなった。
 水ノ上君は悶絶する士部君を何も無いように無視してご飯を進める。
 あーちゃんもそれに習ってご飯を進めだした。
 あ、これは気にしちゃいけないんだ……
 だからあたしはもう一度話しを戻すことにした。
「じゃぁ、今度は下りきった時の速度だね!」
 水ノ上君は微妙な表情をして動きを止めた。
「近澤さ……夕陽さん、ご飯食べない……?」
 お、なんかその表情面白い。
 あたしは満面の笑顔を浮かべてそれに応える。
「いいよっ次体育だしっ多少遅れてもっ」
 微妙な笑顔でそうか、と彼は言う。
「ちょっと迷惑でしょっ」
 あーちゃんに太ももを抓られている。
 だって解きたいんだもん。

 ……あとであーちゃんにみんなのご飯の邪魔するなら来るなって怒られた。


*Ryoji...

「ふぅ……やっぱりか」
 俺は空を見上げて呟いた。
「は? なにがだよ」
 朝から割かし曇っていたが雨が降りそうなほどでもなかった。
 だが今はどんよりと雲って梅雨のようなジメジメした空気と一緒に雨が降っている。
「柊のせいで雨が降ってるじゃないか」
 なんとなく八つ当たり。
 雨を鬱陶しいとしか思えないからだ。
「何でオレのせい!?」
 体育は体育館で行われることになった。
 女子と半分を使い分けて、多分バスケだろう。
 食った後はつらいなぁ……なんて思いながら、
 体育教師白宮の前で整列した。
「えー、今日はいきなりの雨で体育館になった!」
 そんなことはここに来ている時点でみんな分かってる。
「というわけで今日はバスケをやる!」
『いぇー!』
 バスケ部と柊がその言葉に賛同する。
 体育はAB組合同の男女分け。
 まぁ今は雨のおかげで全80名がここに集合しているわけだが。
「じゃぁ組み分けするぞー。Aグループが―――」
 組み分けは出席番号で行くようだ。
 俺はDグループ。Cグループに柊。
 意外とバスケ部も分散されて戦力的には良い感じみたいだ。
「AとBコートに入れ! 時間がなくなるぞ〜!」
 そして、体育の熱い試合が開始された。
 試合は10分。
 その間は実に残り30名が観戦することになる。
 そして、今日は雨。
 自分達の試合をみている男子は殆ど居ない。
 そう、視線は―――女子の試合の方へ。


ピーーーーーー!

 試合開始のホイッスルが鳴った。
 京が相手と一緒に飛び上がる。
 ちなみに、遠めに見ても京のほうが背は小さい。
 そんなハンデをものともせず京はバスケットボールを勢いよく弾いた。
 パァァンッッ!!
「―――ヒメちゃんっ」
 ボールは詩姫めがけて真っ直ぐ飛んでいく。
「―――みっ」

 ぺちぃぃん!

 ―――顔面キャッチ!?
 顔面にぶち当たり、詩姫は一回転する勢いで後ろにスッ転ぶ。
 ボールはもう一度高く跳ね上がった。
 ―――そうか、詩姫、めっちゃくちゃ運動音痴だったんだ!
 昔、防波堤にあがって、風に吹かれて海岸に落っこちた詩姫を思い出す。
 バランス感覚あたりに決定的に欠けてるものがあると思う。
「おい、何ニヤニヤしてんだよ」
 思い出し笑いを柊に突っ込まれてしまった。
 傍から見れば女子をみてニヤついてる怪しい奴にしかみえなかっただろう。
 だから試合から視線を外して笑う。
「いや、詩姫は昔からおいしい奴だと思ってたよ」
「え? もしかして今の偶然とかじゃねぇの?」
「え? いや、素だよ」
「まじっすか」
 そういって試合に視線を戻す。
 ボールを持っているのは京。
 目の前にバスケ部だろうか。
 妙にスタンスの良い子が立ちはだかった。
 京がボールを左手に持ち替える。
 ―――でる!
「いっけーー京ちゃーん!」
 隣で柊がそう叫んだ瞬間。

 ダンッ―――

 京がボールを右に持ち替えながら抜きにかかる。
 それに合わせて相手も大きく右に出た。
 思わず笑いが出る。
 この先に起こることが見えるから。

 ―――ダダンッッ!!

 京は思いっきり低く構えてステップとボールを左に移し―――
 クロスオーバー!
 勢いよく左側を駆けて相手を抜き去っていった。
『おおおお!!!』
 男子の方から歓声が上がる。
 抜き去られた女の子は唖然としてゴールへと向かう京を見る。
 レイアップシュートを華麗に決めて降り立つ。
 今度は女子の方から歓声が上がる。
 さすが京。オールマイティーにモテるな。
 詩姫というマイナス選手がいても、
 京というスーパープレイヤーがいる限りこのチームは負けないんじゃないか?
 そう思えるほど今のプレイは圧倒的だった。
 ていうかミヤコよ。
 なんでそれでバスケ部じゃないんだお前。
 ゴール前、京から詩姫にパスが通った。
 お、今度は大丈夫だったみたいだ。
 ……さっきは走ってる途中にパスが来て、ボールを踏んで転んだ。
 詩姫は大丈夫なのかホントに。

「エイッ」
 ボールは勢いよくゴールを下から貫いた!
「なんでだよっ!」
 つい声に出して突っ込む。
 ボールはもう一度真っ直ぐと落下してゴールを通過する。
 ごんっっ!
「あたっ!」
 そしてゴール下にいた詩姫の頭を直撃した。
 頭を抑えてプルプル震えていた……
「だ、ダメだこりゃ……」
 思わず口に出るほどだめだった。
 立ち上がってフラフラしている詩姫と目が合ったので手招きして呼び寄せる。
 トボトボ歩く詩姫は試合は勝っているのに負けている感じだ。
「おっす。大丈夫か?」
 とりあえず、聞いてみた。
「うん……なんとか」
「ヒメちゃんナイスファイトだっ」
 グッと親指を突き出す柊。
 それにあはは……と乾ききった笑いを返すと俺の前に座り込む。
「どぉ〜したらみやちゃんみたいに活躍できるかなぁ……」
「俺に言っても何も起こらねぇよ……」
 しかもあれは無理だろ。
 バスケ部だってタジタジじゃねぇか。
 再び試合に目線をやるとまた京が得点を上げていた。
 あれ、意外と膠着した試合展開だ。
 18−20。負けてるし。
 目の前で落ち込んでる詩姫をみる。
 京もパスを回す相手が見つからず何度もボールを取られている。
 時間もあと少しみたいだ。
 なら―――。

「詩姫、あのゴールの一番外の線のとこに立ってろ」
「えぇ?……届かないってあんなとこから」
「ま、ものは試し。思いっきり投げろって」
「へぇ、そういうことね。さっすが〜」
 柊には俺の狙いが分かったのかニヤニヤと笑い始めた。
「うぅ……わかったっ頑張るっ」
 そう言うと詩姫は試合へと戻っていった。

 そして言われた通り、スリーポイントラインの手前に立った。

「あと二十秒!」
 先生がストップウォッチを見ながらそう言った。
 ボールは敵が持っている。
 長いパスを出して京から逃げているようだった。
 不意に京と目があう。
 俺はグッと指を突き立てて、その指を詩姫の方へ動かした。
 京の視線が詩姫に届く。
 その隙に相手はシュートを放った。
 ガンッとリングに嫌われて高く跳ね上がる。

 チャンスだ―――!

 京はバスケ部より外から高く跳ねてリバウンドをとる。
 そして、思いっきり詩姫に向かってボールを投げた。
 ボールはセンターラインで落ちて高く跳ねる。
 丁度、詩姫の手を突き出した位置へと落下した。
 みんながダッシュで戻ってくる。
 詩姫は慌てて振り返ってボールを思いっきり下に構える。

「いっけぇ!!」
 京は思いっきり叫んでいた。
 心なしかうれしそうだ。
 ボールは高い弾道で弧を描く。

 ダンッダンッ
 嫌われた―――ボールはまた高くゴールの上で跳ね上がる。

『はいれっ!!!!』
 俺と詩姫の声が重なった。


 ザンッ―――!!

 綺麗に、網をくぐる音がした。
 ピィーーーーーーーーーー!!

「そこまでっ!」

 奇跡の逆転スリーポイント。
『ワァァァァァ!!!!』

 これまでにない歓声が体育館に響き渡る。
「やっっっっったぁ!! ヒメちゃんえらいっっ!!」
 がばーっと詩姫に抱きつく京。
 その後に続いて何人も詩姫に引っ付いていく。
「織部さんすごいっ」
「やったーー!」
「あは、ははははっっ、やったっ、わわわわっ」
 その人数が支えきれなくなってみんなでこけていた。
 うーん。
 めでたしめでたしっだな。
 疎らに起きている拍手の一つとして俺も手を叩くと自分の試合が有る事を思い出す。
 立ち上がって勝利の胴上げらしき事が起きてる後ろを振り返る。

 ……今、体育だよな?

 そんなことを考えながら次の自分の試合へと赴いていった。


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