13.負け

*Ryoji...

「アレ? 涼二帰らないの?」
 教室を出て丁度、詩姫と京がHRを終えて教室から出て来た。
 そして鞄を持ってない俺を見ると詩姫がそう言った。
「ちょっと保健室に寄れって言われてさ、これから行こうかと思ってるんだけど……」
「じゃ、あたし付いていこうか? 保健委員だしっ」
 自分を指差して胸を張ってエッヘンと威張る。
「保健委員なんかになったんだ……」
 自分が一番運ばれそうなのにな……。
 俺は唖然としながらそれだけは口にしないことにした。
「涼二、私もちょっと用事があるし、ヒメちゃんも待ってるだけじゃつまんないだろうから一緒に行ってもらいなよ」
「へ? 何かあった?」
 瞬時に思い浮かんだのはクラス委員の仕事だが、
 今は何も言われていないはずだ。
「あ、違うよ? 私の用だから」
「そーか、じゃいいや。待った方がいい?」
 ちょっと考える素振りを見せるがすぐ答えが返ってくる。
「ううん。たぶん涼二より早いと思うから、私が待つよ」
「わかった、じゃ、行くか」
 おとなしく会話を聞いていた詩姫の肩を、ポンポンと叩いて促す。
「あ、うんっ」
 俺の言葉に反応すると、パタパタと動き出した。
「いってらっしゃ〜い」
 俺達は京の言葉に振り返って手を振ると、保健室に向かって歩き出した。

「でも、何の用事なんだろみやちゃん……」
 テクテクと誰も居ない保健室への道を歩きながら詩姫が聞いてくる。
 俺には大体予想が付く。
 そろそろそんな時期だろうな。
「詩姫は京から聞いてないんだなぁ」
「へ?」
 何を? と言わんばかりの疑惑の表情を見せる。
 あー……本人に言わすべきか……俺が言うべきか。
 まぁ、自慢が好きな奴じゃないし俺が言った方が良いんじゃないかと思う。
「ま、違うかもしれないが、多分学校の裏庭辺りにいるんじゃないか?」
「え゛!? それって―――」
 文字では表現できない声で驚く。
 そのニュアンスだけで大体のことは理解したようだ。
「そうだ」
 俺はその考えに相槌を打つ。
 するといきなり詩姫は歩くのをやめて、ガシッと俺の腕を掴む。
「た、大変だっ助けないと涼二っ」
 何故かバタバタと落ち着きを見せない動きをする。
「は?」
「だ、だって! 京ちゃんピンチなんだよっ!?」
「え? 何で?」
 俺は激しく慌てる詩姫にハテナマークしか出せない。
「だって、学校の裏庭って言ったらっ」
「いったら?」

「オトシマエつけに行ってんじゃないの!?」

 何の!?
 不良にヤクザの混じった考え方だ。
「ちがうわっ!」
 俺は思わず詩姫の方にビシィッッと突っ込みを入れた。
「違うの!?」
 そこ、驚くとこじゃないし。
「違うよっ……大方、ラブレターでも届いたんじゃないのか?」
「ラブっ……! りょ、りょーじ、もしかしてみやちゃんって……!」
 ラブレターと言う言葉にかなり驚いたのか、詩姫の態度がしどろもどろだ。
「あぁ。めちゃめちゃもてるぞ」

「マジでッッッッッ!!?」

 ……耳がいてぇ。
 詩姫の声でガラスがカタンッと音を立てて揺れた。
「……ヴォリュームダウン詩姫」
「あうっ、ご、ごめんっ」
 詩姫はふぅっと息を深く吸うとゆっくり吐き出してから、
 もう一度聞きなおしてきた。
「みやちゃんて、そんなにもてるの?」
「ああ、中学校の時は年2人ペースで振ってた」
 そういう話が出たのは3年だけだがまぁ入学早々これだしあながち間違いじゃない。
「そんなにっ!? てかっ振ってたのっ?」
 俺は声を荒げる詩姫に声を小さくすることと他言無用の意味を込めて、
 口に指を当ててから話し始めた。
「あぁ。でもまだ誰とも付き合ってない」
「あれ?涼二か柊くんと付き合ってんじゃないの?」
 なにをどう勘違いしてるんだこの子。
「あんねぇ、俺は京と幼馴染。家目の前。柊はあんな性格だし、
 俺とつるむようになってから京と仲は良いけど付き合っては無いよ」
 簡単に俺達の関係を語る。
 詩姫はうーんと唸って
「そうなんだ」
 とだけ言った。だから
「そうなんだよ」
 と、それだけ返した。
 そこから保健室までずっと黙り込んで唸っている詩姫になんか言ってやりたかったが、
 なんて言えば良いのか分からないので、とりあえず俺も黙っていた。



 保健室では歩いて痛みが走るようなら親を呼ぶようにとか、
 簡単な連絡事項みたいなことを言われた。
 まぁ、無理をしない限り痛みは無かったので、俺はそのまま歩いて帰ることにした。
 一度、鞄を取りに教室へと戻る。
 とりあえず今日の保健室での収穫は、詩姫が保健室の常連だと言うこと。
 しかも真面目に怪我で。
 入った瞬間に先生に心配されたのは俺じゃなくて詩姫だった。
 そのことでさっきから笑いがとまらない。
 そんな俺の顔をみると詩姫が膨れる。
「なんでそんなニヤニヤっっ!やらしっ危ない人っ」
 頑張ってまくし立てているが、小学生並みの文句だ。
「やかましっ保健委員のくせに詩姫の方がよっぽど危なっかしいじゃん」
 自分の言葉にまた苦笑をもらす。
 その苦笑する自分がおかしくて笑う。
 変な悪循環をやり始めた。
「笑いすぎーーっ! あーっもーー知らないっ!」
 パコンッと手で頭をハタかれる。
「ぁいたっ」
 視線は一気に床へと移る。
 それだけやると詩姫はパタパタと走って逃げた。
 本当に変わってないな……あまりにも成長が見れなくて不安になるよ俺。
 でもここでこけないとは……お、これ成長じゃない?
 まぁ、顔も真っ赤だったし、かなり怒っていたに違いない。
 ただその必死に言い訳をする詩姫が楽しくて、ついからかってしまった。
 あとで謝らなきゃな―――。
 そう思って顔を上げた。
 多分変な顔してたと思う。
「あれ?」
 そこには思いもよらない人が立っていた。


「―――水ノ上君。話があるの」

 真剣な顔つきの朝陽と俯いている夕陽。
「―――何?」
 それにつられてニヤニヤとしていた筋肉の感覚は消えた。
「うん。ちょっと、こっちきて」
 目の前にあった恐らく空き教室のドアを開けて、夕日のオレンジに染まった部屋に入る。
 あまり使われないのか、陽だまりの匂いが充満した教室だ。
 ある程度奥まで行くと、朝陽が口を開いた。
「―――ごめんなさい。また謝るのかって言われると困るんだけど、
 私たちもう一つ謝んないといけないことがあるみたい」
「え?」
 ごめんなさいは何度も聞いた。
 夕陽だって俺に謝ってきたし、俺も許した。
 何も問題なんて無い。
 ―――当然次も許す事になるだろう。
 俺に関してのことなら、別に気にしているような事はないのだから。
「ほら、夕陽」

 朝陽が夕陽の手を引いて促す。
 夕陽の表情は窓から入ってくるオレンジ色の光の影になってよく分からない。
 夕陽はなかなか動かない。
「夕陽っ」
 朝陽が少しだけ強く、夕陽を促す。
 夕陽は硬く口を閉じしゃべろうとしない。
 石像のようにその場にたたずんでいた。
「夕陽!」
 朝陽がさらに強く言う。
 一体何だろうか……少し不安が募ってくる。

 ―――不意に、夕陽が動いた。
 パシッと朝陽の手を振り払った。
 ―――!

 その行動には俺も朝陽も驚いた。
 そして、夕陽に反射する涙が光る顔を上げた。
「は―――…?」
 朝陽が疑問の声を上げて肩を強張らせた。
 夕陽の涙が頬を滑り落ちる。
 俺は唖然とするしなかった。

 理由が分からない。
 言葉が出てこなかった。
 3人で無言の空間。
 居心地が悪かった。
 そして、俺が口を開こうとした時、事は起こった。

「―――あたし、水ノ上君が―――…好きです」

 夕暮れの教室。
 入ってきていたオレンジの光は、教室の窓にはもう当たっていない。
 俺は初めから起こる出来事に唖然とするしかなくて、
 朝陽は今起きた予想外であろうことに言葉が出ない。
 今、俺の目の前では、近澤夕陽が手を握り締めて、

 今の精一杯のその声で、
 ―――俺に告白をしてきた。

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