14.涼二
*Ryoji...
「―――はぃ?」
結構間抜けな声が出たと思う。
だって今、夕陽が泣いてて、朝陽が怒ってて。
夕陽が逆切れしたのかと思ったら俺に告白してきた。
よく分からない。
告白ってこういう空気でやるもんじゃないだろうし。
友達のかわりに言ってもらうとかそういうのはあるみたいだけど。
―――少なくとも俺はそういうのを知らない……。
もしかしたらこういうのを修羅場っていうのかもしれない。
「―――っうぅ―――ひぅっ」
嗚咽が無言の教室を支配する。
「ゆ、夕陽―――?」
朝陽が手を差し伸べて夕陽に近づく。
「あ―――あたしね、わかるんだっあーちゃん」
涙の後が付く顔を朝陽に向けて夕陽が言葉を紡ぐ。
夕陽に触れなかった手を止めて朝陽は、それを聞いていた。
「―――水ノ上君ってすごいね、あたしが邪魔しに入っても全然普通だったし」
夕陽は泣きながら少し疲れたような笑顔を見せる。
「あたしが知らない法則も知ってたし―――」
それを解いたのは俺じゃないけれど。
夕陽の顔が少し曇った。
「ボールに躓いても、シュートは決まったし―――」
ボールが無ければ、あのシュートは決まらなかった訳だが。
夕陽は一度唇をかみ締めると、拳をもう一度握りなおして俺の目を見た。
「っ謝った時も―――あたしの応援をしてくれたし―――」
また、夕陽の目からはぽろぽろと涙がこぼれる。
少し圧倒されそうになりながら、俺もその目を見返していた。
そして意外にも、先に夕陽が目を逸らした。
視線は朝陽に移る。
「あたしねっずっっっ―――と、あーちゃんが羨ましかったっ」
今度の笑顔は疲れたようなものじゃなくて、懐かしむようなやさしいものだった。
「え―――?」
圧倒されたままの朝陽は言葉が続かない。
朝陽を見据えて、夕陽は語る。
「みんなに、みんなに慕われててさ、みんなのお姉ちゃんみたいになってた」
言葉を切るたびに、ちょっとだけ嗚咽が入る。
「っあたしはっ自慢だったっ。あーちゃんがあたしの本当のお姉ちゃんだから―――ぁっ」
夕陽はまた顔を伏せて泣き出す。
それでも顔を上げて上目遣いで俺を見ると、言葉を振り絞るように言ってきた。
「あーちゃん、泣かしたらっ許さないんだからっ!!」
光の届かなくなった教室で夕陽の声だけが響く。
俺にはまだこの話の根がつかめない。
支離滅裂な話で、彼女が何を考えているのか分からない。
「わかっちゃうんだよっ……あーちゃんが水ノ上君が好きなこと!」
「……それは―――」
無いんじゃないかとは言わせてもらえない。
泣きながら独走する夕陽は止まらない。
「あたし、イヤだった! あーちゃんを水ノ上君に取られるのもっ
水ノ上君があーちゃんと楽しそうにしてるのもっ!」
俺達の距離はこんなに近いのに何故か彼女を遠くに感じた。
―――あの感情は嫉妬と言うのだろうか。
それも、子供のように純粋なキモチ。
漠然とそんな事を思った。
俺も当事者なのに、酷く遠い。
「また―――あたしとあーちゃんの距離が広がっちゃったんだって……
ずっと一緒だったのにあたしは独りで―――」
不意に朝陽が夕陽に近づく。
「夕陽……」
朝陽は夕陽の涙を両手ですっと拭うと、そのまま話し始めた。
「違うよ夕陽、ほら、落ち着いて……」
「うぅ……っ」
小さい子供をあやすように、ゆっくりと優しく話しかける。
「夕陽はずっとたくさんの友達がいたじゃない……
私なんかとっくに追い抜いてる―――ううん。
私の方がずっと追いかけてるんだよ」
「違うっあたしはまだあーちゃんに追いつけてないっなのにあーちゃんはどんどん遠くなる――」
二人の会話には入ってはいけない気がした。
二人で解決しなければいけない問題じゃないか。
でも、俺はここにいる。
呼ばれたんだ。
偶然でも何でも。
「二人の、どこに距離があるんだよ」
だから、俺は聞いていた。
「……………」
朝陽は夕陽の方を向いていて、答えない。
「水ノ上君には、わかんないよっ」
「夕陽っ」
「でもっ」
―――ん。分からないよ。確かに。
「でも、二人に距離なんて無いじゃないか?」
今、触れていられるのに、話せるのに、距離を感じる必要なんて無いじゃないか。
ブンブンと首を振る夕陽。
朝陽が振り返って、夕陽と並ぶ。
「だってっあたしはっあーちゃんみたいに早く走れない!」
「私には……夕陽のように勉強はできなかった……」
コンプレックス。
あの人にできる事。
自分には無いもの。
平等に比べられる事。
全く同じ道だった事。
―――きっとそう。
俺の至った考えは、二人が比べられて育った事。
それに、なんとか自分のできる事をしているうちに運動に、勉強に、特化した。
彼女等はそれがお互いに羨ましいと思った。
自分では得られない賛美の声が同じ顔をしたもう一人には得られる。
軽く目を閉じる。
―――俺も、そうだったな。
俺より先に生きたあの人は、全てを手に入れたのに俺は―――。
「俺―――さ、兄貴が居たんだ。この学校の3年生で、有名な大学に進学が決まってた」
ふっと、俺は笑った。
コレを話すことになるとは思わなかった。
脈絡がよく分からないが、別に言ってもいいかな、と思った。
「本当にすごかった。成績はずっと1番だったし、
運動も馬鹿みたいになんでもできた。
いっつもみんなの中心にいて、優しい兄貴だった―――」
そう。
俺の追い続ける最強の影。
それは―――
「でもさ、5年前交通事故で死んだんだ」
もう追いつけない高さまで上り詰めてしまった。
「困っちゃうよなーみんなの期待背負ってた所で、俺を庇って死んだんだ」
俺は笑っていた。
嘲笑だったかもしれない。
そう、俺にはもう、追いつくことが出来ない。
でも、その形だけでも俺は追い続けなければいけないんだ。
「だから、俺はずっと兄貴を目指して頑張ってる」
そう。
俺は。
水ノ上優一にならなくちゃいけないんだ。
俺は手に入れる。
同じ賛美を能力を容姿を道を力を。
その為の労力は惜しくない。
「でもさ、近澤さんたちってさ、誰になりたいの―――?」
二人は息を飲んだ。
「あたしは―――」
「私は―――」
二人が顔を見合わせた。
合わせ鏡のような姿。
「いや、二人は、今のままでいいんだ。
むしろ同じすぎる事ほど個性を感じない方がおかしいし」
コレを俺が言うと甚だ笑える。
でも、コレは俺だから見える。
そうだと思って言う。
「俺の価値観と二人は違うかもしれないけど……。
やっぱり話し合ってみるといいよ。
俺には二人が分からない。
“誰になりたいのか”ってね」
ふぅっと息をつくと俺は踵を返して教室を出た。
二人は俺を引き止めず、ずっと背中に視線を感じていた。
「―――涼二」
そこにまた思いがけない人が立っていた。
「……詩姫。聞いてたのか? 盗み聞きは良い趣味じゃないぞ?」
詩姫は視線を落とした。
「ごめん……」
「ん〜まぁ、二人の問題だし、俺らはさっさとかえ―――」
スタスタとその場を去ろうとする俺に、詩姫が後ろから抱きつく。
ドキッと心臓が高鳴った。
俺は冷静を装って何も言わない。
「涼二は―――っ涼二なのにっ」
その声は震えていた。
―――まだ諦めてなかったんだな。
今は何故かひどく優しい気分で、俺はその場でとどまっていた。
「何でっ」
カッターシャツがぎゅっと握られる。
「涼二だって掴めるのにっ……言葉が届くのにっ」
―――あぁ、久しぶりに心が痛い。
詩姫の声が届いてしまう。
だから俺は振り返った。
「ごめんな。詩姫」
それだけを言って歩き出した。
それを言ったのは―――あの日の俺だろうか。
「……それで、告白の返事はどうするの?」
「告白? ……ああ。そいやそんなのもあったな」
何となくジト目で俺を見る詩姫。
「……まぁ、いいや」
「いいやって!」
「だって、俺付き合うとか考えたことないし」
うーん。
まだまだ付き合うには色々足りないと思うんだ。
「でもっなんかそのまま放っておくのは酷いよ」
「今から言いに戻れって言うのか?」
「う、う〜ん……」
「もし聞きたいならまた今度聞きに来るだろうし大丈夫だよ」
「……涼二余裕だね」
慣れてる訳じゃないが今まで無かったわけじゃない。
京が牽制してくれてたから少なかったと思う。
答える言葉がないので苦笑して、俺は教室に歩き出した。
「ごめんっ!!」
ガツッン!
勢いよく頭を振り下げすぎた詩姫が机に頭をぶつけてうずくまる。
「だ……大丈夫か?」
いや、もういろんな所での話しだ。
「いっつぅぅぅ〜〜〜」
言葉に出来ないらしい。
教室に戻った俺はまた謝られていた。
「……いいよ。あれは俺が悪かったし。俺の方こそゴメンな」
なんだか聞き飽きた。もう1年分は聞いたんじゃないか?
もうそろそろやめて欲しい。
ちなみに今詩姫が謝っているのは、俺を叩いて逃げたことについてだ。
もう、色々ありすぎて覚えてなかったけど。
「おーーっす帰ろうぜぃっ」
丁度そこに柊と京が現れた。
俺も帰ろうと詩姫を促す。
「あっみやちゃんっ」
詩姫は京を見るなり、京にダッシュでとりついた。
立ち直りの早いやつめ。
「わっ何!?」
京は突然の事態に驚く。
「オトシマエつけられなかった!?」
「は、はい?」
「だから違うって!」
ビシッと突っ込みを入れてしまう。
恐るべしボケ属性。
「え? 何? 何? なんかあった?」
そのネタにハミられた柊が興味津々に聞いてくる。
今日の帰りのネタは、コレで決まりのようだ。
*Shiki...
「じゃぁねー」
「ばいばーいっ」
「京ちゃんヒメちゃんばいばーい!ついでに涼二もなっ!」
「それはもういいっじゃな!」
いつもの言葉を言ってみんな別れた。
あたしも踵を返して歩き出す。
不意に振り返ってみた。
涼二もみやちゃんも家に入ったあと。柊君ももう見えなかった。
日の落ちた街。街灯がぽつぽつと光って帰り道を照らす。
あたしの声じゃ―――涼二には届かないのかな。
不意に挫けそうになる。
でも涼二の言っていたことを思い出す。
『だから俺はずっと兄貴を目指して頑張ってる』
それは、まだ自分は涼二であるということ。
その後に言ってくれた『ごめんな、詩姫』アレは―――
涼二の言葉だった。
なんとなくだけど、そう感じた。
だからあたしはまだ頑張ろうと思う。
……明日にでもカラオケに誘おう。
うん。そうしよう。
もう一度踵を返すとあたしは歩き出した。
「おぶっ!」
今日は、電柱にぶつかった。
……周りに誰もいなくてよかった……
決意新たに歩き出す。
今日はこの前より歩くのが楽しかった。
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