15.土曜

*Ryoji...

 ―――目が覚めた。
 ここは俺の家俺の部屋。
 ちょっと青っぽくまとめた俺の部屋が落ち着いた雰囲気をかもしだす。
 目覚ましは鳴っていない。
 朝練は無しだ。
 だって足を捻挫していて、保健室からのドクターストップがかかったからだ。
 俺が目覚めた理由は別にある。
「あ、おはよー涼二ーっ」
「起こしちゃった? ごめんね?」
「……人の部屋に入ってきて起こしたもどうもないだろ」
 何故、この二人がこの部屋に入ってくるんだ?
 しかもこんな土曜の朝っぱらに。
 俺は時計を見る―――10時だった。
 前言撤回。寝すぎた。
 が、この二人が入ってきたという事実は否めない。
 せめて俺を起こしてから入れて欲しいもんだ。
「一応聞くけど……どうやって入ってきたの?」
「え、玄関から、階段上がって直接この部屋に」
 だろうね。
「……母さん、ドアの影でほくそ笑むなら二人に茶でも出してあげて」
「ふふ〜OK〜♪」
 そう言って不肖俺の母親は階段を軽やかに降りて行った。

「ホントおばさん変わんないねっ」
 詩姫がドアの方を見送りながら言う。
 母親の性格は掴めない。
 が、とりあえず男ばっかりのこの家で毎日をすごしているので女の子に弱い。
 以前もあったと思うがあの人はホントに俺の友人にベタベタなのだ。
「……そういや、詩姫もやられたっけ、買い物着せ替え」
 んーっと伸びをしながら、俺はベッドから足を下ろして座る。
 パジャマのままだがこの際どうでもいい。
「う、うん。強烈だったぁ〜〜」
 でしょうね。
「あははは……」
 京も渇いた笑いを見せる。
 あれでほんと、丸一日潰れる。
「……で、本日のご用件は」
 とりあえず居る分には構わないが二人の用事を聞いてみる。
 詩姫が顔を輝かせて、親指を突き出した。
「カラオケ―――」
「お休みジョニー」
 俺はそういうともう一度布団に戻った。
 すぐ寝れそうだ。
「ちょっっまだ言い切ってない〜〜」
 そういいながら詩姫は俺を揺さぶる。
「俺は今無性に休日の惰眠を貪りたいんだ〜」
 ガクガクと揺さぶられながら俺は抗議する。
「涼ちゃーん? 女の子のお誘いを無下にしちゃだめよ〜?」
 は! 殺気!?
 俺はガバッと飛び起きるとベットの上に構えた。
 ドアの向こうには再び母親が立っていた。
 京と詩姫は頭にはてなをつけて俺を見るが、
 確かに母さんは俺に向かって殺気を放っている。
 その無碍光のようなそれに打ち勝つすべを俺は知らない。
「ごめんね〜涼ちゃん寝起きのテンションコントロールが出来ないの」
 いや、母さんのテンションが読めなくて困るんですが。
 俺は心の中で突っ込む。
「下にお茶用意したから下りてきてね。涼ちゃんも着替えて朝ごはんっ」
 ぴしっとベッドにたたずむ俺を指差す。
「あ、はいっ」
「すいません朝から」
「ん〜〜〜っいーのよ〜みーちゃんも詩姫ちゃんも遠慮しないでっ」
 そこはかとなく嬉しそうだ。
 年を考えて欲しいものだ。

「あ、涼ちゃんベッドから降りるとき転ぶから」

 なぜ!?
 俺の心を読んだかのように恐ろしく冷たい目線だ。
 そしてその予言は恐ろしい。
「さ、二人とも行きましょ〜」
 そう言って3人はトントンと階段を下っていく。
 ……ははっんなわけないよな。
 俺は思い切って普通にベッドから降りた。
「―――づっ」
 足首に痛みが走って足に力が入らず、絨毯に向かってこけた。
 ―――…さすが不祥母……恐るべし。

 着替えた俺は顔を洗ってダイニングに顔を出した。
「涼二、こけたね」
 詩姫が俺の顔をみるなりそういって笑った。
「あぁ。こけたな」
 俺は思いっきり不機嫌にそう返した
 それでも詩姫は笑ったままお茶をしている。
「―――涼二、家だと素がでてるよね」
「でてるでてる」
 京とそんな会話を始める。
「いつでも素で生きてる詩姫とは違うんだよ」
 ―――空気が重くなった。
 これは俺が悪いな……そんなつもりで言ったんじゃないんだが。
「学校でこけてる場合じゃないんだよ俺は」
「こ、こけてっないよ? そんなにはっ」
「なんで疑問系なんだよ、どもってるしっ自信が無い証拠だよな京?」
「そんなことないって!大丈夫だよねみやちゃん?」
「あ、おばさんおかわりもらっていいですか?」
『するー!?』
 おばさんことうちの母親は、それを軽く笑いながらおかわりのお茶を注ぐ。
 しばらくすると、トーストに目玉焼きの乗った俺の朝食が出来上がった
 俺はとりあえずかぶりついて空になった胃に食べ物を送る。
 と、詩姫の視線が痛いんですが。
「どうした?」
「い、いやっなんでもないっ」
 そういって振り返ると詩姫のお腹がきゅ〜〜〜っと鳴った。
 朝飯食べてないんだな……。
「詩姫ちゃんも食べる?」
 なんて聞きながら母さんはトースターにパンをセットする。
「め、面目ないです……」
 詩姫はお腹を押さえて顔を真っ赤にして俯く。
「そんな詩姫ちゃんの溢れる可愛さが大好きっ」
 そう言って回りながらフライパンに卵を割った。
 うちの母親のテンションは詩姫のおかげで上がりっぱなしみたいだ。
「あはははっおばさん面白いねっ」
 京が心底楽しそうに笑った。

「最近ちょっと朝ご飯作らなくなっちゃって……」
 赤くなりながら食パンに小さくかぶりつく。
 そう言えば詩姫の家は共働きでしかも父親は有名なカメラマン。
 詩姫のおばさんもモデルですっごい美人だった気がする。
 世界をまたに駆ける何たら。
 殆ど家には居ないらしい。
 そのおかげで家事は殆ど詩姫がやっていたみたいだ。
 まぁ、詩姫のお兄さんもちょっとは手伝ってたみたいだけど。
 あの光景を思い出す。
 尻に敷かれたおっさんみたいだった……
 不意にこみ上げそうになった涙を飲み込む。
「そっか自炊してるんだ〜えらいねぇ〜詩姫ちゃん。
 涼二も見習わないとだめよ〜?
「はははっじゃぁ明日から俺がんばるよっ味見ヨロシクね母さんっ」
 これでもかっってぐらい爽やかなやり取り。
 お母さんはシマッタ的な顔をして瞬時に笑顔。
「ん〜んっ涼ちゃんっ無理は良くないわっじっくり行こうね!」
 一瞬にして母さんは折れる。
「?」
 詩姫が全く内容についてこれない。
 京は表現しがたいが無表情で笑っている。

「すごかったよね〜5−2食中毒事件」

 そう切り出してきたのは京。
 ―――なつかしいな。5−2食中毒事件。
「いやー俺もあそこまで活躍できるなんて思ってなかったな」
「へ? 何? 何があったの?」
 詩姫は俺と京を交互にみながら聞いてくる。
「1クラス全員が食中毒になったの。先生も含めてね」
 そうあの日俺は、見事な包丁裁きを買われてすべての班を回っていた。
 そこから悲劇は始まった。
 材料の間違い。調味料の誤認。
 凄まじい料理が出来上がった。
 でもそこは調理実習。食べないわけにも行かない。
 勇気を出して俺達はソレを口にした。
 ―――……意識がそこで途切れた。
 そのすべてを語ると詩姫は引きつった笑いで俺を見た。
「も、もしかして涼二って―――?」
 間髪いれずに母が継ぐ。

「料理が超下手くそなの〜」

 嬉しそうに言うな母よ。
 下手くそなんてセレブが使う言葉じゃないぞ。
 そんなものはお構い無しに母さんは嬉しそうに続ける。
「日ごろから何でもやっちゃうからかわいくないな〜って思ってたら、
 意外な盲点っ見えないところに弱点有りよっ!」
 グッと指を突き出す母さん。
 だからなんでそんなに嬉しそうなんだ?
「―――…そうなんだ?」
 詩姫がテーブルに近い所から見上げてくる。
「ノーコメントだ」
 俺はこの話題から逃げた。
 この話の主導権を握る女達に俺は何も言えない。



 チリーーン
 うち独特の呼び鈴が鳴る。
 ―――柊か。
 俺は席を立つ。
 玄関を開けると予想通り柊が立っていた。
「―――うっす」
「よう。ご機嫌麗しゅう?」
「かなり傾いている」
「うお。たまの土曜に酷いなっ」
 本当にそう思う。
「ま、あがれって」
「おう。涼二も女の子の日が来たか」
「―――柊、上がる時にこけるから」
「ほわい!?」
 ガッ! チョップが舞い降りた。
 柊を玄関に沈めダイニングに戻る。
「―――? 柊君は?」
 京が不思議そうに聞いてくる。
「尊い犠牲になったよ」
「お前のいわれの無いストレスのなっ」
 ち―――もう起きたのか。
「あははっ柊君いらっしゃ〜いさ、どーぞどーぞっ」
「あ、どもっす」
 母さん……もう他人にベタベタだなぁ
 そう感じずには居られなかった土曜日の午前。
 えっと……俺は何のために起きたんだっけ?
 まぁとりあえず、朝のティータイムを楽しむことにした。


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