16.午後

*Ryoji...

「もう一回きくけど。カラオケに行くんだよな?」
 俺はテーブルを軽く見回すと最後に詩姫で視線を止めた。
「―――うんっ! その通りっ」
 詩姫は満面の笑みを浮かべて頷く。
 まぁここでオレが行かないわけにはいかないだろう。
 俺は溜め息を吐くと提案した。
「なら、もう出ないとフリーで良い部屋借りれなくなるぞ」
「お、ノリ気になったかっ」
 そう行って柊は笑うと席を立った。
 それに続いて詩姫と京も立ち上がって鞄を持つ。
「さぁ、行きましょう!」
 母さんが先陣きって歩き出した。
 ―――……。
 俺はもう一度ソファーに座った。



 泣く泣く家に残った母さんをおいて、俺たちは駅前までやってきた。
「ほんといいキャラしてるよな〜ウチと変えて欲しいぐらいだ」
 柊はさっきからその話題をやめようとしない。
「あぁ、是非変えてくれ……俺恥ずかしくて仕様が無ねぇよ……」
 俺は多少うな垂れて言い放った。
「はっはっは。……うちの母さんはやばいぞ? 何かにつけて投げられるぞ?」
 なんだかいきなり真剣になって顔を近づけてくる。
 そして人差し指なんかをピッと上げて説明してくる。
「確かに見た目は誰よりも若いっ認る……でもな、
 俺はテストが終わるたびに稽古でボロボロにされる……
 まぁ涼二はそれが無いとしよう。
 最終的には大人しくテレビ見てるオレ捕まえて
『なんかやらせろやー!』って言いながら一本投げだぞ?」
 ……なるほど頑丈に育つよなそりゃ。
 柊をちょっと哀れな目で見る。
「頑張ってそだったんだな……」
 確か柊の母親は柔道の志の人だった記憶がある。
 柊以外にはメチャメチャ優しい。
 そしてかなり若い。
 お姉さんみたいな雰囲気だ。
 まぁある意味、柊の親父と柊というめちゃくちゃな二人を抑えるには、
 あの人が母親であるしかありえないと思う。
 そんな目でオレを見るなーー! と叫ぶ柊を尻目に俺はふと詩姫に目をやった。
 京と二人並んで歩くその姿は、色んな視線を集めていた。
 俺達が一緒に居ることで、ある意味中和されてはいるんだろう。
「ほほ〜視線を集めてるな」
 柊が意味ありげにアゴを擦りながら言う。
「……そうだな。目立つよなやっぱ」
「お前もそう思うかっじゃ、イケてるんじゃないオレ! ……はっ!?」
 左の手が柊にチョップを繰り出す。
 柊は瞬時にソレを察してガードをした。
 俺はニヤリと口の端を歪めて、思いっきり体を捻りながら手刀を鳩尾へ―――。
 ああ、またいけない癖が出た。
 どうしてもこう柊の隙を突いて沈めたくなる。
 ―――ん? 俺も頑丈に育てた人間の一人なのか?
 そんな感慨に耽りながら俺は歩いていく。

「あれ? 柊君は?」
 京がキョロキョロと柊の行方を捜す。
「自分というものに迷ったんだよ」
 俺は全く爽やかな笑顔で答えたつもりだ。
 ちなみに、俺の後ろの方の二人の死角で悶えている。
「……涼二、口の端に邪悪な笑みが残ってるよ?」
 詩姫がジト目で俺を見る。
 ―――ばれたっ!
 そして絶妙なタイミングで俺の肩に手が置かれる。
「今のは効いたぞ涼二ぃ……」
 右手を手刀にしながら肩をギチギチと強く握る。
「いやっまてっ俺は二撃目だけは外すなと柊のおばさんからっ」
「知るかそんなのっ」
「じゃぁおじさんから!」
「どっちもどっちじゃねぇか!」
 でしょうね―――!
 俺は激重の一撃を喰らった。



 頭を抑えたままの状態で歩くこと数分。
 俺たちは目的地に到着した。
「よっしっ」
 詩姫がなにやら気合いを入れる。
 俺はさっきから入りっぱなしだが。
「どした?」
「ん? ん〜んっ何でもないっ」
 俺が聞くと詩姫は微妙な笑顔でブンブン首を振った。
 怪しいことこの上ない。





 ……この前は大人しくしているつもりが変に盛り上がって歌ってしまった。
 今日はみなの邪魔にならない程度に適度に歌おう。
 順番は最後。適度に飛ばしてもらって……と。
 そうこう考えているうちに詩姫が歌い終わった。
 詩姫は相変わらず上手かった。
 周りを巻き込むようにして自分の世界に填め込む。
 新しい世界が見えるような―――そんな気分。
 詩姫が上り詰める世界はとても理想的なもの何だろう。
 そう思わせる歌だった。


 パチパチパチッ!!
 俺達の拍手がカラオケボックスに響く。
「やっぱり上手いっ!」
 京が歓声を上げる。
 柊がこれでもかってぐらい拍手を続ける。
 詩姫はそれを笑って受け取ると、
「はいっ!」
 おもむろに俺にマイクを突き出す。
「はい」
 俺は返事をしつつ、それを受け取って隣りにスルー。
「ちょっ!」
 詩姫は抗議の視線でこっちを見る。
 俺はそれを睨みかえして言った。
「取りあえずパスだよっ順番もあんだろ〜?」
「っそーだけど、一緒に歌うのもいーでしょ?」
 詩姫にしては珍しくすぐに切り返す。
「……いいよ、俺は」
 俺は詩姫から目を逸らしてソファーにふん反り返る。
「―――っ」
 詩姫は一瞬泣きそうな表情をして、おとなしく座った。
 ちょっと俺の心が痛んだ。
 それでもこれでいいと自分に言い聞かせて、歌に耳を傾けた。



* No Master...

「あーちゃんっあっちの店もいってみようよっ」
「……夕陽、そろそろご飯にしない?」
「えーっじゃ、あのお店行ってからっね?」
「もう……さっきもそう言ったじゃない……」
「あーちゃんの食いしん坊〜」
「―――っあ・の・ねっわたし達はお昼ご飯食べないで出たのよ? 今何時?」
「えっと―――…6時半」
「はぁ……なんでも良いからとりあえず何か食べよ?」
「わかった―――あ、水ノ上君たちじゃない?」
「え? あ、ホントだ何やってるんだろ?」
「カラオケとかかな?あ、こっちきた」
「……ミュージシャンじゃないか。尊敬できるよ」
「はぇ〜すっげぇなヒメちゃんのお兄さん」
「そうでもないよっ! だって……」

「……夕陽、なんで隠れたの?」
「……あーちゃんだって」
「今尊敬できるって言ったけど誰だろ?」
「織部さんのお兄さん……?」
「う〜ん? ミュージシャンってことは有名なのかな?」
「あ、なんかCDショップ入ったっぽいっ」
「……行ってみよっか」
「うん」
「―――わっ夕陽っまったまった!」
「み゛ゅっ―――けほっちょっあーちゃんっヒドイっ!」
「ご、ごめんって。でも、水ノ上君だけ出てきたよ?」
「……もういいよっ水ノ上君に欲しいもの聞いちゃえっ! み゛ゅっ!?」
「ちょっ! そんなことしたらわたし達の7時間ぐらいが水の泡じゃない!?」
「けほっ―――あーちゃんの首固めは死ぬっギブぅ! っはぁはぁ……」
「……あれ? なんか見上げてない?」
「はぁはぁ……へ?何をぉ?」
『―――シロユキ?』
「シロユキだよねあーちゃん」
「うんシロユキだよ? 夕陽」
「苗字なんだっけ?」
「うん。確か―――」
『オリベ』
「キタッ! 来たんじゃないあーちゃんっ!?」
「うんっいいんじゃないかな?」
「じゃぁショップにレッツゴー! み゛ゅっ」
「今行ったら意味ないでしょー!?」
「―――っ―――!!」
「行くならあっちのお店かな―――?」
「―――あ―――ちゃ―――…っ……」
「……夕陽?」
……
……


*Return

「に、してもホント歌上手いよねーヒメちゃんっ」
 京が詩姫を撫でながら言う。
 なんだか最近京がはじけてきた気がする。
 ちなみに詩姫のほうが背が高い。
 傍から見れば少し変な光景だ。
「まぁ当然だろ? お兄さんもヤバかったし」
 この言葉はいろんな意味を持っているが。
「ま、まぁ否定はしないよっ」
 詩姫も少し苦笑いだ。
「あ、ヒメちゃんお兄さん居たんだ〜」
「うんっ」
 詩姫は嬉しそうに頷く。
「どんな人? 涼二」
 柊が俺に聞いてきた。
 なぜ。
「実妹に聞けよ……」
「いや、あえてだ」
 柊は無表情でそんなことを言いやがる。
 そのせいでみんなの視線が俺に来た。
「そうだな……歌がすんげぇ上手かったな。
 っていうかもうプロのミュージシャンじゃないか。尊敬できる」
 柊が珍しいものを見るような驚きを見せる。
「はぇ〜すっげぇなヒメちゃんのお兄さん」
「そうでもないよっ! だってCD送ってくんないしっ」
 ぷぅっと膨れる。
 プスッと京につつかれてしぼんでも、もう一度膨れた。
「見てよコレっCD送ってってメールしたらさ……」

 <To>織部白雪
 <Sub>Re:
 ---------------------
 面倒い。

 一言!?
 顔文字も無ければ絵文字も無い。
 でも律儀に『。』だけは打ってある。
「白雪さんは相変わらずだな」
 俺は顔のパーツがすべて直線で描けるような感覚でしゃべった。
 後ろから柊が携帯を覗き込む。
「お兄さんシラユキって名前?」
 二人ともヒメじゃんと言って笑う。
「お前、本人の前だったら轢かれるぞ……」
 俺は呆れながら言う。
 実際、何人かバイクで轢いていたのを見たような記憶も出てきたが消しておく。
「違うよ柊君。シロユキって読むの。
 兄ちゃんそう言われると無造作に襲い掛かってくるよ?」
 無造作にって……あながち間違ってないのであえて何も言わない。
「え?シロユキ?」
 不意に京が声を上げた。
 胸の前に手を当てて驚いた表情を見せる。
「もしかしてシロユキってあれ?」
 そしてビルにかかった看板を指差す。
 ―――2ndアルバムのジャケット。
 白雪姫をイメージしてか、白を基調とした絵が描かれている。
 悶絶しながらイメージをこれにする白雪さんが浮かんでちょっと笑う。
 詩姫も同じ考えが浮かんだのか一緒に吹き出した。
『ぷっ』
「ははははっ絶対叫んだよなっ『俺は認めねぇー!』ってなっ!」
 思いっきり笑ってしまう。
 あの人はそういう人だ。
 ―――ウチの兄ともとても仲がよかった。
「あはははっだよねっ3段階ぐらいで落ち込んでるよきっとっ!」
 詩姫も同じ想像ができたのかかなりツボに来たようだ。
『楽しそうだね二人とも』
 柊と京が俺と詩姫の肩を叩く。
 なんだかとても嫌な笑顔が張り付いていた。
 つまり自分達を置いて話を進めるなと言う事か。
 俺達は、織部白雪という人を知っているだけ話し始めた。



 ―――はぁ。
 店の前の壁に寄りかかってもう一度ビルに掛かった看板を見上げた。
 他のみんなは詩姫がアルバムをまだ買っていないので、
「じゃっみんなで買いに行こうぜぃ!」
 と柊が言いだして、近くにあったこのCDショップに入って行った。
 俺も一応入ったが、どんどん居た堪れなくなってきたので先に出てきた。

 ―――俺の目標は動かない。
 でも、何故かライトアップされたCDのジャケットを、俺は食い入るように見ていた。


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