17.プレゼント

*Ryoji...

 織部白雪。
 5年前に詩姫と一緒に俺の目の前に現れた。
 俺と会った時にはもうデビューが決まっていて、
 あの人も天才と呼ばれる人の一人だった。
 何でも出来る俺の兄と対照的な天才。
『音楽』の天才だった。
 ギターを弾けば人が集まって、歌を歌えば拍手が絶えなかった。
 高校を卒業と同時にデビューを果たして、今はバンドを組んで活動している。
 天才だからって言うのじゃない。
 憧れてたのはそれじゃない。
 俺と詩姫はただ純粋にその人の作る曲に惹かれていた―――。

「おはよ〜っ」
 週明け月曜日。
 いつもとは違う声が朝一番に響いた。
「あれ? おはよ詩姫。早いなって……目、赤くない?
 ニンジン食べすぎたんじゃないか?」
 結構赤い。赤いぞ詩姫。
 ついにニンジンを生で食べられる動物に進化したのだろうか。
「あはは〜そうかも〜」
 ……。
 ………。
「え? マジ?」
 あまりのスカシに俺は本気で聞き返す。
「んなわけ無いでしょっ、
 朝、玉ねぎ切って目にきちゃって、涙とまんなくてさ〜」
 ピシィっと詩姫のツッコミが発せられる。
 ……珍しいな。いや、詩姫が突っ込むのが。
 朝ごはんと涙しながら奮闘する詩姫を思い浮かべる。
「玉ねぎにまけるなよ……?」
「な、なんでそんな優しい笑顔なのっ?」
 詩姫がザザッと音を立てて後退する。
「悲しい時は俺んちにいつでも来いよ? とりあえず母さんは大歓迎だ」
「そうねっでも涼ちゃん? 自分ちの前で女の子誘うのは良くないわ?」
 不祥母は俺達の間にいつの間にか割り込む。
「もう、大胆な子ねっ」
 そう言って俺のでこを指でつつく。
 所謂デコツン。
 そして何故アナタがここに。
「はい、涼ちゃんお弁当。詩姫ちゃんもほんといつでも来てね?」
 そういって柔らかな笑顔を見せる。
 にしても弁当とは……なんて言うタイミングで忘れ物を……
「あ、はいっありがとうございますっ」
 詩姫は母さんに硬くなってお礼を言う。
「―――それじゃ、行ってらっしゃい二人とも」
 柔らかにそれだけ言うと颯爽と家に戻っていった。
 ―――不思議だ。やっぱり。
「―――ぃーーよぅ!お二人さんっおっはよ〜!」
 今日もうるさい柊の声。
 程なくして京も現れた。
 いつもと同じ登校だ。


 そして―――…俺に問題が発生した。




『水ノ上君っ』
 俺の耳にステレオで声が響く。
 しかもほぼ同音階で声質も同じ。
 俺は声の主の方へ顔を上げた。
 近澤姉妹だった。
「お、何?」
 ちなみに、ただ今昼休み。
 俺たちは教室の端っこで昼食タイム。
 またこの間みたいに夕陽がやってきたが、
 今度は朝陽に了解済みだったのか至って普通に紛れ込んできた。
 柊はいつも通り歓迎して、俺もいつも通り入るもの拒まずの状態。
 そして柊がトイレに立って今は居ない。
 もしかして、アレの返事とかか……?
 困るな、今はちょっとギャラリーが多すぎるんだが……。
「うん、ちょっとね」
「水ノ上君に渡したいものがあるんだっ」
 朝陽と夕陽が交互に言葉を繋いでいく。
 その言葉に安堵した。
 二人ともこの前から少しだけ性格が開けたような感じになってて、以前よりも仲がいい。
 俺にも自然に話してくるので俺も気にしないようにはしてる。

「え? 何を?」
 俺は腕を組んで首を傾げる。
 何かを貸した覚えも無いし、何かを渡されるいわれも思いつかない。
「うん。はい、コレ」
 そう言って朝陽から手渡されたのは、白いビニールに包まれた四角いもの。
「あたしが天国で買ってきました〜み゛ゅっ」
「C・D・ショッ・プっ」
 何かまずいことを言ったのか朝陽が夕陽を羽交い絞めにする。
 それが綺麗に入ったのか夕陽が肘を叩いてギブを続ける。
 ……CDか……。
「―――っはぁはぁ……ととりあえずっお礼だよっ」
 開放されて息を荒くつきながら夕陽が解説してくれる。
「お礼って何の? 何にもした覚えないんだけど?」
 透けはしないだろうが、とりあえず光にかざしてみる。
「―――うん。水ノ上君には、夕陽が迷惑かけたから……」
 ふーむ。捻挫しただけなんだけどな。
 でもまぁ受け取らないとずっと謝り続けるだろうなぁ特に朝陽は。
 そう考えが浮かんできたので受け取っておくことにする。
「そっか。ありがとう。あけていい?」
 俺は二人を見てそう言ってみる。
 何も聞かずに開けるのは流石に野暮だろう。
『うんっ』
 二人は弾むように返事をした。
 俺はそれを聞いて封に手をかける。


 中からでてきたのはシロユキ2ndアルバム
『Snow White U』
 パッケージは白を基調としたデザインの絵画的な絵で、
 白雪姫をモチーフにした白黒の絵が描かれている。


 昨日、見とれたそのデザインと―――過去に憧れたこの中身―――。
 織部白雪のCDだ―――。


 キケンシンゴウダ

 俺の血液が冷え上がってゆっくりと流れ始める。

 ドウシテ

 今俺の手にこのCDがあるのか。

 ズットサケテキタノニ

 何でいまごろ―――


『水ノ上君?』
 不意に現実に戻ったような気がした。
「え―――?」
 俺は慌てて顔を上げる。
「大丈夫? すっごく顔色悪くなったけど……」
 朝陽が心配そうな顔で俺を覗き込む。
「あ、もしかしてもう持ってた?」
 夕陽があちゃ〜とか言いながら頬を掻く。
「いや、持っては無いんだけど―――」
 この時だけは自分の正直さを怨んだ。
「そう? なら良かったけど……大丈夫?」
 そんなに顔色が悪くなっているのか……
「いや、大丈夫だ。ありがとなっ」
 俺は無理やり笑顔を作ると二人に礼を言った。
『どういたしましてっ』
 二人も笑顔でそう言ってくれた。
 作り笑顔だとは―――バレなったみたいだ。

「ほほ〜貢がせてるのか涼二。最低だな」
 不意に二人の後ろから柊が覗き込む。
「違うっ! 人聞きの悪いこと言うなっ俺はお前と違って日ごろの行いがいいからな」
 そう言いながらCDを鞄に入れる。
「ほ〜ゆうじゃな〜い? ちなみにソレは何?」
「CDデス」
 柊が指をさして聞いてくる。
 俺はその質問に簡潔かつ率直に答えた。
「そう。シロユキのCD! 良い曲だった〜っ」
 そういって夕陽が跳ねる。
 ファンなんだろうか。
「だよなっカッコいいよな曲がっ」
 それに柊が便乗する。
 そういえばこいつも昨日買っていたような……。
 俺はなんとなく空を見上げてボーっとする。
 その間、柊と朝陽と夕陽の3人はずっとCDの曲について話していた。




*Shiki...

「ばいばいっ」
「じゃぁね〜」
「じゃぁな」
「京ちゃんヒメちゃんばいば〜い! ついでに……アレ?」
 そこシカトですか!? という柊君の声を背にして、涼二はそのまま家に入った。
「涼二なんかあったのかな……」
 あたしは二人に聞いてみた。
 思えば帰り際ずっとおかしかったような気がする。
「なんでだろうね……なんかずっと上の空だし……」
 みやちゃんがあたしに同意する。
「さーーーねっまぁ朝っちとゆーちゃんにもらってたアレのせいじゃない?」
 柊君は空を見ながら含み笑いを見せる。
 もらった?
『アレ?』
 あたしとみやちゃんは同時にソレを聞いた。
「はははっ涼二なんかCDもらってたみたいだぞっ」
 貢がせるなんて悪い奴だなっと冗談を言いながら笑う。
 ―――CD?
 あたしは体が強張ったのを感じた。
「CDってなんの―――?」
 もしかして、涼二に……

「あぁ、昨日オレ達も買ったやつ。シロユキのアルバムだよ」
 事も無げに言い切られたその言葉は、すぐにあたしを動かした。


 チャンスなんだっ

 最初で最後かもしれない。

 もし涼二がアルバムを聞けば、

 また戻ってくるかもしれない。
 あたしは涼二の家のドアを開ける。
 インターホンは押し忘れた。
「あ、詩姫ちゃんいらっしゃ―――」
 丁度目の前におばさんが現れた。

「涼二いますかっ!」

 必死だった。
「―――えぇ。自分の部屋に上がったけど?」
 ただ事じゃない剣幕に押されてか少し驚いた顔で道を開けてくれた。
「おじゃましますっ」
 あたしはおばさんの横をすり抜けると走って階段を上がった。
 よしっコケなかったっ!
 そして涼二の部屋のドアノブを掴んで回すと一気に引いた。
「りょ―――」
 ガゴンッ!!
 そんな音が響いた。
 痛い……。
 あたしはドアに頭をぶつけた。

 しゃがみ込んで痛みに打ち震える。
「だ、大丈夫か? 詩姫」
 突然部屋に現れて、突然頭をぶつけたあたしに、涼二は戸惑いながら寄ってくる。
「い、イエスッアイムファインっ!」
 あたしはそう言うと一気に立ち上がった。
 ゴッ!
 後頭部に衝撃が走る。
「!?」
「ぐがっ!?」
 あたしの目の前で涼二が仰向けに倒れた。
 どうやらあたしの頭が涼二の顔にクリーンヒットしたらしい。
「あぁっ大丈夫りょ―――わっ」
 涼二に寄ろうとあたしは、
 入り口部の段差に引っかかり―――
 涼二の上に重なるようにコケた。


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