19.喧嘩
*Ryoji..
……日も落ちてきた道を歩く。
ポケットに手を突っ込んで、折りたたまれた携帯を取り出す。
入学祝いよ〜と母さんが嬉しそうに俺を連れまわして、やっぱり1日かけて選んだ携帯だ。
青と白でデザインされた新型の携帯電話。
中学の時も持っていたが、特にメールと電話意外を使うことは無かった。
唯一アラームとか微妙なスケジュールとかぐらいだろう。
テレビも見れるがそれは俺にとって無駄な機能でしかない。
本当に必要最低限のことしかしない。
メール受信ボックスの中から新着メールを開く。
To:士部 柊
Sub:Re:OK
<本文>
おう!
さっさと来い!(*゚∀゚)
ちなみにこれは柊の家に来いと言う話がきて、その締めくくりのメールだ。
初めは全然乗り気じゃなかった。
今も乗り気じゃないが、あまりにもしつこいので稽古とやらに付き合ってやることにした。
ちなみに、メシが出るらしい。
初めのメールの内容をざっと説明すると、今日は道場の方が休みらしい。
それで親父さんも居なくて、稽古の相手が居なくて暇なんだそうだ。
おばさんが居るじゃないか、と送ったのだが帰ってきたのが…
『殺られるじゃないかっ(;´Д`)』
らしい。
うん。確かに……
と同情した辺りから俺は柊の家に向うことになったらしい。
家を出る時に母さんに
「やっぱり若さなのねっ!?」
と泣かれた。
だから、何が。
柊のおばさん……玲さんと比べると可愛そうだろう母さんが。
とか言うと引っ掻かれそうなので言わなかったが、
あの笑顔はバレてるんじゃないだろうか……
ちょっと家に帰るのが怖くなった。
あの笑顔のまま玄関に座ってそうだ。
―――……やばい、マジで怖くなってきた。
俺は首を振ってその考えを振り払った。
柊の家は前先生が言っていたように空手道場だ。
柊の親父さんが立てたため歴史は浅い。
が、建物は立派な造りで、道場も広く母屋も趣のある造りになっている。
山の中腹辺りで住宅地からちょっと離れているだけなので、場所的にも丁度いい。
独特の雰囲気が漂う場所だ。
看板の下をくぐる。
真新しい板に書かれた士部流真舞武術道場。
実際、空手以外の武術も含まれていて、大会に出るような人は少ないんだそうだ。
俺も空手よりテコンドーの方をよく習った気がする。
テコンドーは要するに足技。
おじさん流の技もいくつかだが。
ま、どうせ俺もあんまり強くは無いので別に柊の練習になるとも思わないが。
柊の家のチャイムを押す。
しばらくすると玲さんが現れた。
「あ、いらっしゃい涼君」
「ども」
「どーぞ〜柊は先に道場に居るってさ」
「はい、分かりました」
俺はそれだけ言うと靴を脱いで家に上がった。
その間の玲さんの視線が痛い。
「な、なんすか?」
あまりの熱い視線に俺はたじろぐ。
すると微妙な笑顔になって俺の頬を両手で挟む。
「この女泣かせっ」
「はぁっ!?」
突然なんてことを。
でも心当たりがあった。
「確かにさっき家を出る時に母さんが泣きましたが」
それは俺のせいもあるんだが……。
俺がこの時間に此処に来るって言う事は飯は食わされるし長引けば泊まっていけと言われるぐらいだ。
唯一毎日の楽しみである夕飯作りを無下にしてしまうのも良くない。
一人なら一人であの人は楽しくやっているようだが。
「若さなのねっと言ってました」
わざわざ俺を送り出す時に俯き加減で言うのだ。
それなら連れてくればよかったか。
玲さんとは仲がいいし。
玲さんはバツが悪そうな顔をすると
「あとで謝っとくわっ」
と言った。
でも再び目を合わせると悪戯に笑う。
「いやぁ、涼君はやると思ってたけどそんなに前からなんてっ」
どんどん顔がプレスされていく。
「話が見えないでふょっ」
ぬ、抜けられないっ!
そのせいで語尾がおかしいことになった。
「なはははっまぁ気にしないっほらさっさと行っといで〜」
そう言って顔から手を離すと、背中を押し出して俺を道場へ押しやった。
な、なんなんだ? 一体……
「おいっす!」
柊は道場の真ん中で逆立ちをしていた。
……
俺は無言で道場から立ち去った。
「ちょ、まてこらっこのまま放置は悲しすぎるだろっ」
道場から声が響く。
「じゃぁ何やってんだよと、一応聞いてやろう」
俺はもう一度道場に戻ると荷物を置いて着替えだした。
「試合前の精神統一じゃないかっ別に大した意味ねぇよ」
「落ちが無いのか……最低だな」
「オレはここでもそんなノリを求められるのかっ」
そう言いながら逆立ちのままポンポン跳ねる。
「じゃぁどんなノリを求めて欲しいんだよ……」
準備を終えた俺は軽く準備体操に入る。
「あ。そうそう。今日は涼二にいわにゃならんことがあるんだ」
逆立ちをやめて立ちあがる。
「ん? 何?」
「涼二、俺と喧嘩しようか」
「は?」
突然何を言い出すんだ。
柊の表情は後ろを向いているため分からない。
「何いって―――」
「ヒメちゃん、泣いてたな」
―――っ!!
体が強張った。
「なんでそれを……?」
「海岸でさ、倒れてたんだ」
柊は両手を横に軽く開いて首を振る。
「な―――なんで!?」
「走りすぎたみたいだな。もともと運動できる子じゃないし、
何べんもこけたみたいで膝も真っ赤だった」
罪悪感というのが俺の中でふつふつと沸きあがる。
容易に想像がついた。
俺の家を走って出て行った詩姫がこけながら走る姿。
「それだけじゃない。オレはもう一個違う理由でお前にむかついた。
お前さ、何でヒメから逃げてんの?」
柊の言葉は直接俺を貫く。
「逃げてなんか―――」
「逃げてるじゃねぇか。兄貴を目標に生きてんだろ?
負い目が無いなら堂々としてりゃいいのに、
お前はこそこそテキトウになんかを理由にして逃げてんだろ。
それともアレか。その性格はお前の兄貴か? 最低だな」
柊は今まで見たことも無い嘲笑を浮かべて、こっちを振り向いた。
俺は歩いて柊との距離をつめる。
「っいい加減にしろよ、兄貴はそんな性格じゃ―――」
「なら、お前かそれ」
柊の目が酷く冷たいものになった。
逆に、俺は頭に血が上っていく。
「……だったらどうなんだ」
「ぶっ潰してやる」
途端、俺たちの喧嘩が始まった。
初撃、柊の突きが俺に突き刺さる。
一瞬息が詰まる。が、咄嗟に体が後ろに跳んでいたので、ダメージは少なくてすんだ。
俺が体勢を整えていると、柊が掴みにかかってくる。
俺は前蹴りを出すが柊は蜘蛛のような動きでそれをかわす。
体を捻ると柊の逃げた方向に逆の足で蹴りを繰り出す。
が、どうやって避けたのか、俺の脚は空を切って着地する。
その間に柊が劇的な速度で俺の懐に入ると思いっきり投げ飛ばした。
「あ―――づっ!」
柔道の一本背負いでもなんでもない、ただ掴んで投げ飛ばすだけ。
―――喧嘩だった。
「根本的に間違ってんだ。それはお前が今なろうとしてるものとか」
それ以上柊に物を言わせたくなくて、俺は立ち上がってすぐ、柊に向かって走った。
勢いに物を言わせて突きを放つ。
柊は何事も無いようにかわすと逆に俺を思いっきり殴る。
顔に重いパンチが当たり俺は後ろを振り向く。
が、その勢いで後ろ回し蹴りを柊に放つ。
柊の腕がその蹴りを止める。
俺はもう一度飛び上がると逆の脚で回し蹴りを放つ。
しゃがんでそれを避けると、また俺を掴んで投げ飛ばした。
「ぐ―――っ!」
問答無用で板張りの床に叩きつけられる。
「兄貴になりたい―――はっ! そんなの―――」
もう一度柊に突進をする。
今度はいきなり飛び上がった。
思いっきり足を振り上げてカカト落とし。
両手でガードされ、俺は空中でバランスを失った。
思い切り弾き飛ばされ、再度床に伏せる。
「無理に決まってんだろ! お前は涼二なんだぞ!」
柊は怒っていた。
大して動いていないはずなのに、息を荒くして拳を握り締めていた。
―――痛い。
体も。それよりも心も。
立ち上がらない俺に柊は詰め寄ってきて胸ぐらを掴む。
「お前は死んだ奴の為に、生きてる奴を苦しめてんだぞ!!」
ギリッと歯が鳴った。
それは俺の。
俺は熱くなったそれを拳に込めてめいいっぱい目の前の奴を殴る。
「―――お前なんかに! 何が分かるってんだ!!!」
他人には理解できない。
答えがこれしか出なかった俺は、これを目指す事しか知らない。
これを曲げるようなことはしたくない。
「曲げる訳には行かない……ッ!」
「何でだよ!」
「京が泣くからだ!!
大切なら泣かすなっつたのはテメェだろうが!!」
「オレのせいにすんのか!?」
「しねぇよ!!
でもな! 全部が幸せで終わると思うな!!」
中学の初めの頃。
荒んでたのは分かってた。
真っ直ぐ歩いているつもりだった。
兄貴みたいになれないことに焦ってた。
だから、近づく奴等が鬱陶しいと思った。
いつのまにかだれも俺に近づかなくなった。
終わったと思った。
俺の理想にはもう辿りつけない。
こんな奴に関わる事も馬鹿なことだと京を遠ざけた。
―――独りで責任を負おうと思った。
そんな時いきなり、コイツにこの道場に連れてこられた。
ここで、初めて理不尽に殴られて、頭に血が上った。
大喧嘩した。
俺に関わるな。
俺に触れるな。
俺に聞くな。
ほっといてくれ。
「やめて! 涼二が死んじゃうっっ!!」
それでも―――彼女は、俺を助けてくれた。
おぼろげな意志で、感謝した。
俺を救ってくれる手が……あんなにも暖かい物だと初めて知った。
その日の後、俺よりボコボコの姿で登場してきた柊に驚いた。
手加減なしで親父に殴られたらしい。
それを承知でこの場所で俺を殴った。
バカじゃねぇのか……!
なんで、こんな奴、ほっとけばいいのに。
泣いてくれなくても、傷つかなくても……見ない振りだって出来るじゃないか。
俺の親友達は、こう言う。
『大切な人だから』
『ほっとけない奴だからだろ』
俺は―――この親友達の為なら、自分だって殺せると思った。
今彼女はここにいない。
コイツも、敵側。
―――っ!
―――っっ!!
純粋な殴り合いの喧嘩。
柊も俺も一発も避けないでただ相手を殴る。
口の中を切った。
柊の歯に当たって拳もボロボロ。
辺りに血を撒き散らしながらお互いに殴りあう。
何も聞こえなくなった。
ただこいつがムカついて、力いっぱい殴った。
なぁ、俺はどうすればいい柊。
俺はお前等と居たいから頑張って優一を目指していたのに。
二人に支えられてばっかりじゃなくて、自分で進んでいきたいのに。
自分は曲げてないんだ。
ただ―――彼女の存在が、少しだけ俺のノイズ。
あの時の俺の影を持っている。
あの時の夢を抱えている。
それを見てしまって、変わってしまうのが怖い。
それでもお前は俺に変われと言うのか。
「お前は俺たちの関係を壊す気なのか柊ーーっ!!」
拳を振るう。
初めてまともにシュウのわき腹に入った。
胴着には俺の拳の後が真っ赤に残る。
「やめてーーーー!!!!!!!!」
その声は、何も聞こえないはずの俺の耳に届いた。
柊はすっと手を引いて何歩か下がる。
俺は立ち止まって動けない。
一瞬、京と重なった。
でも、それは幻想。
忠実な、過去の再現。
―――なんで詩姫がここに?
道場の入り口から駆け寄ってくる。
「なにやってんのっ―――っ怪我してるじゃない!」
拳を強く握った。
ポタポタと血が止まらない。
俺たちの様子を見て悲鳴のような声を上げる詩姫。
「喧嘩だ」
柊が事も無げに言いきる。
「―――っ!」
俺はその場から走って逃げ出した。
もう、何がどうなってんのかわからない。
後ろから俺を呼ぶ声もしたが無視して走った。
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