22.遺伝


 俺の父親、水ノ上慎吾<ミズノウエ シンゴ>。
 兄貴が死ぬ少し前に有名スポーツ企業の社長になった。
 忙しいという大人の言い分を理解する事は無い。
 ―――そのせいで父は兄貴の死に際に、病院に来ることは出来なかった。
 だからと言って責める事も無かった。
 母もどうしようもないと首を振るだけ。
 あの場所に父親がいれば何かが変わったかと言うと、変わる事は無いだろうから。


 ……夜道を歩く、二つの足音。
 俺と詩姫のものだ。
 辺りはもう真っ暗。
 玲さんに言われて俺は詩姫を送ることになった。
 言われなくても送るぐらい送っただろうけど。
 とりあえず、重い腹を抱えながら歩く。
「うぇ……きもちわる……」
 玲さんももうちょっと手加減して作ってくれても良かったのに。
 帰り際の柊の悲痛な叫びを思い出す。
 ……グッバイマイフレンド。

「大丈夫? 鞄ぐらい持つよ?」
 ありがたい申し出だが、女の子にそんなことをさせるほど落ちぶれてはいない。
「いや、だいじょーぶっ―――っっ」
 ピースした際に腹に響いた。
 あぶねぇ……
「そ、そう?」
 苦笑いでがんばれ〜とこぶしをグッと握る詩姫。
 と、さっきから気になる詩姫との距離。
 一歩半ほど隣。
 いつもはコレでもかってぐらい近くによってくるくせに。
 ちなみにさっきから近寄ってみると離れる。
 逆に離れてみるとこの距離を保って近づく。
 何なんだろ一歩半……?
「詩姫、さっきから思ってたんだが」
「い、いや、大した意味は無いよ?」
 何がだ……
 俺はまだ何も言ってないんですけど。
 ……まぁいいか。
 微妙な距離を保って歩く。
 主要な会話は海岸から帰るときに終わった。
 チラチラ俺を見ながら完璧に距離を保つ詩姫。
 何なんだ?
 あ、汗臭いのか? いや、風呂は入れさせてもらったしな……。
 微妙な距離が会話を生めなくてモヤモヤする。
 ―――なんか、やってやりたくなった。
「なぁ、詩姫」
 そういいながら俺はいきなり距離をつめる。
「―――っな!?」
 シバッッ!! ゴッ!
 忍者ヨロシク、そんなスピードで詩姫は飛びのいた。
 ……すげぇ。
 こんな能力が隠されていたのか。
 ただし、スペースが無さ過ぎて、電柱で頭を打った。
「っつぅぅぅぅ〜」
 後頭部を押さえて打ち震える。

「……大丈夫か?」
 いや、もう色んな所が。
 そう言いながら俺は手を差し出した。
 ……
 ……
 じっとその手を見つめる詩姫。
 な、何だ?
 ふと俺を見上げるとパッと笑う。
「ありがとっ」
 そういって俺の手を取った。
 ……何なんだ?
 俺の手を取ったまま歩き出す詩姫。
 その姿が懐かしくて詩姫に気づかれないように笑った。

「あ、ちょっと家寄らしてくんない? 鞄だけ置いてくる」
 詩姫の家に帰るには一度俺の家の近くを通る。
 ならついでにこの鞄を置いてこようと考えた。
「うんっ」
 詩姫は手を繋いだまま歩く。
 ……
 家の前に着いた。
 依然手を離す気配は見せない。
 離してくれないと入れないんだが。
 そう思ってどう言おうか考える。

 チリーン!
 詩姫がおもむろにウチのインターホンを押した!
 ちょっ! ここに家の人居るでしょ!?
「なんで押すの!?」
「へ?」
 へ? って……ちょっと大丈夫か?
「はーい? どなた?」
 そして母さんが玄関からでてくる。
「あ、涼ちゃんおかえ……」
 俺と目が合う。
 ちなみに手当てはして貰ったものの、俺の顔には青あざやら傷が少しある。
 柊は意識してなるべく避けてたらしいので、コレはある意味最小限の怪我。
「大丈夫涼ちゃんっ!? その怪我―――」
 そして俺と詩姫の手に視線が行く。
 ……しまった、離すタイミングが……
 母さんはパアアアっと辺りに光を撒き散らす表情をすると
「っっそういうことだったのねっ!?」
 と言った。心なしか後ろの玄関の電球も1.5倍明るい。
「あたしはみーちゃんだと思ってたんだけどなぁっ
 でも詩姫ちゃんなら全然オッケーよっ」
 ぐっと親指を突き出す。
 母さんの暴走は止まらない。
「わかったわ、今日はパパとママお出かけするっ」
 
 すいません。誰か―――
「家は自由に使っていいわ?
 ……ぁ……パパとママの部屋は防音完璧よ?」
 この人どうにかしてください……。

 頬を赤らめてくねくねするおばさんを俺はちょっと遠い目で見る。
 と、隣の詩姫を見る。
 唖然としているのか固まっている。
 そしてふと、俺と目が合った。
「―――っ!」
 燃えるように真っ赤になった詩姫は一目散に走り出した。
 が、手を離さなかったせいか、鎖に繋がれた犬状態だ。
 体重は俺より軽いし、力も無い。
 だからザリザリと地面を擦る。
「は、離して〜!」
「俺じゃねぇよっ」
 何処まで本気なんだこの子……。
 ハッと気づいたように手を離す。
 ―――が、その時にはもう遅かった。
「詩姫ちゃ〜んっ」
 ワシッ
 母さんが後ろから抱きつき捕獲。
 逃がさない体勢だ。

『なにやってんだ母さん……』
 不意に声が重なった。
「あ、父さんただいま」
 ドアの方を振り返ると呆れ顔の父さんが立っていた。
 久しぶりに見るその顔は前よりも疲れているようだった。
「お帰り涼二」
 それでも笑顔を見せて言葉を返す父さん。
 マイペース万歳。
 俺と父さんは二人だけで会話を進める。
「みてみてみてみてっ涼ちゃんがねっこんな可愛い子連れてきたのっ」
 ずるずると引きずって行く母さん。
 だんだん詩姫が可哀想になってきた……
「まぁ、とりあえず俺が詩姫送ってくるよ」
 俺は玄関に荷物を投げつつ、助け舟を出す。
「え!? ウチによってかないのっ?」
「もうこんな時間だしね。明日も学校だし」
 俺はもっともな意見を母さんにぶつける。
「うぅ……わかったわ……」
 そう言うと詩姫をさらに抱きしめて家の中に引きずり込んでいく。

 全然諦めてねぇ!?

『まてまてまて!』
 俺と父さんの同時突っ込みが発生する。
「涼二った、助けてぇ〜」
 詩姫はどうすることも出来ず、自分よりも小さいウチの母親に引きずられている。
「え? だってちょっとお茶して私が車で送ればいいんでしょ?」
 当然のような顔でこっちをみてそんな事を言う。
「どこからその結論が出たんだ……涼二に送らせてやれ」
 父さんは腕組してため息をつく。
 母さんは一瞬すごい泣きそうな表情をするも、父さんの言うことを素直に聞いた。
「ふーんわかったわよぅ詩姫ちゃんまた来てねっ?」
 しぶしぶと言った風に詩姫を開放する。
 詩姫は苦笑いしながらそれにハイッと答えた。
 父さんは並ぶ俺と詩姫の肩をポンポンと叩いて、
「気をつけてな二人とも。涼二、ちゃんと送るんだぞ」
 そう言って優しく笑った。
「ん。じゃちょっと行って来る」
「お、お邪魔しましたっ」
 詩姫はペコペコお辞儀をすると、俺の後を追う。
 一度だけ振り返って俺たちを見送る二人に手を振って、その場を後にした。


「……涼二ってお父さん似だねっ」
 歩いて程なくして詩姫はそう切り出してきた。
 絶対言われると思ってた。
 歩みを止めて彼女を見た後空気を溜める。
「よっっっっっっっく言われるよ」
 母さんにも、京にも、柊にさえ言われた言葉だ。
 詩姫が言わないわけ無いだろう。
「兄貴が母親似だったし、俺は親父と同じB型だしな」
 ちなみに兄貴と母さんはO型。
 面倒見が良く、意外と大雑把だがなんでも卒なくこなす天才型。
 当てにならない血液型判断だが、
 俺の場合は血を受けているのであながち間違ってないだろう。
「え゛っ涼二ってB型だったのっ?」
「え゛って……表現できない声を出すなよ。俺はB型だよっ」
 良くAと言われる。
 だから血液型判断なんて、あてにならないんだ。
 でも、俺と親父が同じ性格だって言うのは認める。
「絶対Aだと思ってた……でも、Bの割には世話甲斐がないなぁ……」
「無くて結構……。
 でも、詩姫には世話になってるよ……ありがとな……」
 なんだか照れくさくなって語尾が小さくなる。
 そんな俺の様子を見て嬉しそうに笑う。
「どういたしましてっ」
 そう言ってまたゆっくり歩き出す。

 俺は照れ隠しの為にほかの事をしゃべりだした。
 それは、前まで話さなかった5年前の話ばっかり。
 ―――柊たちとの出会いから、今まで。
 詩姫は楽しそうに俺の話しを聞いて、5年間あったことをたくさん話してくれた。
 詩姫の家までの道のりは、かなり短かった。






 親父は遅れて病院に来た。
 初めは冷たい父親だと思った。
 でも、ソレは違う。

 父さんは兄貴が火葬される時に泣いたんだ。
 誰も居なくなった火葬場で一人、
 拳を震わせながら泣いていた。
 誰が、そんな人を冷たいだなんて言えるだろうか。
 言動や態度は素っ気無いかもしれない。
 でも、人一倍責任感の強い父さんは、
 そばに居れなかった事を強く後悔しただろう。
 多分今も―――。

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