24.本心


 走った。
 転げ落ちるように階段を降りて、
 玄関のドアを突き破るように開けて、
 弾丸みたいに外に飛び出した。
「―――っ」
 口に触れた感触を思い出して、赤面する。
 思考が止まって暫く放心する。
 京の家からドタバタ音がしたので恐る恐る、窓を見上げた。
 ―――京は皇后様ヨロシク、指をきっちりそろえてゆっくり振っている。
 なんなんだっ!?
 怒りにも似た沸騰した感情が噴出す。
 そう、恥ずかしい。
 時刻は6時半。
 俺はついでに走り出すことにした。
 もうこの場に居たくないっ―――

 ……
 ……
 と言うわけで、海岸まで走ってきてみた。
 ついでに「恥ずかしい!」と昨日分まで叫んでみた。
 朝焼けが後ろからせまっている。
 この風景は割りと最近まで見ていたからなんともだが。
 また俺は海岸にいるのか。不覚。

 ……京と……

 〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!

 俺は悶える。
 き、キスなんざ人生初めてだっ。
 ファーストキスってやつか! おめでとう俺!!
 だからどうしろとっ!?
 許してと言っていたが何をどう許せばいいんだっ。
 とりあえず頭を冷やそうと全身を投げ出して浜辺に倒れる。
 深く深呼吸を繰り返しているうちに、どんどん頭が冷えていった。
 冷静に考える。

 とりあえず、今の俺はダサい。以上。

 もう考えるのをやめてボゥッと空を見上げることにした。
 程よく晴れ渡った空。
 まだ夏のような大きな雲は見られないが、そこそこ厚みを帯びた雲がゆっくりと流れている。
 ―――京は許せといった。
 じゃぁ気にする必要は無いんじゃないか―――?
 不意にそんな結論が浮かんでくる。
 ―――よしっ!
 俺は勢い良く起き上がって走り出した。
 日課終わらせて帰れば、多少は免疫出来てるだろうと信じて。



*Shiki...

 足取りは上機嫌。
 今日から始まる新・学園生活にあたしは浮かれっぱなしだ。
 涼二が―――戻ってきた。
 また、あの歌声を聴くことが出来るっ。
 あたしは目の前にあった空き缶を思いっきり蹴飛ばした。
 その缶は滑らかな曲線を描いて遠くまで飛んでいく。
 そして、自動販売機の横にセットしてあったゴミ箱に見事シュートされた。
「わっやったぁーっ!」
 思わずガッツポーズ。
 今日は調子が良い。
 こけてないし、ぶつかってもない。
 絶好調じゃないか。
 あたしは顔をほころばせながら、いつもの場所へと歩いていった。

 いつもよりちょっと早い時間。
 今日はあたしが一番乗り。な、気分で最後の曲がり角を曲がった。
 ―――一番、意外な人物がそこに立っていた。
「みやちゃ〜んっおっはよぅ!」
 あたしは小走りで寄っていくとみやちゃんは笑顔で迎えてくれた。
「おはようっヒメちゃんっ」
 そういって笑うみやちゃんは当社比20倍の輝きだ。
 朝よりも清々しい笑みを見せるみやちゃん。
「……どうしたの?」
 あまりの眩しさに眩しいポーズを取っている所を突っ込まれる。
「今日のみやちゃんは眩しいなぁっと思って……」
 つやつやしてる。
 ああ、食べられちゃうよそんなツヤツヤしてたら。
「ヒメちゃんほどじゃないなぁ……」
 それはとんだ謙遜だ。
 一応早起きしてしまったので、いつもより念入りに髪をいじってはみたけど。
 あたしには到底今のみやちゃんに敵うことはないだろう。
「おっはよぅ! お!? 早いな二人ともっ!」
 そこに、柊君が現れた。
 ―――昨日の怪我のせいで多少青あざが目立つ。
「おはよっ!」
「―――お早う柊君。大丈夫?」
 少し驚いたのか、間をあけてみやちゃんはそう聞いた。
「はっはっは。可愛いもんだこんな怪我っ―――
 ん? つーことは今日は涼二がびりッケツか。意味も無く馬鹿にしてやろうぜっ」
 柊君は悪戯に笑うと涼二の家の玄関を見る。
 丁度、涼二が出てくるみたいだった。
「いってきます」
「行ってらっしゃい涼二。車に気をつけてね。あと羊の皮を被った狼にも気をつけてね?」
「はぁ?」
 すでに意味も無くつかまっているみたいだ。
「……うをっ、おはよみんな。早いな」
 涼二がおばさんに解放されて出てきた。
『おはよっ涼二』
 あたしとみやちゃんの声が重なる。
 ちょっと面白そうな顔をして笑う。
「グッモーニン涼二! HAHAHAやーいびりッケツ〜」
 柊君は本当に無意味に馬鹿にし始めた。
「さ、行こうか」
「すいません流さないでください!」
 ―――昨日あれだけ派手にケンカしたのに二人はもう仲が良い。
 きっと、本当に親友ってこんなのなんだろうなぁ。
 あたしはどつきあう二人を見ながらそう思った。



*Miyako

 今日はやたらヒメちゃんの機嫌が良い。
 さっきからピョンピョンと跳ねているし、子供っぽくてすばらしく面白い。
 それと涼二。
 さっきから気にしていない振りをしているけど、
 30cmきっちりぐらいを開けた距離が完璧に保たれている。
 それも面白くて、私はちょっとふき出した。
「? どうしたの?」
 ヒメちゃんが不思議そうに聞いてくる。
「あははっううんなんでもないっ……ねっ涼二っ」
 あえて涼二に触れる。
「―――っおうっいぇす!」
 明らかにキョドる涼二。
 可愛いなぁ。
「え? 何で涼二?」
 ヒメちゃんはそう突っ込んでくる。
「うん。実は朝ね、キむみゅっ
「俺が今日は起こしに行ったんだっ!」
 真っ赤になった涼二が私の口を塞ぐ。
「……そうなの?」
 ヒメちゃんは不思議な顔して私に聞いてくる。
 私は涼二に口を塞がれたまま、んん。と頷いた。
「ちょ、こっちこい」
 そう言ってズルズルと私を後ろに引きずって二人に背を向ける。
「何しゃべろうとしてんだっ」
 小声でそんなことを言う。
「キスしたこと?」
 途端、涼二は真っ赤になった。
「―――っなんで普通にそういうこと言おうとするっ」
 涼二は私を少し睨んで、そう言った。
「えっだって楽しいんだもん」
 私は笑顔でそれに答える。
「色々まずいことがあるだろっ!?」
「何が?」
 涼二じゃない男の人の声。それは後ろのほうから聞こえた。
 私は振り返って答える。

「涼二とキむみゅ

「きむみゅなんだ!」
 咄嗟に口を塞いで涼二が意味不明に言葉をだす。
『きむみゅ?』
 柊君とヒメちゃんは顔を見合わせる。
 私は今楽しくって仕方無い。
「んふふふっんぷっははははっ」
 ツボにはまって、そのまま笑い出してしまった。

 ひとしきり笑って、とめどない雑談を繰り返しながら学校に着いた。
 教室の前で涼二と柊君と別れて、教室に入る。
「みやちゃん、結局きむみゅって何?」
 涼二と居ると絶対に止めに来て誤魔化すのでここを狙ってたみたいだ。
 んー。せっかく誤魔化せてるしなぁ。
「……知りたい?」
 私は悪戯っぽく聞いてみた。
「知りたいっ」
 即答みたいだ。
「じゃぁ秘密」
 その方が面白そうだから。
「ふぇっそんな〜みやちゃ〜んっ気になるよ〜っ」
 ヒメちゃんは私をゆする。
 私は笑って揺さぶられながらヒメちゃんを見る。
 ふと思った。
 ヒメちゃんは―――涼二が好きなんだろうか。
 まぁ態度からして明らかなんだけど、本人がそう言ったわけでもないし。
「―――ヒメちゃん、涼二好き?」

 ピタッとその動きをとめるヒメちゃん。
 良く分からない時間、私と見詰め合う。
 周りから見れば、怪しすぎるだろう。
 ボンッ!
 音がしたならそんな感じ。
 ヒメちゃんは一気に真っ赤になってわたわたと慌てだす。
「な、なななんでそんなっいやっ別にあたしっ」
 ―――か、可愛い〜〜〜っ!
 尋常じゃない動揺の仕方。
 赤くなってモジモジしながら必死に隠そうとしつつ嫌いとは言わない。
 思わずヒメちゃんに抱きつく。
「可愛いっヒメちゃんっ」
「や、やめてっみやちゃ〜んっ」

「とりあえず、周りの目も気にした方がいいと思うよ……?」
 不意に涼二の声が聞こえる。
「りょ、涼二っ」
 ヒメちゃんが涼二の姿を見て逃げようとする。
 が、抱きついている私が許さない。
 だって、楽しいし。ね?
「何やってんの……?」
 その姿に涼二は呆れて、ため息をつく。
「あのね、ヒメちゃんが涼二をスももっ
「すももなの!」
 私の口を塞いでヒメちゃんはそう叫ぶ。
「すもも……?」
 いぶか 訝しげな顔をして考える涼二。
 私はまた、楽しくて仕方が無い。
「涼二はっ!? こっちのクラスになんか用事っ!?」
 すばやく話題の切り替えを行うヒメちゃん。
 今日は冴えてるみたいだ。
「ん、あぁ、高井先生から詩姫にコレ渡してきてくれって。ほら」
 ヒメちゃんは涼二から何か紙を一枚受け取った。
 何かの募集の紙みたいだ。
「……文化祭の……バンドメンバー、募集!?」
 ヒメちゃんがそれを読み上げる。
 文化祭……そういえばこの学校は文化祭が6月だ。
 早い時期にもう募集や準備は進めなければならない。
 特にこういった練習の必要なものなら尚のこと。
「あ、よかったねヒメちゃんっライブできちゃうじゃんっ」
 ヒメちゃんはその紙を見ながら頷く。
 心なしか震えている。
 嬉しいんだろう。
「ん、じゃぁ俺戻るなっ」
 ヒメちゃんは紙を見たまま頷く。
 釘付けだ。
「うんっ大すもも涼二っ」
「ぷわっ!?」
「は?」
 ビクッとして紙をちょっと破くヒメちゃん。
「み、みやちゃ〜〜んっ」
「あっはははははっ」
 半泣きで赤くなりながら私をポコポコ叩くヒメちゃんが可愛くて、
 更に面白くて仕方が無かった。
「あ、1時間目体育だ」
「うわ〜んっみやちゃんが苛めるっ」
「1時間目が体育なのは元からだよ〜っ」

「ねぇねぇっ今水ノ上君、なんか怪我してなかった?」
 佐々木さんが私達に寄ってくる。
 至町さんも席で私達を見ていた。
 だからヒメちゃんの席に戻って話をする。
 私は教室の一番前の扉側。
 ヒメちゃんは私の隣。その更に隣が佐々木さんでその後ろが至町さん。
 ご近所さんなのでよく話す。
「んと、昨日ちょっと……」
 詳しくは知らない。
 ケンカしたって言えば空気悪くなるだろうか。
「青春してたんだよっ」
 ヒメちゃんがそういう。
 間違ってない。
「あはっナニソレ〜っ」
「もしかしてケンカ? 水ノ上君も男の子やってるんだ?」
 佐々木さんと至町さんは興味津々のようだ。
「まぁ、そうだね」
「あははっ二人ともボロボロだったよっ」
 ヒメちゃんが言う。
「あれっもしかして見てたの織部さん?」
 佐々木さんが首を傾げる。
「うん。ちょっと、訳ありで」
「えぇ〜何々?」
 至町さんがヒメちゃんにズイッと椅子を寄せてくる。
「そ、それは言えないっ」
「え〜そこまで言ってそれはないよ〜」
「えっと……あっ! や、やっぱダメッ」
「私も聞きたいな〜?」
 実は私も詳しくは聞いていない。
 あまりに皆がいつも通りだったので別にさっきまで気にはならなかった。
 でも話題に上がればやっぱり気になる。
「う、うーん……じゃぁ、その……
 涼二と柊君の、親友関係から?」
「そうなの?」
 私が話すわけじゃないので一先ず聞き返す。
 すると至町さんが佐々木さんと喋りだす。
「あー。あの二人って仲良いよね」
「そうそう。いっつも一緒だし張り合ってるけど」
「でもそれがあやしいって言うか?」
「あははっ怪しいね〜」
 二人でニヤニヤ笑いながらこちらを見ている。
 意図が読めないので聞き返してみた。
「怪しいって?」
「それはほら……男の事情?」
「ぷっ!」
 佐々木さんの答えにヒメちゃんが吹きだす。
「あはははっううん、あの二人はね―――」

 ヒメちゃんが語りだす。
「―――みやちゃんの為に喧嘩してたんだよ」
『ええええええ!?』
「秋野さんそんなことやらしてたの!?」
「すごい! あの二人で取り合いなんて……漫画か!?」
 佐々木さんと至町さんが騒ぎ出す。
 朝の喧騒の中に混じって教室を騒がしくする。
 ―――そうだなぁ……。
 少しぐらい、自慢げにこの友情を語ってもいいのだろうか。
 私達は短い間で沢山のハードルを越えた。
「今回はヒメちゃんが原因なんでしょ?」
「え!? 何何何!? どうなってるの!? 四角関係!? 取り合い!? 燃えるわ!?」
「いや、恋愛云々じゃなくて……」
「そうそう。元々ね―――」
 嬉しそうにその話をしだすヒメちゃん。
 そこで、はっと気付いた。
 恋愛云々がこれから始まる。
 その火蓋を気って落としたのが自分という罪悪感。
 壮大な友情話をして幸せそうに笑うヒメちゃん。
 ソレを壊してしまうのは―――私、になってしまうのだろうか?


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