25.機会

*Ryoji

 京は普通に待ち合わせ場所に立っていた。
 俺が出て行っても顔色一つ変えることなく挨拶してきた。
 何故か安心した。

 ―――が、いきなりぶっちゃけてしゃべろうとしやがった……!

 きむみゅとかなんとかテキトウに誤魔化しつつ頑張ったが、限界はすぐくるだろう……
 嬉しそうにしゃべる京を牽制しつつ、学校に着いた。
 自分の教室に入ったときに京に口止めをしておくのを忘れたのに気づいた。
 不覚っ!
 今日に限って先生は早めに教室に居て、教室から出れる雰囲気じゃない。

 が、意外にもその先生から、助け舟が出た。

「水ノ上、ちょっといいか?」
 チャイムは鳴っていないのでみんなまだ朝のおしゃべりに夢中だ。
「―――はい? なんでしょう?」
「……なんて顔してんだ。喧嘩でもしたのか?」
 俺の顔を見てそう言う。
 あんまり怪我はしていないはず。
 でもその怪我を見ただけで喧嘩って分かるのか先生は。
「はい。コイツと」
 机に突っ伏してもう寝ている柊を指差して言う。
「……割と説得力ある顔してるな。ホントのとこどうなんだ?」
「ホントですよ。顔はこの程度ですが体に痣がすごいっすよ今。
 あぁ、仲直りも終わってますが」
「……そうか」
 懐かしいものを見るような顔で苦笑した。
 そして、それ以上は突っ込んでこなかった。

「これを詩―――…織部さんに渡して欲しい」
 そう言って一枚の紙切れを俺に渡す。
「水ノ上も読んでおくと良い」
 それだけ言って窓枠に腰掛けた。
「何だそれ?」
 柊が覗き込んでくる。
「文化祭の……バンドメンバー、募集……」
 ―――…なんだって!?
「おぉっ確かにヒメそんなこと言ってたなっ」
 これはチャンスだ。
 確か―――白雪さんもやっていた文化祭のイベント。
 舞台に立つ、いい機会だ。
 俺はすぐに席を立った。

「可愛いっヒメちゃんっ」
「や、やめてっみやちゃ〜んっ」
 教室に入ってすぐそんな光景が目に入った。
 ……。
「とりあえず、周りの目も気にした方がいいと思うよ……?」
 と俺は突っ込んでみた。
 周りの生徒がなんとなくキラキラとした目で見ているのは気のせいだろうか。
 そういえば今日に限って二人は妙に気合が入ってるように見えるというか……。
「りょ、涼二っ」
 詩姫はその場から動こうとしているが、京がガッツリ抱きついて離れない。
 やたら楽しそうな顔してるな……。
 最近、京が地を出してきたと思う。
「何やってんの……」
 俺は呆れてそんなことを言う。
「あのね、ヒメちゃんが涼二をスももっ」
 朝の俺と同じくすばやく京の口を塞ぐ詩姫。
「すももなの!」
 なんだか必死だ。
「すもも……?
 俺がすもも……?
 違うな、俺をすもも……いや、どっちもわけわかんねぇし。
 いつの間にか詩姫と京の体勢が逆転している。
 何やってんだ。
「涼二はっ!? こっちのクラスになんか用事っ!?
 詩姫が俺をまくしたてる。
 あ、そうだった。
「ん、あぁ、高井先生から詩姫にコレ渡してきてくれって。ほら」
 さっきの紙を詩姫に手渡す
 詩姫は京の口を塞いでいた手を離してすばやくその紙を受け取った。
「……文化祭の……バンドメンバー、募集!?」
 読み上げ方が俺と一緒だった。
 なんとなく笑える。
「あ、よかったねヒメちゃんっライブできちゃうじゃんっ
 京もそれを聞いて、詩姫に笑いかける。
 詩姫はプリントに目をやりながら心なしか震えている。
 嬉しいんだろう。
「ん、じゃぁ俺戻るなっ」
 その感動を邪魔しちゃ悪いかなと俺は早々にその場を立ち去ることにした。
 詩姫はプリントを見たまま頷く。
「うんっ大すもも涼二っ!」
 京がまた何かを含んだ笑いで手を振る。
「は?」
 だから、何。すももって。
「ぷわっみ、みやちゃ〜〜んっ」
 詩姫が真っ赤になって京をポコポコ叩く。
 ……紙、ちょっと破けたな。
「あっはははははっ」
 京は心底楽しそうにそれを笑う。
 途端、チャイムが鳴り響く。
 俺はすももの正体を謎にしたままその場を後にした。

 ……すもも……?

「涼二涼二涼二!!」
 放課後―――。
 いきなりなんかが俺の名前を連呼しながら教室に突入してきた。
 長い髪を翻し、俺の席へと一直線で向ってくる。
「どうしよう!!
 詩姫だった。
 プリントを俺の机に押し付ける。
「何処に行けばいいのか書いてない……」
 いきなりヘニャっとうな垂れる。
「そっか……高井先生も今日は何か用事があるって居なくなったしな」
「えっ!? 啓ちゃん居ないのっ!?」
「見てみろ。そこにおられますはそちらのクラスの担任水鳥ティーチャーだ」
 バッと詩姫は教壇を振り返る。
 無害な笑顔でこっちを見る水鳥先生はあえて何も言わない。
 なんだか京に通じるものを感じた。
「で、ヒメちゃん。涼二とラブラブしてるとこ悪いんだが、今HR中なんだけど」
 ポンと笑顔で後ろから詩姫の肩に手を置く。
「―――はぃ?」
 シンッと静まり返った教室を詩姫が振り返る。
 ………
「……HR中?」
「いぇす」
 キョトンとした顔で聞いてくる詩姫に頷く。
 ………
 ………
 ………固まった。
「ひゅーーっアツいねぇ!!!」
 柊が悪乗りして叫ぶ。それに乗ってたくさんの歓声が飛び交った。
 見る見るうちに詩姫は赤くなっていく。
「お、おぉお邪魔しましたっ!」
 バタバタと教室を走って出で行こうとする詩姫。
 あ、廊下で誰かを巻き込んでこけた……。
「涼二っ」
 今度は隣の席から声が掛かる。
「なんだよ」
 俺は柊に睨みをきかせながら振り返った。
「ラヴ? ヴァほっ!?」
 ゴッと柊の脳天を貫く殺人チョップ。
 あまりにも意味不明でムカつくのでとりあえず殴ってみた。
「HR終わらせましょう先生」
 床に突っ伏す柊は無視して俺はそう言った。
「はい。それじゃ今日はこれで終わりま〜す」
 本当に終わらせた……
 不思議なテンションの持ち主だ。
「最後に、水ノ上君と織部さんに祝福の拍手を」
「いりません!」
 食えない先生だった。
 歓声と拍手が、教室に響いた……。

 散々だった……。
「ご、ごめんね涼二っあたし夢中で……」
 夢中でHR中に俺のところまで駆け寄ってくれば、そりゃ誤解も受けるよな……。
 募集のプリントの件は明日先生に聞こうということになった。
 ちなみに、水鳥先生はこのことは知らないみたいだった。
「まったくアツいなお前らっ」
 柊が肘で俺を小突く。
「お前が余計なこと言わなきゃ、変な騒ぎにゃならなかったんだよっ」
「怒っちゃい・や!」
「むしろ死ね!」
 やり取りが成り立ってないが、俺の怒りが一番良く伝わるだろう。
 柊は笑いながら俺の振るチョップをひょいひょいとかわす。
「あぁ、それでヒメちゃん、私にすばらしいタックルを……」
 京が笑いながら肩に手を置く。
「ごめんねっ!? ごめんねっみやちゃんっ! お願いだから言わないでっ」
 勢い余ってすばらしいタックルをかましたんだろうな。
 ……京結構根に持ってるっぽいし。
 許してと抱きつく詩姫を笑顔で引きずりながら歩く京。
 抱きつかれる前から速度は一定だ。
 なんか怖かった。



「じゃぁね〜っ」
「ばいばいみんなっ」
「京ちゃんヒメちゃん涼ちゃんばいば〜いっ」
「じゃな、詩姫、京」
 俺は二人にナイス笑顔で手を振る。
「俺も構ってよぅ! 最近涼二冷たいよぅ!」
「はいはい。柊も……コレでお別れだな……」
 顔を下目に外して、寂しげに流し見る。
「何でもう会えない風味なんだ!」
「何だ。不満なのか」
「もっと普通にしてくれ!」
「ああ。……じゃぁな……柊……」
 顔を夕陽に向けて眩しさに目を顰める。
「なんで遠い所みてんだよ! オレ見ろよオレ!」
 いつものようにみんなと別れる。
 柊はブーブー言いながらその場を去っていく。
 詩姫もいつもと同じように、ちょっとだけ来た道を戻って、帰り道の方に消えた。
 基本、俺はみんなを見送るまでここに立っている。

 ―――で、京が笑顔でそこで手を振って立っているわけだが。

「な、なんすか?」
「―――なんだと思う?」
 妖しく笑う。
 夕日のオレンジ色の光は無機質な灰色のコンクリートを暖かく色づける。
 色々考えてしまう。
 勘違いだと思うけど―――。
 この色の時間は、いつもそうだ。
「んー。ちょっと、緊張するなっ私は初めてだし……んっ」
 京はそう言うと深呼吸をして姿勢を整えた。
 ちょっとだけ頬を染めて俺を見上げた。
 その顔は、今まで見たことの無い、俺を惹きつけるものだった。

 そして、また、爆弾が投下された。

「私、涼二が好きです」

 ―――……ホントに爆弾で吹き飛ばされたように頭が真っ白になった。
 熱っぽい風が俺たちの間を吹き抜ける。
 何年も何年も見てきた変わらない風景の中に、成長した俺たちだけが立っている。
 真っ白だった家の壁も今は少しずつくすんできた。
 綺麗だった塀も傷だらけ。
 雨のせいか、角も丸みを帯びている。
 道はコンクリートからアスファルトに舗装されなおしてそれからかなり時間が経った。

 笑顔で毎朝挨拶をしてきた。
 その光景の中の彼女。
 ミヤコはいつの間にかこんなに成長して美人で可愛い人になった。
 俺もそう映ってるんだろうか彼女の目に。

「どう、して?」

 無粋な事を聞く。
 でも分からないんだ。
 答えが欲しい。

「涼二が好きだから……いつか、なんて忘れたけど。
 私は、小さい頃からずっと涼二を追いかけてた。
 優一さんの事で悩んでたり、おじさんやおばさんの為に頑張ったり……
 辛そうにしてる涼二はほっとけなかった……
 涼二の助けになりたいって、ずっと思ってた……
 できれば……
 ずっと―――
 
 傍に居させてください……」

 京に告白された―――?
 今頃その言葉が頭で反復する。
 幼稚園、それ以前から一緒だった女の子。
 綺麗になびくセミロングの髪、整った顔立ちにクリクリとした目。
 いままであまり意識してなかったが、かなり美人で可愛い。
 言われていたのにあまり恋愛的な意識はしなかった。
 ―――俺には不釣合いだと諦めていた節もある。
 だってそうだ。
 あんなに性根の腐った我侭な時間を過していたのに。
 呆れて見捨ててくれても構わなかったのに。

 ―――だから。捻くれた俺なんかより―――アイツみたいな真っ直ぐな奴と一緒に―――。



 彼女は無言に耐え切れなくなったのか、慌てて視線を逸らして笑う。
「あはっごめんねっ言っちゃった……返事待ってるね?」
 そう言ってその身を翻すと家の中に入って行った。

 俺は、呆然とその京の背中が消えた先を追いかけていた。


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