28.不安


 答えを探してみる。
 探すのは分からないから。
 京は生まれた時からずっと一緒で、大人しい性格の幼馴染。
 美人、と言うより可愛いに寄った顔立ちで、でも時々すごく大人っぽい。
 最近はちょっと小悪魔っぽくて、振り回されてる。
 キスやら告白やら、驚かされてばっかりだ。
 詩姫は小学校の時に同じ夢を約束した少女。
 俺の初恋の相手だ。
 ……多分、今でも好きなんだ。
 俺の中で閉じこもってた涼二は、いつも彼女の手を待っていた。
「―――…だよな」
 俺が見たもの。
 今日、俺が求めた物。
 それは紛れも無く救いの手。

 彼女が歌ってくれる姿を思い出せなければ俺は―――優一になってしまっていたかもしれない。

「何が?」
 っ!!!?
 ベッドで寝転んでいた横に、急に詩姫が現れた。
「い、いつの間にっ」
「え? 今ノックして入るよ〜って言ったじゃん」
 全く聞こえなかった……
 まぁ今更どうこう言っても仕方無い。
「ふぅ……まぁいいんだけど。
 そいや今日は俺に用があってきたのか?」
 俺は詩姫を見上げる。
 詩姫は俺に目線を合わせるように座ると、嬉しそうに笑った。
「うんっ啓ちゃんに連絡ついてねっ分かったんだ場所がっ」
 場所……というのはメンバー募集の件だろう。
「へぇ。どこだったんだ?」
「それがねっ聞いて聞いて訊いてっ!」
 ベッドの端に顔だけ乗っけて楽しそうに言う。
「訊いてるよ……どこ?」
「なんとぉ〜っ涼二のクラスっ」
「あ、そうなんだ」
 俺がそういうと詩姫は膨れる。
「面白くない〜っもっと驚いてよっ」
 なぜ。でも驚いてやる。
「マジで!!!?」
「マジ!!!!」
 ……このやり取り意味ねぇ……
 俺は呆れた顔で、詩姫を見ていた。
 詩姫は楽しそうに笑うだけだったけど。

「詩姫ちゃ〜んっ」
 不意にドアが開けられた。
 その隙間からにゅっと母さんが顔を出す。
「帰るときどうする? 送っていこうか?」
「あ、いえ、一人で帰れますよ〜っ」
 詩姫は両手を振ってそれを断る。
「あら、ダメよ? それはあたしが襲うわっ」
 あんたかよ。
 家を出たら連れ戻される無限ループじゃないですか。
「じゃぁ涼二送ってあげなさいよ? ……襲っちゃダメよ? 外じゃなくて中で襲いなさい」
 グッと親指を突き出してサインをする。
「そんなジェスチャー要りません」
「あら? 詩姫ちゃんの抱き心地抜群よ?」
 事も無げに母さんは言いきる。
「み゛ゃっ!? お、おばさんっそんなっ」
 いきなりの母の言葉に詩姫は戸惑う。
「試してみるといいわ? じゃぁごゆっくり〜♪」
 好きなだけ爆弾を投下して逃げやがった。
 俺と詩姫の間に微妙な空気が流れる。
「か、帰る?」
 耐えかねて俺はそう切り出す。
「う、うん……」
 詩姫は俯いたまま立ち上がる。
 それに続いて俺も立ち上がった。
 身長は俺よりちょっと低いだけの詩姫。
 でも女の子らしくか細くて柔らかそうな体。
 ―――抱きついてみたい衝動に駆られる。
「……否」
 頭を振ってその考えを無くす。
 不意に、詩姫が動かないことに気づいた。
「……詩姫?」
 俺は肩に手を置く。
 ビクゥ!!
「わわわっ!!」
 詩姫は弾かれるように俺から逃げる。
 謎に暴れてベッドにこけた。
「……大丈夫?」
 俺はベッドに転がる詩姫を見下ろす。
「あは、ははは〜」
 詩姫は真っ赤になって視線を逸らした。
 かなり動揺してたみたいだ。
「あ、そうそう詩姫ちゃん!」
 ばたーん! と母さんはいきなりドアを開けて乱入してきた。
「さっき言ってたお茶菓子……ここに……おいとくね? ……カーテン閉めた方がいいよ?」
 ポッと頬を染めて部屋を出て行く母さん。
「もう、行動が早いわ涼二っ
 そう言い残すと素早く部屋を出て行った。
「断じて誤解だぁっ!!」
 俺は後を追うようにそう叫ぶ。
 狙っただろ……母さん。
「もぉぉ〜恥ずかしっ」
 詩姫は枕で顔を覆う。
「あ、涼二の匂い」
「恥ずかしいからやめてくれませんかね」
 心なしか顔の温度が上がる。
 そういう恥ずかしいことを平気で言うのはやめて欲しい……

「涼二〜? ヒメちゃんいる?」
 部屋がノックされて、ひょっこり京が顔を出した。
「それ」
 俺はベッドで寝転がる詩姫を指差す。
「あ、ずるっ私もっ」
 そう言って詩姫の上に覆いかぶさる。
「み゛っみやちゃんっさっき食べたのが出てくるっ」
 二人はキャイキャイ人のベッドで遊ぶ。
「女の子二人でイチャイチャされると俺の居場所無いんですけど……」
「涼二も一緒にやる?」
 京は悪戯な微笑で俺を見上げた。

 ドドドドドドバタンッ!!!!
「3Pなぞ断じて俺が許さんッごはぁぁぁぁぁぁ!!!!」
 ……何故この家に奴が。
 ドゴォッッ!!
 そしてウチの親父によって蹴り飛ばされた。
 いい形のとび蹴りだったよ親父。
 意外とアクティブな親父にびっくりだ。
「お前はさっさと自分ちに帰れ」
 そう言いながら引きずられていく。
 階段をガコン! ゴトン! と引きずり降りる生々しい音が響いた。
「……? 今何があったの?」
 枕で視界を遮られている詩姫はその状態のままそう聞く。
「知らなくて言いことも世の中一杯あるんだぞ? なぁ京」
「だよね」
 俺たちは乾いた笑いでその場を誤魔化した。

「初孫は女の子がいいな……」
 なんて見送る母さんを無視して俺は二人を送ることに。
 と言っても京は目の前だが。
「じゃぁね〜」
 そういって俺たちを見送る。
 笑顔で。
 詩姫が道を振り返ると、ちょっと膨れた顔になった。
「涼二、明日も起こしに来てね〜」
 俺はそれに苦笑いして手を振る。






 詩姫の家は今マンション。
 前は普通に一戸建ての家があったのだが、みんなが家に居なくて広すぎるという理由で、
 詩姫はマンションで暮らしているらしい。
「たまにみんな帰ってくるけど、みんなで揃うのは年に2、3回ってところかな〜」
 ちょっと寂しそうな顔をして言う。
「そっか。まぁウチも似たようなもんだけど」
 今日みたいに父さんがちゃんと家に居ることは少ない。
 今はGWが近いためそれに備えて先に休んでいるんだろう。
「お兄ちゃんなんかホントに言わないと帰ってこないんだから……」
 まぁ白雪さんの性格なら仕方無いだろうけど。
「あ、上がってって涼二。お茶菓子ももらったしっ」
「いや、いいよ悪いし」
「いいからいいからっ。お世話になりっぱなしじゃ
 ママにバスター・クラッシュ食らわされちゃうよ」
 ばすたー……レベルアップしてるんだな。昔はハイ・クラッシュだったのに。
 そう言って俺の手を持つとマンションへと引っ張っていく。
 ……前もこんな感じで家に連れ込まれたなぁ……
 なんて感傷に浸っているうちにエレベーターで5階へと上がる。
 501と書かれたプレートの部屋の前に立った。
「ようこそ我が城へ〜っ」
 そんなことをいいながらドアに鍵をさす。
「……あれ? 開いてる」
「無用心だな……ちゃんと閉めろよ」
「え? いや、閉めてきてるよっ毎日っ」
 ドアの前でシン……となる。
 も、もしかしまして。
「どろぼぅ……?」
 詩姫は声を小にして俺にそういう。
「いや、もしかしたら家の人かもしれないだろ?」
「こんな中途半端な時期に帰ってこないってっ」
 なんたってゴールデンウィーク前。
 確かに中途半端だ。
「……じゃぁ、入ってみようか」
 俺はおもむろにドアノブに手をかけた。
「あ、危ないよ涼二っ」
 詩姫はそれを制する。
「大丈夫だって。いざとなったら思いっきり詩姫が叫べば良いから」
 言ってドアノブを捻ってドアを開けた。

 電気はついていない。
 真っ暗で真っ直ぐ廊下が続いている。
 詩姫は俺にしがみ付くと一緒にゆっくりと家に入っていく。
「電気そこ。その右のドアがキッチン。左はトイレ。
 一個右奥はリビングダイニング。奥正面のドアがあたしの部屋」
 見えるドアを全部簡潔に説明してくれる。
 意外と冷静だ。
 そこで俺は玄関の靴に気づいた。男物の黒い靴。
 白雪さん……の可能性もある。
「パパもお兄ちゃんもこの家の鍵持ってないよ……?
 持ってるのはあたしとママだけ……」
 詩姫のその言葉を聞いて、寒気が走った。
 詩姫はさっきより強く俺を掴む。
「や、やっぱりやめようよ涼二っ」
「詩姫、離れてて」
 俺は詩姫の頭に手を置いてそういう。
「だ、だめだってっもし涼二に何かあったら―――」
「大丈夫だっ俺は負けないっ」
 たとえナイフをもった相手だとしても、ナイフ使いじゃない限り何とでもなる。
 とりあえずトイレのドアを開けてみる。
 誰も居ない。
 キッチン側のドアを開ける。
 結構ドキドキする。
 誰も居ない。俺はキッチンの電気をつけて中に入る。
 キッチンからリビングダイニングが見える―――。

 ソファーに、誰か、いる―――!

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