31.揺らぎ

「おはよーっ涼二っ」
「おはよう、涼二」
「おっはよぅ涼二!」
『涼二』の部分が見事にハモる。
 お前ら、同時に来るな
 詩姫と京と柊が同時に挨拶をしてくる。
 しかも全員方向が違う。
「おはよ……お前ら狙ってんじゃないのか?」
 俺に阿修羅になれと言うのか。そうすれば3方向はカバーできる。
『あははは、ナイナイ』
 言って3人は驚いた顔を見合わせる。
 やっぱり謎にシンクロしている。
 変な光景だ。
 仲間はずれ感が否めない。
「……意味わかんねぇ」
 多分、意味なんてないだろうけど。


「あ、そうだっ涼二!」
「んー?」
 詩姫が嬉しそうに拳を握る。
「一緒に文化祭のバン」
「無理むりムリ」
「まだ言い切ってないよ!?」
 がーっと俺に抗議の視線を向けてくる。
 そんなの言い切られなくても先が読めるじゃないか
「バンドで一緒に熱く歌おうぜぃ! っていうお誘いだろ? 断固拒否する」
「なんでーーっ」
 ぷぅぅぅっと詩姫が膨れる。
 悔しさ混じって2倍増しって所だろう。
「だって俺カラオケ程度にしか歌って無かったんだぞ?
 声も全然続かないし、下手くそじゃん」
 ホント、詩姫の歌に全然かなってない俺の歌は滑稽だと思う。
「何言ってんのっ全然歌えるじゃん涼二っ
 涼二を歌えないなんて言ったら柊君が可哀想じゃん!」
 ビシィ! と詩姫は柊を指差す
「なんでここで俺が引き合いにでるんですかねぇ!」
 確かに色々失礼だ。
「確かに柊は声がでかいだけだ。でもそれを口にしちゃダメだぞ?」
「お前が一番失礼だーーーっ!!」
 柊の叫びが住宅街に木霊する。

「あはは、柊君どーどー」
 京に宥められてフーフー唸りながらも落ち着く。
「みやちゃんは上手いよねぇ……?」
 なんで? という視線を俺に投げかける
「ミスパーフェクトに穴なんて無いんですよ?」
 俺は詩姫の視線にそう答える。
「……早起きが出来ないという穴を除けば」
 即座にそう付け足す。
「でもでもっ最近みやちゃん早起きしてるみたいじゃん」
 はてなと首を傾げる。
「涼二がお早うのキスをしに来るからねっ」
 しません。
『え―――?』
 柊と詩姫の声が重なる。
「超絶な誤解を生むからヤメレっ朝起こしてるだけだろっ」
「してくれても良いのにな〜?」
 朝からやたら積極的な京。
「良くないっ」
 背中に冷や汗をかきながら俺は抗議する。
 実は朝、とんでもないことがあった。



*Before...

 コンコンと京の家のドアを叩いて開ける。
「お早うございマース」
 そういうと奥から京のおばさんが顔を出す。
「おはよう涼二君、いつもごめんね」
「いや、いっすよ。お邪魔します」
 親しき仲にも礼儀あり。
 俺は靴を脱ぐと京の部屋へと上がった。
 ここでも一応ノックする。
 ……やっぱり反応はない。
 ガチャっと遠慮なくドアを開けた。
 いつも通り京はベッドで幸せそうに寝ている。
 今日はどうやって起こそうか。
 と、考えつつカーテンを開くと京の上半身を起こさせる。
 太陽の光が、燦々と降り注ぐ。
「あ、う、あぁ……いゃぁ……」
 身じろぎしてもう一度ベッドに寝ようとするが、
 後ろには俺が座り込んで邪魔をする。
 太陽の光は最高の目覚ましだと思う。
「いやぁっりょうじぃっごういんだよぉ〜」
 熱っぽい声でそんなことを言う。

 ……ダダダダダダダダッバターーーーンッ!!!
「大丈夫か京ぉぉ! 涼二君ついに私と決着をつけるときが!! ごはぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
 俺ではなくおばさんに引導を渡されるおじさん。
 やっぱり後からひょっこりおばさんが顔をだす。
「あ、お早う京。涼二君今日はご飯食べてってね?」
「あ。ハイお邪魔します」
 その言葉ににっこり笑うとおじさんを引きずって階段を降りていった。
「ぅん〜眠い〜」
 ―――言って俺を押し倒す。
 お?
「一緒に寝よう、涼二」
 耳元で、艶っぽくそう言う。

 ドドドドドドドッッッ!!!! バターーーーン!!!
「けしからーーーーーーーごはあああああああ!!!!」
 俺は慌てて抜け出すと、おばさんが顔を出す。
「あれ? まだ起きない?」
「は、はい。もうちょっとかかります」
「んっ。まぁゆっくり降りてきてね〜」
 そんな会話をしてまた何かを引き摺りながら降りていく。

 は、はは……どうやって起こそうか。
 心臓バクバクいってやがる。
「ミヤコ〜」
「……」
「あっUFO」
「……」
 もちろん起きる訳が無い。
 京の好きなものとかで釣ってみるか?
「京! 隠しておいたマシュマロが大変な事に!」
「……」
 反応は無い。
 ……実はマシュマロが好きかどうかはよく分からない。
「京……みやこ〜?」
 次の作戦が思いつかないのでとりあえず名前を呼ぶ。
「ん……」
 おっちょっと反応した。
「み〜や〜こ! み〜や〜こっ!」
「んん……」
「どうした京! ココで倒れたら試合終了だぞ!」
「……ん」
 なんて根性のない奴だ!
 リング上では致命的だぞ。
「京。起きるんだ京っ今日が終われば好きなだけ寝て良い!」
 だって明日からゴールデンウィークってやつだ。
「んん……んぅ……」
「そうだ京。約束があるだろ京っおきるんだ京!」
 とりあえずミヤコを連呼する。
 なんとか薄っすらと目をあけて首を動かして俺を見た。
「ミヤコっ俺の手につかまれ!」
 チョット遠くから手を差し出す。
 ぼやけた視線のままゆっくりと布団から手を出して伸ばしている。
「ほらっ京早くっっ」
 少しずつ離れながら様子を見る。
「……はふぅー……」
 ……惜しい。もう少しの所で力尽きたようだ。
 寝起きはトコトン根性が無いらしい。

 俺はトコトコ京の机に歩み寄って顔の大きさぐらいの鏡を手に取る。
 窓際に移動して太陽光を反射して京を狙う。
 正直コレはウザいだろう。
 半端に意識があるときに目の前がチラチラして俺なら飛び起きてやってる奴を殴る。
「ん〜……」
「ふふふ……」
「ん〜っ」
「お? 起きたか?」
 むくっと起き上がる。
「……涼二。そこに座りなさい」
「……は、はい……」
「あのね〜私寝てるの〜子供みたいな邪魔しないで〜?」
 すげぇ目が据わってる。
「俺の仕事は今日京を起こすことだからな。来いって言ったのは京だし」
 確かに起こし方に多少卑怯な物があるがそれでも俺は健闘した。
 怒られる筋合いは無いとふんぞり返ってやる。
「ね〜む〜い〜の〜っね〜む〜い〜っ」
 ぼふぼふ布団を力なく叩いている。
 子供はそっちだろ……。
「はいはい分かったから起きようぜ?」
「や〜だ〜っ」
 また京は布団に潜ろうとする。
「おっと」
 俺は体を回転させて京の後ろに回りこむ。
 寝転ばせないように背中を支え、体をガッツリ割り込ませてやった。
「うぅ〜」
「ほれ起きる起きる」
「わかった〜……」
 よし。ミッションコンプリー―――
 気を抜いた。
 その一瞬。
「ねる〜……」
 わかってねぇー!
 不覚にもまた押し倒される俺。
 ああ、無防備。
 抱き枕みたいにしっかり掴んでいる。
「へへ〜りょ〜じ〜……」

 眠いから、きっと、そんなことを言ったんだ。
 すぅすぅっと寝息を立てる。

「……寝るの早いよ……」

 こんなにも無防備な彼女。
 色々柔らかい感触が俺に触れている。
 それは女性である彼女が持っている柔らかさ。
 男の俺は反応せずにはいられない。
 多分京にも分かるほど、心臓がバクバクしている。
 言葉も出ない。
 寝息が首筋を通る。
 柔らかい髪が俺の顔にかかる。

 ―――いつもそばにいた。
 ……いてくれた。
 幼いときは、双子みたいに一緒に居た。
 同じ学校。
 同じ塾。
 真向いの部屋―――。
 それは京を拒否していた時も同じ。
 でもその時から触れることは少なかった。

 ―――ずっと好きだったと。

 彼女は言った。
 彼女の気持ちは強く伝わってきた。
 聞けば、俺のことをあの時すぐに助けに来てくれたのは京。
 皆を助けてくれた。
 それは彼女が優しい心を持っている証拠だと思う。
 俺は―――。
 俺は、彼女の気持ちに、答えてあげたいと、思った。
 その気持ちが、今俺に、彼女を抱きしめさせた―――。

 GWを明日に控えた、朝だった。


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