33.バンド

 詩姫はすぐに俺のところに来た。
 ……今度はちゃんと、中を一度確認して入って来たみたいだ。
「ねっ! 一緒にやろうよっ涼二っ」
 バッと紙を俺に見せ付けて言う。
 バンド部員募集の項目の中に『声』だけでも! という一文を見つける。
 楽器に触れていない俺に出来る唯一はそれ。
「任せろ詩姫。俺は最強のマネージャーだ」
 俺はビッと親指を突き立てる。
「歌うの〜〜〜っ」
 膨れてゆさゆさと俺を揺さぶる。
「だ〜やめろっ! 大体、何年間も歌ってない俺が
 2ヶ月そこらでちゃんと歌えるようになるかっ」
 この間、数えるほどにカラオケに行っただけ。
「なるよっ涼二だもんっ」
「意味わかんねぇ!」
 俺と詩姫の無意味なやり取りが続く。
「大丈夫っ舞台の上で声が出ない涼二を
 お兄さんがあの世から力を貸してくるの……
 そして涼二の舞台は大成功っ。
 体育館いっぱいのアンコールの嵐の中舞台を去っていくのっ
 っていう夢をさっき見たっ!!」
 ビシィ! っと俺を指差す詩姫。
 意味わかんねぇ……。
 目が無意味にキラキラしている。
「授業聞けよ」
 スパコーンっと名簿で叩かれる詩姫。
 突っ込んだのは我等が担任高井先生。
「いっった〜……何よっ啓ちゃんっ」
「お前の曲がりきった勉強への根性を叩きなおしてやっただけだ」
 ついでにコンコンと簿であたまを小突かれる。

「曲がってない〜っ」
「水ノ上、ちなみに受付は奴らだ」
「無視っ!?」
 そう言って地団太を踏む詩姫を無視して、俺の席の後ろのグループを名簿で差した。

 ……ガラが悪い。
 茶髪もいる。
 一年生の初めから頑張るもんだ。
 あれじゃ生徒指導に引っかかるだろ。
 俺は席に座ったまま詩姫を見上げる。
 微妙に笑えてない笑顔でこっちを振り向く。
 まぁ、そうだろうな。
「まぁそういう反応だと思ったよ。
 一応奴らだけでもライヴはできるらしい」
「そうなんですか。じゃ、なんで募集を?」
「それは……ま、あいつらに聞いてみろ」
 じゃな、とそれだけ言って先生はいきなり立ち去る。
 俺は席を立ってその一団に寄っていった。
「なぁ、コレってここでいいんだよな?」
 俺はプリントをその集団に見せた。
「おっ!? 早速じゃんナナ!」
「へぇ。水ノ上君、なんかやるんだ?」
 そう話しかけて一番に反応したのがその二人。
 ななかぜ俺の記憶によると榎本と七風。
 榎本はわりと普通の奴だ。短髪で黒髪。ただし態度というか姿勢が悪い。
 柊に似ている気もするが柊よりカッコイイ感じだ。
 七風は一番ガラの悪い奴だ。たれ目に茶髪。
 が、笑って話してる分には意外と気さくな奴だ。
「いや、俺じゃないんだ。俺は歌手の売り込みに来たんだ」
「へ? 誰?」
 榎本が不思議そうに俺を見上げる。
 俺は無言で振り向いて、こっちを見つめる詩姫を手招きで呼ぶ。
 詩姫はパタパタと走り寄ってきて、俺の隣で立ち止まった。
「織部詩姫さん。実力は―――そうだな。折り紙つけると千羽鶴ぐらいだ」
「はははははっ! なるほどっすごそうだな!」
 俺が言うと榎本は心底面白そうに笑う。
「まぁ、歌ってくれりゃわかるわな、いくぞお前らっ」
 そういって4人、その場から立ち上がる。
「あぁ、一応紹介な。俺が七風。こっちが榎本。後ろのでかいのが森、そっちの細いのが向井」
 七風は軽くその場に居た全員を紹介する。
 ……本当に全員ウチのクラスにいた。
「行きましょうか。我等が城へっ」
 そう言って榎本が歩き出したのに続いて皆が歩き出す。
「……詩姫、ガチガチじゃん」
 俺の横で直立する詩姫を肘で小突く。
「……う、うん」
 素直に認めた。
 いっぱいいっぱいだ。

 彼らについて行った先は軽音部部室。
 教室についてすぐ、みんなで調整を始めた。
 七風がヴォーカルらしい。
 音合わせだろうか、さっきから意味があるような無いような音が響き渡る。
 詩姫は目に見えて緊張していた。
 手を握ってその光景を食い入るように見つめる。
 そして何故か俺も―――同じ状態だった。
 むしろ期待に胸が躍った。
 5年前―――白雪さんのライブを見に行った時と同じ。
 あそこで歌ったら楽しいんだろうな。
「よし―――! じゃぁまず俺らがみせるわっ」
 そういって七風は中心に立つ。
 七風が手を上げると全員の演奏はおさまった。

 シンと、一瞬の静寂。
 七風はこちらを向くと、不適に笑った。
 カッカッカッカ! ドラムの森がスタートの合図を打った。
 ドンッ! と一度に音が始まる。
 それは一気に七風の存在感を引き立てた。
 混ざり合う音は嵐のように迫ってくる。

 ―――知ってる。5年前の白雪さんがそう、こんな感じだったのを思い出した。
 心拍数が上がる。
 無意識に手を強く握る。
 嵐に飲まれるように、その光景に見入った。
 ―――七風の声。
 音を食うように発せられる荒々しい声。
 でも、それは今の音楽と完璧に一致して嵐みたいに広がる。
 音そのものが空間―――そんな感じ。
 吹き荒れる声が充満する空間で、全員の魅力を引き出している。

 ィィィン―――……
 余韻を残して終わるギター。
 何もいえない。七風達は上手かった。
「よっし。どうよ!?」
「……上手いな。こんな出来る奴らだと思ってなかった……」
 遅れてパチパチと拍手を送る。
 サンキューっと笑ってマイクをスタンドに置く。
「ホント七風上手いな。シロユキに似てない?」
 俺は腕組をして七風に言う。
「あ? マジ? シロユキに似てた? 結構イメージはしてるからな」
 はははっと笑ってマイクから手を離す。
 不意に、隣の視線に気づく。
 ペチペチとした拍手をやめた状態で固まっていたみたいだ。

「涼二の方が上手いよ?」

 キョトンとした顔で、そんなことを言う。
「あ、やっぱ上手いんだ水ノ上君?」
 榎本がベンベンッとベースをいじりながら言ってきた。
「超才色兼備クリティカルマシン水ノ上と噂だしな」
 なんだそれは!?
 クリティカルマシン!?
「と、俺の姉貴が言ってた」
 榎本の笑う声が響く。
「色々伝説作ってたみたいだぜ? ギター2週間でマスターしたとか、
 マイクを持ったらシロユキ秒殺だったとか」
「―――…マイクって……」
 そりゃ、誰だって瞬殺だろう。
「あ、やっぱすごかったんだ?」
 榎本はベベンッとベースを弾き終える。

「いや、超! 絶! 音痴だ!」

 ダン! と思わず足を踏み出し拳を固めて言い放つ。
『……』
 絶句。
 詩姫は乾いた笑いを浮かべて俺に同意する。
「一緒にカラオケに行くと全員ぶっ倒れるからな。白兄も瞬殺したし」
 というか。あの騒音の中で生きていられる人を俺は知らない。

「まぁお兄さんの話は置いといて、だ。水ノ上君は? 上手いの?」
 七風がそう聞いてくる。
「いや―――」
「ウマイよ!」
 びしぃっ! っと指を突き出す詩姫。
「ほー、なぁ信慈〜? 今何が弾けるっけ?」
 七風は言いながらマイクを持って、手で弄ぶ。
「んー。なぁ水ノ上君、何歌いたい?」
 榎本は考える素振りを見せて、俺に不適に笑いかけてくる。
 え、ちょ、ちょちょちょ!?
「ねぇねぇ! シロユキアルバムからなんか無い?」
 はいはーいと手を上げて詩姫が発言する。
 ―――いらんことを!
「お、シロユキの曲なら何でもいけるぞっ」
 その詩姫に拳を握って榎本は答える。
「よしっ水ノ上っ」
 ポーンッと七風の手からマイクが俺に向かって投げられる。
 緩やかな弧を描いて俺の手に収まった。
「あ―――」
 今、コレを持つべきなのは俺じゃなくて……
 不意にトンと、背中が押される。
 ―――振り返りながら俺は数歩前に出た。
 薄く笑う詩姫が突き出した手を振っている。
 その薄笑いが最高の笑顔になると、こう叫んだ。

 「2ndアルバム10曲目っ『StartLine』!」

 言ってすぐ、曲が始まる。
 いつの間にかギターを持った七風が、ギターソロから始める。
 それに、2つ目のギターが後をつくように追いかけていく。
 ドラムの森が、カップを右手で叩きながら左のスティックで真ん中を指した。
 ―――そこに、立てと。
 心臓が高鳴った。
 歌える。
 あの場所が、今、俺のためにある。

 ―――俺は導かれるように、その場所に立った。

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