35.岐路
*Ryoji...
さて、と俺は思う。
まさかだな。
俺は妙な光景に出会ってしまった。
「何やってるんですか」
俺はその人たちに向かって声を出す。
「―――何ですか貴方は」
「りょ、涼二っ」
ミヤコが俺を振り返る。
「いえ。いじめてるようにしか見えなくて。
よければ何やってるか教えてくれませんか先輩?」
極めて冷静に俺はその人たちを見回す。
何人か少しだけ引く。
演劇部に用があって、体育館に訪れた。
モチロン、時間をずらしてもらう相談をするためだ。
公開練習をしているわけじゃないが見てはいけないものでも無い。
練習で忙しいだろうし、相手にしてもらえなければ少し見ていこうと思ってそこを訪れた。
体育館を訪れたはいいがそこには女性が大量に並んで京を囲んでいた。
ほぼ上級生で京はその中でオロオロしていた。
「あれ? キミは水ノ上君だ。有名な」
どう有名なのか知らないがとりあえず向こうは俺を知っているようだ。
円がざわめきながら俺を見た。
もうある意味視線には慣れているので大丈夫だが。
その中で一人が俺に向かって歩いてくる。
上級生だし挨拶しないとな。
「はい。初めまして水ノ上涼二です」
「あら、思ったより礼儀正しいのね。初めまして水ノ上君。
演劇部部長の折沢<オリザワ>よ。
ご安心なさって? 秋野さんは苛めていませんわ。
それで、何か御用かしら」
なんか凄いの出てきた。
流石に縦ロールとまでは行かないがクルクルとした髪。
大きなツリ目に長い睫毛が印象的な人だった。
……こう、普通に挨拶したらごきげんようって言われそうだ。
「はい。部長さんに少し相談がありまして」
俺は至って平静な顔を装って挨拶をする。
「何かしら?」
「文化祭のことなんですが、開演時間を30分ずらして欲しいんです」
「まぁ、何故かしら?」
「軽音部ができたのはご存知ですか?
縁があって僕が手伝うことになったんですが、体育館が開いてないんです」
「なるほど……」
パッとセンスを広げて口元を覆った。
鬼のように似合っている。良い意味でだ。
視線を外して何かを考えているようだ。
「もちろん演劇部に30分を頂ければ後続の部活にも頼みに行きます」
「ですが機材などが開演時間までに撤去できますか?」
「いえ、ライブは第3体育館で行います。だから直接の邪魔にはなりません」
「そうですか」
「では―――お断りいたします」
一言呼吸を挟んで強くそういった。
「……なんでですか?」
「なんで? わたくし達を楽しみにしてくださる方が沢山いらっしゃるの。
伝統的に、開演は10時。
55分を前半演劇の時間に10分を休憩、後半を演じ12時に終幕……。
その時間だけを空けて見に来てくださるOBの方もいらっしゃるのに無下には出来ません」
絶対この人おーっほっほっほって笑う。
関係無い事を考えて自分が笑いそうになった。
そうか……ダメか……。
「そうですか……」
俺は腕組みをして考える。
「バッティングか……」
「あ、合わせて来るのですか?」
ん? と顔を上げる。チョットだけ焦った顔をしていた。
「仕方ないです。軽音部が部活と認められた以上文化祭で出し物をするのは当たり前です」
「ですが、音が聞こえてくるのではないですか?」
ああ、そういうことか……確かに音楽が聞こえれば今日は削がれる。
「そうですね」
「それは困ります―――やめていただけませんか?」
「嫌です」
今絶対不敵に笑っている。
「演劇部が演劇をするのに軽音部がライヴをやって悪い道理はありません。
第3体育館を使う許可も先生から頂いています」
校舎を三つ挟んで居ても響く音は響く。
譲る気など鼻から無い。
交渉は強気でしなくては始まらないのだ。
「では貴方がその音を何とかしてくれるのですか?」
「そうですね善処はします。恐らく全ての窓を閉めても響くでしょう」
防音が無い壁なんでいくらでも回り込みようがある。
防ぐなんて無理な話。重低音なんて地面さえあれば何処にでも行くのに。
「―――では、中止させます。貴方達のライヴを」
「―――はい?」
「演劇部の事は聞いていますか? 伝統があり、先生達の支持も強いのです。
わたくしたちが一声かければ、ライヴは中止になります」
センスの上から睨まれる。
―――やっべ。地雷か。
でも気圧されるわけには行かない。
―――初ライヴがかかってるんだ。
なんとか……しなくては。
俺は折沢部長と対峙する。
「―――もうよくて?」
「いえ。待ってください……俺達はライヴをやりたいんです」
「時間をずらすのは無理です。何なら演劇の後に入れてしまえばいいでしょう?」
「それは……無理です。演劇の後の時間は全ての体育館が埋まっています。
そこで30分貰った所で……意味はありません」
そんな時間じゃ機材を入れて片付けるなんて出来やしない。
「でしたら諦めていただくしかありませんね」
折沢部長は踵を返す。
くそ―――なんとかならないのか……!
「じゃぁ―――私の入部条件をそれにしてください」
聞きなれた声が聞こえた。
広い体育館、でも凛とした感情を与えてくれる。
「―――アナタ、自分にそんな価値があると?」
高飛車、そう呼ぶに相応しい態度だ。
でも、京も引かない。
「思ってないです。無いなら無いで構いません。
でもそれにはヒロインなんて役を貰うよりずっと意味があります」
京はそう続けた。
ヒロイン―――?
なんな凄い役を京が……?
二人が睨みあう様に見つめあう時間が続く。
俺は状況がイマイチ飲み込め無い。
「―――ふぅ……仕方が無いわ……綾乃、顧問を呼んで来なさい」
何が起きたんだ……?
「―――水ノ上君、アナタの勝ちですね。彼女に感謝するのですよ」
予想だにしなかったジョーカーを持っていたのは俺。
京はその場で折沢部長と少し話し、深く礼をすると俺に寄ってきた。
「涼二、もうコレで用事はおしまい?」
「あ―――あ、うん。まぁ、軽音部に報告して終わりかな今日は」
明日からは後続のクラブに言って回ろう。
「そっか。教室で待ってるから一緒に帰ろ」
「わかった」
言って京が体育館の入り口に歩いていく。
一度視線が追って言ったがまた体育館内を振り返る。
そして、あの人に向かって言う。
「―――折沢先輩」
「なんでしょう」
「有難う御座いました」
礼儀とは、礼に始まり礼に終わる。
最後の挨拶も無しに退場するのは失礼だ。
だから最敬礼で礼をして起き上がる。
「―――アナタも、面白い人ですね」
「光栄です」
全面の笑顔で言い切る。
「……演劇部に欲しい存在感ですね。どうですか?
軽音部なんて無粋なクラブより良い環境ですよ?」
「ガラじゃない上に大根ですから。遠慮しておきます」
「ふふっまるで説得力の無い言葉ね。後ろの彼女を待たせてはいけませんよ。
ごきげんよう水ノ上君。アナタが来てくれて良かったわ」
最後にもう一度笑顔で会釈して京の居る方へ歩く。
なんて―――
なんて苦手な人間。
「災難だったね〜涼二」
「全くだ。いいから早くお〜っほっほって笑ってくれれば素直に笑えたのに」
「あはっ! 折沢部長ってちょっとそれっぽいもんね〜」
京が笑う。それを見て先ほどのやり取りのことを思い出した。
「そういえば、さっきの入部条件って……」
「うん? 30分ずらすんでしょ?」
「あぁ……やっぱりそうだよな……。
でも、いいのか京? 今までクラブって家庭科部しか入らなかったのに」
「いいよ。皆帰りの時間合わなくなってきたし。
涼二のサッカーも、柊君の柔道も、ヒメちゃんの軽音もみんな一生懸命だし……」
京は―――何でも出来すぎて打ち込めるものが無かったような節がある。
だから演劇に出会えたのはいいことなんだろうか?
―――でも、いいことだと思う。
クラブで出来る友達って言うのも大事な関係だ。
もちろん、俺たちの関係を崩す意味じゃない。
自分を広げてく意味で。
京はそういうのをあまり持ってないみたいだから……。
だから、いいんじゃないかと思った。
「―――ありがとな、京」
京にも礼を言う。
まさか、だ。ここで京に助けられるとは思わなかった。
「うんっどう致しまして〜」
いつもの微笑みで俺を振り返る。
……助けられてばっかりで情けないな……ホント。
俺は眩しい笑顔から視線を外して小さく呟いた。
それが、彼女に聞こえる事は無かった。
*Shiki...
「―――スカウトされたんだ?」
柊君が恐る恐るみやちゃんに聞いた。
「え、あ、うん。そう……なるのかな?」
事も無げに言って首を傾げる。
「す、すげええええええええ!」
驚く柊君にみんなが驚く。
「良く考えろってっ! 新入部員10人しか入れない部活動にスカウトだぞ!?
それこそみんな喉から手が出るほど羨ましいに決まってるじゃないかっ」
た、確かにっ
「な、何て勧誘されたの?」
やっぱりみやちゃんは凄い……あたしは思わずそう聞いていた。
「えっと、体育館に呼び出されて、バスケットの時の存在感に惚れたわって言われて……
いつの間にか劇団の先輩達に囲まれてて」
か、囲まれた!?
「なんだか苛められてるみたいだよ!?」
「まぁみたいではあったな」
あたしと涼二が言うとみやちゃんはにっこり笑う。
「うん。返り討ちにしてきた」
「すごい!!? すごいよみやちゃん!」
グッと拳を握る熱い展開を予想してしまった。
こう、一対多の殺陣みたいな感じ。
みやちゃんがやれば絶対爽快だ。
「いや、問題はそこか……?」
涼二が冷静に突っ込む。
「美人だった!? ねぇ! はぁはぁねぇ!」
そして何故か柊君はそこに興味深々だ。
息荒くみやちゃんに詰め寄る。
キモイ、と涼二が軽くチョップをかましていたが全く動じなかった。
「ちょー美人だった」
みやちゃんは数歩下がってうんっと真剣に頷く。
涼二も小さく頷いていたのをあたしは見逃していない。
「涼二、今頷いた? ね、頷いたでしょ?」
「……いや、はい……」
思いっきり視線はあさっての方向だ。
「あはっ涼二も劇団に誘われてたよ。美人部長の熱烈アタックでっ」
「変な脚色するなっ」
「……へぇ? で? 我等軽音部をお見捨てに?」
自分でも驚くほど冷めた声で涼二に言った。
いや、本気でつまらないんだけど。
軽音部があるのに。涼二が居なくては意味が無い。
何のためにあそこで歌わせて、掛け持たせたのかっ!
「だからっ見捨ててないだろっ! 俺あの人苦手だし」
「あははっ涼二ってばね、先輩と睨み合い営業トークしてたのっ面白かったよ」
営業トークって何なんだろう。
それは見てみたい気がした。
「俺にはあの劇団の凄さがまだ分かりきってないんだけど」
「あたしもー」
それに便乗してみやちゃんを見る。
「私もあんまり……柊君は知ってる?」
「ああ、凄いんだぜ劇団。初代の部長はハリウッドにいるって言う噂だしな
今女優やってる高槻アスミってうちの劇団出身らしいし」
へーっ高槻アスミって携帯の宣伝やってる……ん?
「へーすごいなそれは。マジ話?」
「らしいぞ。あーでも織部の兄ちゃんとかに聞いたら分かるかもな」
「あ……あーーーーーーーーーーーー!!」
思わず叫んでしまった。
思い出したぁぁぁぁぁ!!!
アスミ姉ちゃんだああああ!!!!
「ど、どうした詩姫?」
「知ってる! あたし知ってるよ! その人! アスミ姉ちゃん!」
ブンブンとよく分からない身振り手振り。
知ってるよ! た、確か山菜アスミ……! 大人っぽかった顔も一致する!
『なんだってぇぇ!?』
柊君と涼二がハモる。
「み、みんな、おちつい……ええ!? ホントヒメちゃん!」
『あははははははっ』
「みやちゃんウマイ〜っ」
「でもすげぇな、知り合いなんだ?」
「でも、ちっちゃい時にあっただけだよ。涼二と会ったぐらいのときかな」
うん。多分そのぐらいに一度お兄ちゃんに連れられて……あれ?
「あ、でもその時、確か涼二もいたよ」
「え゛?!」
すっごい顔で声にならない声を上げる。
「うっそ!? てめーぇぇまたしても抜け駆けかぁぁぁっ!」
「いやいやいやっまてっ柊っ俺は何も覚えてないぞ!?」
「うっそだぁっだってアレは年末の除夜の鐘待ってる優一さんと―――……」
しまっ―――
「……あぁ! アレか!」
ポン、と手を叩いて涼二は納得。
「お、覚えてた?」
「ああ、詩姫と二回目あったときだろ……? 兄貴といっしょだったけど……」
うぅ……優一は禁句にしていたのについ出てしまった……。
あぁ雰囲気がぶち壊し―――。
「……初めてカラオケに行った時だろ。タッチパネルリモコンも使えなかったな……」
「そんな懐かしい頃だったね〜そういえば」
そんな可愛い涼二を見た気がする。
とっても大人ぶってるんだけど一生懸命。
今考えるととっても悶える風景だ。
「で、入ったんだ? 劇団?」
言って柊君が首を傾げる。
みやちゃんはうーんとちょっと苦笑いで首を縦に振る。
「入部条件にしちゃったし。30分ずれたから。入らなきゃ。
ヒメちゃんも入らない?」
言ってあたしを振り返る。
―――っ!? じょ、冗談じゃないっ演劇なんかあたしにはムリっ!
「む、ムリだよっあたし、ただの大根だもん」
「……役者ですらないんだな。すりおろされる運命か……」
呆れた顔で涼二にそう言われてしまった……。
「もしかしたらおでんとかの道が」
「そんな大役者にはなれんだろ」
残ってないと涼二に一刀両断された。
「ひどっ」
「あははっそんな飾らないヒメちゃんが大好きっ」
わしっと抱きつかれる。
「わわっ」
あたしはすぐにバランスを崩して涼二に抱きつく。
「な―――っ」
いきなりのことで涼二もバランスを崩して柊君に―――
「さぁこの胸に飛びこんぶっ!!!」
ゴリッ! と固いものと固いものがぶつかる音がした。
何故かパンチを繰り出した涼二。
恐らく柊君の顔面に、涼二の右が直撃した。
薄暗いアスファルトに柊君が沈む。
パンチの反動で体勢を立て直す時間を得た涼二があたしたちを押し返す。
皆こけずに済んだみたいだ。
―――柊君は無事ではないが。
「―――よし、行くかっ」
言って、涼二は歩き出した。
いつも通りと言えば、いつも通り。
「ばいば〜い」
「じゃーねっ」
「……ひどいやみんなっ」
おかーちゃーんっなんて言いながら柊君は走って帰って行った。
「……ははは。じゃなっ」
涼二も微妙な顔で手を振る。
あたしは帰るために道を振り返って歩き出した。
最初の角を曲がってすぐ。
携帯が鳴り出した。
あたしは携帯を取り出すと開いて内容を確認する。
……お兄ちゃんからだ。
To:織部白雪
Sub:無題
----------------------
ちょっと涼二パクってこ
い。
パクってくるの!?
パクるには意味がいろいろある。盗むとか掴まるとか。
た、多分連れて来いっていう意味だと思うんだけど……。
ちょっとって、そこらへんに買い物に行くような勢いじゃん……。
とりあえず携帯を閉じてもう一度涼二の家へ振り返る。
もう一度角を曲がると、まだ涼二が家の前に立っていた。
あたしは駆け寄ろうとした―――
けど、涼二の視線の先に、みやちゃんがたっていた。
何故か真剣に向かい合う二人に気おされて、電柱に身を隠す。
な、何やってんだっあたしっ!
二人の会話が聞こえてくる。
「―――ても……いいかな?」
「……ごめん、もう少しだけ―――……」
涼二はそう言って俯く。
みやちゃんはそれに儚く笑って頷いた。
「―――……おやすみ、京」
「うん―――」
何故か分からないけど、ちょっとズキリと心を痛めた。
聞いては、いけなかったような、気がする。
パタンと、ドアの閉まる音。
涼二は家に入ったようだ。
「ヒ・メ・ちゃ〜んっ」
フゥッと首筋に息が吹きかけられる。
「み゛っ〜〜〜〜〜!?」
何処から出てきたのか解読不明な声で叫びながら跳び退く。
「あはははっごめんごめんっどうしたの? こんな所で?」
さっきまでの鬱を纏った表情は消えていて、笑顔であたしに話してくる。
「いや、そのっ、
お、お兄ちゃんから涼二パクって来いってメールがあったから、盗りにきたんだけど……」
視線を泳がして、しどろもどろに言葉をつむぐ。
「ふぅん。……もしかして、聞いてた?」
「いやややっあのぅ……ちょ、ちょっとだけ?」
「ぜ・ん・ぶ?」
笑顔で迫ってくるみやちゃん。
「あぁぅ……全部じゃないけど―――」
「内容が分かっちゃうぐらいは聞いたんだ?」
それにはコクリと頷く。
一瞬、困ったような顔をして、心配そうな瞳でみやちゃんはあたしを見上げた。
「……うん。あたしね? 告白したんだ、涼二に」
何でか知らないけど、泣きそうになった。
「い―――……いつ……?」
唖然と、声が裏返りそうになりながら言葉を紡ぐ。
少し、赤くなって俯くみやちゃん。
「ん、と、おとといの夕方に告白したんだけど……」
今度はさっきよりもはっきりと胸が痛んだ。
時間が、止まったように、あたしは動けない。
―――……イヤだ―――聞きたくないのに―――
恥ずかしそうに頬を掻くみやちゃん。
「涼二も、真面目に考えてくれてるみたいだから―――」
真面目に考えてるって事は、聞かなくたって―――答えは出てる。
耐え切れなく、なった。
「―――ゃっ!!」
「きゃっ……! ひ、ヒメちゃん!?」
みやちゃんを押しのけて、あたしは走り出した。
いやだ―――いやだいやだいやだいやだっ!
聞きたくない……!
聞きたくなかった……!
また、あたしは泣きながら走る。
こんな自分がすごく嫌だ―――!!
後ろから聞こえたみやちゃんの声をあたしは無視して、また、宛ても無く走った。
*Ryoji...
「お帰り涼ちゃ〜ん」
後ろ手にドアを閉めると、母さんがリビングから顔を覗かせた。
「ただいま」
俺は靴を脱ぐと、そのまま部屋に向う。
電気もつけずに鞄を放り出すと、ベッドに倒れこんだ。
……はぁ……
なんで、こんなに悩んでるんだろ……
どっちが好きだと聞かれたら、どっちも。と答えれる。
二人とも、俺にとってかけがえのない存在だ。
京は―――それこそ、大親友。
昔から仲良くしてくれたし、俺が邪険にしてたときもずっと俺の心配をしていてくれた。
そこらへんは感謝してもし足りない。
今日も助けてくれた……たまに破滅に導こうとしてたがまぁご愛嬌かな。
優しくてモテて可愛いのに、誰とも付き合わなかった。
―――それは、俺のせい、なのか……?
そして……詩姫。
―――昔、夢を約束した。
歌手になるなんて、拙い夢。
それでも、彼女は今まで一生懸命にそれを守っていた。
再び、俺に手を差し伸べてくれた。
また―――俺が『涼二』であることを教えてくれた―――。
大切な、人だ。
秤にかけようとする。
でも、秤の針は揺れることも無く。
壊れた心の光となったのは詩姫。
支え続けてくれたのは京。
―――オヤジは言った。
そんなの、もう決まっていると。
俺が―――求めていた人……?
―――あ……。
『み゛っ』
外から猫が潰されたような声が聞こえる。
続いて、京の笑うような声も聞こえた、と、いうことは―――?
詩姫―――?
俺は窓から外をのぞき見る。
電柱の影に詩姫を見つけた。
遠く、窓も開けていないため、会話は全く聞こえない。
最近よく、帰ったと思ったら戻ってくるな……。
俺は二人の成り行きを見守る。
笑ったり俯いたり表情をコロコロ変えながら、京は詩姫に話かけている。
いきなり、ドンっと、詩姫が京を押しのけて、走り出す。
京はその場にしりもちをついてこけた―――。
え?
なんで―――?
俺は窓から離れて走って階段を降りる。
急いで靴を履くと外に飛び出した。
「京! 大丈夫か!?」
こけたまま呆然としている京に駆け寄る。
「―――うん。大丈夫ありがとう」
ハッと気づいて笑顔になると、俺の差し出した手につかまって起き上がる。
「何があったんだ?」
「―――私、言っちゃった」
ドクン、と高鳴りを感じた。
「……何を?」
「涼二に告白したって―――」
―――っっ!!
俺は詩姫の走り去った方に体を向ける。
走り出そうとしたその瞬間、京の手が、俺の手を掴む。
「―――涼二っ行かないでっ―――!」
そう、その行動は選んでしまうと言う事。
「―――私を選んで―――!!!」
手が強く握られる。
振り絞られた勇気の声。
頬を真っ赤に染めた京の、その大きな瞳から涙が流れた。
詩姫の走り去った暗闇に走り出したい衝動。
俺の手を掴んで泣いている京。
俺は―――岐路に立った。
/ メール