40.GW(1)
*Ryoji...
「1年―――! 模擬戦だ! ゼッケンつけろー!」
サッカー部の部長が叫ぶ。
俺は言われたとおりゼッケンをもぞもぞと着込む。
ゼッケンは適当な番号。
俺は赤色で相手が白。
ポジションは年度の初めに今までやってきた場所を聞かれたのでMFになる。
サッカー部は強い。
それこそ県内県外からキャプテンだけを集めたチームみたいになってる。
我が強くて曲者ぞろいだ。
だからこそやっていて楽しいしもっと頑張ろうとも思う。
「涼二っ!」
いつの間にか詩姫が寄ってきていた。
今はグランドの端でたむろしている。
一年生だけで2チームが出来るほど人数が居ないので先輩の誰が入るかを検討しているみたいだ。
だからよく一緒のチームになる仲のいい2人と一緒に談笑していた。
「よ。練習進んでる?」
俺は気軽に話してみる。
「進んでる? じゃ、なーいっ! なんで涼二が居ないのっ!?」
なんか膨れてブーブー言っている。
「オイオイっ水ノ上まさか……彼女か!?」
「違うよ……」
「オイオイそりゃねぇよ!」
「聞けよ」
オイオイ言ってるのが松本。
良く動くFWだ。
「アッレー織部さんじゃない?」
「えっあ、はい……?」
「オレは同じクラスの畑野さ。ヨロー」
「ウザッ寄るな」
「あ〜ん? ミッチー庇っちゃうの〜? 怪しいナァ」
この軽いノリのナンパ師が畑野。
DFだが今回は赤チームのGKだ。
ホントしりが……いや、身軽だ。
「……涼二」
「まぁ練習昼までだから終わったらそっちに顔出すよ」
そういった瞬間詩姫の顔がぷぅぅぅっと膨らむ。
……拗ねてるみたいだ。
「オイオイ、何? 彼女待たせてんの? すっごいなお前」
「女の子は紳士に扱わなきゃダメだよミッチー?」
「ああ、もう。分かったって。
つか掛け持ちなんだから仕方ないだろっ。
それに3人歌い手がいてもバックが居ないんだから練習しづらいだろ?
あいつ等にもそう言ってあるし、了承もらったぞ」
バンドメンバーたちは全く気にする様子無くガンバレよ〜と大手を振ってた。
「……わかった……ちゃんと、来てね?」
口を尖らせて、そんな可愛いことを言う。
―――彼女だったら、どれだけ自慢できる事か。
「水ノ上〜! イチャついてんじゃねぇ! さっさと入れ〜!」
気付けば二人は俺を置いてポジションについていた。
……あいつら……。
部長から野次が飛んでくる。
ついでにサッカー部員からもブーイングが飛んでくる。
ちなみに、部長はマネージャーの先輩。
……女の人ですよ?
多少口が荒いみたいで1年には姉御と呼ばれている。
キャプテンと付き合っていると言う話は有名どころの騒ぎではない。
「はいっ! すいません! じゃ、あとでなっ」
「うん……」
多少元気の無い詩姫を置いて、グランドへと走る。
一度振り返って、頑張れの意味を込めて手を振った。
振り返ったのが一瞬で驚いた顔をしている詩姫だけが見えた。
―――そして、俺がポジションに着いたと同時にホイッスルが鳴った。
……心なしかみんなの当たりが強かった。
だって俺に当たる時にみんな「おらぁ!」とか「そいやぁ!!」って言ってた。
味方チームもなんだか俺のパスは全部「羨ましくねぇよ!」とか「欲しい!」とか言いながらシュートしてた。
キーパーも「俺が守ってやるぜ!!」と変な気合で取ってた。
―――まぁ、分かるだろうが飢えてるんだ。
青春なんて、そんな感じだろ?
痛んだ体を引きずって軽音部の割り当てられている教室へと急ぐ。
聞いてくれ……今日俺は活躍したんだぞ?
4アシスト2ゴール。7−5で勝った。殴り合いみたいな試合だった。
……誰も讃えちゃくれなかったが、今日ぐらいは自分で褒めてもいいよな……?
キャプテンには背中を叩かれながら、「若いっていいなぁっ!」と連呼された。
その後部長に引っ叩かれてたけど。
ちなみにうちのサッカー部の特徴だが、部長はマネージャーが代々やっている。
人数も多く練習も結構ハードなため、部長兼キャプテンだときついらしい。
そのため、マネージャーに部長権限を渡し、部の予算やらは全部マネージャーが管理しているらしい。
すげぇシステム。
まぁ、キャプテンとしては楽になっていいらしいけど。
軽音部の部室は第二音楽教室。
穴あきの壁で二重の窓とドア。
なかなか豪勢なものだ。
そでもあの大きな音は抑えきれないらしく、部室に近づくにつれ、どんどん音が聞こえてくる。
部室の前まで来ると、声も聞こえてきた。
―――詩姫が歌っている。
この教室に入るには2枚のドアをくぐる必要がある。
一枚目を開ける。
その時、丁度曲がサビに入った。
「――――――!!」
小さな空間に響く詩姫の声。
知らないメロディー。
知らない歌。
「―――――――――!!」
見えないものに見とれる感覚。
とらわれたように聞き入る。
心に響く。いや―――
「――――――!!!」
衝撃を与える。
それはあの歌声か―――。
いつの間にか心地よい余韻を残して演奏が終わる。
俺は慌ててドアに手をかけて引いた。
「ちわーっ」
「お。よっ水ノ上君!」
榎本が一番に反応する。
それに続いてバンド面々が続く。
「サッカーの練習終わったんだっ?」
「おう」
いつもの歌った後の満足そうな顔をした詩姫がトコトコと寄ってくる。
バンドのメインボーカルの位置は詩姫が占領してしまっているようで、七風はギターを持って立っている。
「さっき歌ってたのは七風たちが作った歌?」
ちょっと気になって聞いてみた。
「うん。そう……だよね?」
と詩姫が聞き返す。
それは知っとこうよ……。
「そうそう。作詞作曲・ナナの名曲だよ〜?」
「おい。恥ずかしいからそれはやめれ」
意外と真面目に恥ずかしがる七風。
「ははは。でもちゃんとオリヒメの声を生かせてるいい歌だと思うよ?」
ドア一枚隔てて聞いた詩姫の声
耳に残るメロディーと歌詞は十分に良い曲だった。
「あたしもーっすっごい歌いやすいし良い曲だとおもうっ」
俺に便乗してハイハーイと手を上げる詩姫。
「お、オマエラなっ…………メシ食いに行くぞー!」
グッと拳を突き上げる七風。
『おうっ!』
満場一致。最上級の照れ隠しだった。
「で、練習って何やってるんだバンド」
俺は歩きながら聞いてみる。
昼飯は学校近くにあるコンビニで買う。
全員でワイワイと歩道を歩いている。
俺は七風にとりあえずやっている事を聞いてみる。
「フリーの場合は皆それぞれ覚えてないフレーズとかやるんだけどな。
ヴォーカルは基本MDとか聞いて歌詞覚える事。んで歌ってみること」
「なるほど」
「んで、適当に調整終わったらドラムに合わせてギターが弾き出すから
それに合わせてベースが入って勝手に音合わせが始まるんだ」
「歌は?」
「んなもん、オレも混ぜろーーー!! ってマイク持って突っ込むんだよ」
「な、なるほど」
ノリの世界なのか……。
一方俺達の後ろでは榎本と詩姫が話をしている。
「えっ! 白兄って今家にいんの?」
「うん。あっでももうそろそろ東京行ってるよ皆で」
「うわーーっちくしょっ会いたかったー。
俺にギター教えてくれたのって白兄なんだぜ?」
「えっホント?」
「そそ。真夜ってウチの姉ちゃんなんだけど―――」
「真夜姉ちゃん!? もしかしてこんな、こーんな髪してない!?」
「してるしてるっ今は長いから垂れてるけど髪型変えねぇんだよ」
とっても楽しそうな感じだ。
「おい。ジェラシィ君。話に混ざりたいなら混ざっちまえよ」
「ジェラシィ言うなっ」
七風につつかれる。
断じてジェラシィじゃないっ。
「ふへへへ。そんなジェラシィ君にいい事教えてやろう」
「なに……?」
「午前中フリーでやってる間な。
オリヒメずっっっっっっっっと
水ノ上見てたぜ」
グッと親指が突き出される。
―――そ、それは―――恥ずかしい。
さすがに何も言いかいせなくて視線を逸らす。
「便乗して俺たちも見ててさ。
ほら、今年のサッカー応援ソングあるだろ? アレ皆で演奏してた」
何楽しそうな事やってんだこいつら。
上手かったなぁオリヒメ〜と詩姫に話を振る。
「ふぇ?」
「サッカー応援の歌」
「えっ!? ああ、あれっうんっありがと」
「大はしゃぎだったよな〜」
榎本がハッと溜息を付きながら両手を挙げる。
「わっわっ!」
「水ノ上君がゴール決めると飛び跳ねるんだぜ!?」
「わーーーーーーっわーーーーーーーっ!!」
ブンブン手を振りながら俺と榎本の間に割ってはいる詩姫。
お陰で半分も聞こえなかった。
「愛だねぇ」
「純愛だねぇ」
七風と榎本が俺達を薄い目で見ている。
「ホレホレ。とっととメシ買いに行くぞ〜」
「はよー行け〜」
森と向井がそいつ等をずりずりと押して連れて行く。
昼飯は長くなった。
練習は楽しかった。
あいつ等もあいつらで沢山曲を持っていて、一通り聞かせてもらってプログラムを組む。
主にあいつ等の意見を取り入れていたが……
盛り上がりを考えて色々曲順を入れ替えて出した案が採用された。
日が傾いて教室に夕日が入っている。
今日何度歌っただろうか。
皆の水分補給の為にため置きされているペットボトルの水は、あっという間になくなっていた。
ちなみに20本近くのペットボトルに入れられていたのだが、
一人に1本ずつを残して、空になっている。
「あ―――バイトの時間だ。俺上がるわ」
榎本が時計を見上げてベースを肩から下ろす。
「ん? あぁもうそんな時間か」
みんな続いて時計を見上げる。
4時半。俺がここに来て4時間も経っていた。
「じゃぁ今日はここまでにしようか。お疲れ」
言って七風も片付けに入る。
「あ、水ノ上マイク片してくれ。プラグ抜いてあっちの箱」
「わかった」
「スタンドは端っこに寄せといてくれ」
「あ、あたしやるっ」
それぞれがテキパキと片付けていく。
「うっし。じゃあお疲れみんなっ先上がるわっ
ケースを背負うと榎本は皆を振り返って手を振る。
「おう。お疲れ〜」
「ばいば〜いっ
それぞれの言葉に手を振って颯爽と教室から出て行った。
「榎本ってバイトやってんだ?」
ドアの方を見ながら七風に問いかける。
「あぁ。あいつは昔っから新聞配達のバイトやってるよ。
やらねぇと音楽も続けられないしな」
言いながらごそごそとギターをケースにしまう七風。
パチンッと金具が音を立てるとそれを背負って立ち上がった。
「うっし。帰ろうぜ? あ、そういやー明日は練習無しな」
「えっ!?」
「悪いけど日曜だろ? 明日、俺ら全員バイトの日なんだよ」
「そ、そうなんだ……次はあさって?」
「だな。ま、しっかり休んどけよ」
それだけを言い終えるとみんなを外へと促す。
心なしか詩姫が肩を落とす。
「オリヒメそんながっかりすんなって〜」
それを見た七風が困ったように笑う。
歌うのがホント好きだなこいつ。
そういや……
「オリヒメって呼ばれてんだ?」
さっき榎本もそういっていたような気がするが、詩姫のことだろう。
「あ、うん。なんかね、ナナくんが織部の姫ならオリヒメだろ〜って」
なるほどね。
まぁ、どう転んでもヒメなワケだ。
「水ノ上もなんかあだ名いるか?」
「是非、涼二で呼び捨ててくれ」
スッと手を差し出す。
その手をがっしりと七風が掴む。
「OK。俺はナナでいいぜ?」
うん。見た目はちょっと不良風味だが良い奴だ。
がっしりと握手を交わす俺とナナ。
「うし、撤収!」
それが、本当に終わりの合図だった。
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