44.GW(涼二の歌)
街に出ると詩姫はかなりの人目を引いていた。
おかげで俺は違う意味で人目を引いた。
嫉妬というか恨みっぽい視線を多々浴びる。
気にした風も無く優々と歩く詩姫にある意味風格を感じる。
視線になれたモデルのプロってこんなのかな……。
……まだまだ小さいな俺……。
俺も周りなんて気にするのをやめよう。
「で、どこ行くの?」
とりあえず、気分転換に詩姫に聞いてみる。
「えー? 何処行こう?」
……。
無計画!?
「えぇ!? 行くとこ決まってんじゃないの?」
「ううん。とりあえず朝はブラブラしようと思って」
あはは〜と頬を掻く詩姫。
「……まぁ……いいけど。それならショッピングモールの方行こう。あっちのが店が多いし」
「うんっ」
無計画実行犯は大人しく俺に従うようだ。
他愛も無い雑談をしながらショッピングモールへと足を運ぶ。
大型の複合店舗で構成されるショッピングモール。
ここで大抵の物は揃うし品揃えもかなり豊富だ。
時間を潰すには最適だろう。
―――初デートがこんな適当でいいのか? と疑問を抱きつつ、俺はいつもより歩幅を小さくして歩いた。
*No Master...
「あーちゃんっ」
「なに?」
「うわっ! あーちゃんっ」
「だから、何? 夕陽」
「みてみてっあれっ! 織部さんっ!」
「あ。ホント」
「男の人って―――アレ?」
「アレ?」
『水ノ上君っ!?』
「わわっ一瞬誰かわかんなかったよっ」
「ホント……」
『…………』
「で、デートかなあーちゃん……」
「……それ以外の意見は? 夕陽」
「な、無いなぁ……」
「だよね……」
「しかも二人ともなんか……」
「近づきにくいよねぇ……」
『……はぁ……』
*Ryoji...
お昼までショッピングモールをグルグルと詩姫に引っ張りまわされ、
テキトウに入った喫茶店で昼食を食べることになった。
そう、普通のデートだ。
昨日の事や雑談に花咲かせて喫茶店を出たら、
今度は今日のメインの連れて行きたいところという場所に行くことにした。
ショッピングモールを抜けて、南へ下る。
20分ぐらい歩いただろうか。
俺は、懐かしい場所に連れて行かれた。
「へぇ……まだあったんだレッスン教室」
感慨深く見上げる。
少し色あせた看板が時間を感じさせる。
「あははっそりゃあるよっ」
「せんせーもまだハードか?」
「あはは……超ハード」
ちょっと鬱な表情になる詩姫を見ると全然変わってないみたいだ。
レッスン教室はビルの2階から4階。
2階は普通の教室。
筆記の勉強はここでやっている。
3階はピアノが置いてある。
主に歌のレッスンはここ。
4階はレコーディングのできる部屋だったはず。
……よく3階に拉致られた。
しかし、今の俺に、この建物を上る資格は無い。
「涼二?」
立ち止まる俺を心配そうに見る詩姫。
「……俺は―――」
言いよどむ。
突然来なくなった俺をせんせーは快く思ってないだろう。
不意に―――足を思いっきり蹴られた。
「いづ―――!?」
「ウジウジいっとらんでサッサと上がりんさいっ」
俺の後ろにその人は立っていた。
「―――……せ、せんせー……」
「うん。久しぶりじゃねぇ涼二クン。また会えて嬉しいよ」
か、顔が全然嬉しそうじゃないですけど―――!?
すっきりとした赤いスーツに身を包んだ京ぐらいの身長の女性が立っていた。
御堂茜(みどう あかね)。俺たちの歌の先生だ。
キリッとした顔立ちにスーツ。
黙っていれば美人キャリアウーマンだ。
感情をあんまり表に出さないし、
何でこんな所でレッスン教室開いて先生なんかやってるのか謎なぐらい歌が上手い。
「あ、こんにちわ先生っ」
詩姫がビシッと姿勢を正す。
「うん。こんにちわ詩姫クンよく連れてきてくれたね」
背筋に冷たいものが一気に流れた。
言葉の使い回しが怖い。
「さ、涼二クン。上がろうか」
「……は、はいっ」
ゲシゲシと微妙に蹴られながら階段を上る。
―――誰か助けてくれ……
そして、3階。
「さ、歌おうか」
唐突だった。
ドンっとピアノの前に立たされる。
せんせーはピアノの前に綺麗に座ると、いきなり練習曲を弾き出した。
「ちょ―――せんせ!? いきなりっすか!?」
「歌うことに集中しーや?」
おもいっきり睨んでくるせんせー。
相変わらずこえぇ……
もう……どうにでもなれよ……。
俺は大人しくせんせーに従うことにした。
「音がずれとる」
「強弱をしっかりつけろ」
「そこの音はでるじゃろ。もっと綺麗にだしっ」
と、さんざんいぢめられること2時間。
本当はこんなに長い間歌わされることは無い。
普通、声が枯れるって……。
「まぁ。こんなもんで許してあげよう涼二クン。声がまだ枯れないのはさすがじゃね」
うっすらと満足そうに笑う。
この先生が笑うと、必ず何か嫌なことが起きる。
「そ、そりゃどうも……」
しかし……2時間経ってやっと1回褒められた。
「詩姫クン。これなら許可するぞ」
「え!? ホントですか!?」
詩姫の方を向いてそんなことを言う先生。
「何の話っすか……」
「うむ。上の階に行くぞ涼二クン」
俺の話を無視して話をガンガン進めるせんせー。
……この人、俺が嫌いだろ絶対。
今度は引きずられながら4階へと移動する。
見たのは一度だけだ。
白兄がレコーディングをしている姿を詩姫と一緒に見た。
「今日は君が歌うんよ」
「は!?」
「特別だぞ? ちゃんと他の音も用意しとるよ」
唐突過ぎるっワケがわかんないぞっ!?
ガツガツと階段を引きずりあがられる。
レコーディング室の廊下に人が立っている。
「お、ちわーっす御堂先生」
榎本がせんせーに挨拶をする。
「あれ? あ、涼二じゃん」
「うん。こんにちわ榎本クン」
せんせーは挨拶をしてくる子に律儀に返す。
文化祭バンドメンバーの面々がそこに立っていた。
詩姫は知っていたのかヤッホーと手を振る。
「あれ? ナナ、バイトは?」
「ここでやるんだよ」
ヤバイ。状況が全く理解できないぞ。
俺だけ時速百キロくらいで置いていかれている。
「よし。みんな準備してくれ」
『うぃーっす』
混乱している俺を置いてリハーサルルームに入っていくバンド勢。
「ほら、さっさと涼二クンも入り」
そういって俺を押し込んで、せんせーと詩姫は隣のコントロールルームに入っていく。
バンドメンバーは定位置につく。
ただ、七風がシンセの前に立っていた。
「ナナ、シンセも出来んの?」
「おう。なめんな」
いや。なめてないけど。むしろ凄いなと感心する。
音楽やるんなら、楽器できないとダメだな……またここに通おうか。
『涼二クン感心してないでマイクの前に立ちんさい』
部屋に響くせんせーの声。
俺の扱いだけやたら荒い。泣けてくるぜ。
俺は渋々とスタンドの前に立つ。
『よし。これからレコーディングを行う。しっかり働けバイト』
『イエッサー!』
全員が先生に敬礼をする。
あぁなるほどね。アルバイトってコレか―――って。何かおかしくね?
『始めっ』
シンバルで小さくリズムを取る。
―――ドンッ!!!
いきなり、すべての楽器が演奏を始めた。
は―――ちょっとまて。
俺は何を歌うか知らない。
今演奏されてるのは―――
俺の、知らない―――曲。
あの先生は、一体何を考えているんだ。
俺に、何をやらせようと―――
あれ?
知ってる―――?
知ってるぞ、というか―――
唐突に、目の前に海が広がる。
俺の記憶に、ガチリとそのフレーズが一致する。
歌い出しが迫る。
俺はガラス越しに先生を見た。
悪戯をしている子供みたいにニヤニヤと笑っている。
それが、凄く、イラついた。
―――気に食わない。
思いっきり肺に空気をためる。
「ぅぁぁぁあああああああ!!!!!!!!!」
思いっきりシャウト。
かなり驚いた表情に変わった。ざまぁみろっ。
ついでに声を音楽に馴染ませた。
コレで歌える。
反対に詩姫は嬉しそうに手を振る。
それに軽く手を上げて、俺は歌いだした。
彼女の言う―――『涼二の歌』を。
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