45.GW(涼二の歌2)



 ふんふん鼻歌を歌いながら、テコテコと俺の前を歩く詩姫。
 かなり上機嫌だ。
 一方俺はと言うと、ちょっといじけてその後ろを歩いていた。
「涼二、そんなに膨れないでよ〜」
 えへへへ〜と笑いながら俺を振り返る。
「……俺、あのせんせ苦手だ」
 絶対俺のこと嫌いだよ。
「そう? 先生は涼二のこと好きだよきっと」
「―――……ありえねぇ……」
 頭を抱えてそれを否定する。
 仮にもアレが愛情表現だとすると、よっぽどアレな人じゃないとあの人と釣り合うことはないだろう。
「ふ〜ん? でも歌ってる間ずっと涼二見て笑ってたよ?」
「いや、あんな邪悪な顔は俺は笑みとは認めんぞっ」
 曲が終わるごとにあの顔でアレがダメ、コレがダメと注文を出す。
 俺にとってアレ以上怖いものは無い。
「え〜? それに涼二だけだよ? 特別扱いされるの」
「そりゃ、俺が外部の人間になったからだろ〜?」
 ホント、苦手だ。あの先生。
「はぁ……ニブイなぁ……涼二は」
 ボソッと詩姫がつぶやくが、俺には聞こえない。
 前からそうだったんだが、俺にだけ妙に当たりがきつい。
 いや、待遇が良かったような気がするのは認めよう。
 俺のレッスンの時は良く延長して付き合ってくれた。
 が。
 俺を苛めるのが楽しかったからじゃないかと今思った。
「はぁ。みやちゃんも大変だったんだね……」
「は? 京がなんだって?」
「ん〜? 今こうしてるのがみやちゃんに悪いってこと〜」
「へ? 何で京が今でてくんのさ」
「しーらないっ」
 も〜わけがわからん。
 女の子は分からないよ母さん……。


 レコーディングは結構長い時間掛かった。
 何度も取り直して水飲んで、取り直した。
 主に注意されるのが俺で、ホント申し訳なかった。
 皆は気にするなと笑ってくれていたので落ち着いて取る事が出来たが。
『ご苦労みんな。今日はコレで解散』
 そういうとパソコンに向って編集作業を始めた。
 本当に切り替えの早い人だ。
「ふぅ……おつかれ涼二」
 そう言うとナナはコキコキと首を鳴らした。
「ナナ……色々聞きたいことが塵が積もって山なんだが」
「めんどくさいから1個にしてくれ」
「……ムリだっ! 何でオマエ等がここにいてあの曲知ってて弾るんだ!?」
 とりあえず2つ。
「はぁ……俺等がここにいんのはバイト。榎本の先生でな、知り合いなんだ。
 ここも何度か使わしてもらってる」
 とりあえず一つ目の質問に答えるナナ。
「ナナシの曲は先生に言われてな。2週間ぐらい前から練習させられてたんだ」
 榎本がそれに続いて答える。
 2週間も前から―――?
 つまり先生はその時から俺に歌わす気だったのか?
「なんで?」
『さぁ?』
 二人が揃って首を振る。
『なに。復活祝いじゃけぇ気にしない涼二クン』
 スピーカーからそんな言葉が聞こえる。
「だってさ。良かったな水ノ上」
 榎本がポンポン俺の肩を叩く。
「いやいやいや。意味わかんねぇしっ」
『ちなみに依頼主は織部兄妹じゃけぇね』
 俺は腕組して詩姫を睨む。
 詩姫は笑った顔で視線を逸らして行った。
「謎が謎を呼ぶって奴だな」
 榎本は俺の肩に手を置いたまま頭を振った。
 もうわけが分からん。
「おーし撤収ーー!」
 ナナがそういうと皆がまた一斉に片づけを始める。
「じゃ俺等帰るわ」
「余計な仕事が出来ないうちに、な。じゃなっ」
 早々と七風たちはスタジオを去っていった。
 まぁバイトなら、それが正解かもしれない。

 俺はコントロールルームの方へと入っていく。
「あ、涼二」
 せんせーの後ろに立っていた詩姫が振り返る。
 黙々とパソコンに向うせんせーは編集作業に没頭している。
「さて、どういうことか説明してもらいましょうか詩姫さん」
「う。そんな睨まないでよ涼二っ」
 じりじりと距離をつめる。
「こ、怖いよ涼二!」
「だいじょーぶ、怒ってないよ? ほらお兄さんに話してごらん」
 最高の笑顔で詩姫ににじり寄る。
「わかったっ話すってっだからその、襲い掛かるポーズやめようよっ」
「邪魔だオマエラ。じゃれ合うなら外に出ろ」
 せんせーに外に放り出される俺と詩姫。
 詩姫にできたら連絡するといってそのまま引きこもった。
「……俺等も出るか」
「うんっ」

 と、今に至る。
 今は歩いて、近くの展望台に来たところだ。
「詩姫、そういや、何でレコーディングなんだ?」
 俺は本題を詩姫に聞く。
 フワッと風が舞い、もう一度詩姫が振り返る。
「前、涼二に、もう一度歌う楽しさを教えてもらおうってねお兄ちゃんと話してた」
「いや、5年分苛められてへこみそうだったぞ」
「あははは……それは誤算かもっ」
 ばつが悪そうに笑う詩姫。
 日が傾いてきて夕陽を背にする詩姫が眩しくて目を細める。

「―――やっぱ。届かないなぁ……」

 俺はそう呟く。
 当然だ。
 遠回りばっかりの俺が何で届くと思える。
「―――え?」
「いいや。詩姫には、歌じゃ全然届かないなってね」
「いや、そんなこと―――」

「あるよ。詩姫は遠い。歌ってて自分でちょっと幻滅した。
 全然、舞台に立てるような実力じゃないよ俺」
 肺活量には問題は無い。
 歌い方はあの時よりも荒いと思う。
 詩姫を見ているととても綺麗に歌う。
 あんな風にブレスを取って、喉を労わる歌い方をしないと長くは歌えない。
 まだまだ遠い俺の歌の完成は。
 俺の理想に俺が追いつけてない。
 そのギャップを辛いと思う。
 でもそのギャップを埋めるために俺はもっと頑張らなきゃいけない。

「―――」
 何故か、とても悲しい顔をする詩姫。
「詩姫―――?」
 夕陽に溶けてしまうのかと思うほど淡く見える。

「そっか―――……あたし、だったんだ」

 一瞬泣きそうな顔になって、夕日に振り返る。
 一度深呼吸のようなことをして、もう一度、俺を振り返る。

 赤い景色の中で、儚く笑った。

「ごめんね、涼二」

 何故か、俺に謝る詩姫。
 俺の中で何かが、ズキリと音を立てた。
「―――そんな顔して謝るなよ。別に、詩姫は何も悪くないぞ?」
 そのゴメンねが理解できない。
 彼女は何もしていないのに―――どうして。
「―――うん。ありがと」
 今にも泣き出してしまいそうな詩姫。
 俺はどうすることも出来ない。

 吹き抜ける風の中、詩姫の携帯が音を立てる。
「―――あ、できたって。もどろっか」
 そう言って俺の脇をすり抜ける詩姫。
 俺もあぁと生返事だけ返して、それに続いた。


「お帰り詩姫クン。涼二クン。出来たよ」

 二人無言で帰路を歩む。

「詩姫?」
 俺は思い切って詩姫に話しかける。
「ん? 何?」
 ―――いつもの笑顔。
 何事も無かったかのように、雑談が始まった。
 二人して、誤魔化すように、喋っていた。
 やっぱり―――おかしかった。
 詩姫の家の前に着く。
「ん。ありがと涼二っ」
「おう。じゃ―――」

  「さようなら―――」

 俺が、言う前に、詩姫はそう言って振り返る。
 また、ズキリと俺に何かがはしった。
「なんで―――」
 何でそんな悲しそうな顔をするんだ―――?
 一人、俺はそう呟いた。



*Shiki...

 涼二から逃げるように、あたしはさよならを告げて家に入った。
 ドアを背にして、寄りかかる。
 今まで我慢していた涙が、ドッと溢れた。

 涼二が舞台に立たないのはあたしのせいだった。
 涼二がきっと歌から逃げるのは―――あたしが歌っているせい。

 もう少しだった。
 今日、あの展望台で、できれば、涼二に好きだと伝えたかった。
 だから、余計悲しかった。
 あたしが涼二の邪魔をしてる。
 ―――どうすればいい。
 あたしがどうすれば涼二は前に進める……?
 涼二に歌い方を教えれるほどあたしは上手いわけじゃない。
 あたしのせい。
 なら―――あたしが居なければいい。
 あたしがいない方が涼二は前に進める。

 あたしが、歌わなければ。
 涼二はもっと上を目指せるから―――。

 あたしが居なくなれば
 涼二があそこに立つから―――。

  涼二の前から居なくなろうと、思った。



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