46.優しさ
次の日、前と同じようにサッカーの朝練に出て、バンドに顔を出した。
音は響いているが、詩姫の声がしない。
「ちわー?」
がちゃっと部室のドアを開ける。
「お、涼二か」
ナナがマイクスタンドをもって振り向く。
「アレ? 詩姫は?」
周りを見回しても、詩姫は居ない。
「あーオリヒメね、午後から用事があるってさっき帰っちゃった」
榎本がそう答える。
帰ったのか。珍しい。
「そっか……」
「ほほう。彼女が心配か?」
榎本がベースを持ってにじり寄ってくる
「へ? いや、別にそんなんじゃ……」
「いやいや。別に隠さなくてもいいんだよ」
「隠してないって」
微妙な表情で笑う榎本。
「よし、こいつを今日からラブラブサンダー23号と呼ぶぞみんな」
「いや、ラブラブボンバー23号だって」
何故かそんな呼び名で言い争いが始まる。
「アンリミテッドボンバー23号にするか」
「それだ!」
そして一発結束。
すでに何の呼び名かよくわからない。
「なぜ!?」
23号は固定なのか。いや、どこつっこめばいいんだ?
「よし、アンリミテッドボンバー23号! 名無しの歌やるぞっ」
「23号! マイクは渡してやるっ」
榎本とナナは止まらない
「23号やめろっ」
そんな俺の声を無視して演奏は始まった。
さらに次の日―――。
詩姫がいた。
偶然目が会った。今日も帰るのか、鞄を持って校門の方へと歩いるいている。
俺が手を振ると小さくそれに答えて、それ以降は振り返らずに学校を去った。
サッカーの試合をしている途中なので追う事は出来ない。
一抹の不安。
避けられてるのか……?
なんて、そんな思いが渦巻く。
GW明けの水曜日。
「もらぁ!!!」
「うをっ!?
久しぶりに柊に会うといきなり殴りかかられた。
何とかそれをすれすれでかわす。
「ふ、腕を上げたな涼二、お父さんはうれし―――づはっ」
「あ、すまん、きめ台詞の途中だった」
体が反射的にボディーブローを放っていた。
まぁきめ台詞にはなってないがボケの途中で突っ込んだ。
「く、全く悪びれないその性格を何とかしろっ」
「まぁまぁ。お前だけお前だけ」
「なおタチ悪いわっ!」
いつものように柊と不毛な争いをする。
「おはよっ!」
するといつものように詩姫が現れた。
「おう、おはよ」
「おぃっすヒメっち! 元気ですか〜?」
「元気だよっ!」
朝から元気だ。ホント元気だ。
そんな詩姫を見て、ほっとする。
「何だよ涼二〜? 顔が緩んでるぞ〜?」
俺のほっぺたを掴んで思いっきり引っ張る柊。
「うふへぇは。ほっほへ」(うるせぇな。ほっとけ)
あえてその手を振り払わずに喋る。
「おはよう! みんなっ」
京が家からでてくる―――。
いつもの。朝だった。
心にかすかに残った不安を誤魔化して、俺は歩き出した。
「だってよ〜涼二GW中全然遊んでくれねぇもん」
寂しいわっと詩姫に泣きつく。
「よしよしっいい子に拾われるんだよ」
「俺、捨て犬設定ですかね……」
「拾ってきちゃダメよ? 元の位置に戻してらっしゃい」
「京ちゃんひどいっ」
うわぁあんなんて言いながら前に走り出る柊。
なんだかコントのレベルが日に日に上がっていくな……。
教室の前で詩姫と京と別れて、教室に入る。
席に着く頃に柊に話しかけられた。
「涼二、ヒメちゃんとなんかあった?」
一瞬、ドキリとした。
なんで、こいつが知っているのかと。
「なんで?」
聞いてみる。
「空元気じゃん?」
コイツにはそんなものを見分けるがあったのか。
「……実は最近、歌うのを見てないんだ」
机に突っ伏して言う。
「……病気か?」
「わかんね……」
「……なんとか、しないのか」
「……してぇよ」
「―――動かないのか? 珍しい」
「……この事だけは……どうすれば良いか分からないんだ」
「ふぅん。涼二が無理なら無理だな」
「なんだよ……それ……」
「お前次第だ」
いつも柊の直感は正しいのに、柊もそれ以上追及することはしなかった。
ゆっくり、ゆっくりと、ずれて行っていた。
練習で詩姫にあうことは殆ど無かったし、居ても詩姫が歌うことは無かった。
「なぁ」
ナナがギターを弾くのをやめて俺を振り返る。
「ん?」
「最近、オリヒメあんま歌わねぇんだけど、なんでか知らない?」
「―――……そうなのか?」
嫌な予感のようなものが、胸に広がる。
「あぁ。その―――いや……なんでもない」
ばつが悪そうにギターに視線を戻すと、また弾き出した
何かワケの分からないもやもやを吹き飛ばすように、無心に引き続けていた。
「んし―――」
とりあえず、詩姫の家の前に来たものの、どうしよう。
GW終わって、白雪さんも小母さんもまた仕事に出たみたいで一人暮らし状態。
最近フラフラしてるみたいなんでとりあえず、栄養のつきそうなものを買ってきてみた。
まぁ果物だけど。
……。
とりあえず、インターホン押すか。
ピンポーンと篭った音が聞こえる。
しばらくするとゆっくりとドアが開いた。
「はい……」
「よ!」
「―――っ! 涼二っ!?」
「俺が柊に見えるなら病院に行ったほうがいいぞ?」
―――やっぱり元気の無い詩姫。
「最近フラフラしてるからさ……差し入れ。はい」
今の詩姫は、コレを持ったら倒れるんじゃないかと思えるぐらい儚い。
「あ―――ありがと……」
俺が差し出した袋を受け取る。
「あ、上がってく?」
調子悪そうだし、それは悪いかな……。
「いや、いいよ。またな―――」
だから俺は大人しく帰ることにする。
「あ―――」
詩姫に、服を掴まれる。
「ん?」
「―――っや、やっぱお茶出すよっ寄ってってっ」
ちょっと慌てて必死な詩姫が、なんだか可愛い。
いつもの詩姫が見れて、ちょっと安心した。
「じゃぁ、お邪魔します」
りんごを前に精神を統一する。
「フゥーーーー……いざ」
俺は右手に包丁を持って、りんごにあてがった。
3分後
「〜〜〜〜っあはははははははっ!!! 何コレ〜〜!?」
「リンゴだ。見た目は……ジャガっぽいけど」
俺が向き合っていたリンゴは、見事にジャガイモの形になってテーブルに運ばれてきた。
「ジャガッッッ!! あははははっふふふふっあはっはははは!」
「笑いすぎだっ!」
「あははっご、ごめ―――あはははははっうぷぷっ」
「しるかーーーーっ」
軽く切れてソファーの後ろでいじける。
「あは―――は―――はぁ〜〜〜〜〜笑ったぁぁ〜〜〜〜」
事の発端はそう。リンゴだ。
詩姫は最近、やっぱり何も食べてなかったみたいで、でも食欲は無いといっていた。
なので一番食べやすいリンゴを剥いてやろうと俺がキッチンに立った。
すべての間違いはそこから。
料理はダメだ。
完璧にダメだ。
ムリだ。
「あははっごめんごめんっお詫びにこれあげるよ〜」
ソファーの後ろでウジウジしている間に、詩姫はもう一つのリンゴを完璧に切って俺の前に差し出した。
「うさぎ形……ちくしょーっ」
俺にはそんな器用な真似は出来ません。
しかも、何気に目まで付いてるじゃないかー!
半ばやけくそでウサギさんにかじりつく。
ウマイです。
「完敗っす……」
「あっはっはー練習しておいで〜」
いや……料理がムリなのはもうわかりきってますから……。
調味料使わなかったから、大惨事になってないけど。
*Shiki...
涼二が家に来たときはかなり焦った。
なるべく会わないようにしていたのに。
でも、帰るって言われた時、思わず引き止めた。
反射的に。
帰り際にも
「じゃ、元気出せよ詩姫……また、歌ってくれよな」
ちょっと寂しそうな声で、そんなことを言う。
あたしはまた、それに揺らぐ。
「うん……ばいばいっ」
精一杯の感謝を込めて涼二を見送った。
「おう」
それだけ答えて手を振ると、涼二は去って行った。
急に、淋しくなった。
ドアを閉めると今まで暖かかった部屋は冷たく感じて、淋しい影を落としている。
不意にテーブルの上のリンゴに目が行った。
元気出せよ詩姫
なんて、声が聞こえた。
一口、それをかじる。
甘くて、ちょっと酸っぱくて、美味しかった。
涙が溢れてきた。
「美味し―――おいしいよぉ……」
ポロポロと止まらない涙。
涼二が置いていった優しさが、あたしの心を掴んで離さない。
それが、嬉しくて、辛くて。
あたしは―――。
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