47.歌えない歌
*Miyako...
「ヒメちゃん。練習、行かないの?」
放課後のチャイムを聞いて、まだボゥッとしているヒメちゃんを見る。
「えっあっ―――そ、そうだね」
あわてて、ガタガタと準備をする。
―――帰る準備。
ヒメちゃんはクラブに行く時に帰る準備をして帰るタイプじゃない。
机を片付けはするけど、荷物はそのままにする。
手荷物とか少ないように移動して終わったら取りに来る。
別に取られるような物って無いし。
そう言って笑ってたのを覚えてる。
だから、今準備してるヒメちゃんは―――
「帰るの?」
「―――っう、ううん?」
別に用事があったりするなら全然いい。
ヒメちゃんはクラスの出し物には買出しで参加してくれたし、
忙しいだろうと思って文化祭に近づくに連れてクラスの仕事の負担は彼女には割り振らなかった。
私が委員長をしているのもある。
涼二なんて委員長と両立してるんだから何とかならないわけ無いのだ。
―――涼二。
そういえば、最近涼二と話している姿を見ない。
休憩時間の度に何かを相談に行ったりしてたのに。
―――あまりにも、自然すぎて。
ずれているその姿に気付けなかったのだろうか。
ヒメちゃんは―――こんなにも、疲れた目をしていただろうか。
アレ? おかしい。
今日の朝も。練習だからとメールがあって、バラバラに登校した。
―――それは、一週間前から。
何でだろう。
何で、そんなに私から目を逸らすんだろう―――?
―――それは。かつての私みたいに、見るべき光を失ったからだろうか―――
ヒメちゃんを連れて、話しやすい場所へ移動する。
「ね、何処行くの?」
「ん、そこでいいや、こっちヒメちゃんっ」
空き教室。
使われることが少なくいのに鍵は開けっ放し。
ちゃんと掃除はされているのか、埃はそんなに無い。
「―――あのねヒメちゃん」
私は振り返る。
不思議そうな顔で私を見下ろすヒメちゃん。
最近、ヒメちゃんは目に見えて痩せたと思う。
明らかに不健康な痩せ方だ。
目元にうっすらと隈がある。
笑ってると誤魔化せるけど、授業中を見ていると良く分かる。
いつも忙しそうにペンを走らせるヒメちゃんが、机に突っ伏しているのだから。
「ヒメちゃんさ、涼二嫌いになったの?」
「―――っ!? そんなっいや、あのっあたしと涼二はそんなんじゃっ」
「好きなんだよね!? 涼二がっ!?」
私はちょっとムキになっている。
だって、私は涼二に振られたから。
「う―――ん……」
ヒメちゃんは何故か頷くのに悲しい影を落とす。
「じゃぁ何で、涼二を避けてるの―――?」
それを聞いたとき、ヒメちゃんは体を強張らせた。
「あ、たし―――避けてなんか―――」
「ホントに!?」
ガッと強くヒメちゃんの肩を掴む。
「―――っっ!?」
ヒメちゃんは私から逃げようとする。
そんなの私は許さない。
ヒメちゃんの目から涙が溢れる。
つられて、私の目から涙が零れた。
「わかんないよっみやちゃんには―――!」
溢れたのは涙だけじゃない。
ヒメちゃんの心の中が―――。
「あたしは邪魔なんだよ―――涼二のっ!」
たくさんの気持ちが
「涼二の邪魔はしたくないの―――歌ってて欲しい!」
強い想いが
「だから―――涼二の前から居なくなる! あたしは!」
溢れた。
「歌わない!!!」
いつものヒメちゃんとは思えない力で私は振りほどかれて、
彼女は風のように走り去ってしまった。
無人の教室に倒れる、なんて無力な私。
―――でも。
諦めない……!
あの二人には、絶対、幸せになってもらいたい。
別に良い人ぶってるわけじゃない。
私なりのけじめ。
ヒメちゃんの考えてることなんて、わからない。
納得できない。
だから、次を考える。
「―――んっ!」
私は涙を拭いて立ち上がる。
今できる最善を尽くすんだ―――っ。
分かってる。
「嫌いな人のためになんか、泣けないもんね―――!」
そう呟いて、ヒメちゃんを追った。
*Ryouji...
キィィーーーン―――……とギターの残響。
恐らく、今の歌が一番完成に近かった。
でも、足りない。
もう少し。何かが。
「―――オリヒメ、今日は来なかったな」
「……あぁ……どうしたんだろ」
昨日までは来ていた。
突然、今日は用事だといって、帰って行ってしまった。
「まぁ仕方ないさ―――。今日はこのぐらいにして、明日の準備進めとかないと」
マイクを軸にして皆に振り返る。
―――ここは部室じゃない。
第3体育館、明日の朝にライブを始めることになった。
時間は演劇の始まる―――1時間前から。
十分だ。
先生達の志向によりバンドの時間は演奏を30分ほど早められ、
演劇の開幕を30分ほど遅くしてくれたみたいだ。
京のお陰って言うのが大きい。
凄い友人を持ったもんだ。
1時間―――3人のヴォーカルでは短いだろう。
でも、多くの人に聞いてもらうには、それしかない。
「そういや―――良いのか涼二? お前は……」
「ん? あぁ。いいよ。今回のメインは俺じゃないし。詩姫とナナだ」
すでに体育館には機材が運び込まれており、調整を兼ねて一度合わせた。
御堂先生も残響が響いている間に帰ってしまった。
もともと荷物を届けに来てくれただけだが、感想ぐらいもらいたかった。
俺にはいまだにあのCDに意味は分からない。
「ま、涼二もしっかり喉休めとくんだな」
「まかしとけ。もう喋らねぇ」
「あははは。そんぐらいで丁度良いだろ」
俺はグッと親指を立てる。
喋らない体制に入った。
「ん。よし、涼二はもう今日あがって休め。俺等も音あわせだけして帰るから」
「そうか?」
「あ、もう喋りやがった」
「言葉のキャッチボールって大切だと思わない?」
無駄なことを喋っていると、体育館からはじき出された。
本当に楽器の音を合わせるだけみたいで、
色々と音が微妙に大きくなったり小さくなったりと、微妙な作業を続けている。
明日―――。
学園祭の本番。
俺は毎日歌い続けた。
御堂先生も協力してくれたし、何より―――目標があったから。
俺は、まだ、頑張れる。
明日の学園祭は、通過点だ。
テストみたいなもん。
俺の、拙い努力が、評価されるなんて思ってないけど、
せめて俺の後に続くみんなの足がかりになれればと思う。
鞄を持って教室を出る。
まだ明日の準備に走り回る生徒をたくさん見ることが出来る。
その中に、必死に走る誰か。
「―――? みや、こ―――?」
前の方から走ってくる。
廊下を走る京なんて始めてみる。
全力疾走なんて、廊下でやるもんじゃない。
なんども人にぶつかりそうになりながら、キョロキョロと何かを探していた。
「京! どうした―――?」
走っている京に手を振る。
必死の形相を俺に向けて、俺のそばまで走ってくる。
「―――っひめちゃ―――ん見なかった!?」
「いいや? 見てない……どうしたんだ?」
「―――っはぁはぁ―――涼二は……平気なの!?」
薄っすらと涙の後も見える。
急激に俺の体の温度が下がっていった。
冷や汗が流れる。
ここに来て―――何か最悪な事が起きる予感。
「―――何があった?」
「―――ヒメちゃんがっもう―――!」
俺に、すがるように掠れた声で京が叫ぶ。
「歌わないって―――!」
ドサッと鞄が俺の手から落ちた。
―――詩姫が―――?
ありえない。と思った。
だって、詩姫だぞ?
遊びに行くたびにカラオケに行って、浜辺に行くたびに歌ってて、
出会った頃からずっと―――歌だけで生きていたのに。
名前に適った天性の才能。
―――俺も大好きだった歌声。
彼女が歌わないなんて、ありえないと。思った。
「なんで―――?」
「……涼二の邪魔になりたくないって。
涼二がちゃんと歌う舞台に立たないのは自分がいるせいだって―――」
そんなの―――!
間違ってるじゃないか―――!!!
間髪いれずに俺は走り出した。
どこか、なんて。知らない。
俺の知っている場所は全部あたる。
溜まりに溜まった不安を全部エネルギーに変えて、大地を蹴った―――。
*Syu...
文化祭の前日だった。
俺はクラスの出し物の手伝いと、クラブの出し物の手伝い、
両方を適度に手伝って、こっそり学校を抜け出した。
ぶっちゃけ俺には準備なんて面倒くさいことはしたくねぇ。
海岸沿いをブラブラ歩きながら家に帰ることにした。
そういえば最近文化祭が近くなって皆と会わなくなった。
涼二とは教室で嫌でも顔を突き合わすからまだいいんだが。
この前から様子のおかしかったヒメっちとか。
京ちゃんとか……全然会えねぇってさびしぃなオイ。
ふぅ〜……そういやこの海岸沿いって前ヒメが倒れてた所だよな。
俺が走りこみをやっていたとき、道の真ん中で盛大に倒れていた。
いや、マジで死んでるのかと思ってガチで焦った。
近寄ってみたらヒメで、どうも走りすぎて体力をなくしてしまったらしい。
ヒメっちの体力の無さときたら異常だもんな……。
まぁ……普通に生きてる分には全然問題ないみたいだけど。
ほら、丁度そこに倒れてるあの人みたいな―――。
……
……
「……ヒメ!?」
またかよ!
俺はヒメに駆け寄って、抱き起こす。
また、あの時と同じ。
泣きながら気を失っている。
「おい! 大丈夫か!? だったら倒れてねぇよなちくしょー!」
一人で言ってとりあえずヒメを抱えて走り出した。
―――前より軽い。
「くっそ―――!」
涼二―――何やってんだよお前―――!
なるべく揺らさないように、でも速く。
もう一度俺の家へと運んでいった。
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