番外編・成長と・決意の日
VoX
たった一つ、約束の言葉がある。
“未来は不確定でうつろうものだけど、俺はその方向へ歩くから”
きっと真意はメンバーにしかわからない。
その決意は本人にしか知らない。
でも、いつかまた。
“一生この4人で! 音楽をやる!!”
約束を叫ぶ。
休止は約束を破ったわけじゃない。
……他人から見れば……言い訳かもしれない。
ただ、それが決意だというなら。
応援しようと思った。
/*――――――――――――――――――――――――――――――//
さて、厨臭くて申し訳ない。駅谷です。
ELLEGARDEN、活動休止だそうです。
モチベーション上がらないんだって。仕方ないよ。
駆け上がった階段を見下ろせば、
休んでも良いよなって思うかもしれない。
でっかかったつもりの目標地点を通り越して
次の目指し方が分からなくなる事だってよくある。
逆に追い続けることに疲れたのかも知れない。
空虚な自分が何を叫んでも、感情が無いように聞こえたりする。
歌い続けること、弦をかき鳴らすこと、全身を楽器にして叩くこと。
声も指先も足もその全てが音楽。
でもそれが時々嘘みたいに思える事だってあるかもしれない。
まぁ駅谷は語れるほど音楽やってませんから。
判断は各々にお任せします。
というわけでVoX。
お久しぶりです。出動要請が出たので書いてきました。
こいつらは解散どころか始まってすら無い感じですが。
それでもスタート地点。
原点になるように。
始まりを思い出せるように。
そんな小さな物語です。
*/
//――――――――――――――――――――――――――――――//
*Ryoji...
ギターを弾く。
習いたてのギターは楽しい。
シロ兄からお古のギターをもらった。
アコースティックギターとエレキギターどちらもだ。
アコギは単にどこでも音が出るし練習には最適だ。
エレキは確かに練習は出来るがやはりアンプでエフェクトをかけたりしないサマにならない。
気がする。
一先ず簡単なコードの曲を弾けるようになって壁にぶち当たる。
素早い展開が出ると弾き語りができない上にタイミングが遅れる。
Fコードなんて指がどうにかなってしまいそうだ。
「……難しいなコレ」
手の甲が攣るっ……。
シロ兄ほどとは言わないがせめて聴けるようになるぐらいには弾けないとな。
「おお。難しそうだ」
士部家の縁側でジャカジャカ言わしている俺にシュウが寄って来た。
「ああ、手の甲とかやばい。プルプルしてる」
手の様子をみてほーと呟いたあと、柊は顔を顰めて俺に目を合わせた。
「所でリョウジ。何故歌の用事でウチをご利用か」
別にいいんだが、と首を傾げる。
やっとこの事態に突っ込んでくれる奴がいて俺は嬉しいぞ。
「ああ、聞いてくれ。今日は海岸で弾いてたはずなんだ。
それがジョギング中の玲さんに会った後、いつの間にかここに居た。
何を言っているのか分からないと思うが俺も何が起きたのか」
「いや、もういい。十分だ」
シュウはため息をついて俺の肩を叩いた。
「あっはっは。だって涼君歌えるって聞いてたけど全然聞いたこと無いんだもん。
というわけで、お姉さんのために独占ライブってことでひとつ!」
とやってきたお姉さんは縁側にブルーシートを敷いてよっこらせ、と座った。
どうやらゲリラライブをやらされるらしい。
しかもなんだかビールとか用意している。
割と宴会する気らしい。
夕日の見える空を見上げてため息をついた。
とりあえず俺の弾けて歌える曲を頭でリストにして、それを最適な順番で歌おう。
ああ、このままじゃ一番はさくらさくらになってしまう。
ウォークスは後じゃないとなぁ……。
それを除くとあと1曲しか残らない。
シロ兄が自分の曲で練習するならそれが一番楽だと楽譜をくれた曲。
まぁ2曲でなんとかするかな―――。
俺は諦めた決心を固めて、歌うことにした。
初期に作られたという曲は、荒々しくて突っ走るだけの青臭い曲だとシロ兄は笑う。
でもだからこそ俺達には共感できるところが多いし、歌っていてすがすがしい。
全力を声にして、
感情を音に変えて、
鼓動をリズムにする。
俺の声には丁度良い。
そう言ってあの人はコレを教えてくれた。
一度シロ兄に聞かせてもらって大体の感じを覚えたら、自分なりに歌いかえる。
歌いやすいように。
伝わるように。
歌詞の意味を。
音の躍動を。
俺の感情を。
全てを併せて俺の歌に仕上げる―――!
「―――」
「……すご……。あ、ごめんごめん」
歌い終わってハッとして玲さんは拍手をくれた。
ビールを一口も口にしておらず、拍手を終えてあっと気づいて一口目を飲んだ。
「ひゅー。独占ライブいぇー!」
柊がテンションを上げてデカイ拍手をする。
残念ながら二曲で品切れじゃなきゃもっと盛り上がるんだが。
適当にじゃかじゃかやり終える。
「どーもお粗末サマでした」
「えーもうおわり〜?」
やっぱり上がる不満の声。
ぐいーっと一本一気に飲み干して玲のお姉さんが俺を指差す。
「そんなわけないよねー!?」
もうすでに半分酔っ払って見えるのは気のせいだ。多分。
どうしてこうも酔い易い人間が多いのだろうと俺は再びギターの弦を一つ弾いた。
「んじゃー2曲目ー」
「あはは! 待ってましたー!」
「きゃーっ涼ちゃん頑張ってー!」
なんか増えた。
俺の視力は最近落ちる一方だ。
真剣にメガネかコンタクトを提案するしかないと思っているのだが、
ついに幻覚までみえるようだ。
「……ちょっとまって何で居るの母さん……」
不詳母、水ノ上千花という。
母親らしい母親で、よく俺の心配をしてくれる。
無類の娘好きだが、娘に恵まれなかった不運から他人の娘を拉致る癖がついている。
「あら〜いいじゃないついでよついでっうふふ〜」
「いやまぁ……お客さんが増えてくれるのは構わないんですがね?」
神出鬼没を極めたウチの母。
それにとなりにニコニコと座っているのはミヤコじゃなかろうか。
最近視力が……まぁ某母親と似た点が多数あるのでこれ以上追求はしないが。
「おっすこんばんは京」
「うん。こんばんは涼二」
ああ、お隣さんはいつも通りだ。
やっぱり理由は追求するべきか。
「で、何がどうなってお二人が?」
「うん、私は柊君にメールもらってね。家を出たところで丁度会って」
「行き先が同じだった、と」
「元々今日は最近ちーちゃんが拗ねてたから飲もうと思っててね。
お魚さんを見つけたら持ってきたって事」
なるほど酒の肴か。
海岸で歌ってる俺がカジキマグロ辺りにでも見えたんだろう。
きっとこの人なら素手でいける。間違いない。
ああ、ちなみにちーちゃんは母さんだろう。
俺らが仲がいいのと同様、母親も仲がいい。
「いやー。もー子供の前で拗ねてるとか言わないでー」
あからさまにウチの母が素で玲さんを突付いている。
「いいじゃん。あ、涼君、ちゃ〜んと家でもご飯食べないとだめよ?」
ビッと俺を指差す玲さん。
「うわー。そこきたよ」
「あ、涼君、今度朝ご飯を食べにくるんだよ」
ひょいっとやってきてシートに座るのは京母。
秋野月乃さん。ああ、突っ込まない方がいいぞ。蹴られる。
月乃に合わせて京が一番綺麗だから、と京の名は決まったそうだ。
ていうかコレはアレか。
保護者に公開処刑されろってことですかね。
「あー! そうやってウチの子を誑かすんだぁー!」
ウチの母親がビールを片手に月乃さんにからむ。
安い酒は酔いやすい。
玲さんがそれを知らない訳はないだろうから、酔わす気で持ってきたんだろう。
……箱で。
すでに母さんの足元に二つ空き缶が転がっているのは見ないことにした。
よく見れば宴会用の重箱が開けられている。
いよいよ俺が生け作りにされるようだ。
「気にしたら負けだぞ涼二」
「収集つくんだろうな?」
「それは神のみぞ知る」
「というか、俺次がラストなんだ。繋ぎは頼むぞ。俺帰るから」
「おおい! ここでお前に逃げられたら俺がチョーク食らうんだよ!
死んでも止めるからな! ホオオオオ!」
妙な気迫で立ちはだかる柊。
どうどうと京に宥められているがマジで逃がしてはくれないようだ。
「……歌うか……」
俺はなけなしの切り札を弾くため弦を弾き始めた。
VoXは青春の謳歌。
希望の歌。
何とでも言い換えることの出来る、アップテンポソング。
でもアコギ用にと榎本が書き直したものなので結構滑らかな感じになってる。
コレはコレでいいかな。
結構オールマイティーな幅で受けると思う。
そうだ、どうせならもう少しテンポを遅くして―――
優しいテンポ。
音の余韻で暖かさを表現できるアコースティックギター。
使い込まれたコレは本当にいい音を出してくれる。
シロ兄の得意なのも実はバラードなのだ。
声の幅を使いきれて長いビフラートは歌っている側も気持ちがいい。
振り返る曲ではない。
前に進む曲。
それでも後悔を振り返らないで必死で生きてきた人たちに送るちょっとだけ優しい歌。
沢山の表現に合う歌だ。
シロ兄の才能には本当に舌を巻く。
「あああぅぅぅ涼ちゃんがーかっこいいーウチの子凄くなぃ? かっこよくなぃ?」
「あーはいはい涼君かっこいいねー」
号泣しながら息子自慢し始めるウチの母。
やっぱりここでもお姉さん役を買って出る母連中では一番歳の若い玲さん。
この時点ですでに混沌。
「み、京ちゃん!? なんで泣いてんのっ!?」
「ご、ごめんねっ、その、今のはちょっと不意打ちてちうか……」
だ、大ダメージだ。
この場をカオスにしたのは間違いなく俺。
柊が何とかしろと俺に視線を送る。
無茶振りじゃないか?
だって俺もうネタ切れ―――
俺が座っている縁側は庭の中心から入り口までを見ることが出来る。
そして、そこに救世主の姿を見た。
長い髪を揺らして歩いてくる歌姫に胸の高鳴りを覚えた。
「―――シキ」
「ごめんねっ遅れ―――……たんだけど、帰った方がいいかなぁなんて思ったり」
目の前に広がる観客のカオス。
ライブ会場はある意味クライマックス。
「頼む! 帰らないでくれ! むしろ助けてくれ!」
人をこんなに頼るのは初めてかも知れない。
「一応、何が起きたのか聞いていい?」
「いや、歌ってただけなんだ……」
「涼二が?」
「ちょっとウォークスをバラード風に歌ってみたらさ……」
「あ〜なるほど。それに涼二の声だもんねー。なるなる」
「一人で納得されてもなぁ」
「あっはは。涼二は……うん。歌えばいいよ」
俺は首を傾げる。
ここでまだ俺に歌えというか。
「だってもう弾けるやつが……」
「だーいじょうぶっ涼二はギターじゃ歌わないでしょっ」
言って詩姫が嬉しそうに俺の手を取る。
―――ああ、そういうことか。
俺と詩姫が縁側に立って、息を吸う。
日の落ちた空。
夜は俺のステージの時間。
夜空に向かって叫ぶ。
「あああああああああああああああああああああああああ!!!!」
魂の叫び。
その声量が熱量がすべて俺の感情。
夜空を突き上げて気分は青空に。
それが俺のポリシー
「あああああああああああああああああああああああああ!!!!」
笑うように、詩姫の声が重なる。
ぴりぴりと揺れる士部家のガラス。
共振で壊れるんじゃないかと思った。
叫びなのに―――綺麗に音が混ざる。
当然みんなが驚いて俺達を見る。
俺達の音あわせは終わった。
体に刻み込まれた伴奏。
何十回と歌ってきた曲を今また歌う。
ウォークス―――!
歌いだしは俺。
爽快に俺の見えているその歌の真意を歌う。
俺の後に続く詩姫。
同じように弾ける様に音を辿り、その世界を作り上げる。
目を合わせる。
同調する言葉。
鼓動がドラムの音のよう。
音階を行き来して、ハモリあわせる。
二人のブレスのタイミングが一致して、
ほんの一瞬、声の余韻だけを残して静寂の空間。
肺に息を圧縮して、拳を握る。
俺たちの中で精一杯の時間を使って息を溜め込んで―――……一気に吐き出す―――!
叫ぶように歌う。
この歌で伝えたい全てがここにある。
歌うそれすべてが感情に直結する。
リンクするのは俺たちの声と観客の感情。
声と歌詞と音―――
全てを併せて歌に成る―――!
俺達はまだ始まってない。
この熱量がいつまであるのかは分からない。
母さんは俺は俺らしくしていれば良いと泣いたあの日から、
俺がシンガーを目指すことを応援してくれている。
夢中になって歌って、ギターの練習をしている俺を心配してくれている。
だから感謝を。
恥ずべきことは何も無い俺の本当の願いを見せる―――!
歌うんだ―――!
悲しみの終わる歌を!!
立ち上がる歌を!!
希望を捨てない歌を!!
進み続ける歌を!!
夢を叶える歌を!!
俺の声は全て俺の感情。
その表現をシロ兄が才能だと認めてくれた。
あの人に認められた音楽の才能。
俺が自信を持って進まないわけにはいかない。
―――だから。
コレが俺の全てだと伝えるために歌う―――!
歌い終わって、最初に拍手をくれたのは母さんだった。
お酒が入ってほんのりと赤く頬を染めていたが顔はいつも通りの優しい笑顔で―――
やっぱりボロボロと涙を流して。
「―――ありがとう」
何故そういったのか。
歌詞にはそういった意味のものは無いはずなのに。
「最後に、一つ聞かせて頂戴?」
涙を拭って、俺を見る。
「……何?」
「涼ちゃんはどうしてシンガーになりたいの?」
「唯一、兄ちゃんに似てない才能だからだよ」
コレは事実そうだった。
「……」
俺の隣でジトッと俺をにらむ視線。
何が言いたいかはすぐに分かった。
「……それは二人だけの秘密って事で」
もう何人かには言ってしまった気がするが。
「あっ……えっう、うん。あっなんか急に恥ずかしい気がしてきたっ」
小さい声で二人こそこそと話す。
詩姫との約束。それが将来の夢。
赤くなった耳を隠してすすっとフェードアウトしたところで京に捕まって突付かれていた。
見なかったことにしよう。
母さんは一度だけ星の見えてきた空を見上げて、目を閉じた。
「涼ちゃん……将来の夢ってね、通過点なの。
遠い気がしてもね、来ちゃうの。
でね、叶っちゃったら―――見失っちゃう人って多いの」
「……ああ」
「もう一度聞くわ。涼ちゃんは、何を目指してるの?」
「俺は―――」
目標が無ければ追い続けられないのは知っている。
目標を達成したときに油断してはいけないことも知っている。
それと油断と喜ぶことは別物だ。
喜んで満足してしまえばそこまで。
進むことを忘れない強さが必要なことは沢山の人たちに習ってきた。
一番俺に近かった兄から進み方を。
厳しかった父親から、強さを。
優しかった母親から―――歯を食いしばって進むことを。
兄が死んで、両親のために俺は兄を辿った。
それが間違いだなんて思っては居ない。
離れそうになった二人を繋ぐために、俺が笑っていようと思った。
似ていると言われる事を、幸せに変えようと思った。
二人の理想で居ようと、思った―――。
“俺は「水ノ上涼二」だ!!!”
海で叫んだ言葉。
俺が俺に戻った瞬間。
「俺を、証明する」
それが俺の決意。
「水ノ上涼二を証明する。
水ノ上涼二は、シンガーだと。
知らない人が居なくなるぐらい。
俺の声で。歌で。
ステージで叫ぶんだ。俺が涼二だって―――!」
きっとこれから歩む道には兄のことを知る人はいない。
だからこそ。
俺の道が始まる。
「だからそれまでっ俺は歌うことをやめない。
それが今、明確な俺の“夢”だよ―――」
閉じていた目を開いて、母さんは眩しそうに俺を見てやっぱり微笑んだ。
一つ違うのは涙が流れていないこと。
「―――うん。わかったわ。ありがとう……頑張ってね」
「おうっ」
「くあーっカッコいいねえお宅の息子さん。ウチのと換えない?」
「うふふふふ。ふふ。だめ。絶対あげない」
母親は上機嫌にまたお酒のふたを開ける。
結構飲める人なんだな。
お酒の席に来るなんてはじめてみたけど。
「むしろウチがもらうわ」
「あ、ずるい」
「なんでそこで食いつくんすか月乃さん……」
「お、お母さん……」
「この場でオレの価値低すぎるだろ……」
各々言いたい放題の場になってきた。
それぞれの親に唖然としながら子供達を無視しておばさんたちの集会が始まった。
―――宴は夜に向かって盛り上がる。
語る母親達とは別で俺達も盛り上がってご飯にありつく。
いつもこういう時に作っている玲さんは作らなかった。
まぁいろんな配慮があるんだろう。
明日は日曜。
学校は無い。
全員でこの旅館じみた広さのある士部家に泊まることになった。
俺達だけなのは良くあること。
これじゃ小さい家族旅行みたいな気もする。
―――まぁそれも。稀な話。
言葉にした決意を胸に―――小さい独占ライブが終わった―――。
小さなホント小さな一歩で。
いろんな強さの形がある。
柊みたいに根が真っ直ぐな奴。
京みたいに忍耐強い奴。
詩姫みたいに才能と自信のある奴。
俺は―――何を強さにしよう。
誰かに自慢できるほど俺自身は強くは無い。
―――じゃぁ、俺は。
その強さを手に入れるために進み続ける。
俺が水ノ上涼二であると認められたとき―――俺の強さの証明にする。
俺自身がずっと、自分であることが出来たんだと。
それだけ、忘れないように―――歌にすることにした。
―――未来。
栄光のそのステージに立つ彼の大切な歌に成る―――。
VoX〜ウォークス〜
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