ex.そして、その声は



仕事に溺れる日々は目まぐるしくて、何も考えることが出来ない。
歌で歌うような幸福は巡ってこなくて、ただこの声を枯らすまでオレは歌う。
誰かの筋書いたドラマだって上手くいくことは少ないのに、
筋書かれることの無い人生がどれだけ成功するのだろう。






ゴールデンウィークから先にみっちり入れられた仕事を何とかこなすと、
事務所から1日休みがもらえた。
―――7月前の日曜日のことだ。
携帯のメールに目を通すと、詩姫から文化祭のメールが来ていた。
高校生の時を薄っすらと思い出す。
「そっか……そいやそんな時期だったな……」
携帯を閉じると次のスケジュールを確認する。
それは向こうの家から近い所で深夜番組のラジオのゲストだ。
……十分泊まって帰れるな。












ライブの時間には間に合ったみたいだ。
学校から一気に人が居なくなって体育館で騒ぐ行事。
―――それは前々から演劇とライブって決まってる。
オレは騒がしい音を頼りにその場所へと向かった―――。

歌っていたのは涼二。
先生があいつを選んであいつにやった。

曲名は―――ウォークス、だと。

あぁ、確かにその曲はそうだ。
声を。言葉を感情に乗せて―――お前の声で歌うんだ。
体育館を振動させる声。
体の芯に響くメロディー―――その声。

オレが嫉妬する才能……!
舞台の上で―――そいつは笑っていた。






歓声が沸く。
たまたま、だ。
ここにこれだけの人しか居ないのは、準備に走り回っている奴が来れないから。
それでも体育館いっぱいになりかけのこの状態はまぎれもなくアイツの声が集めた。
涼二はそれだけで舞台から降りる。
次に舞台に上るのは詩姫。
もう、何年も聞いていないあいつの声は、何処まで上ったのだろう。

伴奏が始まり、詩姫が歌う。
―――オレのナンバーだ。
これはバラード。
思っていたより受けが良かった曲―――。
ゆっくりと心を暖めるような声が響いて、

ドン! と弾けた。

―――驚いた。まさか―――。
本当に、天才の声を持っていた。
撫でるような優しい声が涙を誘う。
暖かく、血潮のように体を行き渡る声―――その才能。
唖然と聞き惚れる、その声。




―――やっぱ、こいつらしかいねぇ……!





「涼二が……好きだーーーーーーーーーー!!!!」
ラストは詩姫の壮大な告白―――。
流石のオレも、コレは笑った。

―――は、……すげ……!
オレがもしコレだけの勇気を持っていたなら―――今、何が違っただろう。

「俺も詩姫が好きだ!!!!!!」

―――あいつ等なら、何だって乗り越える。
歓声の中の一つとしてオレは拍手を送る。
あんだけ馬鹿みたいに愛し合えるなら……!

オレは、オレの結末を変えることが出来ただろうか。













*Ryoji...



む……。
誰かが部室に入ってきた。
「あはっなつかし〜殆ど変わってないなぁ〜あ! いたいた!
 水ノ上涼二君だよね?」
なんだか妙にテンションの高いお姉さんが俺に向かって歩いてきた。
足取りは軽く、上機嫌で、旅行用のケースをゴロゴロと引いている。
帽子とサングラスで顔は良くわからないが、声と言動からある程度可愛い人だと想像できる。
「そうですけど……」
でも、あんた誰だよ……。
俺はジト目でその人を見上げる。
「あっ! 怪しい人じゃないよ? ごめんね? せっかくラブラブなところ邪魔しちゃって……」
言って口に手を当てて俺の隣を見下ろす。
―――俺の脚を枕にして詩姫が爆睡している。
「―――っ! ちがっ違いますっ」
勢い良く隣に避けるとゴッ! といい音を立てて詩姫が頭を打った。
「―――いたーーーっ!!? 」
ビクッと起き上がって頭を抱えようとしたのはいいものの、
狭いイスの上に寝ていたためそのままイスの下へと落下する詩姫。
―――壮絶。
あまりの壮絶さに俺とそのお姉さんは詩姫を見て絶句する。
相当堪えたらしく無言で悶える詩姫。
「……だ、大丈夫か!?」
「……ごめんね?」


「えっと、二人とも初めまして―――じゃないんだけど、わたし『遊幹かさ』っよろしくね」
サングラスを取ってニコッと笑ってみせる。
「あっど、どうもっ織部詩姫ですっ」
「うんっ知ってるっ白雪君の妹さんだよね〜歌の上手い」
んっふっふ、と得意げに笑うお姉さん。
怪しいな……。
「遊幹かさって言ったらさ……最近ベストセラー小説出した人じゃん?」
怪しいなぁ……
この学校からそうポンポン有名人出ていいのか……?
「あれれ? 知ってるの?? ふふっ嬉しいな〜」
俺の手を握ってブンブンと上下に振る遊幹さん。
「どうも……でも、ここに何か用事でも? 出し物は割り当てられてませんよこの部屋は」
「ん〜ん。わたしの用事はキミだよ水ノ上君?」
サングラスの端を頬に当てて柔らかい笑みを見せる遊幹さん。
「俺ですか?」
俺と詩姫は目を合わせて首を傾げた。

彼女は自分のカバンを開けてゴソゴソと漁ると一冊の本を取り出した。













*Mayo...



紫陽祭かぁ。懐かしいなっ。
アタシは半ば浮かれ気味に校舎へと入っていった。
全てが懐かしいその風景。
躍るように足を運びながら進んでいく。
フリーマーケットも、喫茶店も、駄菓子屋も―――。
そして、この場所も……。

第2音楽室。

―――もう、アイツはいないのに。

あたしは苦笑いでドアノブを捻る。
あぁ、最近多いなぁアイツのこと考えるの。
―――もう、ずっと前に……諦めたはずなのに……。
アイツはアイツでもう歩いて行って、手の届かない所まで行ってしまった。
誰かを好きになって諦めた最低なあたし。
もうあたしには―――届かない。資格すらない。


扉を開けて軽音部の部室に入る。

そこで待っていたのはあたしを呼び出した―――




じゃ、ない……?








そこに、立っていたのは―――……


「久しぶり。真夜」
……っ
その爽やかな笑顔は変わる事がなく、その柔らかい髪を揺らした。

「い、いっちー……!?」

あたしは息を呑んだ。
その仕草も、微笑み方も。
喋り方も全部―――。
全部、あの時のまま―――。

その姿は、水ノ上優一に間違いなかった。


「いっちー!!? ほ、本当にいっちーなの!!?」
スーツを着ていて、社会に出たのだと思わせる。
いっちーなら自分のうちの会社に入ったのだろう。
「偽物だったら?」
にこ〜っとあたしに向かって微笑む。
「いや……あ、うん……」
何も言えない。
なんで……!? 確かにあたしは……っこの目で確認したっ
でも、ここに居るいっちーは―――。

「ただいま。真夜」

ポンっとあたしの頭に手を置いた。
その配慮の仕方がとても懐かしくて―――涙が出てきた。
「いっち〜……っ生きてたんだぁ……っっ」
「ん―――心配かけた。ごめんね真夜」
光に溶けるように優しく笑ういっちー。
懐かしい感覚。
あのときやっと―――好きになれていた存在が。



「なぁ真夜、早速で悪いんだけどその、一つ聞きたいことがあるんだ」
「―――? 何?」
いっちーはちょっと照れくさそうに頭を掻く。
だがすぐに真剣な顔になって真っ直ぐあたしをみた。



「もう一度、俺と付き合う気は無いか?」




真剣な瞳とその声があたしを貫く。
「正直に、答えてくれ。
 ……断られたからといって真夜を責めるようなことはしないよ。

 ただ俺は―――まだ、キミが好きだ」







なぜ、こんなにも、涙が溢れるのだろう。
なんで今頃……あたしの前に現れるのいっちー……っ。
答えを出したい。
あたしは……っ!









「織部が好きなんじゃないの?」










その声はあたしの後ろから。

「アスミ……?」
「織部が好きなんじゃないの?」
彼女はもう一度同じ言葉を繰り返す。
―――っなんで、その質問を、また―――!
「あたしは―――っ!」
「アンタは何時までたっても子供なんだ?」
冷たい視線であたしを見た。
軽蔑を含んだ、怖いぐらいに綺麗なその顔で。
「子供……!? あたしはただ……っ!」

「ただ何も言わずに、言われたことだけをこなして
 言われないと気付けなくて言われないと好きになれないんだ?」

あたしに一歩近づいてアスミは怒ったように早口に言う。
「違う!!! あたしは―――っ!!!」

違う、子供なんかじゃない!
好きって言うのはあんなに怖いのに!
傍に居なくなったら言えないのに!
あたしの声は―――っ!
もう届かないのに……!!


「好きに決まってるでしょ!!!」



それでも叫んだ。
何年も、それに気付けなかった。
一緒に居るのが楽しい。
一緒に居れないのが辛い。
アイツの歌を聞くのが好き。
アイツと笑っているのが好き。
思い出の中に、全部答えはあった。
自分の首につけられたネックレスに触れる。

あいつにもらった誕生日プレゼントは、こんなにも大切に使っているのに……っ





『わああああああああああああああ!!!!!』

歓声が聞こえる。
でもあたしはアスミと睨みあったまま。

『特別ゲスト!!!! スノウのライブ開催です!!!』

え……!?
「シロユキが居るの……!?」
アスミも驚いた様子で体育館を見る。
すでに体育館はひとで溢れて外まで出ている。
「織部……か」
いっちーが呟く。
あたしを見ると腕を組んで詰まらなさそうに壁にもたれかかった。

「ほら、行ってきなよ……もう、答えは出たんだろ?」
「―――でも、いっちー……」
いっちーを一人にするのは―――あたし。
それが悲しいことだと知っているから―――。
そんなあたしを見てバツが悪そうに頬をかくいっちー。
「―――はは、真夜、決めたんだろ?」
「真夜っ! 早く行かないと―――っ」
アスミがドアを開けてあたしを急かす。
いっちーは黙って優しく笑うと小さく手を振った。

「―――っごめん……っ」

あたしは走り出す。

―――もう、答えが出た。
あの時こうだったら。
あの時、認めてしまえれたら。
ねぇ、どうすればいい―――?

台本なんか無くて、台詞なんてものも無い世界で、
あたしはこの言葉を持って走り出した。

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