05.無意識
*Shiroyuki...
―――ん?
暖かい。
それと、狭い。
俺はゆっくりと目を開ける。
カーテン越しに柔らかく光が降る部屋。
俺は白い布団のベッドの上。
隣に―――
「……何やってんの母さん?」
VOX ///PROTOTYPE///
俺の隣でぴったり密着した状態で母さんはスヤスヤと寝息を立てている。
いや、色々状態がつかめないのでとりあえず揺さぶり起こす。
「ん〜? お早う白雪〜」
眠たそうな顔でふにゃ〜っと笑う母さん。
「は、あ、お早う。で、何やってんの母さん」
「添い寝?」
「は?」
「だって、白雪なかなか起きないんだもん」
ぷぅっと頬を膨らませる、多分、親。
俺はあきれ返りながら、時計を見る。
8時20分。
「―――遅刻寸前じゃねぇかっ!」
オレは飛び上がってベッドから降りると、今までに無いスピードで制服に着替える。
ここから学校まで走って15分。
学校の門が閉まるのが35分。
自転車だと余裕だが、啓輔は待っていてはくれてない。
遅刻はヤバイ。
3回遅刻をすると、大量の宿題がプレゼントされる。
今月はもう2回やった。
なら、―――全力で走るしか無いだろ―――っ!!
オレは筆箱が入ってるか入ってないかぐらいの鞄を引っつかむと、全速力で家から飛び出した。
づ―――はっ
息が切れる。
速度的には問題は無い。
ただ―――、20分走り続けることが、できるだろうか。
絶望的な考えが脳裏をよぎる。
何も考えないようにしよう。
足の力を最大限に使って角を曲がる。
住宅街を出たら後はしばらく真っ直ぐに進めばいい。
疎らに人通りのある歩道をひたすら走る。
ふと目の前に、見覚えのある頭を発見する。
オレと同じく、疾走中だ。
なんとなく嬉しくなって、ちょっと足を速めて追いつく。
「よぅ! 真夜がっ遅刻なんてっめずらしいなっははっ」
走りながらの会話。
息切れを早めるためのものだとしても、つい話し掛けてしまう。
「―――っ遅刻っしてない、でしょっ―――まだっ!」
「ごもっともっでも、そのペースじゃ、遅刻すんぞっ」
「うるさいっだったらっはっ先、行きなさいよっ」
少しだけ、苦しそうな顔で、オレに叱り付ける。
「はっ―――いいじゃん遅刻の友よっ」
「ああっもうっとっとと先に―――」
微妙に諦めたように、声を絞り出す真夜。
ふむ、オレだけ遅刻を免れるってのも、忍びない。
なら―――。
「あいさっ」
オレは真夜の手を掴む。
「え―――?」
「遅刻はするなって、お前がいつも言ってんだろっ」
真夜を振り返るのをやめて、少しだけペースを上げる。
もう少しで平地が終わる。
後は上り坂をクリアすれば学校。
少しだけ、真夜を振り返る。
苦しそうに、細かく呼吸をしている。
「大丈夫か?」
「っ気にしなくていいからっ前見て走ってっ」
苦しそうに笑う。
真夜らしい強がりだ。
でも、手加減すると怒る。
だから、心持、ペースを緩めるだけにしてまた走り出した。
「もうちょっとだっ行くぞっ」
―――校門を走り抜けて丁度、チャイムが鳴り響いた。
「―――はっはぁ、どうよっぎりぎりセーフっ」
オレはガッツポーズで真夜を振り返る。
真夜は真っ赤になって俯いている。
真夜にはちょっときつかったかもしれない。
「―――っはっ―――」
俯いて、呼吸を整える真夜。
「あ―――、わりっペース速かったか?」
「―――とりあえずっ」
「あ?」
「―――手、離しなさいよっ」
顔を上げて繋がれた手を力なく振る。
「あぁ。で、大丈夫か? 気分悪いなら保健室連れてくぞ?」
しゃがみ込んで真夜を見上げる。
「―――っっ大丈夫だからっ」
急に起き上がってオレから離れる。
「そか? ならいいけど」
「……ふぅ。アンタも、ちゃんと手加減して走りなさいよねっあたしだって一応女なんだからっ」
怒っている、というか拗ねてるような顔で俺にそんなことを言う。
まぁ、怒る元気も残ってないのだろう。
こういう仕草も、繋いだ手も女の子らしいと思うが。
「知ってるよ。俺が悪かった。とりあえず、さっさと教室行こうぜ」
真夜の赤い顔が更に赤くなった気がする。
怒らせたか?
「―――っ知らないっ」
何故か鼻を鳴らして歩き出す真夜。
……なんなんだ?
ワケが分からないままそのままオレも教室へと向かった。
クラスのドアを開けるとオレと真夜に妙な視線がいくつか集まってきた。
その視線を向けてきた奴等に目をやるとすぐにみんな逸らしやがる。
「なんなんだ?」
「さぁ……」
なんとなく浮かばない顔をして、真夜は席へと向う。
「よう。今日はどうした?」
「あぁ……ただの寝坊だ」
オレが席に着くと他の友達と話すのをやめて啓輔が話しかけてきた。
「で、どうよ。真相は」
主語は無い。
「ん? やっぱりなんかあったのか?」
しかもオレがらみの。
「そうそう。今朝はビックニュースがあってな」
「へぇ。それはすげぇ」
「あぁ。坂城とお前が付き合ってるらしいっていうな」
「へぇ。それはすげぇ」
あぁ……そうか。昨日のアレか。
まぁ……ミューともなれば当然かもしれないが。予想の範囲ではあった。
「……なんだ。動揺もしないのか」
つまらん。と吐き捨てる啓輔。
……なんかあってほしかったのかよ。
「なんでもねぇよ。たまたま一緒に帰ってただけだ」
本当にそんだけ。普通に話して分かれ道で別れてオワリ。
「……まぁお前が言うならお前はそうなんだろうな……」
ダメだねーとため息をつく啓輔。
だんだんムカついてきた。
「うっさいっ」
オレはそう言い放って机に突っ伏す。
教室にチャイムが鳴り響くと、いつものように担任が入ってきてHRが始まった―――。
4時間目。
いつもは寝ている授業だが、今日は良く寝たため眠くない。
久しぶりに授業を聞いてみるか。
女性の古文担任がちょこまかと黒板に文章訳を書き連ねていく。
机からノートを掘り出して、ガリガリとそれを写す。
ある程度文章を書くのは慣れているが、さすがに写すだけだと……
ふぁ……眠くなってきた。
暇なので周りを見回す。
何の変哲も無い授業風景が広がる。
が、その中で、外に心奪われる人間が一人。
いつも真面目に先生の方を向いて授業を聞いている真夜が、窓の外をぼぅっと眺めている。
待ち人来たらず、みたいな心境を思わせる。
―――なんていうか、似合わない。
いや、外見的にはいけてるんじゃないか? うん。
ただ、真夜がそういう顔をしているのは、なんていうか―――。
「―――オイ、授業は真面目に聞けよ」
良くない。ので、ひそひそと話しかける。
「―――っ!? アンタに言われたか無いわよっ」
「ほー? オレはちゃんとノート取ってるぞ? お前が書いてないとこもな」
「えっ……」
言うとゆっくりオレと自分のノートを見比べる。
「なはははっどーだまいったか」
ニヤニヤ笑いながら真夜を見る。
「……別に参ってはないっ」
むくれた顔で前に向き直る真夜。
「何だご機嫌斜めだな。なんかあったか?」
「……何も無いわよセクハラっ」
「まだ何も言ってねぇっ……女の子の日か?」
ヒュゥッと鼻先を拳が掠める。
う、腕を上げた。寸でかわしたが危うく持っていかれるところだった。
「言い直すなセクハラっそんなんじゃないわよっ」
「じゃぁ何?」
「何でもいいでしょっ……ほっといてよ……」
そう言って机に突っ伏す。
本当に元気が無いみたいだ。……ふむ。
なんか調子狂うな……。
そう思ってため息をつく。
時計を見上げるともうチャイムの鳴り響く時間だった―――。
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