07.理由

*Shiroyuki

俺はいつものようにパンを食堂に買いに走って、パンを買いあさった。
今日は新しいパンの入荷があったようで見たことのないパンをいくつも買ってしまった。
波のように押し寄せる人波を乗り切ると、そこに涼しい顔の啓輔を発見する。
欲張って買い込んだ俺の袋をみて、啓輔が呆れたように言う。
「そんなに食うのか……」
「うるせーっ食えなくてもいいんだよ別に」
食いきれなきゃ放課後にでも食えばいい話だ。
「……昼飯以上のものは買わないって言ってたろう?」
それは俺の経済事情の話。
しかし新商品となれば奮発しないわけにもいかない。
「今買わないでいつ買うんだっ」
俺は袋を握り締めて熱意をアピールする。
新商品は出たその日に買う。
そして評価する。
これパンユーザーの極意なり。
評価の出てしまったパンに用はない。ウマイのは除いてな。
食うなら今日! 買うなら今!
そう思うだろ諸君!
「いや、そこまで熱いのはお前だけだ」
口端辺りから漏れていた俺の熱い言葉に呆れた啓輔は俺を置いてとっとと教室へと向う。
ちっ。食堂ユーザーめ。いつか絶対白黒つけてやる。
啓輔は俺と同じく弁当を持ってない側の人間だが、
パンでは無く食堂のメニューを持ち帰りにしている。
確かにボリュームは保証されているが、毎日買うには俺の財布はついてこない。
ちなみに俺の月に使う食費は詩姫が管理している。
うちで一番しっかりしてるからだそうだ。
……。否定はしない。
まぁ、そういうわけで月に食費に使う分はちゃんともらっている。
が―――その中でバンドに使う分を出そうとすると、制限は必要だ。
バイト分で何とかなるといえばなるんだが……
自分の使ってる携帯やら小遣いやらも自分で稼いでいるので
やっぱり節約しながら色々頑張ってる。

……タマには、はっちゃけるけど。

///PROTPTYPE///

啓輔の後を追いながら、首を鳴らす。
視界の端に不自然な光景が入ってきた。
この今日は晴れているとっても、吐く息は白い。
そんな寒空に近づくように、真夜は上を見上げている。
視線を戻すと、下からは見えない位置へと移動していった。
「おい、どしたー?」
「ん? あぁ―――ま……UFOみたいなもんだ」
言って、俺はまた歩みを進め始める。
なんとなく、元気のなさげな真夜が頭をよぎる。
今あそこに居るってことは、メシは食べてないだろう。
ふと買いすぎたパンに目をやる。
「みたいなもんでも大したものだと思うが」
「それもそうだな。よし、ちょっくら見に行ってくる」
「は? あ、おい」
引止めの声を背にしながら、俺は屋上へと足を速めた。

解き放ったドアは、引きこもった階段の空気を押し下げて、風となって押し寄せる。
周りを見回すと真夜の姿は無い。
あれ? ほんとにUFOにさらわれたか?
俺は冗談で上を見上げる。
結構いい具合に晴れた空。
あんまり風の無い、珍しく暖かい日だ。

「―――遠いよ……」

不意に耳に入った、あの、声。
なんとなくすぐに反応して、この学校の一番高い場所へ―――。
ドア脇のハシゴを上る。
大きな空に、不釣合いなほど小さい存在が、押しつぶされそうに空を見上げていた。
「何が?」
ビクリと肩を震わせて、俺に振り返る。
一瞬見たその顔には、泣き出しそうな顔が張り付いていた。
「あ、あんた、何でこんなとこにいんのよっ」
いつも通りの真夜。
でも、それは装ったものだと分かってしまう。
「いやぁ、こんな寒い時期に屋上にいる変な奴をみつけたもんで」
俺は軽くハシゴを上りきって、彼女に近づく。
「―――どうせ、変ですよっ」
むっとした顔で俺を睨む。
でもいつものようなトゲトゲしたセリフは出てこない。
「あぁ。変な真夜だな。どうした?」
「なんでもないっほっといてよっ!」
強い声が、響く。
『声』は、意思そのものだ。
今、彼女の声は、俺を否定した。
「そっか。わりぃな。邪魔した」
女心とか、雰囲気とかよく分からないけど、『声』の意思だけは、よくわかっているつもりだ。
俺は踵を返してハシゴへと戻る。
「―――っちがう……っそうじゃなくて―――」
弱々しい引き止めの言葉に振り向く。
「?」
「その……あんたは、なんか用があったの?」
キョロキョロと視線をはずしながら、そんなことを聞く。
「あぁ。真夜が元気なかったから。聞けたら聞こうと思って。まぁ、ダメっぽいな」
質問に素直に答えて、頭を振ってそう答えた。
なんとなく泣きそうな顔で俯く。
―――会話を続けなければ。
そう思って思考をめぐらせる。
気のきいた言葉なんて、一言も思い浮かばない。
ふと、手にぶら下がった袋に気づく。
「あ、そだ。メシ食ってないだろ。ほら」
言って袋を突き出す。
それにちょっと困ったような驚いたような顔をして、
「いや……あんま食欲ないからいい―――」
なんて、断りを入れようとする。
「待て待て待てまよっこんなレアパンたちを前にして食欲が無いなんぞ俺が許さんっ」
面食らったような顔で、一瞬沈黙する真夜。
が―――。
次の瞬間には、いつものように。笑っていた。

「あはははっあんた変な奴っははっ」

なんだか、無性に安心した。
だから俺も笑顔で答える。
「うるせぇっいいから食べろっ」
「うん」
今度は素直に頷くと、俺の差し出したパンを手にした。

*Yuichi...

「はぁ……」
寒空に溶け込むように、小さくため息をついた。
頭の上からはあいつとあの子の楽しそうに話す声が聞こえる。
たまたま今日は生徒会の用事で生徒会室の方へと顔を出していて、
帰り際に彼女がここに座っているのに気づいた。
また、わっと二人が笑い出す。
―――っ趣味悪いな俺……。
織部に遅れを取った上にこんな所で二人の会話に聞き耳を立ててるだけか。
俺は静かにその場から立ち去る。
正直、これ以上ここに居たくない。
―――っほんと、弱いな……俺。
あまりの情けなさに泣けてくるが、自分で蒔いた種。
出来るなら、俺が行ってあげたかった。
―――なんで、あいつが。

 カツン
足音が妙に大きく響いた。
今日の朝、彼女は少し寝不足なのか疲れた顔をしていた。
全力疾走したという話も聞かないでもないが。
それでも半分以上は俺のせいだろう。
 カツン
篭った空気が重く俺にのしかかる。
分かっていた。いつも通りに見せようとする彼女も、
 カッ……
目頭が熱くなってきた。
なんで、俺は彼女を苦しめてしまうようなことを言ったんだろう。
こんなことなら、はじめから―――……。
好きだなんて。
……弱い。なんて、脆い俺。
ため息をついて、体の重さに任せて、階段を踏み降りる。
階段を下るのは、楽だった。

他人曰く俺は完璧な人間らしい。
たまたま、そう見えるように、俺は生きてる。
でも完璧な人間なんて居やしない。
俺にだって苦手なことの一つや二つはある。
今みたいに勇気が出せないことが多いのもその一つ。
今、どんどんその綻びが大きくなっている。

 ―――苦しい。




―――榎本真夜が有名になった記憶。

―――!
泣いていた。
溢れる光が彼女の集中する。
全体が引き込まれるように、その光の中心に視線が集まる。
彼女は立ち上がるとゆっくりと空を見上げる。
「―――! ―――!!」
虚空に向って、叫ぶ。
涙を拭いもせず、空に向って叫び続ける。
彼女の意思は声にのってビリビリと体育館を駆け抜けた。

演劇の発表会。1年生の終わりに差し掛かった頃、
彼女が立てたと言っても過言ではない演劇部の公演が行われた。
部員はわずかに5名。
学校は大胆にも、今日の午後をすべて演劇の公演に当てた。
たった五人のために集まった全校生徒700人あまり。
正直、誰一人として、その催しに期待を寄せては居なかった。
俺は助っ人として呼ばれて、照明の操作を担当していた。
リハーサルにも一応参加していた。
でも、その時はそこまで心揺れると言うことは無かった。
当たり前の演技がこなされたそこそこの舞台。
照明の操作が無ければ、俺も寝てただろう。
だが、本番―――

本物の光があたった瞬間彼女は『女優』になった。

他の役者を引き立て、なお、彼女はその舞台の中心に居た。
存在感、演技、そして、声。
どれをとっても完璧な女優。
いつの間にか見とれてしまう存在。
危うく照明の操作を忘れそうになりながら、俺も食い入るように見ていた。
クライマックスになると、客席からいくつかの嗚咽も聞こえて来た。
伝染するように感動する言葉。
彼女の演じる悲劇のヒロインは見事に群集を泣かせる。
 鳥肌が立った。

舞台の幕は下りた。
シンと静まり返った劇場に、拍手は響かない。
パン! と一際大きな拍手が響いた。
それを合図に嵐のように拍手が巻き起こった。
俺も今気づいて拍手をする。
鳴り止まない拍手の中、幕の前に立つ彼女達。
最後の挨拶を終えて、なおも拍手は響いていた。

 その日から、榎本真夜は俺の頭から離れない存在になった―――。


前へ 次へ

Powered by NINJA TOOLS

/ メール