09.自覚

*Mayo...
あつ―――。
吐く息は白く、視界はぼやける。
いつも見えるはずの天井も今日は形がアヤフヤで―――……。
気だるい体を持ち上げて自分に熱があることに気づいた。

///PROTOTYPE///

「あー。風邪ね。38度5分。大人しく寝ときなさい」
お母さんは素っ気無く言ってあたしをベッドへと押しつける。
どれだけ熱があるのかを聞かしたのは大人しくしとけという意味だろう。
昔、お母さん自身からそう聞いた気がする。
熱があると知った私の体は一層重くなって、意識もぼやけてくる。
お母さんは手際よく氷枕と簡単な食べ物と薬を用意して仕事へと出かけてしまった。
うちは共働きで、昼間には家に誰も居なくなる。
看護士と言う仕事についている母のことだから、きっと薬は持って帰ってきてくれるだろう。
ボヤッと天井を見上げる。
なれない考え事なんてしながら寝ていたもんだから熱が出たんだ。きっと。
―――眠いような気がする。
素直に眠気に身を任せて眠ることにした。

……カチャ
意識の外側で何かが動く。
―――誰も居ないはずの家。
あたしはゆっくりと目を覚ますと音のした方を振り向いた。
「―――……?」
「ん? あ、起こしちゃった? ごめんね」
「だめねー。入って30分以上も気づかないなんて無防備にも程があるわよ真夜」
「アスミ……?」
聞きなれた声が聞こえる。
寝すぎて頭がはっきりと動かない。
なんとなく痛む頭をフル回転させてようやく目の前の光景がはっきりとうつった。
冷たい手をあたしの額に当てるアスミ。
後ろから大丈夫? と覗き込む美優。
妙に冷たいアスミの手が心地良い。
「……熱いわね。あんた1日寝ててこんなに熱があるの?」
「起きて漫画とか読んでないよね?」
「……さっきまで1回も起きてない……」
夢すら見ずに時間だけスキップさせてた感じ。
気だるさは動かなかったせいで一層増して、寝っぱなしだった体は汗でべとべとして気持ち悪い。
二人はボゥッとしているあたしの外側でパタパタと動き回る。
「真夜。食欲ある?」
「……あんま無い」
「ん〜でも何も食べてないんでしょ? ……あ、真夜。差し入れだよっ」
コンビニの袋を差し出される。
自分でも遅いと分かる動作でそれをガサガサと引き出す。
―――アイスだ。
「あ―――コレなら食べれるかも」
そんなあたしを見てパッと美優が笑う。
「うんっそうだろうって言ってた。織部君が」
「む……」
なんだかあいつにあたしの好みを読まれているような気がしてむっとした。
別に深い意味は無いんだろうけど。
まぁ……たまには素直に感謝してみようかなんて思いながらアイスの蓋を開ける。
冷たいバニラアイス。
それはあいつが選んだものだろうか。
―――それを食べ終わると、嘘のように体が軽くなっていた。

「さ、て」
アスミはなにやらタオルのようなものを持ってきておもむろに袖を捲り上げる。
「ん? どうしたのアスミ?」
あたしはその何やらいらないお節介を感じさせるオーラに当てられて軽く引く。
「ん。とりあえず体拭きましょうか―――」
言って、どこからか持ってきた洗面器からタオルを取り出す。
「……はぃ?」
「汗でベタベタしてるでしょ? ほら髪もなんか張り付いてるし」
いいながら淡々とタオルを絞る。
「いや、それぐらい自分で……」
「美優っ押さえて!」
「え!? あ。うん」
いきなりのことに一瞬と惑う美優だが、瞬時にあたしを取り押さえる。
病み上がり……というか病真っ最中なあたしには抵抗する術はない。
「ふふふ……よいではないか〜」
よからぬ手つきでプチプチとあたしのパジャマを脱がしていく。
「ちょ!? あっこらっ!  いゃ―――っ」
バタバタと暴れてみるが一向にやめる気配は無い。
―――お母さん、あたしもうお嫁にいけないかも……。

*Miyu...

「ふぅーっ実に有意義だったわっ」
満足げな清々しい笑顔でアスミは榎本家を出る。
真夜はアスミの精神的な攻撃によっていじけて寝てしまった。
「あ、あれはやりすぎだよ〜アスミ」
「な〜に言ってんの。女の子同士で恥ずかしいもこうもないでしょ」
不思議そうな顔でコロッと言ってのける。
そ、それはアスミだけじゃ……。
ただ体を拭くだけにしてもアレだけ卑猥なことをされてる気分にされれば……。
ていうか、絶対分かっててやってるアスミはどうなんだろう……。
アスミは上機嫌にスタスタと歩いていく。
歩いているだけで気品を漂わせるアスミに感心しながら、あたしも歩みを進める。
と、いきなりアスミがピタリとその動きを止める。
くるりと私を振り返るとポンと肩に手を乗せる。
「あ。ミュー先帰ってて。真夜の部屋に忘れ物した」
言ってすぐ引き返していく。
何故かダッシュだ。
「え? あ―――」
すぐにアスミは視界から消えて私だけが残される。
―――? なんなんだろう……。

*Mayo...
―――あー……
なんとも言えない喪失感に放心状態のあたし。
なんだろう……色々なくなった気がする。
とりあえずアスミには絶対仕返ししてやると心に決めた。
 バタンッ
急に家中に響く大きな音。
な、何!?
 ダダダダダダダ!!
その元凶は一直線にあたしの部屋へと向って爆音を進める。
 バンッ!!
「マヨッ」
現れたのはまたしてもアスミ。
蹴破るようにドアを開けての登場だ。
「な、何事!?」
これ以上あたしから何を奪おうと言うのかっ。
あたしは布団に包まって防戦体勢を整える。
「うん。忘れ物。私の人生のわだかまりが」
さっきまでの煩さはドコへ行ったのか。
ていうか、アンタの人生のわだかまりなんてものをこんな所に忘れていって欲しくないんですが。
「……それだけ?」
「うん」
幼い子供のようにそれだけを言って頷く。
―――わからない。今日のアスミは全然読めない。
いつもと言えばいつもだが、いつもの3倍増しぐらい活発だ。
基本、アスミはあたしより姉御肌で自己中心的なところがある。
……あたしよりお節介な人だ。
「失礼ね。あんたよりはお人好しじゃないわよ」
「……心を読まないでよ……」
「全部口から出てるんだもの。真夜の風邪はそうとう性質が悪いみたいね。帰ったら薬のんどくわ」
「えぇ。是非そうして。で、忘れ物はあった?」
人生のわだかまりとやらが。
そこらへんに落ちては無いだろうか。
「いやまだよ―――……真夜」
ベッドの上で圧倒されているあたしに、更にアスミは続ける。
さっきとは打って変わって真剣な話をする時の顔だ。

アスミの凄い所は演劇の時にも見せる空気の切り替えの早さ。
一呼吸ですべてを捨てて次へと進める思い切りの良さ。
―――天才。
そんな言葉が飛び交う彼女の演技。
ゆっくりと、彼女はあたしへと歩み寄ると、あたしの視線に合わせてしゃがむ。
「ん―――ちょっとだけ、聞きたいことがあって……」
さっきよりちょっとだけトーンを低くして、誰も居ないのにあまり聞こえないような小さな声。
自信に溢れていたさっきとは全然違う。
大体、彼女が物を言いよどむ事自体が珍しい。
「え? 何……?」
あえて、平静を装うあたしが不自然。
憂鬱を模した伏目がちの彼女へと目配らせをする。
彼女の整った口が、ゆっくりと動く。
「真夜は……」

「織部のことどう思ってる……?」

―――?
この質問はまだ繰り返される。
何でそんなことを聞いてくるんだろう―――。
「……なんで?」
思わずそう聞いていた。
前もダレカに言った気がする。
答えなんてとっくに出してるハズ。
それだけ言えばアスミは帰るはずなのにあたしは何故言わないのだろう……?
「えっと……こ、個人的になんだけど私が―――」
あぁもしかして
「アスミあいつが好き?」
あたしがそういった瞬間アスミはピタリと動きを止める。
「…………ちょっと待ってね…………」
そして何故か凄く真剣に考えるポーズ。
意外と長い間その沈黙が続く。
まさか、本当に―――?
「いや、それはないわ真夜」
しかし、意外とあっさり否定するアスミ。
「うん。ホントのこと言うとね? 私は織部大嫌いだし」
それはそれで意外だ。
そこまではっきりキライと言う割には接するのが普通だし……演技だったのかな……
「ん。まぁ性格の一面の話だけどね。基本的には、普通よ」
あたしが余りに訝しげな顔をしていたのか、言葉を継ぎ足す。
「んで、どうなのよ真夜」
「え? 何だっけ?」
「……そうね、質問を変えるわ」

「美優が織部と一緒に帰ってることをどう思う?」

あたしはキョトンとしてアスミを見上げる。

「別に?」
「はぃ?」
……何を言わせたいのか、薄っすらと分かる。
でも、あたしにそんなつもりは無い。
「美優がいいっていうんならいいんじゃないの?」
あたしもあんまり納得はしてないけど。
あたしが関与すべきじゃない。
……もう前に言った事もあるけどね。
「…………ほーーぅ……」
そんなあたしにジト目のアスミ。
腕を組んであたしに背を向けると一つ、ため息を吐く。
すると、小さく肩が震え始める。
―――笑ってる……?
「……ふ、ふふ。あんたも……そう……」
長い髪の間から、視線だけあたしに送ると、小さく笑う。
それが今のあたしにどれだけ恐怖だったことか。
「え? え??」
「―――見てなさいよ真夜。私のシナリオは、絶対なんだから」
不敵な笑いを残して、彼女は部屋を去る。
―――どうやらアスミの人生のわだかまりは置きっ放しのようだ……。


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