11.決意
あたしは色々と考えた。
あたしといっちー。
……似合わない。
いっちーはどうであれ、あたしには勿体ない。
あんまりわからないけど、もっと可愛くて健気な感じの子を守ってあげて欲しい。
美優とか。
そのほうがしっくりくる。
あたしは深呼吸をして家を出た。
///PROTOTYPE///
「おはよー美優」
「あ、おはよう真夜!」
あたしはいつもの場所でいつものように待っていた美優に挨拶をする。
「んで、なんであんたがいるわけアスミ」
「む、結構な言い方ね。真夜が心配だからに決まって」
「ないない」
あたしはアスミが言い切る前に言ってのける。
この天才の欠陥は人の心配の仕方を間違っているところだ。
本当に心配しているなら、嫌がっている病人に悪戯はしない。
そこの所はまだ白雪のがましだ。
「失礼ね。冗談よ冗談」
とアスミは即座に言ってのける。
「あはははっアスミがここにいるのは本当に真夜が心配だからだよ?」
無垢な瞳が笑顔でそんなことを言う。
「今自分で冗談って言ったけど」
あたしは溜め息を吐いて言う。
「照れやさんだから…ね〜?」
「っ……私はっそんなっ」
何故かアスミはあたしには強いが美優には弱い。
いつも負けじと頑張るのだがどうもこういう完璧な人間には弱いのだ。
「真夜っ聞いて聞いて」
嬉しそうな笑顔で含み笑う。
小動物みたいで可愛い。
「聞くなっ」
一方でライオンのように吠えるアスミ。
対照的で面白い。
アスミは美優には弱いのだ。
何故かというと美優は純度が高い。
天然なんていう珍しい人種だ。
純粋に人を心配するし、興味が沸くと子供のようにキラキラした目をする。
その美優に弱いアスミは実はかなりの子供好きなのかもしれない。
世話好きだし。
「何?」
「なんでそんな生暖かい目なの!?」
アスミの抗議をスルーして視線を美優に移す。
「今日誘ったら私より早くここに居たんだよっ!? すごくない?」
「別に深い意味なんて無いわよ? いつも通りに家を出ただけだし」
「そんなこと無いよっいままで全く来なかったのに」
アスミはキラキラした小動物の目に引き始める。
あれだね、この可愛い物好きめ。
「うん。観念しなさい」
「……そういうことにしといてあげるわ。感謝しなさいよね」
アスミがそういうのは、
「えぇ。うれしゅうございます」
まぁこっちに来た事実は否めない。
あたしはあんまり素直じゃない言葉を述べて歩き出した。
「アスミっていつも何時に家出てるの?」
「私は七時半きっかりかしら。大抵は八時過ぎに学校に着くわね」
「早いねー。学校に着いてからずっと本読んでるんでしょ?」
「大抵ね」
「その他は?」
痛いところをつかれたのか微妙な表情でアスミは笑う。
あたしは知っているが美優は知らないみたいだ。
「真夜は知ってる?」
はてな、とあたしに聞く。
アスミに視線をやると好きにしなさいと視線を逸らした。
「美優が放課後やってることだって」
美優はしばらく考えてまたはてな、と首を傾げる。
……どうやら本当にわからないらしい。
「……ふ。アスミはね。演技の練習してるの。
男の子相手に」
「へ?」
「今は確か泣きながらごめんなさいだっけ? 悲劇のヒロイン風?」
あたしは悪ふざけながらアスミをみる。
仕返しも込めてだ。
「違うわよっ私はそんなこと―――したけど!」
心なしか男子に同情する。
不憫ねぇ……。
まぁ呼び出しとかに律義に対応しているだけマシか。
あたしは行かないし。
「あーなるほど〜そうやって振るのが日課なんだ」
「日課じゃないっ月課ぐらいよっ」
すご〜いなんていいながらチパチパ手を叩く。
……これが普通の会話な時点ですごいのだが、そこは突っ込まない。
演劇部は文化祭の成功を納めて爆発的に人気になった。
びっくりした。
余りにも多い入部希望届に。
先生に相談すると部員の制限をしたほうがいいと言われ、
各学年10名までの定員制にして全員の面接を行った。
当時はあたしたち三人と先輩二人。
それが今は定員いっぱい30プラス1の大所帯だ。
…プラス1は雑用で入ってくれたいっちー。
頭数に入れないのは当然のことながらそれでも人数に数えてしまうのが当たり前のようだ。
演技の練習にもまじめに付き合ってくれ、監督役を勤めてくれた。
さらに照明や小道具までお世話になって……でも入部はしていない、と。
それが本人の希望だったし。
でも惜しい人材だった。
あれだけのことをこなしながら、セリフも全部覚えてたし。
是非次の監督役もやってほしいのだが。
……部長に任せるよりずっと適任だし。
……思い返せばいいところしか思い浮かばない。
そんな水ノ上優一。
……あたしは欠点だらけだって言うのに。
合わないよやっぱ……。
「真夜〜? お〜い?」
「え?」
意識の世界から呼び戻される。
「大丈夫なの? 熱とか無い?」
意外にもそういって来たのがアスミであたしのおでこに冷たい手を当てる。
む。あたしに優しいとはアスミに熱があるんじゃ……。
逆にあたしはアスミのおでこに手を当てる。
「無い無い」
呆れた顔であたしにそう言う。
やっぱりアスミか。
偽者ではないようだ。
「ありがと、あたしも無いわ。ちょっと考え事」
その言葉に笑ってあたしもそう返す。
ふーんなんて、素っ気なくかえしてくる。
「何?」
そう聞いて来るのは美優。
あたしは白い息と考えていたことの一部を吐き出す。
「なーんでもない。次の監督役もいっちーがいいなぁってね」
「あ、それは思う」
またもや意外、そう賛同したアスミ。
雨降らないかしら。
そう思って空を見上げるが、寒いながらに晴れている。
「部長はあんまりまじめにやらないからね」
ふんっと鼻を鳴らして言い放つ。
まぁ、現部長があれなら仕方もないが。
「真夜、部長になっちゃいなよー」
とんでもないことを言い出す美優。
いつものことなんだけど、あたしは部長なんて面倒なものにはなりたくは無い。
「そうそう。やってる仕事は部長そのものなんだからもうそう名乗ればいいわよ」
「嫌よ。部会ぐらいは出てあげてもいいけど、
あの人肩書きが無いと何にもしなくなるでしょ」
あたしは深くため息を吐きながら頭を下げる。
……ここでちょっと私たち演劇部の部長の話をしよう。
唯一の3年生で引退間近の先輩。
演劇でいく大学も決まっていたため今はかなり無気力人間だ。
構内でも目立つ容姿は先生たちに咎められることも多く、
それでも女子には多大な人気がある。
黒とブロンドの頭に青色の目。
整った顔で甘い笑顔で女の子を虜にする。
本人は日本人だと言い張る演劇部部長―――
蜜ノ宮ケイ<みつのみや けい>。
どう見てもケイ・ミツノミヤだが、
生まれも育ちも生粋の日本人らしく英語はまったくしゃべれない。
……成績は口に出すのが恥ずかしいぐらい悪い。
本っっっっ当に演劇と寿司とゲームセンターをこよなく愛する日本人なのだ。
ちなみに、髪は何もしないとブロンド一色。
本人の意向で黒くはしているが、現在は逆プリンだ。
でも顔立ちは至って日本人的で、すっきりとカッコいい。
……悔しいが演劇の才能もすごい。
が、実質はヘラッとした女たらしだ。
だからあたしたちの評価がガタガタなんだけど。
「否定しがたいわ。むしろ賛同」
真顔で頷くアスミ。
これはもう演劇部の誰も否定しないのではないだろうか。
「ま、まぁ、演劇部にはちゃんと顔出してるよ? 毎日」
「練習に参加してくれないと意味ないのよっ」
次の舞台も近いというのにっ
自分から脇役を選んでおいて暇だといって寝るのはないだろう。
ほんと勝手。
そんな部長だ。
―――……。
下校のチャイムが全員に帰れと急かし始める。
演劇部のみんなを見送ったあたしは、生徒会室へと向かった。
―――彼はこの学校の生徒で一番最後に家路につく生徒だ。
年中毎日ではないにしろ学校イベント前はいつもそうだ。
―――ひとりで何人分だろう。
彼がいれば学校は安泰だ。
暗くなった廊下から、暖かい光の灯る教室を見上げる。
―――入ってはいけない、のかと思ったりもする。
でも、逃げるのは卑怯だ。
白い息を吐いて、あたしはドアに手をかける。
「いっちー……?」
気合を入れた割にはゆっくりドアを開けて、中を覗き込んだ。
「……ん? ……榎本?」
帰り支度を整えて、水ノ上優一が立っていた。
ストーブの火が暖かく灯り、その火をじっと眺めていた視線をはずしてあたしを振り返る。
―――3日。
あたしは彼から時間をもらった。
彼からは無制限にもらっていたが、
これ以上悩んでもどんどん亀裂の入っていく関係はあたしには耐えられない。
「―――話が、あるの」
あたしは彼に向かって言う。
あたしの出した答えを、彼に聞いてもらわないといけない。
最後の下校のチャイムが、学校に鳴り響いた。
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