13.日常の終

*Shiroyuki...
―――……遅刻……。
時計を見た俺は愕然とする。
8時20分を超えた時計がコチコチと音を立てている。
誰だ目覚ましを止めたのは。
わからなくもない。
奴は平然とやってのけて仕事へといってしまう。
ていうか、詩姫すら起こしてくれないってどういうことだ―――?
……あ……そういやなんかの振り替えがどうこう言ってたな……
……ふ、ふふふふふ……
俺はゆっくりと制服に着替えて家を出た。

///PROTOTYPE///

*Miyu...

あーあ……今日は遅刻かなぁ……
途中までパタパタと走ったがどうにも間に合いそうに無い。
私はどうせなら1時間目に遅れる覚悟で歩き始めた。
……うぅ…人生初の……寝坊。
お母さんはうれしそうに笑ってるだけだし、お父さんはいなかったけど帰ったら叱られそうだ。
真夜には電話で謝罪して先に行ってもらった。
息を整えてゆっくりと歩き出す。
ブォン!
バイクが風のように公道を走る。
いいなぁ……
お母さんもバイクの免許は持っているが家にあるのはスクーターだけ。
自分で運転なんてできないし二人乗りもできない。
要するにうちは自分で移動手段を確保しないといけないのだ。
バスに乗るという手段も無くはないが、もうこの時間に来るバスで学校に間に合うものは無い。
せめてお父さんが私より家を出るのが遅ければ何とかなったかもしれないが……
それは今更言った所で後の祭りだ。
とぼとぼといつもより疎らになった人影の中を歩く。
ギキィィィィッッッッ!!
「!?」
遠くでバイクがぐるんと一回転して思いっきり逆走をはじめる。
そして私の横でもう一回、グルリとまわる。
「えっ? あ、わっ!?」
ピタリと私の近くに止まるとヘルメットを上げる。
「ミュー! 何やってんだ!? 学校は!?」
よく知った顔と声が余計私を混乱させる。
「え? え? 織部君っ? 何で?」
「いいからっ! 遅刻か!?」
「う、うん」
とりあえず頷く。
それを聞いた織部君はパチンっとヘルメットをはずすと、私にかぶせる。
「ぅわっ!?」
「乗れっ! ついでだっ」
ポンポンッと後ろの座席をたたく。
私はわたわたと言われたとおりに後ろの座席へと座る。
「うっしっ! のったか!? スカート抑えたか!? しっかり掴まっとけっ」
一気にそうまくし立てるとバイクが唸り声を上げ始める。
「あ、ま―――」
す、スカートっ!
抑えるまもなく、バイクは地面をスライドさせ始める。
は、や―――っ!

みるみるうちにバイクは学校への道を走る。
信号の無い道を選んでいるのか、海岸通への道を走り、一気にスピードを上げる。
―――ぜ、絶叫マシンだよ〜〜〜っ!!
景色は弾丸のように早く流れて、私たちを横切る。
―――怖いっ
私は目を瞑って織部君に抱きつくように掴まる。
「―――怖いか?」
不意に聞こえる織部君の声。
私に答える余裕は無い。
答える代わりに力いっぱい織部君に抱きついてる。
―――?
不意に、さっきまでより風を感じなくなった。
……さっきよりもずっとゆっくり、走ってくれている。
バイクのエキゾーストだけが響く空間で私と織部君だけ。
そこで気づかされたのはありえないほど密着している私。
冷や汗がどっと流れる。
今、絶対顔が真っ赤だ。
幸い、織部君は私の前で、私はさらにヘルメットをかぶっている。
―――……だったら……。
だったらついでに、このバイクのせいにして。

  もう少し、この幸せな時間を感じようと思った。

……手の震えが止まらない。
なんていうか、私は絶叫マシンには乗れるけど、乗った後はいつもこんな感じだ。
「だ、大丈夫か? 悪いな変な事しちまって」
首の後ろに手をやって、謝罪する。
ちなみにバイクは学校の坂の下からちょっと向こうにあるスーパーのところにおいてある。
「うんんっそんなっ私も遅刻せずに済んだし、いいよー」
むしろ私が助けてもらったのに悪いなぁ。
「それより、すごいねっバイク乗れたんだっ」
そう、オートバイって言うのかな?
ああいうのに乗っている男の子ってカッコいいと思う。
「シッ! 言うなよ……なるべくオレは単車に乗って学校に来ないようにしてんだ……
 ……金かかるし……
 ちなみに取ったのは去年な買ったのは今年」
ちょっと本音を垣間見た。
「ご、ごめん……でもいいなぁカッコいい」
「そんなん言ってもな……乗ってる奴なんて何人もいるしな」
「でも、私の知ってる人では織部君だけだよ?」
「……そうか。一応サンキュウ」
恥ずかしそうに頬を掻いて視線をそらす。
なんだかそんな織部君が可愛くてニヤニヤしてしまった。
いいなぁ。こういう非常時のために私も原付とか欲しい。
……怖いけど。
学校は免許を許していない。
免許を持っている場合は特別な許可が無い限り、学校に免許を預けなければならない。
それのせいもあって多分あまり学校には使いたくないのだろう。
この学校は意外と規律はしっかりしているので、見つかると相当危ない。
「そいや、ミューは何で遅刻しそうだったんだ?」
「え、いやっえーと……寝坊しちゃって……」
実にその通り。シンプルに寝坊しただけだ。
ただ……昨日眠れなかった理由はチケットもらってニヤニヤしてただけなんて言えない……。
「へぇー。ミューも寝坊するんだ。ほーー」
珍しそうに私をみてニヤニヤ笑う。
うー……私だって、するよ? たまには……。
「なんかへんなこと考えながら寝てたんじゃないの?」
「えぇ!? そそんなんじゃないよよっ」
「うはははっ何だよー何? 恋愛がらみとか?」
おにーちゃんにゆーてみ? なんて、私に近づく。
―――っいえる訳ないじゃんっ……!
「なんでもないよっホント?」
「フフフフフ……わかってるさミュー……あれだろ?」
「アレ?」
「せいピッ!!?」
ズンッと鈍い音が響いて織部君は前に倒れる。
「美優に何言ってんのよこのアンポンタン!」
「あ、真夜。おはよー」
「おはよ美優。なんで先に居るのかは不問にしたげるからこいつに関わるのはやめなさい。
 ……こんなののためにだったらあたしがバカみたいじゃない」
「え?」
「なんでもないっ行こっ」
ゲシッと靴で織部君を蹴って私の手を引いて歩き出した。
ついでに織部君を踏み越えていた。
……だ、大丈夫かな……?
「く、昨日マヨネーズを馬鹿にしていた呪いか……」
起き上がって早速真夜を煽る。
「へぇ……どの口がそんなこと言いやがりますか?」
「さぁ。空耳だろう?」
ハンとアメリカ人のようなジェスチャーで真夜を見る。
うーん。このパターンは……。
私は被害を食わないように一歩下がる。
「いっぺん死なすっ!!」
「はははは! 残念ながら貴様ごときに―――!」
言いながら二人は元気に朝の坂を上って行った。
―――二人を視線で追いかけて、ついてで見上げた空は快晴。
今日もいつも通り平和です。

*Shiroyuki...

教室に駆け込み、自分の席へと急ぐ。
「おっす、水ノ上」
とりあえず目が合った水ノ上に挨拶をして席に座り込んだ。
「おはよう織部。相変わらず朝から元気だな」
肩で息をしているオレを見て大体の理由を把握したんだろう。
水ノ上はあきれ気味にそう言った。
「はっオレだって、好きで、走ってんじゃっねぇっ」
冬なのに毎朝汗を掻いている気がするのは気のせいじゃないだろう。
……もう少し、落ち着いた人生を過ごせてもいいかな……。
そう思うだけじゃ仕方もないんで机に突っ伏した。
はぁ……なんだってこんな疲れて学校にこなきゃいけねぇんだ……。
それもあの真夜のせいだ……。
オレはため息をつく。
……もしかしてこれのせいで幸せは逃げていっているのだろうか……。
すぐに吸い直した。
「……新しい呼吸法か?」
変なものを見る目でオレを見る啓輔。
「幸せを吸い込みなおしたんだよ……」
「切実だな」
本当にそれだ。
これから俺の前に座るあいつがもうチョイおとなしけりゃ……
不意に目の前を見慣れたスカートが通る。
「……よぅ。遅かったなプッッッ!!?」
「はぁ、あんた、ホントに、殴られ、たいの?」
オレと同じく肩で息をしながら教室へ入ってきた真夜。
ちなみに、言う前にカバンが俺の顔を直撃している。
「さ、先に殴ってんじゃねぇかっ」
「自業自得、でしょうがっ」
オレから手を出すことは無いがこうもポコポコやられていると反撃もしたくなってくるが、
そんな大人気ないことはしない。
「ったく、イジメかっこわるいって習ったろ?」
「いじめてないっ躾けているの」
「……ごめん、オレそんな趣味無いから……」
そっと彼女から顔を背ける。
「ちーがーうーっ!」
真っ赤になってガァッとオレをまくし立てつつ攻撃を加えてくるが、軽い動作でそれを避ける。
「はははっA組の女王様かぁ〜」
「フッ」
「啓ちゃん笑った!? 今笑ったね!?」
どうやらオレの罪は啓輔の一笑に乗り移ったようだ。
「いや、笑うとこだろ今の」
しれっと言ってのける啓輔は大物かもしれない。
「あははははっ元気だねぇ」
暢気に笑う水ノ上。
ていうか慣れすぎだろ。
「いっちーまでっ!? ……あんたのせいだーーーっ」
「何故!? あってるけドゥハッ!」
こうして、オレの1時間目は朦朧とした意識の中開始されるのだ……。


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