17.snow!

*Shiroyuki...

オレはギターを背負って街を歩く。
寒いのはいつものことだが、クリスマスイブに一人で歩いていると言う事実がなお寒い。
オレはポケットに手を突っ込んで首と顔の半分をマフラーに埋めて歩く。
だって寒い。
で、なんでこんなくそ寒い日に一人で恋人達の行き交う街中をあるいてんのかってところだが。
今日がライブの日だからだ。

///PROTOTYPE///

たくさんの雑踏くぐりぬけて、目的地へと立つ。
今日のライブ会場になる隣町の一角。
実は結構大きい。
施設的にはライブのほかにもパーティーなどの催しごとも受け付けている。
300人ほどが入る会場も綺麗に整えられていて、機材の準備が進められている。
その人たちに聞こえるように挨拶をして楽屋の方へと歩いていく。
その中に見知った顔があったのでオレは近づいていってみる。
「オハヨウゴザイマス。先生」
そう声をかけたのは、小柄な体を音響の機械に見え隠れさせていた女の人。
オレと同じぐらいにしか見えない顔を覗かせて軽く手を振る。
「おーおはよー織部君」
先生は表情をあまりかえないで頷くとまた作業に取り掛かる。

このなんとなく小さくて健気な感じの先生。
御堂茜<みどう あかね>と言うこの先生はオレにギターやらピアノやらの全てを教えてくれた。
感情をあんまり顔に出さない人だが、音楽に関しては真剣でとても頼れる存在だ。
―――昔は事務所にいて歌っていたのだが、
ある日突然やめてしまい今は塾の先生なんてやっている。
レコーディングスタジオのオーナーもやっていて、色々と大変そうだ。

「で、なんで先生がここに?」
「この機材の貸し出しがうちんとこなんよ」
まぁ、会場のほうの人と知り合いみたいだし、セッティングも先生が居た方が数段早いだろう。
淡々と作業を続ける先生。
あんまり邪魔しても良くないのでオレもその場から立ち去ることにする。
「それじゃ。あ、先生、今日は聴いていってくれんの?」
「織部君の声なんて聴き飽きとるよ。ま、コケんように頑張りっ」
いつもそうだ。先生はライブには絶対居ない。
それは―――先生のことなのでなんともいえないが。
「へぇい」
オレはそれだけ返事して立ち去る。
いつものことに、これ以上首を突っ込んでもダメなことは俺が一番良く知っている。

……ちなみに、先生は広島弁でしゃべる。

オレは自分のグループである「snow」の楽屋にたどり着く。
ここの会場は親切で、ちゃんと楽屋が個々に存在する。
「おう。おそいぞシロ」
ドアを開けるとオレ以外の全員がそこに揃っていた。
「はよ。うっせー……いや、悪かった」
寝坊したんだよ……。
「はははっいつものことじゃねぇかっ気にしてっと禿げんぞサツキ」
「む。ソウジ。とは言えリーダーが遅刻じゃ締まらんだろう」
「ま、なんとかすんのがお前の役目だろう?」
「知るかっ見捨てるぞお前等っ」
と、楽しく会話を進める面々。
「楽しくないわっ」
思わず口に出した俺のザレゴトに突っ込むのが皐月<サツキ>。
このバンドのベースをやってる。
眼鏡のパッと見真面目そうな印象を受けるフレッシュボーイだ。
それでその様子をみて笑いこけているのが宗司<ソウジ>。
ドラム担当のこのくそ寒い冬でも半袖っていう暑苦しいヤロウだ。
「で、そこのそいつはまだねてんのな」
オレは楽屋の端っこで倒れている黒い塊に近づく。
ふふふ……ここは四十八計殺めるに如かず。
すっと両手を人差し指だけ伸ばして握り合わせる。
あとは―――渾身の力を込めて突くのみ!
「起きろっ!」
「はがぁ!!?」
オレがたたき起こしたのは竜道<タツミチ>。
シンセをやっているネボスケだ。
とりあえずどこに居ても寝ている。
ケツを抑えて悶えるタツに爆笑する宗司。
「〜〜〜っやばいって! 今! 穴が増えたよぉ!!?」
バタバタ悶えるタツが涙目で訴えてくるがそんなのはお構い無しにオレは壁際に座り込む。
「さて、じゃあ全員揃ったし、ミーティング。やるぞ」
コレが俺たちのライブ前の日常。
ミーティングでは流れを確認して後は、スタートを待つのみだ。

そして
未だ慣れない鼓動と共に、俺たちは何度目かのライブへと挑む。

「どもースノウです!」
「白雪です」
「僕もです」
「俺もぉ〜」
「黙れお前らっ」
いつもこんな調子で始まるライブ。
会場はザワザワと蠢く。
サツキが何かしらふざけるのがお決まりのパターンだ。
「そんなお茶目なサツキです」
「んなアピールいらんから」
見知った顔をいくつか発見。
その中にミューと真夜と山菜を発見。
ふむ。ならば礼がてら何かせねばなるまい。
「じゃあ早速いこーかっ新曲だっ」
わあああああああぁぁぁ!!
会場は軽く揺れる。

ここからが本番だ―――!


*Miyu...

ライブには結構遅れてきてしまった。
そのせいで会場はほぼ満員。
後ろには入りきれない人たちすら居るみたいだ。
―――せ、せまいっ! というかっ……埋まるっっ前が見えないっ……
後ろからギュウギュウ押されて、どんどんうずもれていく私。
た、たすけっ……
「ミュー。ほら、埋まってないでこっちおいで」
言って私を人ごみから救い出してくれるアスミ。
た、助かったぁ〜……。
―――不思議とアスミと真夜の回りはあまりギュウギュウと詰め寄られてはいない。
不思議オーラでも出してるんだろうか。
「ほら、美優はここ」
真夜に言われて場所を変わる。
どうやら段差があるみたいだ。
私その上に乗るとやっとステージの上が見えた。
うぅ…ヒールの高い靴履いてるのにこれかぁ…
真夜やアスミも靴底が厚いものを履いているらしいが、それを差し引いても背が高い。
羨ましい限りだ。

「どうもー! スノウです!」
会場に響く織部くんの声。
わぁっと会場が沸く。
「白雪です」
……でもそう言ってるのは織部君じゃない。
「俺もです」
「僕もぉ〜」
「黙れお前らっ」
何故か初めはこんな感じで始まる織部君たちのライブ。
「そんなお茶目なサツキです」
「んなアピールいらんから」
不意にこっちを見て手を振る織部君。
多分、気づいてくれたんだと思う。
「じゃあ早速いこーかっ新曲だっ」
そう織部君が叫ぶと、いきなり全ての音がはじけた。


*Shiroyuki...

ドンッと響き渡るドラムの音が全ての音楽を前へと押し出す。
絶え間なく鳴り響くベースが音の隙間を埋めていく。
手に汗を握り、ステージに釘付けになる。
旋律を手伝うシンセサイザーが始まりを促す。
そして音の中心にいるギターが、歌えと心を揺るがす―――!

この瞬間が一番好きだ。
目の前に突き出されたマイクに向ってありったけの声を注ぎ込む。
黒い波のような観客が、わぁっと声を上げて俺たちに興奮を催促する。
倍にもなった血流が、次の絶頂を目指せと悲鳴を上げる。
高まったオレの気持ちを全部声に変えて、最高の瞬間を表現する―――!

歌い始めれば、もう止まることは無い。
オレは声の続く限り歌い続ける。
蠢く人の中に、友人の顔を見ることは出来無い。
だから、ここにいる全ての人にむかってオレは歌をプレゼントする。
それが俺にできる最高の御礼。
オレを歌わせてくれる人たちへ贈る―――

全ての音の余韻が消えて、オレは顔を上げる。
拍手と歓声が降り注ぎ、俺たちを励ます。
オレは皆に目配らせをする。
みんなは頷き、次へと進めることを確認する。
「それじゃ、早速だけど、次の曲っ!」
「作詞白雪のあまーいラブソングをお聞きください」
サツキがマイクに割り込む。
「いらん事いわんでいいっ!」
カッカッカッ! とスタートのタイミングを取る音。
それを合図にまたギターを弾き始めた。


*Asumi...

初めて、私は織部のライブにやってきた。
ミューに誘われてやってきただけで……他意はない。
織部が歌う姿を見るのは、文化祭以来2回目となる。

1曲目は新曲だと言っていた。
歌い終わった時の割れるような歓声を聞けばどれだけ凄い歌だったのか分かってもらえると思う。
……凄かった。
歌っている間は、楽しそうに歌う織部しか目に入らない。
聞こえるのは、観客の歓声じゃなくて彼等の放つ音。
メンバー全員が凄い技術を持っているのが分かる。
―――それでも、彼の存在は、いの一番に印象に変わる。
それは彼の声のせい―――、その言葉のせいか。
一節一節の歌詞が、心に響く。
……これなら去年の文化祭の台本の台詞を全部書き直したのが織部だっていう噂が頷ける。
切るように音楽が止まると、今度は歓声が飛び交う。
す、ごい。
真夜が舞台で見せる演技と同じ。
たくさんの拍手と歓声が響いて、空間が揺れるのだ。
コレが―――

織部白雪の才能、なんだろう―――。


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