01.親友と

ちょっと昔。
単車に乗り始めて少したったころの話だ。

「なにやってんのよ」
「……何もやってないけど」
ふぅっと息を吐いて、オレは視線を落とした。
目の前に居るのは―――榎本か。

榎本真夜とは入学式のときからの仲だ。
オレがKOされた入学初日からよくケンカを振りかけられる。
みんなは痴話ケンカだと思っているらしいが、
毎日生命の危機にさらされているオレに気づいて欲しい。
切実に。
……ホント。
まぁ、その榎本が珍しく土曜に一人で何やってんのかと。
出来れば会いたくない人員の一人だ。


今日はたまの土曜日昼前。
夏が終わってもむせ返るような熱気が残っている9月。
人通りのそこそこ多い交差点。
公園になっている一角の端の方でオレはバイクの上に座っている。
オレはちょっとした用事でボーっと空を見上げていた。
別に、ナンパ待ちではないぞ?
「ふーん……これ、織部のバイク?」
「あぁ。まぁな」
榎本はまじまじとバイクを見るとオレと見比べる。
「バイクとオレを比べるなよ」
「ん、いや、意外だなーと思っちゃって。あ、ちゃんと免許はもってるんでしょうね?」
「……オレだってそれぐらいの分別はあるぞ。ほら」
言って財布から免許証を取り出して見せる。
自動二輪の取得に印のついた免許証だ。
まぁ、16の学生でバイクを取っている学生なんて珍しくもないだろうが。
オレは頑張ったぞ。
「へー……」
「おい、そんな意外かよ」
「当たり前じゃない。試験って難しいんでしょ?」
「難しかったらオレは通って無いぞ」
「それもそうねぇ」
「……馬鹿にしてるだろ」
「もちろん」
「……はっ成績はオレとドッコイのくせに」
「っるさいーっあたしはいいのよ」
どんな理屈だ。
「何でもいいだろ……。で、何か用?」
「暇そうにしながら逆ナン断ってる理由を聞きたくて」
んなもん見てたのか……暇だなこいつ……。
「別に、人待ってるだけだから」
言ってオレはまた空を見上げて雲を追う。
蒸し暑いのは仕方無いのでせめて日陰にと建物の影にオレは座り込んでいる。
交差点での人と車の喧騒。
「ねぇ」
その中に混じる、自然な声。
「ん?」

「乗っけてよっ」

自然に、彼女はそう笑った。
ふむ。
悪くは無い。
待つのにも飽きた。
暇だし。
思ってしまった、まぁいいか。と。
「……いーけど。お前は?」
「何が?」
はてな、と首をかしげる。
―――ほんとに暇なのか……こいつ……。
「いや……いいけど……ほぃ」
オレは後部座席に縛ってあるヘルメットを取り出して渡す。
そして自分も専用のヘルメットをつける。
「どこに行く?」
「さぁ?」
さぁって……。
「……どっかないのか?」
「無いっ」
即答だよこいつ。
きっぱりと言い切りやがった。
「……乗りたいだけかよ」
「乗りたいだけよ」
「そうかよ」
「そうよ」
明確な目的は無い。
バイクに乗りたいと思っただけ。
「ねぇ、はやくっ」
言うだけ言ってオレを急かす。
エンジンをかけて、後ろに乗っけてやる。
二人乗りは初めじゃないが友達を乗っけるのは初めてか。
「どこでも良いのか?」
「どこでも良いよ!」
早く走れと、こいつは急かす。
あぁもう知らん。
適当に、いつものように流そう。
いつもより重く感じるバイクをゆっくりと発進する。
「あー重っ」
「はぁ!? いまなんて!?」
「知らん。落ちるなよ」
言ってぐんぐんスピードを上げる。

いつものように信号の無い道へ行こう。
着々と海岸道路へのみちを行く。
「どこ行ってんの〜?」
少し上機嫌な声が後ろから聞こえる。
なーんか気に食わないな。
アッシー君かオレは?
ふふふ、ふふ、ふふふふふ……
「……ピリオドの向こうに行こうか……」
古い台詞を吐いているうちにオレたちを乗せたバイクは一直線に続く海岸線へたどり着いた。
車も無く、信号も無い。
オレはバイクのスキール音を大きく響かせると、思いっきりハンドルをまわした。
「ちょ―――っいやっ!!」
後ろからの制止の声は無視だ。
口の端を歪に吊り上がっているのがわかる。
「うはははははは!!!!」





「ぎゃあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……!!!!」





「女にあるまじき悲鳴だな!!」
ぎゃあああって!
怪獣みたいな悲鳴だった。
「うっさーーーい!! 大体あんたがあんなスピード出さなきゃあんなことにはっ」
スピードが100を越えている間ずっと叫びっぱなしだ。
「うひゃひゃっ!!! いででででで!? つまむなっ!」
「うるっさい!」
ギリギリと背中の肉がつまみあげられる。
むっちゃ痛い。
「このっ!! こうなったら……Uターンだ!!」
「えぇっっ!? ―――!!!」
驚愕の悲鳴を無視して一気に速度を上げる。





「み゛ぎゃあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ああああぁぁぁぁぁ……」





「ははははひゃはははっ笑いで腹がねじ切れるっ!」
今のは傑作だっもう表現しきれない。
「……このまま背中の肉をねじ切るわよ?」
「いだだだだだっ!! わかった! もうやらねぇから……!」
「ちょっと……! 言ってる先からまたっっ!!」
口の端を吊り上げて一気にアクセルを回す。





「いーーーーーや゛あああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……!!!!」





「はははは! はぁはぁ……いてぇいてぇいてぇっ!! もうやらねぇって!」
「はぁっ……はぁっ……ほ、ほんと、あんたってやつはぁぁぁぁっ!」
「悪かった! ホントすんません! 痛いからやめれっ!!」
「イヤよーっもうっ」
「わかったっ飯奢ってやるからっ」
「え、ほんと?」
パッとオレの肩を抓っていた手を外す。
ぜってぇ変な型ついてるよ……
「……現金な奴め……腹減ったから何か食いに行こうぜー」
「よしっ、特大パフェ奢らしてやるっ」
「……それは勘弁。せめて普通のパフェにしなさい」
「いやよ。さっきのは普通なら万死に値するわ」
そんなに酷いのかさっきの罪は。
「はっ……太るぞ」
「はぁ!?」
「いでででででぃてえよホントに!!」
「あったりまえでしょ! 痛くしてるんだから!」
「サドっ子がぁ! いだっ! あひぃ! すんません!」

―――!! ―――!! ……!! ……!! …! …!



かくして、オレは榎本に特大パフェを奢ることになった。
満足そうに化け物みたいなでかいクリームとアイスとチョコの入ったパフェをスプーンで切り崩す。
オレは自分の和食セットを食べ終えたので外を眺めることにした。
小一時間前まで待っていた場所からも見えていた青い空を見てため息。
ガラにも無くナーバス。
「ね」
不意に、彼女は俺に話しかける。
「あん?」
「あんた、誰か待ってたんじゃないの?」
ここまで引っ張り出しといてよく言う。
「あぁ。待ってたけど」
「いいの?」
「べつにー」
「約束があったんじゃないの?」
「……ねぇよ」
「……そう」
申し訳なさそうな顔でまたパフェに向かう。
「っはははは。気にしてんのか?」
「……だって」
「ほう。意外としおらしいんだな。意外と」
意外と。
「何で意外とをそんなに強調するのよっ」
「だって意外と……」
「うっさいっもう、気を使ったあたしがバカだったっ」
「あぁ。バカだな!」
力いっぱい言い切ってやった。
「殴るわよ!?」
「はははっありがとな」
「だ―――ど、どういたしまして」
怒ろうとした顔から面食らった顔になる。
こいつ面白いぞ。
言葉を失ってパフェにあたっているあたりがなんとも。
自分で引っ張りまわしておいてそいつを心配するなんて可笑しいことだ。
「……何笑ってんのよっ」
「いや、お節介だなと思って」
「何が?」
「いや、俺に遠慮することはないってことだ」
言ってクツクツと笑う俺。
もともとオレの友達って言う概念がそうだ。
遠慮無しで―――あ、そうだ。
「榎本よ一つ言っておきたいことがある」
「何よエラソーに?」
「あぁ大事なことだ」
オレがそういうとパフェからオレに視線を移した。
オレも榎本に視線を合わせて言う。
「呼ぶときはシロユキと呼べ」
「……なんで?」
むっとした顔で首をかしげる。

「織部ってのがオレの『名前』じゃないからだ」

ファミリーネームは個人じゃない。
オレはそういう拘りがある。
友達は名前で呼ぶし呼ばせる。
オレを苗字で呼ぶやつはオレも苗字で呼び返す。
「……白雪姫とかじゃなくて?」
「ほほぅ。ケンカ売ってんのか?」
「冗談よシロユキ、ならあたしも真夜でいいわ」
確認するように名前を言ってみせる。
その方がオレには自然だ。
「あぁ。サンキュー」
「……あんたもバカなヤツねぇ」
「よく言われる」
「すっごいバカなヤツねぇ……」
「ほっとけ! ていうかすっごいってどういうことだ!」

それが多分真夜とオレが親友になった瞬間だ。

高いデート料のパフェ代を払ってオレはヘコんでたが。











空を見上げる。
茜色から藍色に染まりつつある空。
交差点も昼より多い人に埋まって皆が帰途を歩む。

その中を待ち続ける。
待ち惚けなんて慣れている。

「―――……馬鹿じゃねぇ……」

「……知ってるよ」
苦笑しながらその声の主に顔を向ける。
だってさっきも言われた。
言葉少なくオレの前に立つ小さな影。
「帰りますかー」
オレの言葉に小さく頷く。
オレはそれを確認すると、バイクに乗った。

夏、最後の出来事だった。

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