19.花火と少年
*Shiroyuki...

クリスマスという恋人たちには重要なイベントの一つ。
その一つをオレは意外な人物とすごしている。
「おり―――シロくんっ」
「おう」
さっき名前を呼ぶようにしてもらって、少しずつだが呼び方がまとまってきた。
オレの名前を呼ぶとはにかむように笑って寄ってくる。
―――やっべ! ヨダレたれそう。
なんとか顔を引き締めてばれないように前を向く。
…ふふふふ………
い、いかんいかん。
気を取り直して周りに目ぼしいものを探す。
「ん?」
とある一角に目を留めてしまった。
「どうしたの?」
オレの隣から大きな目が覗き込む。

「アレ、真夜と水ノ上じゃない?」

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ほほう。
さっそくクリスマスデートか。
そういえば今日が真夜の誕生日だったか。
クリスマスが誕生日だとプレゼント1個もらい損ねてるとか言っていたあいつに
2倍増しの誕生日プレゼントをやれるのはヤツだけかもしれないな。
オレは二人を遠目に見ながらその場所に止まる。
「はぁ……」
隣から聞こえたため息に反応して、自分が呆然と立ち止まっていた事に気づいた。
―――今はあいつらに構ってる場合じゃないか。
「ほら、見てないで行くぞ。水を差すと悪い」
ぱっとミューの大きい目を手で覆い隠して視界をふさぐ。
「うわっわわっ?」
慌てふためきながらもオレのなすがままのミューを
ずるずると後ずらせて二人の見えない位置に連れて行く。
「み、見えないよ〜」
「心で見るんだ!」
幸い人が多い。
カップルも家族連れもいるんだ。
もう一度会うなんて多分無理だろう。
「ふぅ……とりあえずは逃げたぞ。見つからないように頑張るか」
せっかく二人っきりなんだし。
向こうもこっちもな。
「うん。だね〜」
そんなオレをクスクスと笑うと、ミューもそれに同意してくれた。

「あ、そろそろだね〜シロくんっイベントが始まる時間みたいだよ」
ミューが嬉しそうにオレを見上げる。
ここのクリスマスの目玉イベントで花火があがる。
んでもって有名な歌手のライヴがあるそうだ。
6時に始まるようでぞろぞろと人が会場になる広場へと集まっている。
その中俺たちはその流れと逆をたどって、見晴らしのいい位置までやってきた。
皆会場を目指しているようでこのあたりに留まろうという人は居ない。
普通の道からも外れているので二人っきりに近い状態になった。
「意外と人居ないな」
「だね〜? 私たちだけ?」
「みたいだ」
移動する人も居なくなってライブのイベントはもう始まっているみたいだ。
「あんま聞こえねぇな」
「うーん。近くに行く?」
それももう遅いと思うけどなぁ。
会場の最後尾がここから見えるが、ここと大差ないような気がする。
「ま、どっちでもいいけど。ミューは近くがいい?」
「私は―――ここで良いよ」
フッと笑うミュー。
真顔で固まるオレはすごく場違いかもしれない。
パァン!
花火が始まる。

冬なのに。熱かった。

シン、と冬の空を彩る花火を眺める。
焦っていた。
何も答えられなかった自分に。
「わ、すごーい」
「だな……」
パチパチと小さく手を叩きながら嬉しそうに花火を眺める。

オレはそんなミューから目が離せなかった。




―――バカみたいな話だけど。
昔恋をしたことがある。
その人は音楽に確かな才能を持っていて、オレに音楽の楽しさ全部を教えてくれた。
その人の作った曲は魅力的で、その人の歌に魅了された。
だから、必死に追いかけた。
その人の辿った道、その人は馬鹿だと笑ったけど、オレはただ突っ走った。
そして、足元ぐらいには達しかと思ったけど全然遠くて。
バイクに乗ってませて見たけどそんなんじゃ通用しなくて。
オレは結局あきらめて―――3日ぐらい泣いてたか……情けないな。
真夜には寝不足だと言い通して、笑ってた。
その人に貰ったバイクは返して、オレは自分で歩き出すことに決めた。
バイクは、自分で買った。
その人の作った曲を真似するのをやめた。
その人を追いかけるのをやめた。
完全に、断ち切ったつもりで居た―――。

でも、今、思ってしまった。
ミューが似ている、って。
思った以上、きっとまだ、心のどこかでオレは想い続けてる。

追いつけないと知ってて、走り続ける大馬鹿者だ―――。




いつの間にか、花火は終わっていた。
「織部君? おーい? もしもし?」
ボーっとしていたオレをミューが不思議そうに覗き込む。
そう、そのニュアンスも同じ。
「あ、え?」
混乱したように返事をする。
「どうしたの〜?」
……どうも、間延びしたこの感じだけは似もしないが。
「あ、あぁ。わり―――」
意識が戻りかけて、また混乱する。
ミュー、顔が近い……!!
このまま、顔を近づければ、キスが出来る距離。

無防備な彼女。
心臓が高鳴る。
嫌いじゃない。
むしろ好きだ。
だからどうだ。
このまま――。


ふと、視線に気づいた。
歩道橋の柱の影から半分見える顔。
「誰だっ!?」
サッと柱の影に隠れるが、見つかってるので意味は無い。
「おいっバレバレだぞ!」
「……ちぇー。もうチョイじゃんやっちゃえば良いのにー」
なんていいながら出てきたのは―――
知らないガキだった。
短髪でちっこいガキが詰まらなさそうに頭の後ろで手を組む。
「は!? 何言ってんだっ」
「またまたーもうちょっとでチッスが出来てたのにー」
ガキの癖にませている。
酔ってるおっさんのようにウザい。
「お!? ばばばかいってんじゃねぇ!」
「あ、しーっ。じゃ、こっち来いってにーちゃん」
声のトーンを落としてオレに手招きをする。
オレとミューは目を合わせるとそいつの近くによって行く。

「ほら見てっ。あんぐらいやれよー」
言ってガキが指差すのは俺たちよりだいぶ歳上の熱いカップル。
「バカいってんじゃ―――ふおっ……ふっけぇ……」
「……」
深いぞ! うおっっ!? 手がそんな所に!
そろそろモザイクかかるんじゃねぇの!?
は!?
隣でエロ笑いするガキと真っ赤になって絶句するミューの視界を塞いで元の位置に戻る。
「へへへ。どうよにーちゃん? あのぐらいいけるっしょ?」
「うっせぇエロガキ! 覗きは犯罪なんだぞ」
オレは二人を連れて安全圏まで逃げる。
「うはははは! かったいこというなって〜ほらーチューっとイケチューっと」
「え、え?」
その言葉に真っ赤になってうろたえるミュー。
「こ、このアホがきっ」
オレがチョップを仕掛けるがソレをひらりとかわしてカラカラと笑う。
「なっはっはっはっは! このシュウ様にそんな遅い攻撃はあたりませんよ〜だ!」
「ぐっ! まてっ……!」
「うはははっじゃーねー! お幸せに〜」
言ってガキは広場の方へと走り去って行った。
逃げ足も速いようだ。

「む……ちっ逃げられたか……」
不覚……。ガキに遅れをとりっぱなしとは……。
振り返ると真っ赤になって固まっているミュー。
「……まぁ、なんだ……」
微妙に気まずい空気。
「……え、っと」
ミューも言葉が出しにくいようで。
「……か、帰るかそろそろっ」
メインのイベントは終わって、ライブはまだやっているようだが興味はわかない。
「……うん……」
―――少し、残念そうに見えるのはオレの見間違いだろうか……。
そう思ってくれるなら、嬉しいのだが。
でも、次に見た彼女の顔は女優の笑顔で―――オレにはどうなのか聞く勇気もなかった。

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