21.CrossVOX
*Shiroyuki...

歩いていた。
レッスンへ向かう道。
隣ではポヨンポヨン詩姫が跳ねている。
今日は機嫌がいいみたいで鼻歌なんて歌いながら手を大きく振って歩いている。
風が冷たい。
海沿いには誰も居なくて、詩姫の鼻歌だけが俺の前を行く。
一台の車が通った。
寒いのにオープンカーで何かの曲を流していた。
特に興味を引くものではなかったが。

///PROTOTYPE///



―――ため息は風に流されて、風の強さに目を瞑る。

途端、声が響いた。
少し遠くの誰も居なかった防波堤の上に、一人の小さい影。
立ち上がって大きく息を吸った。
―――多分少年であろうそいつは―――

あの歌を歌っていた。

あの歌は、
 確か俺と先生しか知らないはずで―――
足を速めてそいつに近寄る。

そいつは叫んでいた。
 日が沈んだ黒い海に向かってその歌を歌う。
  オレの声じゃない、先生の声でもない。
叫んでいる。
音階は最初より荒くなって、テンポだけがその歌を押し上げる。
いや、こいつの声が―――歌を歌っているから。
楽しそうだった。
オレはこの歌をどうやって歌ったのか。
少なくともこんな歌い方はできない。

 そんな歌い方、オレは知らない―――。

風が吹いた。
オレと詩姫はそいつの後ろに立ってその風を浴びた。
―――観衆の歓声が巻き起こったときに良く似ている。
「……テンション高ぇな」
思わず声をかけた。
多分オレは苦笑い。
「っ……うわっ!?」
そいつは機敏に反応して振り返る……が、勢いが良すぎてバランスを崩していた。
オレは危険を感じてそいつの元へ走るが、
「あ――――――でっ!!」
「大丈夫か!?」
砂浜に落ちたそいつに声をかける。
そいつは一度オレを仰ぐと、睨みつけて走り去っていった。
―――ソレは、誰かに似ていた。
「あ、おい!」
すぐにそいつは視界から消えた。
……足速いな……。
「あれ? 今の子は?」
「さぁな。向こうに走っていったよ」
「ふーん。ね、今の歌、なんていう歌?」
詩姫は興味津々に聞いてくる。
「……さぁな…さ、行くぞー」
「……? うん」
―――気になる。
先生に聞いてみるか。
そう思って俺はレッスン室への道のりを急いだ。

教室では先生がホワイトボードに音符やら何やらを書いて声について語っている。
座学は受けなくてもいいのだが基本的に詩姫が参加したがるので俺も一緒にいる事が多
い。
目的はこの後のレッスン。

「そんじゃ今日はここまで。覚えるんならしっかり覚えとき。嫌なら忘れんさい」
「織部君、詩姫君、君達は3階におって。後の子は日取りだけ書いて帰ってええ
よー」
日取りとは個人の歌レッスンの日時指定のこと。
人数が少ないので日程の余裕があるためほとんど自由に相手をしてくれる。

詩姫の歌声が響く。
レッスンはオレと詩姫のみで行われる。
声はまだ幼さの残るものだがその幅は感嘆に値する。
「はい、お疲れ様。詩姫君ももうちょっと声が続くようになるといいねぇ」
「ふぅーっ…頑張りますっ」
ピシッと敬礼をして素直に返事をする。
詩姫は先生を尊敬している。
それこそ憧れの歌手のようにだ。

先生は元々バンドを組んでいたらしい。
音楽に携わるのはその名残だと。
それ以上は教えてもらっていない。
教えてもくれないだろう。
一つだけ、それに関わるものを教えてもらった。

ナナシの曲―――。

君にあげよう。と、その曲をもらった。
衝撃だった。
こんな曲も作れるのかと。
名前も歌詞も無い。
それでもこの曲には俺を引きつけるものがあった。
すぐに歌詞は思い付いた。
その歌詞を先生に渡すと泣いていた。でも、

良い詩だと、初めて褒められた。

ナナシの曲ナナシの歌。
でもあの詩はバイクと一緒に先生に返した。
あの人のものだった物は全部返した。

じゃあ、あの少年は……?

「先生」
「ん、何?」
「あの歌、誰かに教えました?」
「……いや、教えてはないけど……」
「けど?」
「MDを落としちゃってねぇ。コピーの方だけど」
ばつが悪そうに先生は笑う。
まぁ本体があるならそれでいいが―――。
じゃぁ、あの少年はソレを拾って聞いたのか?
「―――先生。一人、ここに連れてきたいやつが居るんだけど」
「……? 織部君が? ここを紹介するの?」
「そう。」
「別にええけど……?」
珍しいこともあるんじゃねぇと首をかしげる先生。
当然だがあの歌のことは伏せておく。

「あっ! ねっねっ! それってさっきの子でしょっ!?」

そこに割り込んでくる詩姫。
「さっきの子?」
当然先生が聞き返す。
「うんっさっきね海岸でねっ歌ってる子がいたんだよっ」
「へぇ〜どうじゃった?」
興味なさげだが一応聞いてくる。
「―――上手かった?」
詩姫は首をかしげて俺に聞く。
「下手くそだ」
「そうなんだ……」
ちょっと残念そうに俯く詩姫。
「ただ……」
俺は続けて先生を見る。
その言葉に先生は首をかしげる。

「あの歌が、完成するかも知れない―――」

あの『声』はオレには無いもの。
歌声は詩姫に似たものを感じる。
天性の才能ってやつだ。
あの歌は一度俺が歌ったものだが、オレの声では完全ではない。
無茶苦茶な歌い方の叫ぶような音程のあの歌に、オレの歌は塗りつぶされたから―――……。



*Mido...

駅前の通りを歩く。
駅の前は開けた場所で、噴水や時計台なんてものがあったりする。
たくさんの人が行き交うこの場所を私も当然のように歩く。
なんとなく、商店街の入り口の影になっている所に目をやるがそこには見知った人は居ない。

 暑い日差しを避けて座っていた男の子。
 私が何日もそこを通らなくても、毎日そこに居続けた。

―――私は何を期待していたのだろう?
ドンっ
人にぶつかる。
「あ、すみませ……ん……」
そのサラリーマン風の人は謝る私を無視して歩き去っていた。
自然と溜息が漏れる。
私は少しだけ肩を落として力なく歩き出した。

「ねー? いいでしょ? 一緒に遊ぼうよー」
「……」
「無視しないでよ〜? お金は全部俺らが持つからさ?」
邪魔。
何でこんな日に限ってこんな輩が多いのか。
私は時計を見て今日がもう年末に差し掛かってきていることを確認した。
つまり、休みの人が多いってこと。
私は無視をして歩く。
「ね〜ぇ〜頼むよ〜っ人数あと一人だけなんだ!」
「ほんとチョットだけで良いから!」
多分大学生だろう二人の男に付きまとわれ永遠とナンパされている。
あぁ邪魔。
かれこれ数十メートル追いかけられ続けてる。
どうにか追い払えないものだろうか……。

私が思案に暮れているうちに、目の前に一人の少年が立っていた。

真っ直ぐに私を見るその眼。
何故かその眼に魅入った私は、歩みを止めていた。

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