23.歌声
*Shiroyuki...
水ノ上が最強と言う弟、涼二<りょうじ>。
この間海岸で歌っていた少年の名前だ。
歳は詩姫と同じであまり感情の起伏を見せない雰囲気だ。
涼二はたまたまあのMDを拾って聞いてしまったようだ。
そしてたまたまあの海岸で歌っているところにオレたちが通りかかっただけ。
まぁまさか水ノ上の弟とは思ってなかった。
世間の狭さを感じるな……。
///PROTOTYPE///
詩姫の提案によりカラオケに行くことになった。
水ノ上はノリ気だが涼二は渋々ついてくる感じだ。
鐘を突くのをやめて、水ノ上兄弟は祭りの喧騒へと下ってきた。
「しっかしいきなりだねー。詩姫ちゃんカラオケ好きなの?」
「うんっ!」
元気よく答えるわが妹。
笑顔がこころもち光を帯びてるし。
「へ〜なんか織部の妹っぽくないね」
「どういうことだよそれは」
「だってかわいいし。溢れる純粋さが織部には足りない」
「悪かったなっ!」
「あははっお兄ちゃん、この間誘拐犯に間違われたんだよ〜?」
悲しいかな、実話だ。
……くっ。
「ぷっ」
その話に涼二はふきだす。
「笑うなチクショー! オレだって好きで間違われてんじゃねぇっ!」
「あははははっなかなか信じてもらえなかったねーお兄ちゃんっ」
本気で警官に殺意を覚えた瞬間だった。
「やっぱりロリコンだったのか」
数歩離れて水ノ上が言う。
「違うわっ! つか水ノ上、大声でそういうの叫んでんじゃねぇっ」
「あっはっはっは。いいじゃん減るもんじゃないし」
「おい、涼二、こいつ何とかしやがれ」
「兄ちゃん、アレは恥ずかしいよ」
まじめな顔で兄を見上げる涼二。
まともなヤツが居てくれて助かる。
「そうでもないさ。あのぐらいの視線なんとも無いよな詩姫ちゃん?」
どうやら詩姫を味方とみなしているようだ。
まぁ、大声仲間ではあるが。
「うん。お兄ちゃんはもっとたくさんの視線を浴びてるじゃん?」
確かにそれはそうなのだが。
ライブと私生活の視線の質を間違えないで欲しい……。
*Asumi...
大晦日の鐘が鳴り響く。
煩悩の数と言われる108回を数えながらも永遠を思わせながら鳴り響く。
私は今、真夜と一緒にお寺にお参りに来ていた。
お寺の前にはたくさんの屋台も出ていてすでにお祭り。
公園の広場もイベントをやっているようでたくさん人が居る。
午後9時を回って、門限があると言って美優は家に帰った。
途中まで私たちが送ると二人で楽しんでおいでよ〜と突き戻された。
だから放任主義の現代家庭な私たちは、色々と歩き回って遊んでいた。
よくあることだ。
そして、一抹の疑問が私に残っていた。
「っていうか、あんた、彼氏君と遊んであげなくていいの?」
「うっ……だってあたし付き合ってるって言っても、初めてだしよく分かんないしっ」
「……一応聞いとくけど、誘おうとはしてた?」
「う、うん。携帯でずっとメールの文を考えてたら……」
「ら?」
私は珍しく歯切れの悪い真夜に聞き返す。
「電池切れた……」
……つまりは、誘うに誘えなかったと?
どうしようか考えてるうちに私からの誘いメールが届いてしまった、と。
……えっと、この子は真夜だったかしら……?
「何美優が携帯持ったらやりそうなことをしてるのよ」
「―――……あ、ははは……」
苦笑いする真夜。
それが、チョットだけ、辛そうに見えた。
「……真夜」
「何?」
「……つらい? 背伸びしてない? 水ノ上と付き合うの……」
だから聞いてしまった。
彼女は驚いた顔をして、目を伏せた。
でもすぐに私のよく知っている笑顔になって
「そう、見える?」
そう言って元気に笑う。
「―――ごめん」
でも、見えてしまった。
「私には、そう見える」
だからはっきりと言う。
「そんなこと無いってっ! いっちーはいい彼氏だもん」
いっぱいの笑顔でそう言ってのける。
得意げなのがなんとなくムカついた。
「何ノロケ?」
なんだ、本当に気のせいなのか。
真夜の笑顔を見てそう思った。
つられて笑顔になる私に先行して、真夜は次へと歩き出した。
「無視するなーーーーーー!!
茶髪ーーーーーーーーそこの柄悪いろりこーーーーーーーーーん!!!」
そんな私たちの上から聞いたことのある声が、大きく祭りに響く。
全ての視線は、私たちの前にある存在に向けられていた。
そいつは近くに居た子を置いて、思いっきり走っていってしまった。
「―――っあははははっアスミっあいつ必死だよっ!?」
その姿がツボだったのか大笑いする真夜。
「え、えっと、あの子大丈夫なの? 織部ホントに誘拐してんじゃないでしょうね?」
私は本気でちょっと疑ってしまった。
小学生ぐらいの女の子がパタパタと彼を追って走って行く
「―――っ―――っっ!! 誘拐っっ! はまりすぎ〜っっ」
プルプルと震えながら私の肩で声を抑える。
「真夜……あんたねぇ織部をどんな目で見てんのよ……」
「ふふ―――っっぷっそんなのきまってるじゃない」
今までで一番面白そうな顔をして真夜は言う。
「バカっっ」
走って階段を上る彼を指差す彼女は、とても綺麗に笑った―――。
*Shiroyuki...
まぁ……地元だから、分かってはいた。
「へぇぇ〜シキちゃんって織部の妹だったんだ?」
うんっと元気に答える愛想のいい妹。
去年の文化祭で演劇を見ていたため、詩姫は山菜を知っているようだった。
「……で、織部、この子どこからさらって来たの?」
「さらってねぇ!!」
誰か信じてこの事実! オレとこいつは兄妹だっ!
「嘘ね。こんな純粋で可愛い子があんたの妹なわけないじゃない」
オレはどういう目で見られてるんだ……ホント。
……今度からしばらく詩姫と歩くのはやめようと思う。
「いっちーの弟君、そっくりなんだ」
ものを鑑定するように涼二を眺める真夜。
少し嫌そうに笑顔を浮かべている。
着物を着たやけに視線を集める二人組み。
榎本真夜と山菜アスミが―――オレ達の行く手に出現したのだ。
二人は赤と青の対象的な色の着物で着飾っていて、
特に山菜なんかが着こなしすぎていて人目を引く。
「何? ジロジロ見ても何も出ないわよ?」
「はぁ。まぁ日本的な格好が似合うんだな山菜は」
正直な感想を述べる。
「―――っなっ、ありがと……」
面食らったような顔になって視線が泳ぐ。
なんだか山菜らしくないな……。
いつもなら『知ってるわ』とかが返ってきそうなもんだが。
「でも私より、真夜のが似合ってるわよ」
更に珍しく否定的な山菜。
「だってさ。よかったな真夜」
「何よその適当な言い方っ褒めるんなら心篭めなさいよっ」
真夜はムッとして膨らむ。
「はははっ周りとは二人とも比べもんになんねぇよ」
ヘラッと笑って言ってのける。
途端周りはシンとしてしまった。
……なんかよくないこと言ったか……?
「―――……織部って絶対スケコマシだよな」
水ノ上が冷たい目でそういう。
「同感」
なんとなく納得いかない顔でそれに頷く山菜。
オレが何をした……。
歩くと結構時間がかかったが、オレたちはカラオケボックスに到着した。
ちなみに、山菜と真夜もついてきている。
まぁ、別に構わないのだが。
ボックスに入ってすぐ、詩姫がリモコンを取る。
こいつの特技は、恥ずかしげもなく一番に歌うことが出来ること。
というか、本当に歌うことが好きでカラオケにくる道のりの間、
ずっとポヨンポヨン体が跳ねていた。
隣に居た涼二は機嫌の分からない表情で歩いているだけだったが。
水ノ上とは顔は似ているがかなりクールな性格らしい。
「お兄ちゃんマイク取って〜」
オレは目の前に置いてあったマイクを詩姫に渡す。
すでに曲が入れられて、前奏が流れ始めた。
詩姫は席から立つと画面とは逆にオレ達のほうを向いた。
誰にともなくフッと笑うと、彼女は歌いだした。
詩姫の声はマイクを通って部屋響く。
透き通った、まだ出来上がっていない声だが―――
みんな詩姫しか見ていない。
詩姫は楽しそうに歌を歌い、自分の世界を作る。
それは、この部屋を完全に支配した。
ただの歌声で括るには勿体無いほどの才能。
オレも何度か嫉妬したことがある。
オレには無いこんな才能。
不意に―――涼二に視線をやる。
こいつも例外なく詩姫に釘付けでその声に聞き入る。
……こいつは、どうなんだろう。
まだ、正式にこいつの歌っている姿は見ていない。
詩姫と同じものを感じた。
感じただけだが―――。
もし、本物なら……あの歌は完成するかもしれないんだ。
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