24.世界
*Shiroyuki...

詩姫が歌い終わり、一瞬の静けさに包まれる。
大体、初めて詩姫の歌を聴いたときはこんな感じだ。
だからオレがきっかけの拍手を送る。
するとみんなが思い出したように大きく詩姫に拍手を送った。

///PROTOTYPE///

「すごーい! 詩姫ちゃんってこんなに歌が上手かったんだっ」
心底驚いた顔で真夜が言う。
「そ、そうでもないよ〜っ」
プルプルと長い髪を振り回して否定する。
褒められるのは苦手のようで、顔を真っ赤にして否定し続ける。
挙句、
「お兄ちゃんのほうが上手いよ?」
なんて、人に振るのだ。
「よし、じゃ織部歌えよ〜」
「オレの歌なんてみんな聞いてるだろ……水ノ上、とりあえずお前歌えよ」
言うと水ノ上は微妙な表情で固まる。
「ん? そか。わかった」
そういうと、タッチパネルのリモコン画面に目をやる。
最近のリモコンは画面で曲が選べるのだ。
「山菜は歌わないのか? オレに勝つんじゃなかったっけ?」
「だって点数がついてないもの。ま、最後で良いわよ」
得意げに髪を後ろにかき上げる。
……山菜のことだから歌う曲は決まってるんだろう。
一方真夜は分厚い本を適当にぺらぺらとめくっている。
真夜は意外と何でも歌うので多分一番最初にあたった知っている曲を歌うんじゃないだろうか。
そんな様子を眺めていると、目の前でも同じような光景が繰り広げられていた。
「ね、涼二くん歌わないの?」
「ん……いいよ。やり方わかんないし」
「簡単だよ? この本とかの―――」
しきりに歌うことを薦める詩姫。
ナイスだ。
いつの間にか曲を選んでいた水ノ上は座ったままマイクを手にして、
前奏のあいだ難しい顔をする。



そして、事件は起きた。



―――っっ!!
――――――っっ!!!!
なんだコレは……!!!
最初とは打って変わって騒音ともつかない音がボックス内に響き渡る。
みんな耳を塞いで対応しているが、オレは耳を塞いでても聞こえるんだが……!!!
音痴って……!
こんな兵器じみたものなのかっ……!!?

みんな同じなのか苦しそうな顔でオレを見る。
詩姫は笑っているがなんか限界を感じさせる。
涼二はもう顔を伏せてダウンしていた。
悲痛な顔で何とかして、と、真夜の口が動いた。
山菜も耳を塞いで震えている。
何とかしたいぞオレだって―――!!
ふと、目の前のマイクに気づく。

―――そうか

オレは息を深く吸うと、一気に手を耳から離して立ち上がった。
そして―――歌う。

オレだって伊達に何年も歌ってきていない。
水ノ上とは声量が違う。
オレはライブのときのように本気で歌う。
自分の声で水ノ上の声を弾く。
大体、上手いヤツと歌えば、その音程は修正されるものだ。
ソレが適応したのか、それともまだズレているのか水ノ上とはいい感じにハモる。
―――油断するとこっちの音程がずれる。
だから集中して水ノ上の暴走する声をリードして、歌いきった。

またもやシンとしたボックス内。
「……ナイスフォロー織部」
ニコッと笑う水ノ上。
パチパチと大きな拍手をすると、みんなも同じく拍手をくれた。
「まさかとは思うが……確信犯か?」
「その通り」
あっはっは〜と暢気に笑う。
「だって下手だから歌わないって言っても誰も信じてくれないし、
 一回歌って納得してもらう方がいーんだって」
はぁ……と珍しくうなだれる。
なるほど、色々あったんだな……。
「なるほどね……水ノ上にも、苦手なもんあったんだな」
「そりゃあるよ人間だし」
いつもの笑顔でそんなことを言う。
才色兼備なヤツにも、欠点はあるもんなんだな……。
一番驚いた顔をしているのは弟の涼二だ。
多分あいつもヤツを完璧だと、疑ってもいなかったんだろう。

「よし、涼二歌うか?」
オレが涼二に言うと、微妙な顔で振り向く。
「……僕、下手かもしれないですよ?」
似ている、というのは自覚しているんだろう。
オレはある種の確信があるのでそのままマイクを涼二に渡す。
「いーよ。とりあえず歌うことにいみがあんだから」
その言葉になんとなく納得行かない顔をするが大人しく曲を選ぶ。
「ほら、遠慮せずにみんなさっさと歌入れようぜ?」
「あ、うん」
真夜はページをめくっていた手をまた動かし始める。
「ほら、山菜も演歌歌えよ〜」
「歌わないわよっ」
俺が言うと真夜と山菜は気づいたように本に手をやる。
水ノ上とは違いすぐに決めると、マイクを持って前に立った。
はじめから前に立って歌うヤツは少ない。
やっぱ大した度胸をもっている。
『あ、あ……あーーー……うん?』
何度かマイクに向かって声を入れる。
自分の聞きなれない声を聞いて訝しげな顔をしてマイクを見ている。
「ははは。自分の聴いてる声と喋ってる声は違うんだぞ?」
「そうなんだ……」
ふんふんと涼二はマイク見ると始まるサビに備えてマイクを持ち直す。

そして、そいつの『歌』が始まった。

安定しない声をそいつは初めの1フレーズで修正する。
歌い方が分かったのか、そいつは大きく息を吸った。

―――!
声が弾けた。
詩姫が楽しそうに歌を口ずさんでいる。
涼二は画面を見てなくて、目を瞑って声だけをつむぎだす。
衝撃みたいな声。
少年の声は、何故か―――ビリビリと体中に響き渡る。
意識していなくても、体が勝手にリズムに反応する。
面白い。
『声』がこういう歌い方にさせるんだろうか。
言葉で表せば弾むように歌っている……
が、それも言ってしまえば滑稽でこいつの歌には当てはまらない。
今涼二が歌っている歌はメジャーで、最近出てきた歌だ。
オレも聞いたが―――こんなに印象のある歌じゃなかった。
―――は、すげぇ……。

こんな歌声聞いたこと無い。

音楽がすごく楽しく思える。
家に帰って作曲したくなるような衝動。
それを感じたのは久しぶりだった。
最近、スランプ気味だったオレは、こんな気分になることはなかった。
だから焦っていた。
これ以上にはなれない自分に。
焦りのせいか、どんどん自分に追い詰められて、曲が出来なくなってきた。
それが、どうだ。
今―――手元にギターが無いことに違う焦りを感じる。
先生に音楽を習い始めた時に似ていた。

   『歌いたい』
そう思える衝動がオレの中に沸々と湧き上がってくる―――。

そうか、ソレが……!
水ノ上涼二の、才能か―――!

歌い終わった涼二にみんなが一斉に拍手を送る。
一瞬何か分からないような顔をしていた涼二はこのとき初めて、涼二は嬉しそうに笑った。
「涼二くんすごーいっ!」
詩姫は嬉しそうに拍手をする。
水ノ上は呆気に取られた顔でパチパチと拍手をしている。
多分、どっかで自分と『同じ』結果だと思っていたんだろう。
席に戻ってきた涼二をつついてウラギリモノ〜と八つ当たりしていた。
「上手いじゃねぇか涼二」
オレもそう言葉を送る。
それに悪戯に笑う涼二。
涼二の歌が終わると、歌の予約が立て続けに歌が入った。
―――無意識に、皆がそう感じている。
あそこまで楽しそうな衝動が伝わってきたらもう歌うしかない。
オレも自然に笑顔になってマイクを持つ。

確信が持てた。
こいつなら……

あの歌の、声になれる―――。


流れる前奏にオレはシャウト。

水ノ上はタンバリンをジャラジャラと鳴らす。
久しぶりに楽しく歌えそうだ。

*Ryouji...

たくさんの拍手を僕が貰っていた。
夢中で歌いきって楽しくて。
手はちょっと震えていた。
「涼二くんすごーいっ!」
詩姫ちゃんがそういって僕に笑いかけてくる。
嬉しかったが恥ずかしくて、僕はそそくさと自分の席へと戻った。
そこで兄ちゃんにウラギリモノ〜なんてつつかれるが、ソレは僕が認められたみたいで嬉しかった。
「上手いじゃねぇか涼二っ」
目の前の織部の兄ちゃんが楽しそうにグッと親指を突き出す。
僕はそれに笑う。

そして、織部の兄ちゃんはマイクを持って立ち上がる。
上手いのは分かっている。
さっき兄ちゃんの声を掻き消して、歌を無理矢理修正していた。
それは、すごいことだと自分で歌って分かった。
僕は何度か伴奏に音程を持って行かれそうになったからだ。
初めてだというぶんを差しひいいてもやっぱり下手なんだなぁ……。




そんなことを考えているといきなり部屋に叫び声が響く。
ソレは、体中に響いて、みんなの視線が、声の元に集まる。
僕と目を合わせると織部の兄ちゃんは笑って、歌いだした。


―――いつの間にか手を握って、手がガチガチに。
開いた口がふさがったのは、織部の兄ちゃんが歌い終わった後。
すごい。
―――あ、はははっ。

 すっげーー!!!

楽しくて笑っていた。

コレが、『歌』の世界―――!

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