26.ユウイチ
*Yuichi...
いつも通りクラブに出て生徒会に顔を出して、真夜と一緒に下校して。
日常になりつつあることを嬉しく思いながら真夜の家の前で別れて俺も家路に着いた。
ふわふわと歩く道のりに足取りは軽く、今日は教科書の重い授業も無くカバンも軽い。
ヴーンヴーンヴーン……
変な音が体に響く。
それが携帯の着信だということにすぐに気づいてポケットから携帯を取り出した。
画面に表示されているのは
着信中:
ママン♪
だった。
……なんとなくげんなりした。
ちなみに俺が登録したのではない。
あの人が自分で登録したのだ。
ピッ
「もしもし」
『もしもし〜? 優ちゃん今帰ってる?』
「うん、そうだけど」
『もしよかったら涼ちゃん迎えにいってくれない?』
「そんなのしたら煙たがられるよ」
涼二は基本誰にも頼ろうとしないし世話を焼かれるのを嫌う。
ソレがなんとなく俺のせいだというのには気づいているが。
『そう言わないでよ〜っ私も親らしいことしたいの〜』
それが意外とあの母親にはショックらしい。
電話の向こうからパタパタ聞こえるのは地団駄踏んでるからだろう。
「あっはっはっは。だったら自分で行っちゃえばいいのに」
『料理は見極めが重要なの。今、山場なの』
さいですか……。
「……わかったよ。んで、涼二は?」
『駅の方だって。詳しくは説明しにくいっていってたわ』
「ふーん。駅の広場の方に行ってればいいんだ?」
『そうそう。お願いね〜?』
「わかった。ご飯は多めに作っといて」
『軽く8倍盛っとくわ♪』
「やめて!?」
『エビフライだけよ?』
「なんでエビフライだけなら大丈夫みたいなノリなの!? 何本食べさせる気さ!」
『128本!』
「もとは何本だよ!」
もう食ったが最後もう一生エビフライは食いたくない領域だろ!
『ふふふ〜っそれじゃよろしくね〜♪』
「はぁ……りょーかい」
『気をつけてね〜っ』
「はいはい。じゃ」
ピッ
「うし……行こうか」
自分にそう言って軽く来た道を振り返る。
荷物が軽くてよかった。
まぁ、たまにはいいだろう。
軽い足取りで駅前の広場を目指した。
駅前の広場はこの時間混雑している。
仕事帰りのサラリーマンが行き交い、
大学生のグループなどが集まってわいわいと騒いでいる。
「……てか、こんな中あのちっこいの見つけろって……?」
むりだろ……。
涼二はまだ小学5年生だ。
脳みそだけは中学校を卒業してるかもしれないが外見はまんま純情少年だぞ。
身長はあんまり大きい方じゃない。
いや、そこじゃなくて。
キョロキョロとあたりを見回す。
この様子だとすれ違う確立の方がかなり高い。
いっそチョット戻って絶対通りそうな道とかで待ち伏せした方がいいだろう。
一応もう一度見回す。
主に背の低い子供を探してキョロキョロとしてみる。
あれは女の人だし、アレは子連れ……あれは姉弟……ん?
じゃ、ないぞ。
親しげに話しながら歩いている女の人。
明らかに年上だがパッと見は仲のいい姉弟にしかみえない。
誰だろう。
塾の先生か……?
いや、あんな人はいなかったけど……。
遠めに見ているが多分結構な美人。
ほほう。涼二その歳ですでに……くっさすがに勝てないな……!
なんて楽しいことを考えながら二人に寄っていく。
「涼二ー?」
声をかけながら二人に近づく。
それに気づいて二人とも俺を振り返った。
「あ、兄ちゃん」
「よ。母さんが早く帰れってごねてるぞ〜」
「そう? いつもと変わんないぐらいだよ」
「まぁ寂しがってはいるけど……で……?」
俺はゆっくりと女の人の方を振り返る。
なんとなく雰囲気が涼二に似ている。
「あ、どうも。はじめまして御堂茜<みどう あかね>です」
こういうきっちりとした挨拶とか……涼二に似ている。
「どうも。水ノ上優一です」
初対面なので極上の笑顔で対応する。
「―――ゆういち……?」
俺が顔を上げると何故かすごく驚いた顔で俺を見ていた。
「え、えぇ……優一と言いますが……」
なんか不都合があったんだろうか。
「え、あぁっご、ごめんなさいっ! 知り合いに同じ名前の人がいたからつい―――!」
ワタワタと手を交差して否定するお姉さんはなんとなく年下に見えた。
「そうですか」
そのユウイチがろくでもない奴じゃないことを祈ろう。
笑顔で交わすことに決めて帰りましょうかっと歩みを進めた。
俺と涼二に涼二の塾の先生を交えて閉まりきった商店街の店の前を一緒に歩く。
アーケードの光はもう少し遅くまで点いているので歩くには丁度いい。
「へぇ〜織部も通ってるんですか。すごいんですね」
俺の言葉に頬を掻きながら困ったように笑った。
「すごくは無いですよ。すごいのは彼だから」
「あはははっ言えてるっ」
「兄ちゃんには無理だもんね」
「うるせーっ」
くっ……!
弱点を知られてからというものたまにこうやってチクチクと涼二は攻めてくる。
やっぱり歌うんじゃなかった……。
「優一君は歌がうまいの?」
あ、キタこの質問。
涼二の言った言葉の意味は大して分からなかったんだろう。
まぁ俺の歌を聴いた当事者にしか分からない事実ではあるけど。
「下手な才能があるんです」
「あははははっ優一クン上手そうなのに」
「残念ながらそうではないです」
「音痴って直るよ? 練習してみる?」
かなり心が揺れる。
音痴じゃなくなったら楽しいだろうなぁ……いろんな意味で。
出来ないことが出来るようになるのは快感だ。
まぁ、でも、そう言われて何度か試したことがあるけど……。
「まぁ、何度か試したことはありますけど、先に先生が折れるのが通例です」
それだけ、俺のは根が深くて直りにくいのだ。
でも、その先生はやわらかく笑うと
「ソレはその先生がわるいねぇ」
そう言い切った。
「そうなのか涼二?」
「まぁ……御堂せんせーは普通じゃないよ」
「異常なのか!」
「うん」
「認めんでよ……」
そういって膨れる先生はあまり年上という感じがしない。
ふむ。若くて才能のある先生か。
確かにすごそうだ。
「それじゃ、私はこっちだから」
「あ、そうですか。それでは」
「うん。さよなら二人とも。気をつけてね」
「先生がね。ばいばい〜」
憎まれ口を叩いて涼二は手を振る。
「大きなお世話〜」
それに花の様な笑顔で手を振ると俺に向かって微笑んだ。
「さよならっ」
「あ―――さよなら」
何故、俺にまで手を振る必要があったのだろうか。
別にそんなことは、どうでもいいのだが、
なんで、俺……真っ赤になってるぞ今……。
暗がりで気づかれるようなことではないだろうが、顔が熱を持っていた。
あんまり女の子に免疫があるほうじゃないが、
ここまでということは無いだろう。
「兄ちゃん? 帰ろうよ」
いつの間にか先に歩き出していた涼二が振り返って俺を呼ぶ。
「あぁ」
何も無かったかのように歩き出す。
なんでもない。
それは気のせいだ。
なんとなく言い訳。
俺は真夜一筋です。ええ。
*Mido...
ユウイチに出会った。
真っ直ぐな目をしていて、笑顔が可愛くて、歌がへたくそだと笑う。
「―――っ」
帰り道を走る。
なんで、また、私の前に現れたのか。
顔が熱い。
似ている。
似すぎている。
笑ってしまう。サヨナラ、なんて2度も言う必要はなかったのに。
笑った顔、一生懸命に歌が出来ないことを説明する顔、
でも普段は優等生な顔でなんでも出来てしまうんだろう。
二人の話を聞いているとそんな感じ。
それは、私の知っている、ユウイチに重なるイメージ。
「―――って、あ―――?」
勢いあまって家の前を通り過ぎていた。
息切れして汗だくだ。
なにやってんだろ……。
息を整えて、空を見上げる。
心臓の音が頭まで突き抜ける。
「ユウイチ―――っ」
そう口にして、一番にさっきの彼が思い浮かんだ。
ブンブンとかぶりを振ってそれを振り払う。
顔が真っ赤になっている理由は運動のせいにして、もう一度家に向かって歩き出した―――。
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