28.自信
*Shiroyuki...

オレは駅に降り立つ。
運転していたオーナーに礼を述べてみんなと別れると駅にとめてあるバイクを目指した。
駐輪場は夜でも多く、昼になると溢れかえっている。
バイクにしてあるチェーンを2つ解くと、ヘルメットを取り出す。
「―――織部」
突然の声。
オレはその声を振り返った。
「ん? どうしたんだ山菜」
バイクを挟んで数メートル先には山菜アスミが立っていた。



///PROTOTYPE///



「織部はバイクで帰るんだ?」
それは見れば分かると思うが。
「あぁ。バイクで来たからな」
当然の答えオレはバイクを駐輪場から引っ張り出す。
山菜は何も言わずにそんなオレを見つめていた。
―――分かってしまった、オレが次に言うべき言葉。
それは自分が負けているようにも思えるが彼女がここにいる以上
オレが言わなきゃならない言葉なんだろう。

「―――乗ってくか?」

意外だったのか、その言葉に彼女は少し驚いた顔を見せる。
読み違えたか? なんて考えがめぐる。
それでもその考えが全身をめぐる前に彼女は少しだけ恥ずかしそうに頷いた。
「うん」
そう、笑った。



車に足並みをそろえて走る。
海岸通を通らずに一般の国道を通っているためテールライトに包まれながら帰り道を走り続ける。
この時期はバイクがつらい。
手が凍るみたいに冷たくなって、動きは目に見えて鈍くなる。
でも乗りたい。

肌を刺す風が体の震えを引き起こすが―――
今は、そうでもない。
後ろからオレに密着する山菜。
そのせいで、心臓はバクバク言うわ背中がきになってしゃーないわ。
なんだ……!? 何のドッキリだ……!?
寒いのは分かる。
オレも体が暖まるし良いオモイしてるから反論はねぇ。
どんな気まぐれか知らないがオレはありがたい。
お互い声をかけることなく山菜の家へと道を進める。
もどかしかった。
なんだよ、何か言えよ。
こいつと一緒にいて、黙りこくるなんてことはなかった。
不安みたいな衝動。
彼女は少しだけ強くオレの体に抱きつく。
―――暖かい鼓動だけ、バイクのスキール音に混じっていた。


最後の信号。
ここを曲がれば住宅地。
赤に押し留められて、信号の点灯を待つ。
「……織部」
エンジン音に消えそうな声。
その声は空気ではなく体を伝わって聞こえた。
「……何?」
微妙な空気。
最後の最後に一体なんだというのか。

「―――ちょっとだけ、付き合ってもらって良い?」

それはオレを誘惑するように甘く響いた。
だから、収まっていたハズの鼓動がまた大きくなる。
あぁ、こいつは、もう―――!
「なんだよ……どっか行きたいとこでも?」
「ん―――どこでも」
言ってまたオレの背中に頭を置き直す。
「は―――? なんだよそれ……」
はて、困ったお客だ。
タクシーに乗ってどっか行ってって言っているのと同じだ。
ドライバーは指示に従うだけなのに。
―――まぁ、この場合はただのドライブということになるけど。
オレは信号が青になっているのを確認すると、左折するはずだった道を真っ直ぐ進んだ。




特に行く場所なんて思い浮かばなくて、
走りやすい場所を選んで走っているうちにやっぱり海岸通へと出た。
今度はスピードを上げることなく、徐々にスピードを落として停車する。
エンジンを切ると波の音だけが聞こえた。
「……らしくねーな……どうした?」
背中にへばりついたままの彼女に話しかける。
彼女はずっとこの調子で姿勢を変えることなく静かにしている。
「―――ねぇ、織部。何を目指してる?」
突然の質問に脳が凍結する。
漠然とした質問の内容をやっと噛み砕くと白いと息を吐いて
「何をもねぇよ。オレはオレの出来ることをやってるだけだ……」
―――オレが音楽においてやってきたこと。
一緒に同じ道を歩いてくれる仲間を探して、ただ一途に歌ってきた。
それだけ。
オレが目指したものなんて―――
今は、ただの偶像。

何も言わない山菜。
ただオレに引っ付いて小さく呼吸をしている。
だから、言葉を捜した。
「―――昔は、あったんだ。目指してたもの……」
不意に少しだけ思い出したことを語る。
返事を待たずに言葉を続けた。



「オレには、先生がいるんだ。歌の―――いや、オレの音楽全ての」
オレとはじめてあったときは、公園で泣いていた。
真っ黒な喪服に身を包んで、それでも綺麗に染められた金色の髪が綺麗だった。
―――オレは、その人を知っていた。
「その人は、元々アーティストでさ、
 テレビには出なかったけどすっげぇ人気があったんだ……知ってるだろ?
 アカネっていう名前で曲出してた」
後ろで山菜が頷く。
その頃中学生だったオレ。
学校でも落ちこぼれてて、やることなんて見つからなくて。
その人を公園で見つけたときはどうしようかと思った。
だって女の人が泣いている。
その人はオレの憧れの人で、尊敬していた人。
泣いてるその人に向かって叫んだ。
 『オレに音楽教えてください!!』
その人は驚いて顔を上げた。
意味の分からない恥ずかしさと戦いながらオレは真剣にその人に向かい合った。
そして、その人は笑った。
変なヤツだとオレに向かって。
そして、その人に、音楽を習うことになった。


「はじめは―――、あぁ、そうだ。オレはその人に近づくことを目指してた」

苦笑いする。
なんて、懐かしい想い。
織部白雪の原点。
「その人に認めてもらいたくて、ずっと頑張りまくってさデビューの話までもらった」
それが嬉しくてその日、走ってその人のところまで行った。
「デビューできるって言ったらさ、喜んでくれたよ。ガンバレってさ」
そしてその日、オレの想いを伝えると決めていた。
「オレは―――その人が好きだった」
山菜が息を呑むのがわかった。
「だから言ったんだ。そのときに。オレは先生の為に歌ってきたって」
そのときの言葉は、覚えてなんかない。
覚えているのは我武者羅で、一途だった言葉に唖然としていた先生だけ。
「その人は―――また、初めのときと同じで大笑いして断りやがった」
大失恋だ。
正直、泣きながら家に帰ったね。

「―――なんで、まだ音楽を―――?」

そこで山菜が口を開いた。
オレは少し笑った。
「あぁ。あきらめきれなかったからなその人のこと」
往生際が悪いというか。若いというか。
あのときのオレはあきらめなかった。
「あきらめなきゃ何か変わるって思ってた」
だからもう少し大人になることを目指した。
「だからずっとその人にオレはあきらめないって言い続けたよ」
ガキだったオレの言い訳。
そして、ある日気づいた。
「でも、その人はいつも違う人を見ていた」
出会ったときの喪服。
別れの象徴。
「オレなんか、見ちゃいなかった―――だから、あきらめた」
届かないと、知った。
オレの初恋の最後は意外とあっけなかった。

「正直、音楽もやめようかと思ったよ」

本気でソレも考えた。
「でも、一週間もしないうちに、やっぱり歌ってた」
うははは。馬鹿だなオレ。
「音楽が好きだからな。やっぱりやめらんねぇし」
だから、今目指しているものはない。
ただ、走るだけのシロユキスタイル。
始まった動機がずっと続くことなんてあんまりある話じゃない。
然るべき成長だ。

「まぁ、そんなとこ」
これ以上話すことなんでない。
古傷なんかを見せ付けて、同情でもさせようって言うのだろうか。
別に、そんなものは要らない。
この傷跡が、何かヒントになれば、と。

何を考えているのか、山菜は離れる気配を見せない。
暖かい背中がその存在だけを示す。
「私は……わからない」
不意に声が聞こえる。
「何が」
「……私がならないといけないこと」
「……?」

「ねぇ……私は、何になればいい……?」

支離滅裂。
今度こそ意味が分からない。
言葉通りの意味でとれば、好きにすればいいことなのだが。
オレの混乱を悟ったのか彼女は謝る。
「ゴメン……チョットだけ、話、聞いてて」
言って、彼女はポツポツと語りだした―――。

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