29.オリジナル
*Asumi...
才能―――。
私には、ソレがない。
でも、それは努力で補えるって信じてた。
頑張って綺麗になって、頑張って勉強して。
私に出来るのは、その小さな努力だけ。
でも、気づいた。
届かないことに。
それだけ、彼女との出会いは衝撃的だった。
演劇部に入部して間もなく、文化祭の季節だった。
早いことにこの学校の文化祭は6月の終わり。
そのとき、真夜に出会った。
大したことない、と初めは思った。
正直、見下していた。
ただの一高校のレベルに期待なんかしてなくて、冷めていた。
でも入部最初の稽古のこと。
わたしは部長に言われるがまま全ての演技を見せた。
完璧だった。
部長の要望はこうだ。
笑って、怒って、泣け。
ソレっぽいことをするだけでいい。
そういう適当さ。
それでも私は完璧にそれを演じきった。
私の次は―――真夜だった。
彼女は舞台に立った。
私と同じ要望をこなしていく。
榎本真夜は笑って、怒って―――
涙した。
泣いていた。
ボロボロと涙をこぼして、少女のような儚さで。
唖然とした。
私には、涙を流すことが出来なかった。
部長が思い出したように拍手をすると、何もなかったかのように笑った。
楽しそうに、だ。
そして、全員を見終わったその場で、舞台の配役が発表された。
―――榎本真夜が、ヒロインに選ばれた。
課題の、『喜怒哀楽』全てをこなしたのが彼女だけだから。
「楽ってのは、演技を楽しんでりゃ、勝手についてくる。
だから、俺は笑って、怒って、泣けと言ったんだ」
舞台で生きていけるのは、そういうやつばっかりだと部長笑う。
そして、挨拶代わりに―――と、自分で喜怒哀楽をやってのけた。
涙は流さなかったが……全員がその演技に騙された。
金色の髪の日本人はにこやかにこれからよろしくと笑った。
―――焦った。
想像していたレベルなんて、はるかに下だった。
いきなり私の上に現れた天才たち。
私はより一層の努力をすることになった。
文化祭を数週間前にして、台本が書き換えられた。
驚いた。
確かに面白くはなかったがまさか書き換えるとは。
そのときに出会ったのが、織部シロユキ。
面白くなかった台本は、劇的に生まれ変わった。
その台本を書き換えた張本人もまた才能の人。
「……才能ねぇ……んなのねぇよ」
「そう? でも、みんなあの台本読んで泣いてたのよ?
古臭いお遊戯の台本が、ドラマになってたもの」
織部が見せる文章の才能。
台詞の使い方の良さが目だった。
誰にでも出来るような台本から、本気で挑まなければ誰にも演じきれない台本に変わった。
織部の書いた力のある言葉。
それを、いかに表現するか。
真夜はそれを楽しそうに語ってた。
楽しそうにこなしていった。
そして―――本番では、涙を見せる本当に感動させる演技。
そのとき、はっきり意識した嫉妬。
私には、ないものばかり。
「私は……うん。真夜になりたかった」
「……へぇ。また物好きだな」
「そう? ふふっ魅力的だと思うけど?」
「可愛くねぇぞあいつは? すぐ殴るしキレるし」
「素直じゃないのよ。あの子は鈍いしね。言っとくけどあの子は織部大好きっ子よ?」
「はぁぁぁぁ? ありえねー」
「ううん。じゃないと真夜の行動の意味がわからないじゃない。
どうして毎日織部のところに行ってたの?
なんで、誕生日のプレゼントが手作りなの?」
「……それは面倒見がいいやつだったからじゃないのか?」
「……まぁ、いいのよ。それはもう関係ないから」
水ノ上と付き合いだしてしまった今の真夜には、もう終わったことだろうから。
「……」
その言葉に織部は黙る。
「―――その、真夜の行動全部がうらやましかった」
何でかというと、私は真夜になりたかったから。
私とは違う、純粋な才能。
性格は素直じゃないくせに、行動だけが素直すぎる。
そう意識しているうちに、織部が入ってきた。
圧倒的な二人。
楽しそうに笑うお似合いの二人。
―――私も、あんな風に笑えたら―――
いつも、影で二人を見ながらそう思っていた。
主役じゃない私の滑稽な欲望。其処が私なら――輝くのが私だった。そう思った。
真夜が意識しているように、私も織部を意識していた。
「私は―――」
少しだけ緊張で手に力が入る。
「織部を好きになってた」
「私も、気づいたのは最近。でも心のどこかであきらめてた。
だって真夜がいたから」
「―――っっお、オイ……」
「―――私、好きだよ、織部のこと」
言った。
真夜を写していた私の想い。
いや―――写していたつもりで、自分の気持ちだということに気づかなかった。
「それは、違うんじゃねぇの……? 山菜が真夜を真似てただけなら―――」
偽物だと、言うのだろう。
私だってそう思った。
「ううん。真夜が水ノ上に行っても、私の想いは動かないもの」
気づいた。
憧れに近いものだった。
真夜に感じていた嫉妬と同じ。
でもこいつと一緒にいるとそれはどんどん変わってきた。
それが何か分からなくてずっと邪険にはしていたけど。
「最近、美優が積極的になってきたし、織部も美優ばっかり見てる」
今日もそう。
何で私は見てくれないのかとずっと悩んでた。
「可愛いのは分かるよでも、ムッとした……」
「だ、だってな―――」
「私って魅力無い……?」
「う……」
言葉を遮られて、織部は固まる。
その反応が何故か嬉しい。
ちょっとの間をおいてまた私は口を開く。
「―――今日、また、違う才能を見せ付けられた」
高井君の才能。
普段からは窺えない存在感。
トップレーサーという重圧。
どうして、こうも私の周りには才能が溢れているのだろうか。
「……自信無くなった。みんな、トップに近づいてる」
抜群の才能で演劇部のトップに立つ真夜。
勝負の世界に真剣に挑んでトップを掴んだ高井君。
そして―――音楽の道に未来が約束されている織部。
「……っっねぇ……! 私は……!!」
圧倒的な才能の壁。
凡人の私は、どうすればいい……!?
「私はどうやって追いつけばいい……!?」
ザザァ……
「……知ってんだろ? 自分に出来ることが何かなんて」
言って、織部はエンジンをかけた。
静かな夜にエンジン音がこだまする。
「……え―――?」
「信じてりゃいいじゃねぇか。努力で才能に勝てるって」
自信を無くした。それは努力の成果を信じることが出来なくなったということ。
「バカみたいに信じて、突っ走ってるだけなんだよ」
結局才能なんて、そんなもんだと笑う。
「オレなんて、実際出来てないことの方が多いんだぜ?
啓輔だって、レースのことしか考えてねぇし」
出来ることしかできない。そう織部は言う。
その出来ることが羨ましくて、仕方が無いというのに。
「要は結果が先に出てるだけの話だ。
それを羨ましいと思っている暇があるなら、自分に出来る次をやればいい」
「……言うのは簡単よ」
「あぁ。簡単だ。でも結局は『やる』か『やらない』かだ。
中学生の遊びたい盛りを全部ギターと歌に費やして、残ってたのがコレだけなんだぞオレは」
「―――……それは、ずるいよ……」
「何がだよ……」
「だって、私にはない……」
「私にはたった一つだけの力を人にすごいといわれることが無いから―――」
たった一つ。それだけでいいのに。
私だけの唯一が欲しい。
私だけの、オリジナルが。
「織部が笑ってると……私もなれる気がするから」
そういう力を持っているんだと思う。
こいつの周りは、そういう人たちで溢れている。
こいつといると、なんでも楽しく思えるんだろうなぁ……なんて。
夢みたいな話だけど、そう思う。
だから、憧れた。
抜け駆けみたいなことをしているのは分かる。
私だって不思議だ。
でも、それでも今日、織部を追いかけてきて、またバイクに乗せてもらって―――。
あぁ。いいなぁ―――と。感じてしまった。
だからこれから言う言葉は自然。
目頭に涙が溜まってくる。
「織部が、好き……です」
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