30.届かない声
*Shiroyuki...

怖い―――。
それを誤魔化すためにアクセルを握る。
冷たい風を浴びて、頭を冷やそう―――。
妙に、バイクの音が大きく響いた。


///PROTOTYPE///


体がやっと冷え切って、まともな思考ができるようになったころ。
オレは展望台の広場まで走ってきていた。
は―――また、ここか。
エンジンを切って、一呼吸。
目の前の夜景はあまり光の多いものじゃないが、夜の海も一望できる穴場的なスポットだ。
ただ、オレにはあまりいい思い出はここには無いが。
「―――あはっすごい。こんなところもあるんだー」
山菜は無邪気にそういいながらバイクを降りる。
オレもヘルメットを取りキーを抜いてからバイクを降りた。
展望台といっても簡単な屋根とベンチぐらいのものしかない。
でもそれ以上のものが必要でもない場所。
そのベンチに先に座っていた山菜アスミの横に座る。
「……それで……? 私をここに連れて来て何しようって気なの?」
「人聞きの悪い言い方をするなっ。別になにもしやしねぇよ」
「へぇ……それは残念、かな」
言ってオレの肩に頭を預ける。

ズキン

また、あの時と同じ胸の痛みが戻ってくる。
「お前……なぁ……」
「だって私は告白を投げかけたままなんだもの。
 アプローチは今からでもしておくべきじゃない?」
「……お前を今ほど凄い性格だと思ったことはねぇよ」
「ふふっありがと」
前向きな―――やつだ。
真夜との違いはここだろうか。
なんていうか、前にしかベクトルが無い感じ。
美人で前向きな良い女。
―――うちの母親によく似ている。
だから、というわけじゃないが山菜はオレなんかいなくても
誰よりも凄いところまで行ってしまえる人間だというのが分かる。





だから、答えは簡単。




光のある夜景から夜の海に目をやる。
海も……月の光をチラチラを反射して小さく輝いている。
ここまで届くことは無いが。

「―――ごめんな」

彼女が息を呑む。
でも、彼女はオレの肩に頭を置いたまま。
「―――織部」
「……何」
「教えて……私のダメなとこ」
彼女はオレに問いかける。
山菜のダメなところ……?
「別に山菜に悪いところはねぇよ」
「じゃぁ、何がダメなの?」
オレは小さく息をつく。
彼女の言葉は今のオレには強い。
「……怖いんだよ。オレが」
「織部が?」
「あぁ。怖い。言ったろ……こっぴどく振られたって」
「……うん」
「あれ以来オレは怖い。誰かを追いかけて届かないって分かるのが」

「あんな想いするぐらいなら、誰かを好きになるなんてしないほうが良い」

だから否定し続ける。
「私が追いかけてあげるって言ってるのに?」
「それは山菜が可哀相過ぎるだろ」
「だったら、好きになって」
「……無茶言うな」

「―――なら」
言うと、山菜の感触が肩から消えた。
夜景を遮ってオレの目の前に立つ。
月を背負うその姿は宛ら―――映画から飛び出たヒロインのようだ―――
黒髪が風に流れる。
誰もが見ほれるようなその瞬間。
オレも例外なく言葉を失った。

優しく微笑んでオレの顔に自分の顔を寄せる。
「私が信じさせてあげる」
囁いてオレを見つめた。
「あのなぁ……」
あきれたような口調でオレは言葉をつむぐ。
「なぁに?」
「いい加減、本気にするぞ」
「なればいいのよ」
「メリットなんて無いぞ? 音楽しか出来ない」
「だから私はそれが好きなの」
「すっごい焼もち焼くし、独占欲が強いんだぞ?」
「私もよ」
「目に見えて馬鹿だぞ」
「知ってるわよ」
「あぁ……もう……! なんて言えばあきらめる!?」

「絶対に諦めてあげない」

く、そ……!
なんなんだ……!
なんでなんだ……!
オレなんか放ってけばいいのに。
「オレなんかの100倍はいい奴が山菜の周りにはごろごろしてるだろ」
「でも、織部みたいな奴は一人しかいないもの」
「……っ」
痛いから、いやだって言ってるのに……!
「……っっ、んなにひっでぇこと言ってるのに、何であきらめねぇんだよ」
「決まってるじゃない」
彼女は妖しく微笑む。


「好きだからよ―――」


言って、彼女の顔は更に距離を詰めた。
10センチほど手前にある顔が世界の全てだ。
あと少しで唇が触れる。



目の前の彼女には揺ぎ無い自信が宿っていて―――。




「ふ―――やっぱり、勘違いだろっははっ」
笑った。
クツクツとこみ上げてくる笑いを隠さず笑う。
「……なんで笑うのよ」
不快そうに表情を歪ませる。
「おかしいからだよ」
「なんで?」
より不快そうにもう少しだけオレの顔が見えるように距離を作った。
「山菜。お前はオレたちより凄いものを持ってる」
なのに、ずるいとか自信がないとか。
おかしい話だ。
「―――は?」
「お前はカリスマだよ、山菜。オリジナルなんて目じゃない」
「―――……カリスマ……?」
「あぁ。知った風な口聞くけど、お前みたいな奴は滅多にいない」
「どういうこと……?」
山菜はオレから離れて首をかしげた。
それに合わせてオレも立ち上がって距離を保って同じ夜景が見える位置に立つ。
「カリスマってのが何かってことか?」
フェンスに寄りかかって笑う。
その問いかけにこくりと頷く山菜。
「例えば、山菜は人目を引く。コレはもう才能の領域を超える」
どれだけ頑張ったってそれが出来ない人がいる。
女優や俳優にとって、これほどのカリスマを持ち合わせる人はいないだろう。
「その真っ直ぐ前向いた性格もそうだ。演技力だって並じゃない」
オレから見れば、こいつの方が規格外。
こういう人を親に持っているからよく分かる。
「更に足りないところを努力しようっていう力もある。
 そういう奴がカリスマになるんだ」
カリスマ。
オレからすれば神性の強い言葉だ。
才能やオリジナルには無い神がかった実力の持ち主。
「オレなんて必要ねぇんだよ」
笑いかける。
彼女は酷く驚いた顔をしていた。
「この前まで気にせずに進んでたんだろ? だったらそのままでいい」
きっと、こいつの欲しかった言葉はコレだ。
自信がなくなったといっていた。
きっと、見えていた道が曖昧になっただけだろう。
その曖昧になっていた原因さえ取り払えばいい話だ。
これで―――きっと。
こいつはもっと先へと進める。
そう思って笑った。
だから、

「……なんで、織部はそんなに悲しそうなの……?」

その言葉に驚愕した。
オレ、笑ってないのか……?
アレ? なんて、惨めな自分の声が聞こえる。
触ってみても表情はよく分からないが、頑張って笑って見せた。
「なんで……私を遠ざけようとするの……?」
目の前の女の子が涙を浮かべる。
オイオイ。
勘弁してくれよ。
その景色がぼやけて見えた。
「なんでっ……泣いてるの織部ぇっ」
―――そんなの……

オレが知りてぇよ

頬を触る手に、涙。
それはオレの視界をぼやけさせている。
山菜もオレも泣いている。
くそ……!
泣くなよっ。
くそ……くそ……!

「オレは―――」
「怖いんだ。山菜みたいな奴……似過ぎてて……」
「先生に……」
「言ったろ……こっぴどく振られたって」
「初めての告白蹴られて」
「次は逃げられて」
「最後は……泣かれた」
「山菜……オレは……」
「誰かを好きになるのが、怖い」
「触れられないと、狂いそうになる」
「女が泣くのを見るのは最悪だ逃げたくなる」

「山菜……こんな奴、好きになるな」

ホント―――最悪だ……。

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