31.本物の強さ

*Asumi...



「―――……巫山戯ないで」
「ふざけてなんか―――」
「巫山戯てる。私は本気」
「だから、オレには」

「違うって言ってるでしょバカッ!!!!」

パアンッ!!!
頬に山菜の強い平手が炸裂した。
「―――!?」
オレは視界がグルッと回ってぐわんっと頭に大きな衝撃が残った。
「なにすんだよ―――!?」

また衝撃。
今度は心に。
頬は固定されて、唇が触れ合う。
勢いあまって歯がガチッと触れ合うのもお構いなしに彼女はオレに抱きついた。
弾かれるように彼女から離れて、その感触に驚く。
心臓がやばいぐらい高鳴っている。
なに、やってんだ……!?

「―――……そんな理由で私を拒否するなんて、巫山戯てる」

「な、に―――?」

大好きだって言ってんでしょ!
 私は!!! アンタが!!!!
 そんなはっきりしない理由で断らないでっ!
 遊びからだって構わないからっ! 私が本気にさせてあげる……!!

 だから―――私は、諦めない……!!」


言葉に痺れた。
恥ずかしいとか、そういうんじゃない。
純粋に、心が揺れた。
嬉しかった。
こんなにも求められていることが。

同時にすごいと思った。
山菜アスミ。
諦めない執念とその心。

「うははははははははっっっ!!!」
「笑うなぁっ!!」
「すげぇっっ!! 無茶苦茶だ山菜っっ!!!」
「笑わないでよっっ……!!」
「はははははははははっっっ!!!!」

山菜が泣く。
声を殺して涙を拭っている。
オレは爆笑だ。
キレてた。
初めて、こんなに心の傷を晒した。
こんな男、受け入れてくれる奴が居るなんて思ってなかった。
だから笑う。
心いくまで笑う。
泣き続ける彼女を無視して肺いっぱいに空気を吸い込んで―――。
笑った。
嗤った。
哂った。
泣いていた―――



そして不意の沈黙。
























「―――……こんな、オレで良ければ」

大事に、してくれるなら。













「…………絶対っっアンタから好きだって言わせてやるんだから……!」



























殺意にも似た、恋慕。
強い、強い強い想い。
コレが、本当の山菜の強さだと思う。

オレと、アスミが―――同じ時間を過ごすようになった、始まりのこと。













*Asumi...


恋人。
私が言ったのだ。
約束は守るつもりだ。絶対。

「よ、おはよ」
ひょっこり現れる笑顔。
茶髪にタレ目。ひたすら柄の悪い喋り方をする彼。

「おはよう。早いね?」
「緊張して寝れなかったからな。つか寒いのに待たすのもアレだろ」
「……律儀なんだ? 寝れなかった風には見えないけど」
「マジマジ。アスミの裸を想像するだけで悶々アイタっ!」
「セクハラっっ」
「ん? 呼んだ?」
「嬉しそうに返事するわね……ま、ゆっ〜くり学校行きましょうか?」
「言葉になんか含むなよ。アスミが言うと怖い」
「失礼ね〜っ」
「うはは。いくべいくべっ」
彼はそう言って先を歩き出す。
私も少し小走りでそれに追いついて並ぶ。
「まぁ、勘違いも必要だよな」
彼は何かを呟く。
「―――?」


―――これから、日常になる風景。



「アスミアスミっ大変だよ〜?」
学校での休憩時間。
お昼を取るために私は美優と真夜を教室で待っていた。
そこにパタパタと忙しなく美優が帰ってくる。
「何?」
「うん、朝織部君と一緒に来てたよね?
 アレがあっちのクラスで一気に付き合ってることになってるよ?」
「いいわよ。あってるし」
「だよね〜やっぱりちゃんと否定は―――へ?」
「織部に聞いた?」
「うん……あ、え?」
只今混乱中な美優。
「ちょ、っとまってね……」
そう言ってふら〜っと教室を出て行く。
私は暇になったので机の中から小説を取り出して帰りを待った。

ドドドドドドドドドド ガラッッッッ!!!

「アスミ!? どういうこと〜!?」
「アスミっ!! 早まっちゃダメ!!!」

うるさいのが増えた。
「二人ともみんなが見てるわよ?」
「関係ないっ!! 演劇部たるもの視線は集めて当然!!!」
「そうね。それによって自然に人は磨かれていくわ。
 でも騒がしいのは良くないわよ?」
「演劇部たるもの常に声量は大きくないと!! 
 そうじゃないーーっ!! アスミっ」
「何?」
「シロユキと、付き合ってるって本当?」

「本当」

ザワッと教室が震撼する。
隠すようなことじゃない。
私がそう選んだのだから。
むしろ変な手紙やら告白やらが無くなって助かる。
「ふぁ、ふぁいなる?」
微妙に信じられないという涙目で美優が問う。

「アンサー」

有無を言わさぬ一辺倒。
くずれることの無い事実。


「おおおぉぉおかしいよアスミぃぃぃーーーー!!!!」

ガクガクガクガクっ!!

視界が前後に揺れる。
「ちょ、ま、よ、頭、が、取れる……!」
真剣にそう思った。
ネジが緩くなって取れるオモチャの理由が分かった気がする。
やっと解放されて頭がまだ付いていることを確認した。
「……お、お願いだから落ち着いて真夜……! アンタが暴走すると誰かが死ぬわ……」
今一番危ないのが私ならなおさら。
「はぁ……はぁ……アスミが……っ!?」
真夜も疲れたのか息切れが激しい。
うーわー……頭がぐわんぐわんする……。
「だからっ……言ってるでしょ。
 私、お―――シロユキと付き合ってるって……」
微妙に恥ずかしくなって名前と語尾が小さくなる。
美優が目に見えていじけ、真夜が唖然と私を見下ろした。
「さ……ちょっと空気悪いけど、お昼にしましょうか」
あくまでマイペースに。私はお弁当の紐を解いた。












「……」
「……」
「……今日は静かね?」
さっき今日一日分騒いだからだろうか。
コレはこれで食が進んでいいのだけれど。
「……アスミ、本気?」
「何が?」
分かってはいるが聞き返す。
「その……シロユキと付き合うの。
 アイツ、馬鹿だし、音楽しか出来ないし、エロいし、タレ目だし、素直じゃないし
 ろくな奴じゃないよ?」
よくまぁそうポンポン悪い所が出る。
思わず最後はあんたもね、と言いそうになった。
まぁ確かにその通りではあるのだけど。
「でも歌は誰より上手いし、歌詞は天才だし、バイクも乗れるわ?
 何より一緒にいて飽きないもの。そう思わない?」
「そ、そうかもしれないけど……その、悪いけどアスミには合わないよ」
「どこが?」
「アイツの存在が」
きっぱりとそう言い切る真夜。
そんなに嫌なんだ。
面白くなって思わず笑う。
「あははっそんなの。すぐに慣れちゃうわ」
「……うーわー……順・風・満・帆ですよミューさん。見ましたか今の眩しい笑顔」
「みたみた。ありえないですね〜今まであんな風に笑ったの見たこと無いよ〜」
そんなに嬉しそうに笑ったのだろうか。
少し恥ずかしくなって頬っぺたを引っ張ってみる。
「そ、そんなに笑ってないっ大体、真夜も順風満帆真っ只中じゃない」
「いやーあたしなんて〜ねぇ?」
「…………二人とも……わたしは…………」
「!?」
「!?」
地雷だったらしくミューは膝を抱えてしくしくと泣き出す。
ふるんじゃなかった―――と、真夜が後悔しているっぽい。
「だ、大丈夫だよミューっ全然もててるしっ! ね!?」
真夜がフォローに走るがどんどん彼女は沈んでいく。
休憩時間が終わるまで彼女は悲しみの海に沈んでいた。











放課後。
チャイムが鳴ると、クラブ終了のアナウンスが校内放送された。
私は台本と機材を片付けて、教室の机を元に戻すと音楽室に向かおうと教室の扉に手をかけた。
その扉は私が触れるより先に開く。
「よっ!」
「あ、あれ? お……シロユキっ来てくれたんだ」
意外にも彼が私を迎えにきてくれた。
正直に言うと、凄く嬉しかった。
別になんでもないことなのに、心臓が高鳴る。
「まぁそれらしくな。つか、こいつが……」
そう言って指差すのは水ノ上君。
あぁ。そうか。納得。
彼はそうだ。
臆面も無く迎えに来る。
真夜は非常に恥ずかしがって校門で待ち合わせすることにしていたが。

「あれれ? 織部っちじゃない? 彼女のお迎え〜?」
「良くわかってるじゃないですかキンパツ先輩」
去年の台本の件でシロユキと部長は知り合いだ。
今でも台本の修正を頼みに部長が自ら行っている。
「へぇ〜ほぉ〜? マドンナキラーのお眼鏡に適ったのはどの子かね?」
「この子」
ぽんっと私の肩に手を置いて笑う。
―――多分、私は赤面したと思う。
「おぉ! さすがお目が高い! 皆祝福の拍手を送ろうぞ!」
「いらんっ!」

パチパチパチパチ!!! ヒューヒューー!!

「ちょ、みんなっそんな―――」
部長の合図でみんなが拍手やら指笛やらで囃し立てる。
ヤバイ。
すっごく恥ずかしい―――!
穴があったら入りたいぐらいだ。

真夜がああした理由が今分かった。
こっちを見る真夜がニヤニヤと笑っている。
く―――!
あのニヤニヤが無駄にムカつく。

「はいはい! いいからみんな片付けて! 部長も!」

副部長としての真夜がみんなを促す。
みんなはその言葉に大人しく従い、あと少しの片付けを終わらせる。
私はシロユキを教室から押し出して真夜に目をやる。
上手くウィンクして手を振る真夜にありがとっと笑って―――
「水ノ上君」
水ノ上君の手を思いっきり引っ張って―――
「へ?」
水ノ上君を部室に押し込んでやった。

「ちょ―――いっちー!?」
「おおおっと! コレは生徒会長殿!! 副部長の彼氏さんじゃないですかー!!」





盛大な拍手と歓声が、また校舎に響き渡った。







「いや、相変わらず激しい……もとい恥ずかしいクラブだなオイ」
「言わないで。頭痛がするわ……」
彼はうははっと悪戯に笑う。
「キンパツ先輩ももう卒業なのにまだ居るのな〜」
「そうなのよ……まぁ、いい刺激にはなるんだけどね」
部長が居れば役柄がしっかりするし、気合も入る。
演劇に対してあの人が妥協をしないからだ。
だから部長としてはいい人だと思う。
学校の部会には出なかったけど……。
巫山戯て居るようであの人は真剣。
「刺激ね。あぁそういえば次何を演るんだ?」
「演劇? 次は最近有名な作家の本を劇に起こしたの。
 新入生歓迎にやるから―――多分、また見てもらうことになるわ」
「最近の作家の本ならオレが手をつけないほうがいいだろ」
むむっと顎に手を当ててシロユキは言う。
「ううん。シロユキが手をつけたほうが面白いわきっと」
私は思っていることをそのまま口にする。
「〜〜……ちったぁ歯に衣着せろ。恥ずかしい」
そう言って照れる彼は、新鮮で可愛いと思った。
私は少し気分が良くなって、弾むように彼の横を歩く。
初めてだ。
こんな気分。
付き合う、というのが初めてなのだから当然か。


私たちの日常が始まった。
未来なんて不明瞭で確かじゃない。
でも私は充実した今に満足していた―――。

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