35.夢の断裂

*Mayo...



しばらく、何をされたのか、理解できなかった。
いや―――わかってて、身を委ねていたのかもしれない。
誰かにすがりたかった。
誰かに慰めて欲しかった。
確かなものが欲しかった。


あたしとシロユキの交わす裏切りのキス―――。




痛い。

それは―――あたしの心。
「―――っっ!!」
シロユキを突き飛ばす。

ヤダ、ヤダ……!!
こんなの違う!!
ゴシゴシと口元を拭う。

「―――嫌ッ……最低っ!」


あたしはシロユキの顔も見ずに一目散に走り去る。
嫌―――怖い。
怖い。
いっちー、あたしは、もう―――



誰も、好きになりたく無いよ……!










*Shiroyuki...




叫んでいた。
歌っていたんじゃない。
ひたすら。ひたすら叫ぶ。
オレは全部言葉にしてるのに。
なんで伝わらない。
伝わらないなら、声なんて、言葉なんて、必要無いじゃないか。
無駄な希望を抱かせるぐらいなら

声なんて、なくなってしまえ。

叫ぶ。
枯れかけた声を張り上げて叫ぶ。

潰れろ。無くなれ。



空気を吸うのに疲れて倒れる。
見事に酸欠だった。
息荒く海岸に突っ伏す。
なんでだよ。
何なんだよ声ってさ、伝えるためのものだろ。
オレはいつだって真剣なのに。
なんで伝わらない!
なんで拒まれる!
「あ……がっ」
歯を食いしばって立ち上がる。
立ちくらみで膝を突く。
疲れた。
意味も無く叫び続けるのはとても疲れる。
「なら……歌えばいい……」
そう言ったのは自分の口だ。
誰の意志かは知らないがオレは立ち上がって―――歌い始めた。








なんでだ。

こんな時限って、オレの歌は―――。

先生に教えられた喉の負担を最小限に抑えて歌う歌。
こんなときに限って、オレの努力はオレを裏切る。
こんな歌い方で、喉を壊すことは出来ない。
きっといつか無茶をすると、叩き込まれた。
そのせいだ。本当に無茶が出来ない。
はは、怨むぞ、クソッ!

涙が溢れる。
広い海の前に立ち尽くして独り、黙って泣く。








「織部くん……」








言葉が、届いた。
不公平だ。
オレの言葉は届かないのに。
彼女達の声はいつでもオレに届くのだ。
「ミューか……何か用?」
「ご、ゴメンね……その、わたしずっと見てたから……」
あぁ、何処からか知らないが、見られていたらしい。
まぁ何処からとか興味も無かった。
そもそも、わかっているなら独りにして欲しかった。
「そ……か」
オレは歩いて立ち去ろうとする。
独りになりたい。
どこか、静かに考えることの出来る場所。
「し、シロくんっ!」
「悪ぃ、独りにしてくれ」
冷たく言い放って、去っていく。
ダメだ。
今のオレは、最悪だ。

「―――ダメ!」

意外な一言に、オレは止められる。
彼女はオレに走り寄って手を取った。
オイ、やめろ。
優しくなんか、するな。
今はダメだ。
やめてくれ、オレは、

「わたしは……っ! 織部くんが悲しんでるのに、何も出来ないの!?」

彼女は泣く。
オレの為に泣く。
「わたしね……その、織部くんが音楽教室の先生に恋してたときの事知ってるんだ」
その瞳は、オレの一番古い傷を知っていた。
その傷に触れて欲しくなくて、オレは彼女を睨む。
オレの顔を見て怯えながら、彼女はそれでも手を放そうとしない。
「織部くんの歌は……、あの人のためだった。

 知ってる? あの人ね、織部くんのライブちゃんと全部聞いてたんだよ?」

―――は?
それは違う。あの人はオレの歌なんて聞き飽きてるって言って、
只の一度も会場に残っていたことなんて無い。

「あの人いつも会場の外にいたよ。
 いつも織部くんたちの歌だけは全部聞いて帰ってた……」

嘘だ、そんなの知らない。
大体、ミューが何故先生を知ってるんだ。
「真夜と一緒に会ったよ。たまたま。
 笑ってたよ。自慢の生徒だって。
 でも、変わっちゃったんでしょ?
 あの人のために歌ってた歌、全部……!」



真夜の為に歌うようになったから。



―――そう、だっただろうか。
歌う意味を失って―――そう、彼女が音楽室に遊びに来た。
彼女が退屈そうにオレを眺めるのにムカついて流行り曲を歌ってやろうと思いついた。
そんなオレの歌に、彼女は涙を流してくれた。
―――嬉しかった、な。
そうだ。




その日からオレは、声を取り戻した。




音楽室で、毎日毎日練習した。
彼女に聞かせるためにギターを弾いた。
彼女が来るだろうと声を張った。
また、この言葉に、意味を取り戻せた。

だからオレは歌ったのに―――……!





「放せミュー……。オレはもう―――!

 歌わない!!」






ミューの細腕を思いっきり振り払うと、オレは何処を目指すこともなく走って行った。

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