37.悲恋

*Shiroyuki...



奇跡でも。
科学の力でもこの際アイツに似た奴でも。
なんでもいい。

殴らせろ。

戻って来いよ、お前は、オレ達の日常に入ってきたんだ。
なぁ、壊すだけ壊して逃げるのかよ卑怯者。
修復できねぇんだよ。
どうすればいい。
言ってるだろ、歌以外脳がねぇって。
助けろよ。こんなときのお前だろう?


携帯が鳴る。
今日何度目だろう。
「ち……」
いい加減ウザい。
半切れでその携帯を取った。

「……―――」

言葉が出ない。
出そうと思ったのだが、妙な口のだるさと、喉の調子に気付いてやめてしまった。
『もしもし? シロユキか?』
「……啓輔か」
啓輔の声だ。
オレの声は掠れて聞きづらいと思う。
『おう。今何処だ?』
何処……?
何処だここ?
「……」
辺りを見回すと一応見覚えはあるが良くわからない場所に立っていた。
『ま、どこでもいいや。チョット用事があるんだ。俺んちの近くのコンビニまで来てくれ』
いつもの調子でオレを呼び出す。
「……あぁ、わかった……」
断る理由が無い。
『んじゃな』
「あぁ」


「―――……は、ははっ……!」
電話を切ったオレは、何故か歪に笑っていた―――。


































*Asumi...

町の中を走って病院へ行って。
シロユキのことを聞きまわりながらずっと探した。
電話には出ない。でも何度もかけている。
駅からの帰り道の商店街を通りながらふと海岸側への道へともう一度行ってみようと走り出す。
制服のまま走り続けていて、ブラウスが張り付く感触が気持ち悪い。
見つからないかもしれないという焦燥感。
もう一つ、いやな予感。

それは、真夜も居ないということだ。

今まで感じたことの無い不安を抱えたままそれを考えないように走る。
やっと私は私の理想になったのに。
この場所に居るのに。
涙が出そうになるのを飲み込んで、ひたすら前を見て走り続ける。
―――そして、その先に歩く影を見つけた。


「シロユキ!!!」



見紛うことの無いその人を呼びながら私は走り寄る。
「……っアスミ……」
私に気付いた彼は驚いた顔で振り向いた。
「シロユキっっ! バカっ! 心配したんだからっ!!」
人目も憚らず抱きつく。
「……悪い……」
瞳を曇らせて私に謝る。
「ヤダっ!! 絶対許さないからっ!」
もう、こんな不安はいやだ。
シロユキが居る。
私のシロユキが居る。
それだけでいいのに。
「アスミ……」
貴方だけが
「……何?」


「いい加減、離れろよ」






貴方だけが、私の世界になっていたのに―――。














「シロ、ユキ……?」

「うぜぇよ。オレ今から行くとこあんだよ。邪魔すんな」
「ひ、酷い……!」
「酷い……? オレがか。まぁ酷いな。オレは最悪だぜ?」
彼は見たことも無い歪んだ、卑下た笑みで私を見下した。

―――誰、この人。



「楽しかったか? 恋人ごっこ。オレはつまんなかったぜ?
 ハハハ思い通り過ぎてな。チョットは期待を裏切って楽しませろよ。
  何泣きそうな顔してんだよ。
   お前は楽しかったんだろ? 望んでた通りだったんだろ?
  恋人ごっこ。なぁ? お前の理想のシロユキを演じたつもりだぜ?
 つまんねぇシロユキだなぁハハハッ喧嘩の一つもしやしねぇ。

 もう、いいだろ? 終わりにしようぜ」




いや、だ。

信じたくない。
誰よこの人。シロユキじゃない。
アイツはこんな時、笑って、帰ろうかって言って私の……を引いてくれるはずなのに。

誰よアナタ。返してよ私のシロユキを。ねぇ、シロユキを返してよ……。


涙が溢れた。
「―――っあなたは、誰!!?」
「織部白雪」
「嘘ッ! アンタは白雪なんかじゃないっっ!!!」
言い切って食いしばった歯がギリッと鳴る。
「嘘なんてついてねぇよ。学生証でも出してやろうか? 免許書の方がいいか?」
困ったなぁなんてそいつは飄々と笑う。
「煩いっ! ねぇっ! なんでよぉっ! 何でそんなにいきなり変わっちゃうのっ!?」
「……オレは何も変わってなんかねぇよ」
「違うっっだって、昨日まで、あんなに優しかったのに!」
「優しいオレって、間違ってるとおもわねぇか?」
「―――っ間違ってなんか無いよっだって!」


「それが間違ってんだよ。やっぱり、見えてないんだな。山菜」



それは、あの日のシロユキと同じ顔だった。
私が直したと思ってたのに。
この、シロユキは、まだ―――

まだ、真夜を想っているの―――?

あの日のシロユキは、また現実を突きつける。
自分の気持ちに正直に―――言葉を創る。

「―――……答え合わせしようか。
 いや、でもその前に質問か……。
 お前は、本当にオレに惚れていたか?」
「当たり前でしょうッッ! でなきゃ、あんなこと……ッッ!!!」
「……ふ〜ん。じゃぁさ、オレに告白してきた理由って何だった?」
シロユキに告白した理由……!?
私がシロユキに告白したのは―――そう

高井君がカートで優勝した、あの日。
―――その、才能に―――……嫉妬して。

嫌な予感がした。
これ以上は、考えちゃいけないみたいな―――抑止。
それでも、その日のフラッシュバックは続く。

シロユキに向かって、好きだと叫んだ。
 ダメ、
バイクの後ろでシロユキにしがみついていた。
 ダメだって、
シロユキと高井君、二人笑いながらバスに乗り込む。
 それ以上は……!
歓声の中で―――トロフィーを握る―――
 あんな風に……っ笑えたらなんて。


「なぁ―――お前は、本当に、オレを見ていたのか?」















記憶に焼きついているのは、トロフィーを片手に、笑う彼の姿だった。














シロユキが笑顔を見せた。
それは真夜と話しているときのような自然なもの。
いつもの、いつものシロユキの笑顔。
おはよ、と言う前のようにポンと肩に手を置いて
「―――じゃぁな。悪かった」
それだけを言い残してシロユキは去っていく。
私は追う権利を失って、その場に立ち尽くした。

言い返せなかった。
一番大事なことだったのに。
アイツにとっての全てだったのに。
自分だけを見てくれているというのは、シロユキにとって一番大事なことなのに。
「―――っっうっ……ぅぁっ……」
涙が頬を伝う。
私には偽物の涙を流すことが出来ないから―――それは、本物。
シロユキは、あいつは。
自分が傷つくことを知っていて―――……私と付き合った。



馬鹿だ、本当に。
言わなきゃ、気付かなかったのに。
 私は、シロユキが好きだったのに。
あいつは、それでも私に気付かせるために付き合って、突き放した。
酷いよシロユキ。
最低。
もっと、あったでしょう? 方法……。
こんな、やり方……立ち直れないかもしれないじゃない……。


「っっ! ぇうっっ……っ!」

















もし、涙が止まったら……また、謝りに走らなきゃ……


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